第12話 「静寂の隙間で」
夜が明ける前、廃屋の外は深い霧に包まれていた。
昨夜の戦いの余韻は、まだ体と心に重く残っている。
焚き火の灰が冷え、地面には昨日の足跡がわずかに刻まれている。
俺たち六人は、それぞれ体を休めようとしていたが、心の緊張はまだ解けない。
「……おはよう、蓮くん」
微かに聞こえた声に、俺は目を覚ました。
視線を向けると、心優がすでに起き、窓の外の霧を静かに見つめている。
(……まだ眠っていると思ってたのに)
息を整える。心臓が少し早く打っているのを感じた。
「昨夜は……ありがとう」
声は低く、普段の冷静さをわずかに崩したようだった。
その言葉だけで、胸の奥が熱くなる。
こんなにも、心が揺さぶられるなんて――
「いや……俺こそ、心優がいてくれたから」
自然と口に出た言葉に、彼女は小さく息を吐き、肩を少し揺らした。
そのわずかな動きに、俺の心臓は跳ねた。
(守りたい……この人を、絶対に。誰よりも近くで)
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朝が近づき、霧が少しずつ晴れていく。
拠点の中では美咲が明るく食事の準備を始め、日野は静かに水を運んでいる。
山下と渡辺も疲れを引きずりながら、道具の整理をしていた。
俺は心優と並んで窓際に立ち、外の様子を見ていた。
言葉はなくても、彼女の存在が心を落ち着かせる。
だが、美咲の無邪気な笑い声を聞くたび、心優は視線を逸らす。
(……嫉妬……? いや、違う。心優は、私だけを見てほしいって思ってるんだ)
胸の奥で熱い感情が渦巻くのを感じた。
俺もまた、胸の中で確信する。
(俺の心は、心優でいっぱいだ。美咲や他の誰でも、心は揺れない――ただ、心優だけ)
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昼、拠点近くの小川で軽く体を洗うことになった。
当然、ペアは決まっている。俺と心優。
「……冷たいね」
水に手を入れ、思わずつぶやく。
「……ええ、気のせいじゃない?」
無表情ながらも、頬がわずかに赤い。
その色に目を奪われ、胸がざわつく。
手を伸ばすと偶然触れた。心優は一瞬体をすくめたが、すぐに冷静さを取り戻す。
その瞬間の微かな温もりを、俺は忘れられない。
(守る……俺が絶対に守る。何があっても、心優だけは……)
「……蓮くん、集中してください」
低く囁かれ、振り返ると黒髪が水に濡れて光を反射している。
横顔の美しさに、息を飲む。
(目の前にいるだけで、心が揺れる。俺は、完全に心優のことしか考えられない――)
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夕方、拠点に戻ると、補強した廃屋に沈んだ夕日が差し込む。
焚き火の前で、俺たちは食事を囲む。
「今日も無事でよかった」
日野が静かに笑う。
「ええ……でも、油断は禁物です」
心優の声は冷静そのものだが、手元の箸を握る指が微かに震えている。
俺だけがその小さな動きを見逃さない。
美咲が冗談めかして肩に触れる。
「ねえねえ、蓮って本当に頼れるよね!」
その笑顔に、心優の瞳が一瞬だけ鋭く光った。
(……誰のためでもなく、俺は心優の隣にいる。心優のためだけに――)
心の奥で誓う。
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夜。寝る時間になり、藁の上に横になる。
もちろん、ペアは心優。
暗闇の中、わずかな呼吸の音だけが聞こえる。
手が少し触れた。心優は動かず、静かに目を閉じている。
その近さに、胸が高鳴る。
「……蓮くん、目を閉じて」
低く囁かれ、反射的に目を閉じる。
彼女の手が肩にそっと触れる。
短い瞬間だったが、全身に電流が走るように熱くなる。
(この温もり、絶対に離したくない。俺だけの心優……)
手を引いた後も、心優は冷静さを取り戻す。
だが、俺は確信する。
(わずかな心の揺れ、俺にだけ見せてくれたんだ……)
深呼吸をひとつし、そっと彼女の肩を支える。
明日、何があっても――俺は、彼女の隣にいる。
それだけで、恐怖も不安も消えていく。
霧の向こうで、森は静かに息を潜めている。
俺と心優、この小さな廃屋の中で、二人だけの時間が流れる。
――静寂の中で、確かに心は重なったまま。
まだ言葉にはならないけれど、俺はもう、心優を絶対に離さない。