③微かな光
夜の森は漆黒に包まれ、焚き火の光だけが揺らめいていた。灰が冷めきらぬ地面に、昨夜犠牲になったクラスメイトの名残が重くのしかかる。斎藤颯太の消えた空白は、静かな絶望として森に漂っていた。
蓮は心優の隣に座り、手袋を外した彼女の掌を握る。紋章はかすかに光るだけで、まだ攻撃も防御も使えない。森の奥から、低くうなる足音と枝を折る音が響く。小型の魔物の群れが昼間よりも数を増して迫っていた。
「……もう、誰も犠牲にしたくない」
蓮は小さく呟き、手を握り直す。心優は無言でうなずき、冷たい視線を森の奥へ向ける。表情は変わらない。だが、瞳の奥の鋭さが、彼女が全力で状況を把握していることを示していた。
「蓮くん、手を離さないで」
彼女の声に紋章がわずかに光る。微かな温もりが手のひらを伝わるが、力はまだ不十分。蓮はその感覚に希望を見出し、勇気を振り絞る。
魔物が群れを成して突進してくる。生き残ったクラスメイトは恐怖で動けず、叫び声だけが夜の森に響いた。蓮と心優は互いの手を握り、初めて紋章の力を意識してみる。光は微かに明るくなった。
一体の魔物が仲間に襲いかかる。蓮は手を握りながら思い切り踏み込むが、魔物の動きは速く、体当たりで弾き飛ばされる。心優が冷静に間合いを詰め、素早く杖のように振るった枝で魔物をかわす。しかし倒すには至らない。
「……まだ力が足りない……!」蓮は心の中で叫ぶ。
彼女の手を握り直す。紋章がわずかに脈打ち、手のひらに熱が走った。二人の意思が重なる感覚。しかし、魔物は倒れず、逆に別の個体が斜めから襲いかかる。
「蓮くん、右から!」
心優の指示で横に飛び、仲間をかばおうとするが、力不足で魔物に体当たりを受け、地面に倒れそうになる。紋章の光が一瞬強く揺れ、魔物の動きをわずかに止める。
「……効いた、か?」蓮は息を切らしながら手を握り続ける。
二人は互いに呼吸を合わせ、手を強く握ったまま戦う。魔物が同時に二体迫る。心優は冷静に距離を測り、最小限の動作で避けながら、倒れた仲間を守る。紋章の光が少しずつ広がり、初めて小さな攻撃力を伴った。
「今だ、行くぞ!」
蓮の声に心優が応じる。二人の手を握る力を最大限に集中させると、紋章の光が手のひらから全身に走り、小さな衝撃波のように魔物を弾き飛ばした。魔物は倒れたが、一体が再び立ち上がろうとする。
「まだ……まだ倒しきれない……!」
息を切らしながらも、蓮は手を握り直し、心優と共に必死に力を送り込む。紋章の光がさらに強く輝き、二人の意思が完全に重なった瞬間、魔物は地面に崩れ落ちた。倒したとき、森には静寂だけが残った。
倒れた魔物の影を前に、蓮は心優の手を握ったまま深く息をつく。
「……やっと、倒せた」
心優は微かに頷き、冷静さは崩さないが、わずかに肩が緩んだ気配があった。紋章の光はまだ完全ではないが、二人の意思が力となって形になった瞬間だった。
森の奥で、かすかに新たな物音が響く。夜は深まり、森はまだ安全ではない。しかし、蓮と心優は互いの手を握り、初めて生き残る手応えを感じていた。
「……僕は絶対に君を守る。」
蓮の声は力強く、決意に満ちていた。
心優は短く頷き、冷静さの中にも、初めてわずかに揺れる信頼を見せる。
夜明けの光が森を薄く照らす中、二人は手を握り続けた。次の戦いは、さらに苛烈になる――それを二人だけは知っていた。