⑦ 短い安息
森を抜けて三日目の午後。
俺たちクラスは、ついに完全に分裂した。
佐伯は十人を率いて「魔物を狩って進む」と宣言し、橘は十二人と共に「隠れてやり過ごす」ことを選んだ。
そして俺と心優、さらに四人――
気弱だけど優しい日野、明るく場を盛り上げる美咲、ちょっと毒舌な渡辺、頼れる武道経験者の山下。
計六人の小さなグループになった。
「俺たち、少数精鋭だな」
山下が肩をすくめ、軽く笑う。
「精鋭……? まあ、まともな頭数って感じね」
渡辺は眉をひそめる。
俺は心優の隣を歩きながら、胸の奥にずっしりとした重さを感じていた。
分裂は避けられなかった。でも、このメンバーなら……もしかしたら、生き延びられるかもしれない。
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日が暮れるころ、古びた廃村を見つけた。
小さな木造の家々は朽ち果てているが、屋根はかろうじて残っている。雨風はしのげそうだ。
「今日はここで休みましょう」
心優が静かに判断を下す。
「やったぁ……! やっと横になれる!」
美咲がぱたんと座り込む。
「じゃ、焚き火は俺と山下で。日野は水を汲んでこい」
渡辺が指示を飛ばす。
その瞬間、俺は思った。
この六人、バランスが完璧だ。誰も前に出すぎず、それぞれ自然に役割を担っている。
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食事を終え、俺たちは小さな問題に直面した。
「ねえ……お風呂、どうするの?」
美咲が小声で言った。
廃村の裏には、小さな温泉が湧いていた。白い湯気が夜空に立ちのぼる。
「わ、本当に温泉だ!」
日野の目が輝く。
「汗も泥も流せるな」山下がうなずく。
だがすぐに表情をしかめた。
「……でも、俺たちペアで離れられないんだよな」
一瞬の沈黙。
そう、五メートル以上離れたら即死。つまり――
「一緒に入るしかないってこと……?」
美咲の顔が真っ赤になった。
俺の心臓が跳ねた。
(いや、マジでどうすれば……心優と……)
「規則だから仕方ないわ」
心優は眉ひとつ動かさず、さらりと言った。
(冷静すぎるだろ……!)
頭が真っ白になった。
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湯気の中、俺と心優は岩を挟んで並んで座る。
服を脱ぐたび、心臓が暴れ出す。
だって、委員長は……いや、考えないようにする。必死に目をそらす。
「落ち着いて」
心優が低く、しかし静かな声で囁く。
「お、おう……」
(落ち着けるわけねぇだろ……!)
湯が体を包み、熱さと緊張で汗なのか湯気なのか区別もつかない。
ちら、と視線を動かすと、白い肩が湯気の向こうに浮かび上がる。
黒髪が水に揺れ、輪郭は凛として完璧。
目を逸らしても視界の端に映り、胸が苦しくなる。
「……委員長は、怖くないの?」
思わず口をついて出た。
「怖いです」
目を閉じたまま答える。
「でも、顔に出しても状況は変わりません」
胸に熱いものが走った。
強いだけじゃない、彼女も恐怖を抱えている――
同じ世界で生き抜く仲間としての、リアルな恐怖を。
(守りたい……)
その思いが、湯に溶けるように体中を駆け巡る。
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夜、六人で古い家に並んで横になる。
当然、ペア同士は隣。俺は心優のすぐ横だ。
暗闇の中、かすかな寝息が聞こえる。
距離は数十センチ。手を伸ばせば届きそうな距離。
心臓がうるさい。眠れるわけがない。
その時、心優が低く囁いた。
「……蓮くん、起きてますね」
「えっ……!?」
心臓が跳ね上がる。
「あなたの息遣いでわかります」
冷静な声。でも、わずかに柔らかさが混じっている。
「……大丈夫です。眠れなくても」
「うん……」
言葉はそれだけ。
だが隣にいるだけで、温かさが胸に深く沁み込む。
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翌朝。
目を覚ますと、知らずのうちに心優の肩に頭を預けていた。
彼女は既に目を開けていたが、怒るでもなく、ただ小さく息をつく。
「……少しは眠れましたか」
「……ごめん」
「謝る必要はありません」
立ち上がる姿は、やはり完璧だった。
だが、昨夜よりわずかに柔らかくなった表情に気づく。
(この距離感……少しずつ、変わってきてる)
胸の奥に新しい温かさを感じながら、俺は今日という日を迎えた。