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②襲いかかる恐怖

夜の森は闇に包まれ、焚き火の炎だけが淡く揺れていた。蓮は心優の隣に座り、手袋を外した彼女の掌を握る。紋章はかすかに光るが、力はまだ出ない。周囲では、他のクラスメイトたちが恐怖に震え、声を上げていた。


「……やっぱり、まだ何もできない」

蓮は小さく呟く。手を握るだけでは、魔物の群れに対抗できない。森の奥からは、昼よりも大きく、複数の魔物が迫ってくる音が聞こえた。低くうなるような声、木々を揺らす足音。生徒たちは恐怖で固まる。


「後ろから来るぞ!」誰かが叫ぶ。蓮は反射的に振り返るが、視界に入ったのは、まだ誰も手を打てずに立ち尽くすクラスメイトの姿だった。新しく登場するのは、柔道部の陽気な少年、斎藤颯太さいとう そうた。仲間思いで明るく、場の空気を和ませる存在だったが、この状況では無力に近い。


魔物の群れが颯太に迫る。瞬間、蓮は駆け出そうとするが、心優が手を握り強く制した。

「……手を離すな、蓮くん。今は距離を保つ」

その声は低く、しかし絶対の指示。紋章の力はまだ、仲間を守るには弱すぎる。蓮は無念の思いを胸に押し込め、ただ手を握るだけだった。


颯太は魔物の一体に捕まり、悲鳴を上げた。「うわああああっ!」

森の中に響くその声に、蓮は体が硬直する。手を伸ばしたい、でも紋章の力は出ない。周囲の仲間も、恐怖で動けずに立ち尽くす。


魔物の牙が颯太に届き、森の闇に彼の叫び声が消えていった。火の光に照らされる残像は、一瞬のうちに消え、ただ冷たい空気だけが残る。蓮の胸は締め付けられ、心優の冷たい手を握る指先が微かに震えた。


「……生き残らなきゃ……」

蓮は低く呟く。目の前の絶望に押し潰されそうになりながら、心優の横顔を見上げる。彼女は何事もなかったかのように火を見つめ、動揺も表情も見せない。だが、彼女の冷静さが、逆に蓮の心を焦らせた。


森の奥から、また物音が近づく。今度は複数の魔物が枝を割り、足音を響かせながら迫ってくる。恐怖で固まるクラスメイトたち。生き残るためには、手を取り合うしかない。しかし紋章はまだ微かに光るだけ。


蓮は思い切って声を張り上げた。「心優、僕たちで前を守ろう!手を離さないで!」

彼女は無言でうなずき、二人の手をさらに強く握り合う。紋章の光がわずかに強くなるのを感じ、手に熱を帯びる。しかし、それでもまだ仲間を救うには力不足だった。


森の中に残された生徒たちの一部は、再び魔物の餌食となった。恐怖と絶望、そして静かに押し寄せる死の予感。蓮は自分の無力さを痛感する。だが、その横で心優が動く。倒れた仲間を最小限の動作で抱え、火の近くへ運ぶ。冷静、完璧、無表情――その姿に、蓮は胸が熱く締め付けられた。


夜は深まり、森は再び静寂を取り戻す。倒れた仲間、消えた仲間。生き残った者たちは、震えながら互いを見つめる。蓮は心優の横に座り、手を握ったまま小さく呟く。


「……僕たち、どうすれば……?」

彼女は一瞬蓮を見つめ、冷たくも遠くを見つめる瞳で答える。

「……生き延びるしかない」


その言葉は静かで冷徹だったが、蓮には生きるための覚悟として響いた。紋章はまだ弱く、能力は発現していない。だが、手を取り合い、互いを信じるしかない――生き残るために、そしてこれから襲い来る死の恐怖に立ち向かうために。


森の奥からは、再び物音が近づく。次の戦いは、すぐそこまで迫っていた。

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