⑩ 覚醒の光
夜の森は、不気味な静寂に包まれていた。
廃屋の外から、ざわりとした気配が押し寄せてくる。
「……来る」
渡辺が低く呟いた。普段は冷静な彼の声が、わずかに震えている。誰もが息を呑む。
次の瞬間、闇の中から黒い獣が飛び出してきた。
赤く光る瞳、鋭くむき出した牙。数える間もなく、十を超える影が廃屋を取り囲む。
「っ、多すぎる!」
女子たちの悲鳴が夜を裂く。
俺は剣を握りしめ、必死に斬りかかる。しかし刃は浅く、黒い血を散らすだけで止まる。
仲間たちも応戦するが、徐々に押し込まれていく。
「退けっ!」
渡辺が前に飛び出し、獣の爪を受け止める。仲間のため、ためらいのない動き。
だが次の瞬間――鋭い爪が彼の背を深々と裂いた。
「渡辺!」
叫んだ瞬間には、彼は血に濡れ膝をついていた。
絶望が、胸に重くのしかかる。
だが、その時――
「蓮!」
心優の声が闇を切り裂く。
彼女が駆け寄り、俺の手を強く握った。震えていた。だが、その瞳は、涙で滲みながらも、真っ直ぐ俺を捉えていた。
「お願い……私を信じて。私も、あなたを信じるから……!」
胸の奥を、熱い衝撃が駆け抜ける。
目の前の世界が揺れ、全身の血が逆流するような感覚――その瞬間、胸の紋章が激しく光った。
光は俺と心優を繋ぎ、共鳴するように波動となって廃屋を満たす。
眩い閃光が炸裂し、獣たちは吹き飛ばされる。
剣に光が宿り、振るうたびに黒い影を焼き尽くす。
止まらなかった血も奇跡のように止まり、傷口が閉じる。渡辺の顔が驚きと安堵で揺れる。
「俺……生きてる……」
震える声に、思わず目頭が熱くなる。
俺は光に導かれ、最後の黒い獣を斬り裂く。
炎のような光が闇を裂き、獣の断末魔と共に夜の森に溶けていった。
静寂が戻る。
力が抜け、膝をつく俺を支えたのは、やはり心優だった。
「蓮……」
震える声。でも、その瞳は確かに俺を捉えている。
「あなたが……信じてくれたから……」
意識の奥から、自然と言葉が溢れた。
(俺も……心優を、この胸で感じている限り、決して負けられない)
彼女の頬が涙で濡れ、赤く染まる。
「馬鹿……でも、そんな蓮だから……」
渡辺は壁にもたれ、苦しい笑みを浮かべる。
「お前たち二人の力……今、確かに見た。蓮、お前がいてくれて良かった」
仲間たちの瞳には、恐怖ではなく、敬意と信頼が宿っていた。
――絶望の淵で生まれた光。
それは、俺と心優の心がひとつに触れ合った瞬間だった。
だが、その光が意味するものはまだ分からない。
希望か、災厄か――それさえも。
ただひとつ確かなのは、
心優の存在が、俺の力の源になっているということ。
胸に温もりを感じながら、意識が徐々に遠のく。
俺は知っている。
この感覚のままなら、どんな闇も、どんな恐怖も、乗り越えられる――。