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宇宙の少女と空飛ぶ円盤と原子力潜水艦。それと勇気ある少年

 一条という表札の掛かった一軒家に、学生鞄を抱えたブレザー姿の青年が駆け込んだ。

 帰宅した平均的男子高校生である。

「選択科目の紙貰ってきた?」

「もう書いた。生物取るから!」

 素晴らしいスピードの早着替えを行い、青いジャケットに緑のズボンの姿で、財布と携帯だけを斜めがけの鞄に突っ込み、彼は家を飛び出した。

 遊びに行く平均的な男子高校生である。

 

 彼が電動自転車に飛び乗って向かった先は、最寄りの大きな公園だった。


 友達との約束である。


 しかし、公園につく寸前で彼の携帯が振動する。自転車は路肩に停めざるを得なかった。

「もしもし?」

「ごめん、行けなくなったわ。彼女が…」

 通話を切り、自転車で駆け出す。


 そのまま公園の適当なところに自転車を停め、芝生の上に飛び込んだ。

 

 彼はそのまま仰向けになったまま動かなかった。愛も恋もない雲へ視線を伸ばしていた。


 彼が普通の感覚を持つ学生であれば、すぐに立ち上がって家に帰るはずだ。


 ごく一般的な学生に向けられている価値観であれば、彼は公園で空など眺めずに、帰宅して勉強をすべきなのだ。


 受験ではなく、目の前の試験のためだけにそうすべきだった。推薦のための実績自体はあるからこんなこともできるが。


 大量に抱えている訳でもないすべきこともなさないまま、高校生活を消費する。公園の芝生の上に居る彼の行動の価値はなかった。

 

 上空から落ちてくるそれの存在が無ければ。


「なんだぁ?」


 彼は、小さな点が自分の上にあるのに気づく。そして、それが落ちてきていることにも。


「おわっ」


 慌ててその場から飛びのいた彼の目の前には、美しい落下物があった。クッションとなってひしゃげたらしい布の上にそれは立っていた。


「人間……?」


「人間ではない。狭義のな」


 それが高い知能と繊細に進化した前腕を持つ二足歩行の生物という意味であれば彼女は人間であり、ホモ・サピエンスが人間という意味であれば彼女は人間ではなかった。


 肌は濃紺であり、親指は2本、美しい金髪に覆われた頭頂部から兎に似た耳が二つ生えているのだ。


 ウールシルクに近い材質で、真っ白い布の服をポンチョのようなつくりの服のフードを降ろしているというのも、現代日本においては見ない姿であった。


 青年はとぼけた顔をした。彼はこんな姿の人間を生まれてから一度も見たことはなかったのだ。


「悪の組織から逃げ出した改造人間とかか? 俺は巨大ロボットとか呼んだ方がいい?」

「自己紹介しないといけないようだな。私は惑星国家ユーレオンの王、ユーレオン・カフトリー・リュビン、十七歳! 祖父のユーレオン一世がゼゴー星系の諸派軍閥を統一したが、祖父の死後、父が急死して私がユーレオン三世となった時に革命が起きた」


 ずいぶんと纏められた話に、彼は自分の目の前にいる者が誰なのか逆にわからなくなった。


「よろしく。ユーレオンさん?。おれ……私はアキト。一条明人だ。それで地球に亡命してきたわけ?」

「そうだ。来る途中で捕捉されて緊急脱出する羽目になったがな。あとリュビンと呼べ」


「落ちてきたのはそういう訳か……。ところであれはお友達?」

 半径15mほどの真っ黒な円盤が空に現れていた。それは、彼女の身の上話に説得力を与える。

「違う……。逃げてきたのは私一人だ」


 アキトは彼女の手を取って公園の中を駆け出した。遊具の横を通り、階段を走り降りて、赤い電動自転車に乗る。鍵を開けて自分のヘルメットを彼女に被せ、フレームだけの荷台に座らせた。

「ちょっと一体……!?」

「逃げるよ!」

 

 ペダルを踏み込み、二人の体は風を切る。ベージュ色の文化会館の横を通り抜け、潮風の香りを追って閉まりつつある遮断機の下を抜ける。


 スパイスの香るカレー屋の前を走り抜け、すっかりみんな逃げ出した様子の大通りを爆走した。


「ねえ、海が見えるんだけど」

「分かってる!」

 

