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④廃村の夜

森を抜けたとき、夜はすでに明けかけていた。

木々の隙間から淡い朝日が差し込み、湿った草の匂いが鼻を突く。冷たい霧が足元に絡みつき、昨夜の惨劇を思い出させる。


生き残った27人のクラスメイトは誰もが疲れ切り、顔は土と汗と涙で汚れていた。足取りは重く、膝を折る者も出る。


「……もう、動けない……」

女子の一人、田嶋が膝から崩れ落ちた。ペアの長身の男子、内山は必死に支えるが、その表情は限界を物語っていた。


「少し休もう」

蓮が声をかけようとした瞬間、心優が静かに制した。

「駄目。森の中は安全じゃない。休むなら、少なくとも視界が開けて敵を早めに察知できる場所に移動するべき」


誰も反論できない。斎藤颯太が命を落とした光景が脳裏から離れない。安全のない場所で立ち止まることは、即死を意味する。


蓮は心優の指示に従い、仲間を励ましながら必死に歩いた。


――その矢先だった。


森の奥から、不気味な唸り声が響く。

「またかよ……」

誰かが呟く。小型のクマに似た魔物が数体、再び姿を現した。


疲労しきった生徒たちは悲鳴を上げ、散り散りになろうとする。

「離れるな! ペア同士で離れたら死ぬ!」

心優の声は鋭く響くが、恐怖に駆られた足は思うように動かない。


一匹が倒れた田嶋に飛びかかる。

「くっ……!」

内山が庇おうとした瞬間、紋章は光らず、魔物の爪が肩を切り裂いた。


「ぎゃあああああっ!」

血飛沫が舞い、田嶋の叫びが森に響く。


蓮は反射的に心優の手を強く握り、突進した。

紋章がかすかに光り、魔物を弾き飛ばす。しかし力は弱く、追撃する余裕はなかった。


「……っ! 田嶋を助けろ!」

蓮が叫ぶが、田嶋はすでに目を見開いたまま力なく倒れていた。胸を深々と裂かれ、呼吸は止まっている。


「嘘……いや……!」

内山が絶叫し田嶋を抱きしめる。だが次の瞬間、彼の紋章が砕けるように光を失い、その身体も崩れ落ちた。


二人同時に、消えた。


「うわぁぁぁぁぁっ!」

仲間たちの叫びが一斉に上がる。

「……ペアが死ねば、残された方も……」

誰かが呟き、全員の背筋に戦慄が走る。


――死は常に二人分。

それが、この世界の残酷なルールだった。


蓮は歯を食いしばる。

(また、守れなかった……!)


だが立ち止まれば、自分たちも同じ末路をたどる。

「……行こう!」

心優の冷たい声が響き、全員が必死に頷き、再び走り出した。



森を抜けると、突然視界が開けた。

崩れかけた石造りの建物が並ぶ、小さな廃村。

「……廃村?」

誰かが呟く。


屋根の落ちた家々、雑草に覆われた井戸、崩れた柵。壁に残された紋章の痕跡から、人がかつて暮らしていたことが伝わる。


「とにかく、ここなら休める」

心優が冷静に判断し、全員が頷いた。


村の中央には広場のような場所があり、初めて腰を下ろすことができた。

誰もが力尽きたように座り込み、泣き出す者もいれば、無言で天を仰ぐ者もいる。


蓮は心優の隣に座り、泥だらけの手を握りしめ息を整える。

「……ここなら、少しは安全か」


「油断はできない」

心優の視線は鋭く、決して気を緩めない。

「けど、みんなの体力は限界。最低限の見張りを立てて交代で休むしかない」


誰も異論を挟まなかった。



夕暮れ、廃村の広場に焚き火が灯る。

瓦礫の影から集めた木材に火をつけ、かろうじて暖を取る。


炎に照らされる仲間の顔は皆、疲弊し、絶望を背負っていた。

昨日まで普通の高校生だった彼らが、いまや生死をかけて見知らぬ世界をさまよっている。


誰も口を開かず、ただ火を見つめていた。


蓮は心優に小声で囁く。

「……ありがとう。もし委員長がいなかったら、多分、もう半分くらい死んでたと思う」


心優は一瞬だけ蓮を見つめ、すぐ視線を焚き火に戻す。

「私は当然のことをしてるだけ。……感謝されるほどじゃない」


冷たい声。だが指先がわずかに震えることを、蓮は見逃さなかった。

(……本当は、彼女も怖いはずだ)


夜が深まり、交代で見張りを立てながら、クラスはようやく眠りについた。

焚き火の光が弱まり、夜の闇が村を覆う。


蓮は眠れず、心優の横顔を見つめ続ける。

炎に照らされた瞳は静かで、だが奥底には消せない孤独を宿していた。


(……僕が守る。何があっても)


その誓いの直後――。


遠くから、不気味な鐘の音が響いた。

低く、重く、大地を震わせるような音。


心優が目を開け、即座に立ち上がる。

「……来る」


鐘の音は、確実に近づいていた。


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