 アキトは前輪を持ち上げて左に動かしながら後輪のブレーキを掛け、交差点の真ん中で向きを変える。


「海の上は走れないの?」

「走れたらいいな!」


 アキトは再び強くペダルを踏み込み、国道16号を突き進む。


「この世で一番頼りになるやつがこの街には居る!」


 そう言いながらアキトはハンドルを切って国道から逸れ、米軍基地の門の前に飛び出した。


 アキトは眠そうな表情をしている二人の衛視に声をかける。

「すいません! この子は宇宙人のお姫様で、あのUFOに追われてるんです!」


 二人の衛視の男は、空も見ずに怪訝そうな顔を見合わせた。

「おいジョニー、日本語できたよな? この坊主はなんて言ってる」

「聞いたら笑うぜケルビン。こいつらはUFOに追われてるってさ。おおかた空軍機でも見間違えたんだ」


 二人は笑いながら空を見上げ、すぐにアキト達へと視線を戻した。

「ジョニー、この子らを基地に連れてってやれ」

「お前はどうするんだ?」


 ケルビンは、黒いアサルトライフルをUFOに向けて構えた。


「俺のカービンに、UFOのキルマークをつけてやるんだ。早く連れてけ!」


「こっちだ。それを降りてついて来い!」

 ジョニーがアキト達へそう言い、走り出した。アキトは自転車を乗り捨て、リュビンの手を引いてジョニーに続く。


 彼らの前に機関銃を装備した四輪の大型車両が現れる。

「そのハンヴィー待った! この子らを乗せて海に届けてくれ! あのUFOはこの子らを追ってるんだ」

「任せろ!」

 ハンヴィーの扉が開き、運転手を残して降車した。そしてすぐにジョニーがアキト達を抱えて中に飛び込む。

「いくぜ!」

 運転手がアクセルを踏み、ハンヴィーが軍用車らしいエンジンの勇ましい音を立てて出発した。



 基地の中心部で力強い青い目をした白髪の軍人が、部下の緊急報告を聞いていた。

「基地司令。エイリアンの襲撃です。二人の子供を狙って襲ってきているようです」

「その子らを港にいる潜水艦に乗せて脱出させろ。海上の方が戦いやすい」


「今基地にいる潜水艦は、イベントで来たフランスのディアモンだけです。他は出払っています」

「私が話を付ける。すぐに出航の準備をさせろ。敵が海上に出た時点で武器の無制限使用を許可する。それまでは艦隊による攻撃はなしだ」


「レーザーなら、流れ弾は出ません」

「なるほど、プレブルに連絡。ヘリオスを使わせろ」


 地上からのアサルトライフルや、重機関銃の射撃をものともせず、円盤はゆっくりと進む。


「キャプチャービーム発射!」


 円盤の中心から、アキト達の乗るハンヴィーへ青い光線が照射される。

「これは、捕まっている!」

 青い光を見たリュビンが叫んだ。タイヤが空回りし、ゆっくりとハンヴィーが浮き上がっていく。


「ガンナー!」

 ハンヴィーの上部についた銃座が回転し、重機関銃をUFOに打ち込む。弾丸は甲高い金属音を立ててUFOに弾かれる。

「効いてないぞ! ロケットはないのか!」



「ヘリオス、撃て!」

 海上にいたイージス艦プレブルからレーザーが発射され、UFOが火を吹く。

「着弾! 敵機炎上!」


 スクランブルしたばかりの空自の戦闘機が現れ、ガトリング砲で追い打ちをかけた。

 

 黒い表面に無数の穴が空き、円盤構造が崩壊していく。

「こんなことになるなんて、聞いてない。聞いてないぞ!」

 中の人間は通信機に向けて叫んだ。


 UFOが放っていた青い光線は消失し、ハンヴィーはまた重力に囚われる。


「落ちるぞ!」


 地面にハンヴィーが叩きつけられ、派手に揺れた。


「大丈夫か、少年達!」


 後部座席にしゃなりと落ち着いた様子でユーレオンは座っていた。

「大丈夫じゃない」

 アキトは揺れによってユーレオンの尻の下でクッションになっていた。


「ははは、ラッキーボーイじゃねえか!」

「ジョニーさん、ラッキーを分けましょうか?」

「遠慮しとくぜ」


 UFOが空気を裂きながら落下する音が基地中に響き渡った。



 その直後、数km離れた海上に巨大な真っ黒い五角形の飛行体が現れる。


 全長500メートルはあるそれは、次々と黒い小型円盤を、五角形の辺から吐き出した。


「走れ! あの潜水艦に乗るんだ!」

 近くにいた米兵の一人が叫び、ジョニーが二人の背中を押してライフルを手に取る。


「早く行け! あの桟橋にあるセイルだ!」

 ジョニーの叫び声を背に、アキトとリュビンは走り出した。


 五角形の宇宙空母ガーゴヌの艦内で、二人の将官が話をしていた。濃紺の肌と二本の親指をもつ老人と若者だ。

「戦闘型円盤を発進させてよかったのですか? 捕獲が目的では?」

「捕獲した上で死刑に処すのが目的だ。ここで死んだとて変わりはないのだよ」


 リュビンが慣れない地球の重力に足を滑らせ、桟橋の上で転ぶ。

「リュビン!」

「逃げて!」

「断る」

 アキトはリュビンを抱えた。

 

 二隻のイージス艦が、宇宙空母の前に出る。

「こちらみょうこう。領空内の敵機を攻撃する」

「こちらはジョン・ポール・ジョーンズ。みょうこうに同じく敵機へ攻撃をする」


 しかし、レーダーは敵機を捉えなかった。

「完全なステルス機だと? 射表だ、射表が要る」

「敵の攻撃に合わせればイージスシステムは機能するはずだ」

 みょうこうは手動で攻撃を始め、ジョン・ポール。ジョーンズはレーダーにすべてを託して沈黙した。

 

 複数の戦闘型円盤の底部が数箇所開き、みょうこうに向けて光線が放たれる。レーダーがその僅かな変形による面積の変化を捉えた。


 みょうこうが127mm砲弾を放ち、円盤の一機を叩き落とす。


「今のうちに!」

 アキトがリュビンを抱えたまま、桟橋の上を走り出した。


 次々に攻撃を受けて火を吹く円盤の一機が、二人のいる桟橋に迫った。

「スクリュー逆進、私があの子らに手を伸ばす」

 

 潜水艦ディアモンの艦長の男がセイルの上にあるハッチから体を乗り出して手を伸ばす。彼の帽子が飛び、短い金髪を輝かせながら叫ぶ。

「掴まれー!」


「うおーっ!」

 アキトが手を伸ばし、艦長の手を取った。三人分の体重に二人の手はぴんと張る。


 円盤が桟橋に墜落し、彼らがさっきまで居た場所をガリガリと削って潜水艦がいる方とは逆の海中へと落下した。

「登ってくれ、リュビン。このままだとみんな落ちる……」

「はい」

 ユーレオンが器用にアキトを踏み台にしてセイルの上に登った。続いてアキトがセイルの上に引き上げられる。


「早く艦内に入るんだ」

 三人が潜水艦の中に入ってハッチが閉まった。

「最大戦速! 」 

 艦長の男がそう叫んだ。


「ここは、安全なのですか?」

 リュビンが、恐る恐るといった様子で手先を震わせながら呟いた。アキトは彼女の手を取る。

「きっと大丈夫。俺が守ってみせるから」


 艦長はそのやりとりを横目で見ながら指示を出す。

「いいねえ、エグゾセミサイル。発射」

 SM39ミサイル。通称エグゾセがカプセルに入った状態で艦の前についた魚雷発射管から撃ち出された。

 

 ロケットエンジンが点火し、鋭い翼が空を切る音が潜水艦の中にまで響く。


 ディアモンがミサイルを発射したのを見た付近の各部隊は、攻撃を決意した。


 自衛隊や米軍の戦闘機が爆弾を投下し、道路上に集結した装輪戦車が陸上から砲弾を撃ち込む。


 宇宙空母ガーゴヌはレーザーを無数に吐き出して防衛しようとするも、大気と慣れない実体弾に手間取り、無数の着弾を許した。

「敵戦車から砲撃。5番甲板使用不能」

「ミサイル着弾。3番甲板炎上」

「上部装甲に亀裂!」

 ガーゴヌは煙を吐き出し、戦闘機の発艦を停止する。


「敵艦、沈黙」

 乗員の一人がそう言うと、アキトの腕の中のリュビンがフードを上げて顔を出す。

「助かったのか?」

「どうなんですか?」

 アキトが艦長に尋ねた。


「まだだ」

 艦長が呟く。


 ガーゴヌは全ての光線を逃走するディアモンに向けた。進路を変え、艦自体もディアモンを追う。大気に威力を殺されながらも、光線は徐々にディアモンへと近づいて行った。


「光線が有効となるまでの時間を推定しろ」

「距離と速度からあと28秒です」

 周辺にいた駆逐艦デューイが、周囲の艦艇たちに測定した残り時間を伝えた。


「偽装解除、敵艦を砲撃する」

 護衛艦ながとの周りの天幕が落ち、二基の主砲が回転してガーゴヌの方を向いた。

 

「撃ち方始め」

 ながとの主砲が火を吹き、四発の砲弾が飛び出した。


「光線着弾時刻まで10、9、8」


「大丈夫。きっと大丈夫だ」

 アキトが、恐怖で震えるリュビンの頭を必死にさする。


 金属が激しく擦れ破断する音と共に、砲弾がガーゴヌに命中した。徹甲弾がガーゴヌの主機関の一つを貫き、火花を散らす。

「機関損傷、光線停止。戦闘不能です」

「退避する」

 

 眩い光と共にガーゴヌが姿を消し、二度目のながとの斉射砲弾は海へと没した。

「敵艦、逃走!」

「戦闘終了。周囲の哨戒を行え」


 ディアモンの艦内にもガーゴヌの逃走は伝えられた。

「助かったみたいだ。リュビン」

「ほんとに……?」

 リュビンはアキトの腕の中で天井を見上げた。


「ああ、敵は逃走した。もっとも、宇宙の姫君はしばらくこの船に乗ることになるがな」

 艦長が、リュビンの方を向いてそう言った。

「なんで?」

 彼女は心底不服といった表情をとる。

「原潜ディアモンの中が用意できる中で一番安全な場所だからだ」


 ディアモンは、太平洋に向けて舵をとった。

「君は一応このディアモンを降りても大丈夫なんだが……」

 リュビンはアキトの服を強く掴む。


「俺、この子を守りたいです」

「気に入った!」

 艦長とアキトは固い握手をした。


「私はディアモンの艦長のロマン・フルトン。趣味は語学だ。こんなふうに役立つ」

「僕は一条明人です。高校二年で、趣味は……生物学ですかね」

 ユーレオンがアキトから離れて立ち、ロマン艦長の方を向いた。

「私は、ユーレオン・カフトリー・リュビン。惑星国家ユーレオンの三代目国王だ」

 ロマン艦長は少し驚いた表情で、彼女に問いかける。

「それでは、失礼なことを聞くかもしれないが、君が国王であることを証明するものはあるかな」

 リュビンはしばし考え、口を開いた。

「今回の戦いで撃墜された機体に乗ってた奴らに私の顔写真でも見せればいい」

「なるほど。じゃあ写真を取って横須賀基地に聞いてみよう。カロン副長、カメラを持ってきてくれ」

 三人の様子を少し離れて見ていた若い中佐が小さく頷き、その場を離れた。

「アキト、地球に写真撮影の作法はあるのか?」

「ピースするなあ、こう手のひらを相手に向けて、指を二本のばす」

 アキトはリュビンに向けてピースサインをした。彼女はそれを真似て右手でピースサインをする。

「持ってきましたよ。私に撮らせてください」

「任せた」

 カロン副長がコンパクトなカメラを二人に向ける。

「……なんて言うんですか日本語で」

「はいチーズだ。私が言おう」


「はい、チーズ」

 カロン副長がシャッターを押した。


 横須賀基地に送られたピースサインをする二人の写真には、両者の笑顔が綺麗に写っていた。

「歴史の教科書に載りそうだな。捕虜たちに見せてやれ」

 


「失礼いたしました。ユーレオン三世」

  ロマン艦長とカロン副長は彼女に向けてお辞儀をした。

「リュビンでいい」



 日本のテレビ局の一つの上に小型の黒い円盤が出現し、ヘリポートへ着地した。


「CM終わりまで30秒でーす」

 午後のバラエティー番組の途中に、ヘルメットを被り薄いスーツを着た宇宙の兵士たちが乱入する。数人が出演者や局員たちに銃を向け、一人の男がヘルメットを脱いでつるりとした頭をあらわにして叫んだ。

「この放送は我々がジャックした」

「まだCM中なんで、放送してないです……。CM明けたら言いますから」

「わかりました」

 ADにそう言われ、男は素直に従った。


「CM明けました」

「地球人類の皆様。この放送は我々が乗っ取らせていただきました」

 先ほど注意したのとADが兵士から解放され、彼の横に出てくる。

「すいません、これ国内放送なんで地球人類全体には届かないんですよ」

「あ、そうなの。どうやったら全人類に届けられる?」

「動画サイトの生放送付けてもらいますね」

「じゃあお願い」


 ADがその場を離れ、戻ってきてからフリップで生放送が始まったことを伝えた。

「まず、このような手荒な始まりになってしまったこと、大変申し訳ございません」

 男は頭を深々と下げた。

「申し遅れました。私はゼゴー共和国の外交官ウンネ・グルーム・モゴという者です」

 SNSで少し話題になり聴衆がネットを通じて僅かに集まる。

「我々ゼゴー共和国は、ユーレオン帝国が革命によって崩壊し誕生しました。その際、逃亡したユーレオン三世を我々は追っているのです」

 少しずつ世界規模でも拡散され始める。

「我々による横須賀基地の襲撃は、ユーレオン三世がそこへ逃げ込んだことで発生しました。彼女を引き渡してくれれば、我々は一切の危害を加えるつもりはありません」

 モゴは写真を取り出し、カメラに向けた。

「これが彼女の写真です」

 彼の放送が続く中、横須賀基地の米軍も配信を開始した。

「この基地は宇宙人からの襲撃を受けました」

 カメラには横須賀基地の惨状が映された。宇宙空間航行用に作られた軽戦車並みの装甲の機体が撃墜された跡が大量に残る。

「みょうこうの砲塔を見てください。円盤が衝突し、砲身がぽっきりと折れています」

 円盤になぎ倒された軍用車や、レーザーで焼かれた跡のある森などが映し出された。


 二つの動画は相互作用を起こしながら話題性を伸ばしていった。やがて、当事者ではなかったはずの各国の首脳の目に留まる。

 

 世界各国に駐在する日米仏大使と、首脳陣は酷く忙しく仕事をする羽目になった。


「彼女自身はただの少女ですが、星系を支配した彼女の祖父の責任は誰かが取らなくてはならない。象徴としての処刑が我々には必要だ」


 内閣総理大臣はその言葉を聞いてから緊急記者会見を行った。

「我々の見解としましては、ユーレオン・カフトリー・リュビン氏は我が国に逃げ込んで来た難民であり、帰国によって深刻な人権侵害が行われる可能性があるため、このまま帰国することはできない。という判断です」

 記者の一人が手を挙げた。

「それは、ゼゴー共和国との関係悪化、ひいては戦争に繋がらないですか?」

 予想されていた質問であった。

「ゼゴー共和国側が武力行使による人権を無視した簒奪に走れば防衛出動が行われますが、それはゼゴー共和国の理性的な対応からして、行われることはありません」


 フランス、アメリカの首脳も日本に似た結論を出し、ディアモンにもその情報が入っていった。

「なるほどな。リュビン、君は助かったらしい」

 通信でこのことを聞いたロマン艦長は笑顔で彼女にそれを伝えた。

「よかったね、リュビン」

 リュビンは現実味のない潜水艦の中での出来事であるその情報を受け止められず、ぽかんと口を開けていた。

「艦長、予定を前倒ししてシドニーに向かうでいいんですね?」

「そうだな、ゼゴー共和国に発見されないために潜行した状態で向かおう」

 ロマン艦長がカレ通信士の元へ移動した。

「カレ少佐。本艦はこれより潜行し、シドニーへ向かうと大使館宛てで送ってくれ」


 太平洋に出たリュビが少しずつ沈んでいった。


「そういや、腹が減ったな。ロマン艦長、この船の昼食は何時なんだ?」

「昼食はもう済んだんだ。そうだな、退艦した時に買った土産がある。もってこよう」

「そういや私も」

 ロマン艦長とカロン副長は仲良く席を外した。他の乗員も椅子や小さな段差を利用して息をひそめる。


「リュビン、君は地球の食べ物を食べられるの?」

「似たような進化をした炭素生命体だ。大丈夫だろう」

「そういや、正式にはユーレオン三世みたいだけど、こうやってリュビンって呼んでていいの?」

「ユーレオン・カフトリー・リュビンのうち、ユーレオンとリュビンは家の名前だ。そしてユーレオンは儀礼用の名前で、のこったのが個人名のカフトリー」

「じゃあカフトリーって…」

「もうユーレオンもリュビンも私だけだ」

「わかったよ。リュビン、0人にはしないさ」

 アキトがリュビンに右手を伸ばした。リュビンはその手を両手で強く掴む。

「最後まで助けきってね」

「もう助かったろ。日本もゼゴーと戦争するつもりはないんだし」

「ゼゴー共和国は革命を起こしたてだ。外交部よりも軍部の方が力が強い。ここで戦果を挙げた家は今後の国家運営で力を持てるしな」

 真面目な話になったところでロマン艦長がひょっこりと姿を現す。

「まあ、このディアモンにいる限りそれは大丈夫だ。カツサンド食べる?」

 ロマン艦長が、横須賀帰りの艦内で食べるつもりだったらしいサンドイッチの箱を開けた。


 カロン副長がアキトに手招きし、カレ通信士の元へ連れて行く。

「親御さんへ連絡しないとだ、学校と住所なんかを横須賀基地に送ろう」

「はい」


 リュビンがカツサンドを食べている間にも、彼女の恐れたことは現実になろうとしていた。


 超光速で飛行可能な別次元空間、アザーンには無数の宇宙空母や宇宙揚陸艦が存在していた。

「空母ガーゴヌがやられて黙っていられるか! 我が家の家名を背負う空母だぞ! 我々はこのガンデンガでフランスに揚陸攻撃を仕掛ける! そうすればあの船をおびき出し、港にある同型艦から情報を得ることもできる」


 ガーゴヌ家の次男であるガーゴヌ・ガラン・ガンデーはぼろぼろの空母に乗る兄にそう叫んだ。

 体つきのよく、髭と繋がった黒い髪を持つ豪胆な男ガランとは対照的に、話し相手のガーゴヌ・デラン・ガランデーはワックスで固められたオールバックで軍人としては細い体つきだったが、物事を見る目はあるらしくその発言に心持ちを乱す。

「待て! それは…」


 ガランは反論も聞かずに異空間アザーンを縦に長い四角形の揚陸艦と共に去った。

「馬鹿なことを…!」

 長男デランはそう声を絞り出して机の上にあった縦に長い四角の揚陸艦の駒の一つを倒した。

 

 フランス大統領オテル・ボナパルトはフランス北東部に出現した揚陸艦の対処に追われることとなる。

「ドイツが国境で不審な動きをしていると言うのに…!」

 禿頭の中の灰色の脳細胞をフル回転させた。

「敵からの攻撃があり次第攻撃を許可する。そして多国籍軍の編成のために私が常任理事国には話を通す。いいかな?」

 

 大西洋で演習中の戦艦リシュリューを旗艦としたフランス艦隊が、本国へと踵を返した。


 アメリカで米軍車両の搭載試験を行っていた日本の輸送艦せいてんが出航する。


 ディアモンに瓜二つな潜水艦アメティストが、海中のディアモンの元へとやってくる。

「こちらアメティスト。ディアモンのふりをして浮上し、フランス本国の救援に向かう」

「了解。本艦はこのまま潜航し、シドニーに向かって改装を受ける」

 

 ディアモンとアメティストは少しの間二次元的に見ると全く同じ動きをした。


 ディアモンは相変わらず海の方を突き進む。

「一体どうしたんですか? ロマン艦長。さっきの通信は」

 アキトが首を傾げた。

「フランスが攻撃を受けるかもしれない。我々を誘き出すための罠かもしれないから、別の潜水艦が囮になる」

「私のためですか?」

 リュビンがアキトの隣へ乗りでた。

「違うな、小さな子供を生贄にして戦争を回避する国家の人間になりたくないだけだ」

  艦長は十代の頃の自分を思い浮かべてそう言った。


 アメティストが海上に姿を現す。


 人工衛星からデータを抜いて地球の情報を得ていたゼゴー共和国艦隊はそれをとらえた。


「デラン様、目的艦は太平洋上に浮上。進路を南西に転針したことから本国への救援へ向かうと思われます」

「ガランめ、最低限の仕事はしたか。どうせ戦うしかないのだ。奴らをインド洋に到達はさせん」 そう言ってデランはホログラムで自分たちの戦力を確認した。

「東南アジア一帯に展開できるだけの揚陸艦を用意しておけ、おそらくゲンペロン戦車のタングステン装甲だと走れないから今のうちに軽戦車仕様の鉄鋼板に変えるんだ」

「ガラン様に伝えますか? あの方も戦車を…」

「必要ない。あっちは平地だからな」


 数隻の航空巡洋艦が停泊位置を離れる。


「ダボル家の奴らか?」

「はい、あの会話を盗み聞いていたようです」

「好きにさせておけ。奴らは反乱兵として扱われる。臨時大使館にも伝えろ。馬鹿め、この捕獲作戦を戦後に発言権を増すための戦果稼ぎにするつもりだな」


 テレビ局内の一室を間借りし、様々な通信機器を置いて作られたゼゴー共和国臨時大使館にとっては些細な出来事に過ぎない。

「え、反乱? はいはい。発表しときます」

「正式な宣戦布告? ありません。あらゆる軍事行動は現場の独断ですよ」

「フランス大使が来てる? 15分待ってくれ!」


 軽く発表された反乱巡洋艦の事実を各国は重く受け止める。

「運用可能なすべての装備の手入れをしろ。緊急離陸用のロケットも、博物館の戦車もだ!」

「いずもの艦載機は用意できないのか? イランに向かえ、同盟を締結して飛行隊を借りる」

 

 真っ黒い菱形の巡洋艦三隻が、フィリピンのマニラ上空に出現した。

 

 船体の上下に十二基ずつある円形のカバーが開き、鋭角から大地に向けてレーザーを放った。

「逃げろ!」

 誰かが叫んだ。


 レーザーは埠頭や停泊している船舶を狙い、輸送用のコンテナが次々にチョコレートのように形を崩す。

「スクランブルだ! 全機発進」

「全車出撃」

「全艦反転百八十度、目標、首都上空の敵艦!」


 フィリピン陸海空軍の反撃が行われる。しかし、フリゲートの砲撃や戦車砲、攻撃機のロケット砲を受けてもびくともしない。

「フハハ! 脆弱な空母とは違う! 我々がユーレオン三世を仕留めるのだ!」



 フィリピンでの戦闘が行われ、フランスに現れた揚陸艦が沈黙する中、ディアモンは静かに航路を進んだ。


「私たちはこのままここに居て良いのかなあ」

 艦内の硬いベッドの上でリュビンはそう呟いた。


 彼女にとっては重く長く、そして何もないある種の幸せな時間が流れた。

「ふふふアキト、いずれ私が良い立場につけたらそれなりの褒美をやろう」

「楽しみにしとくよ」

 

 電子書籍の入ったアキトのスマホを二人で一緒に読むことが日課になり、二人してギリシアの青年エウメネスの物語に夢中になっていた。


「家にあるなあ…紙のやつで。てっきり教育漫画だと思っていたが…」

 ロマン艦長は彼らを眺めて誰にも届かない独り言を吐いた。


 やがてディアモンはシドニーに到着する。それなりの小遣いを貰った二人はシドニーの街へと躍り出た。

「これ、日本にもあるけどおいしいんだよね」

 アキトは街を歩きながらチョコレートビスケットの袋を開き、一つをリュビンの口へ、もう一つを自身の口にいれる。

「ははひはほほへーほはふひははは」


「なんて?」

 口の中のビスケットを飲み込んでからアキトはそう聞いた。

「いや、チョコ好きだなって」

 リスのようにチョコビスケットを頬張った状態でリュビンはそう言った。

「どうやってるのそれ」

「翻訳機でどうにかしてる」

「すげーなあ」


 そんなことを話しながら、二人は動物園へと入って行った。

「コアラにキリンに……いろんな動物がいるんだなあ」

「我々の星と変わらないなあ」

 あらゆる出来事を考えていないような表情のコアラの前でリュビンは呟いた。

「収斂進化ってやつかな。キリンもいる?」

 アキトは首の長いキリンを指差した。

「いないな。あんなヘンテコ」

「じゃあもっと近くで見とこう」

「もちろん」

 リュビンが彼の手を引っ張り、キリンの檻の前にある柵までやってきた。

「これは、ここから見るとまつ毛がかわいいな」

「ほんとだ、わさわさしてる」

 彼らはしばらくの間、檻の向こうに居て首を振り回すこともないキリンの顔を見上げていた。


 ぴょこぴょこと跳ねるカンガルーの檻の前で、アキトは蘊蓄を披露する。

「有袋類ってオーストラリアにしか居ないんだ」

「ユータイルイ?」

 

「ほら、あのカンガルーのお腹にポケットがあるでしょう?」

 リュビンはふさふさとした毛の生えたカンガルーの腹を凝視する。

「うーん、あっほんとだ。子供が入ってる!」


「かわいいよね」

「うん、でも私の方がかわいい」


「よくもまあそんなことを」

「ふふっでもかわいいでしょ?」

 リュビンは玉のような笑顔をアキトに見せた。


「それはそうだ」 

 アキトの目線は彼女に吸い寄せられてしまった。



「俺、カイジュウと戦うために軍に入ったんですよ」

「宇宙人の監視なんざ、人間同士の戦争よりずっとそっちに近いだろ」

「戦いはしませんけどね」

 二人の様子の監視を任されたオーストラリア軍の男たちは、ぼやきながら一般客に紛れていた。


「なんかやけにムキムキの三人くらいがこっち見てない?」

「きっと私たちの様子を監視してるんだ」

 訂正、紛れられてはいなかった。



 のほほんとリュビン達が過ごす中、地球の裏側のフランス軍は戦闘に突入していた。


 両軍とも装備に用いられる技術はほぼ同じだが、巨大な揚陸艦に搭載された六百両の戦車はフランスの空軍が産む優勢すらも覆しかねなかった。


 戦闘機ラファールが次々と戦車部隊の上空に突入して爆弾を落とすが、重量と防御力に優れたタングステン装甲を吹き飛ばすことはできない。

 どこの国の迷彩とも違う銀色に輝く戦車が、我が物顔でフランスの大地を踏みしめていた。


「バンカーバスターを搭載したイーグルが来る!」

「あと何分だ!」

「もう離陸した。あと十分だ!」


 百五十両のルクレール戦車と、無数の火砲、対戦車ロケットを装備した軍人達が陣地を構築していたが、対戦車地雷の設置は間に合っておらず、耐え切ることは不可能に思えた。


 木などで偽装したルクレール戦車の陣地に、ゲンペロン戦車が迫る。榴弾砲が次々に弾着するが、砲弾に天板を貫かれて乗員と砲弾が纏めて吹っ飛んだ数両以外に目立った損害はない。


「敵先頭集団、射程内に入りました」

「全車、撃ち方始め!」

 

 ルクレール戦車が砲撃を始める。長砲身百二十ミリ砲から次々と矢の形をした砲弾が放たれ、夏の日の雨粒のようにゲンペロン戦車に強く降り注いだ。


「馬鹿! なぜ止める!」

「わからん! どこがまずいところに当たった」

 エンジンや変速機。


「あれっ、残弾がない」

 弾薬庫。


「どこに向かってるんだお前!」

 操縦手。


 無数の劣化ウランの矢がゲンペロン戦車の部隊を襲い、先頭の数十両が火を噴いたり砲塔や車体の一部を爆散させながら動きを止めた。


 続く数十両も損傷を受けて前進が緩まる。


「撃ち返せ!」

 動く限りのゲンペロン戦車数百両が、狙いもつけずに次々と砲撃を始めた。


 砲塔だけを露出したルクレールは、複合装甲によってほとんどの砲弾を弾くか躱すかした。

 しかし、数の差を縮めることはないくらいの損傷や戦闘不能車両が出る。


「これはジリ貧になるな」


 ゼゴー共和国のガランは揚陸艦の指揮室で、満足げに状況を眺める。

「残りの戦車部隊も出しますか?」

「出す。ただし今の部隊とは逆の向きにだ」


 ガランの眼には、フランスの援護に来るドイツ軍が映っていた。

 

「嵐も雪も、太陽輝けど」

 ドイツ語の歌が、フランス軍もゼゴー軍もそこらじゅうの通信に響く。

「灼熱の昼も凍てつく夜も」


「全車発進だ、早くしろ。これだと挟み撃ちだぞ」


 無数のレオパルト2戦車が現れる。

「顔が埃にまみれても心は朗らかに」


 その中にはギリシャ、スペインはじめとしたドイツ以外の国の戦車もあった。

「我らの戦車は風を切り進む」


 また別の方向から次々に駆動音が響く。

「世界最強のヤンキーを忘れるなよ」

「せっかくアルマータをかっぱらってきたのに!」

「わざわざブリテン島から輸送してきたんだ。戦わずに終われるか」

「アルプスを超えて来たのに案外集まってるじゃないか」

「スカンディナビアを駆けまわって武装を集めたのに、これじゃ見劣りするな」

「ヒトマル式全車現着。しかしまあ国連軍かよこれは」

 

 合計六百両ほどの戦車が集まっていた。混乱したのは現場の指揮官たちだ。

「通信を全部開け、こちらフランス陸軍臨時機甲打撃部隊。貴官らの所属は?」

「こちら欧州義勇臨時国防群。国籍は様々」

「ええー。どうする? ああ、それでいいか。こちら日本戦車特捜隊」

「こんなネーミングでいいのか。こっちはアメリカグランドアーミー」

「こちら、イタリアスキピオ隊」

「俺達はイギリス。ウルトラマリーン隊」

「スカンディナビア義勇戦車隊」

「東欧義勇軍だ」


 

「まずいな。本艦も前線に出せ。全ての車両と武装でフランス西海岸まで突っ込むしかない」

 揚陸艦が飛翔し、フランスの防御陣地に向けて全ての車両と共に進みだす。


「まずい、戦力差を感じてこっちに一点突破する気だ」


「隊列を乱して混戦に持ち込む。全車吶喊!」

 陸自の戦車が列をなし、ゼゴー共和国の戦車隊の真横に突っ込んだ。


「すごいぞ。全周目標だ!」

「この中に飛び込んできやがった!」


「我々も続くぞ」

 各国の部隊も次々とゼゴー共和国の戦車部隊の中へと迫っていった。

 フランスの平野で、無数の戦車同士の大混戦が始まった。



 しばらく遊んだのち、リュビン達二人はキャンベラの地下にある施設へと連れていかれる。


「なにがあるんですか?」

「私も聞いていない」

 ロマン艦長と二人は、数人の銃を構えた兵士と共に広いエレベーターで深くまで降りていった。



 エレベーターの扉が開く。彼らの目の前に現れたのは、停止している黒い円盤だ。

「「映画で見たやつだ!」」

 ロマン艦長とアキトの脳裏をよぎったのは同じ映画であり、リュビンは一人取り残される。


「攻撃は、あと五時間で始まる」

「モールス信号のシーンか。あの映画を見た時、私が子供だったら空軍に志願していたなあ」

 

 二人が楽しげにおしゃべりを始めたところで、リュビンはその見覚えのある円盤の前へと歩みを進めた。


「ちょっとその脚立貸してください」

「どうぞ、天板に乗らないでくださいね」


 借りた脚立を引きずり、リュビンは機体の上に乗った。そのまま慣れた手つきでハッチを開き、機体の中に侵入する。

 そして、狭い機内に貼られたステッカーを見つけた。

「これは、私が乗ってきたやつだ」

 彼女はそのまま暗い機内で電源のレバーを見つけ、それを下げた。

 発動機が作動し、機内に無機質な明かりが灯る。大きなモニター画面が点き、二人が兵士たちと映画の話で大盛り上がりする様子が映し出された。

「仲いい同期がホーネットのパイロットなんだ」

「すごい!」

「原潜の乗組員はいないのか?」

「オーストラリアにはないよ!」


 彼らが楽しげにおしゃべりをする様子に不機嫌になりながら、リュビンは機体の損傷を見る。

「脱出装置が補完されている。それに、機体に新しいブースターが付いてる。案外文明レベル高いよなあ…」

 機体の開いたスペースに括り付けられた通信機がノイズと共に起動する。

「お嬢ちゃん。それの持ち主は君かい?」

 優しそうな老人の声だとリュビンは感じた。

「ええまあ」

「少し弄らせてもらったよ。ただ、君から話を聞きたいんだ。これがどういう航空機か」

「いいですよ。機械の話は嫌いじゃないので」


 各々の話に花が咲く。その中でも、リュビンの方の話はこの戦いに必要なものだった。

「異空間アザーンを利用して、光速を超えた移動ができる。しかし、軍の装備は未成熟なんだ」

 撃墜され地に堕ちた黒い円盤が彼女の脳裏に浮かぶ。


「何故だい?」

「ゼゴー星系は、単一国家ではなかった。ユーレオン帝国が50年ほど前に誕生して初めて大型艦を作った。あの戦闘機はそもそも宇宙空間で運用するための装備だし、大気がここみたいに濃いとレーザーは通じない。こんな大規模な遠征は想定していなかったんだ」


 今は亡き父に連れられて見学した軌道上造船所。そこで建造されている最中の大型揚陸艦の様子を思い出しながらリュビンはそう言った。

「もっと大きな船も造る。そうすればもっと帝国を大きくできる」

「そしたら、おいしいものたくさん食べれる?」

「もちろんだ」

 病で急逝した父の顔が、蜃気楼のように姿を消した。


「なるほど、地球侵攻なんてのは考慮してない訳ね。その、君の機体は我々には扱えなかった。それは関係あるのかい?」

「あれは緊急用の機体だから、私の生体認証がなければ動きはしない。他はそうでもないかな。ところで一つ思い出したんだけど。ゼゴー共和国には新型戦艦があったはず」

 通信機の向こうで老人は顔を険しくした。


「それは、ゲームチェンジャーなのか?」

「バリアシステムを搭載している。最低でも熱核反応兵器未満の攻撃は効かないくらいの」

 老人は頭を抱え、メモを取った。


「弱点は知らないか? それか弱点を知っている者はいないか?」

「バリアシステムは生命体とその周りにあるものには反応しない。そして艦内には張ることができない.......私が逃げた時知れた情報はそれだけだ」


「わかった。もしもここが襲撃を受けたりしたときは君はそれに乗って脱出するかもしれない。欲しいものは用意しておこう」

「後部に機銃が欲しいなあ。逃げるってことは相手に機体の後ろを向けるってことだから。それと、この星の空力にあった形になるように形状の改良とか……」

「形状の変更は難しいな。機銃はやってみよう」

「ありがとうございます」

「感謝してもらったところすまないが、気休めにしかならないよ」

 

 世界にディアモンと同じ姿をした潜水艦は四隻存在する。アメティスト級原子力潜水艦は、アメティスト、ペルル、テュクワーズ、ディアモンの四隻あるのだ。


 東南アジアで囮として逃げ回っているアメティスト、フランスを攻める揚陸艦ガンデンガの目標役として西部のブレスト市の港に留まるペルル、シドニーに身を隠したディアモン。


 残り一隻のテュクワーズは、アメティスト級が狙われるとまずいと判断され、太平洋に浮かぶニューカレドニアに逃げ込んでいた。

 緑色のシートをかけられ、その上に枝葉が付けられた潜水艦が横から見ると露骨に目立っている。

「おじちゃん、あれで隠したって言うの?」

「おじちゃんじゃなくて艦長だよ。上から見たらわかんないさきっと」


 乗員達も住民たちに紛れて、華麗にカモフラージュされていた。



 アキト達四人はキャンベラの市内に出た。

「我々はおそらく、フィリピンとフランスでの戦いが終わるまでオーストラリアに留まることになるだろう。君たちもオーストラリア政府に生活を保障されるはずだ。これでひとまず我々の旅はおしまいだな」

「お世話になりました」

 ロマン艦長の言葉に、アキトは頭を下げ、リュビンもその真似をした。


「ロマン艦長」

 迎えに来たカロン副長が、自身の右手のひらを彼に見せる。アキト達はその様子をきょとんとしながら見ていた。

「そうだったな。二人とも、これがフランス式だ。また会おう」

 ロマン艦長とカロン副長は自身の右手を額の前に持っていき、手のひらをアキト達に見せた。


「また会いましょう」

 アキト達もその真似をした。


 やがて、二人、というかリュビンの護衛の兵士に連れられて二人はホテルへと向かった。

「だいぶいい部屋だなあ」

「ふっ。私の実家に比べれば…」

「比べるもんじゃないだろ王様」


 リュビンは二つあるベッドを見てすぐ、それに飛び込んだ。

「シャワーかなんか浴びようよ。それやる前に」

「やだー! ゴロゴロしながらご飯食べたい!」

「はあ、なんか買ってくるよ」

 警備の兵士の一人に許可を取り、アキトはホテルの外に出た。


「待った待った。私も一緒に行く。君の護衛だ」

 髪型を丁寧にセットしてダブルのスーツと子洒落た赤白ストライプのネクタイにアタッシュケースを持ったビジネスマンのような風体の男がアキトに声をかけた。


「あなたは…?」

「私は、フレッド・ミッチェル。君たちの言い方で言えば一等陸曹になるかな」

「すいません階級とか全く分かんないです」

「あそうなの、まあ行こう」


 二人は街の中の食料品店に入る。

「菓子とジュースでいいかな? 夕飯はすぐじゃないけど遠くもないから」

「はいまあ、そんなとこです」

「なにを買ってくのがいいかなあ」

「グミとか」

「チップスもありだ」

 口々に商品の名前を言いながら、お菓子や軽食、飲み物を二人はかごへ放り込んでいった。


 十数分後、ホテルには年相応に沢山の菓子に喜びながらそれらを頬張るリュビンの姿があった。


 ミッチェルがドアを少し開けてアキトに手招きする。

「なあアキトくん」

「はいはい?」

「彼女って思ったより普通の子供なんだな」

「そりゃあそうでしょうよ」

 アキトは部屋を出ながら笑って答えた。


「しかし彼女も大変だな。十代かそこらの多感なときだろう。それなのに故郷を離れて」

「十七歳ですよ」

「そうか、それぐらいの歳のわりに自己形成に困らないで済むのはよさそうだがにしてもなあ。君は自分が何者になるとか考えてるのか?」

「僕は海洋生物学者になります。もう免許のために勉強してるし」

「海技士とかか。大変なんだな高校生」

「彼女ほどじゃないです。じゃあ」

 アキトはミッチェルの元を離れ、リュビンの前に舞い戻った。


「このクッキーおいしいよアキト」

 リュビンが放り投げたバター風味のクッキーをアキトはうまく口で受け止めた。

「ほんほは、ははーふふひへほひひひ」

「アシカみたいだなあ」

「ひどいこと言うねえ」

 

 二人はおしゃべりをしながら、時は経って行った。やがて、満月が空に昇る。

「ねえ、アキト。私はもう王にはなれないと思う。ガーゴヌ・デラン・ガランデーという賢い奴がいるんだ。それに政争で勝って王政復古というのはもうできないだろう」

「そう、じゃあどうしようか。こっちで本でも出す?」

「それもいいなあ。それでしばらくは持つかも。それで印税が尽きたら」

「尽きたら?」

「私を養ってよアキトが」

「……考えとく」


 アキトは掛け布団を頭から被った。


「甲斐性なし、一回助けたんだから最後まで手を伸ばしてよ。……そもそも私はそんなことができるほど生きてられるのかな」

 

 リュビンも布団を被ってそう呟いた。恐怖と不安に押し出された涙が彼女の頬を伝った。

 

 徐々に闇が太平洋を包んでいく。都市と戦火の光だけが確かに輝いていた。


 戦艦三隻、空母四隻、巡洋艦八隻、その他補助艦艇多数を擁するフィリピン救援連合艦隊の参戦によって、趨勢は覆されていた。


 空を飛ぶ三隻の航空巡洋艦は、逃げるようにして戦闘を続ける。

「指揮官、三番艦からの通信です。エンジン大破。飛行不可」

「負けだなこれは……アザーンへ退避しなければ」


 最も後ろにいた空中の航空巡洋艦が、傾きながら高度を落としていく。船体上面についた無数の損傷を背後に迫っていた戦艦アイオワに見せ、火を吹いた。


 艦内に残っていた不発弾が、傾いたことで信管が作動して次々に爆発する。さらに、米海軍の戦闘機がレーザー誘導で爆弾を命中させた。


 船体が二つに割れて、航空巡洋艦は海に沈んだ。

「あるだけ打ち込んでやった甲斐があったぜ!」

 フィリピン陸軍の火砲陣地から歓声が上がった。

 

「敵はひるんだはずだ。畳みかけるぞ!」

 イージス艦世宗大王、こんごう、大連が次々に対艦ミサイルを発射する。


「近接防空は!?」

「全損しています!」

  

 もう一隻の航空巡洋艦も三発のミサイルが着弾して空中で破断し、五つほどに船体が分かれて墜落する。


 一隻だけ残った空の巡洋艦は、輝きとともにその場から消えた。

 

 異空間アザーンへと逃げ込んだ航空巡洋艦とその乗員は、嘲笑うような労いの言葉を他の艦からかけられてその場を離れていった。



 フランスの草原で、揚陸艦は擱座していた。乗せてきた戦車部隊も散り散りになって殆どが降参している。

「降伏する。総員退艦」


 無数の戦車に囲まれた状態の揚陸艦から、ゼゴー共和国の軍人たちが次々に出て行った。



 ガーゴヌ・デラン・ガランデーが、それらの状況を見て呆れる。

「やはりこうなるか……。新鋭戦艦のやつらがこちらの指示を聞けば勝機はあるか。……誰がどんなに死のうとも、私が実権を握れさえすれば勝ちなのだ」


 やがて、宇宙戦艦八隻が彼方から現れる。紡錘型の船体に、上下に二基、計四基の大型四連装砲、その他の対空武装と、艦体下部に取り付けられたヒレのような冷却システム。


 そびえたつ艦橋も含め、円盤と比べれば旧式にも見えるようなその姿は、独特な威容を誇っていた。

「探査用戦艦……高濃度大気で運用可能な実体砲艦。いつ見てもカビの生えた設計に見えるな」


 戦艦八隻、空母十七隻、巡洋艦二十四隻、揚陸艦三十五隻、その他補助艦艇多数のゼゴー共和国艦隊は、今にも地球へ飛び出さんとしていた。


 イギリスで3Vボマーのエンジンが始動し、スミソニアンからボックス・カーが運び出される。


 秘密裏に護衛艦ながとは新型砲弾を搭載し、列車砲がポーランドの地下から運び出された。


 アキトはリュビンと別れ、ミッチェルと一緒にピザ屋に入っていった。

 席についてマルゲリータを二枚注文する。


「リュビンちゃんは機械いじりが好きなのかな」

「さあ……。機械のことも彼女のこともさっぱりわかんないです」


 二人の元へ店員が水の入ったコップを置いた。

「ありがとうございます」

「君はどうなの? 彼女のことは好き?」

「…………えっと」

「好きな子の間だったな。今のは、勇気出せよ。あるんだから」

 アキトは無言で机に伏せた。

「わかってますよ……」



 リュビンの円盤に、30ミリ機関砲が取り付けられる。

 その様子をすっかり仲が良くなった老紳士とリュビンは眺めていた。

「ブッシュマスターという我が国の装甲車にもある無人銃座だ。エンジン出力からして十分に戦うことができるだろう。しかし、誰を乗せるんだ?」


「アキト!」

「ええーっ!」

 エレベーターが開いたと同時に名前を呼ばれたアキトは驚いて振り向いた。


「姫様がお呼びだ行ってきな」

「はいはい」

 ミッチェルに背中を押されてアキトはリュビンの元へ力無く歩いた。


「誰か射撃に長けた人に乗ってもらえば……」

「私は、あなたにしか背中を預けたくない」

 リュビンは目一杯背伸びをして正面からアキトの両肩を掴んだ。

「俺に任せてくれ」

 

「じゃあ早速訓練だね。用意しておいてよかった」

 優しげな老人の声と共に、ジュラルミンの壁が開いて射撃場が現れる。

 大型の機関砲と、独立したモニターが置いてあった。

「アキト君。やってみようか」

「はい!」

  

 30ミリ砲の射撃音が響く。大型の的に弾丸が次々と当たった。

「いいねアキト君。腕も、性能も」

「これなら私達を守れるな」

 


 エレベーターが降りてきて、一人の男が室内に駆け込む。

「大使館からの発表です! ゼゴー共和国軍総司令官が、軍の撤退を表明しました! 終戦です!」


 空気は静まり返った。リュビンの目に涙が浮かぶ。

「……助かったんだ。私」

 そのまま彼女はアキトに抱きついてわんわん泣いた。


「きちんと事実確認ができたら、これに乗って空の散歩でもしてきなよ。ミッチェル君、空軍に連絡してくれるかな」



 オーストラリア中央に広大に広がる砂漠の空を、円盤が飛んでいた。


 中では「デイジー・ベル」が流れている。IBM 704が歌ったテープが回っていた。

 二人はそんな機体の中で背中合わせになった二つの座席に座っていた。


「これってなんて言ってるんだろう」

 渡されたテープを使っただけのアキトは、独特な電子音と聞きなれない英語のメロディーを拾いきれていなかった。


 曲が進むとともに少しずつリュビンの頬は赤くなっていった。

「ねえ」


 「デイジー・ベル」が止まるとともにリュビンは俯いた。


 少しの沈黙の後、彼女は歌いだす。

「デイジー、デイジー。答えておくれ」


 アキトが席を立ち、リュビンの元へと歩く。


「私はおかしいんだ、あなたへの愛で」

 歌うリュビンの横に彼はしゃがんだ。


「私も、おかしくなるかも。あなたの勇気が好き」

「俺は…全てが好きだ。ユーレオン・カフトリー・リュビン。君の全てが!」

「ありがとう……」

 

 リュビンは自動操縦装置を起動して、立ち上がった。そして二人は互いを抱きしめるべく両手を広げる。



「レーダーに捕捉されています」

 円盤から鳴った流暢な電子音声が二人の動きを止め、お互いの席に戻らせた。


 アキトがモニター画面を覗く。

「背後に……。人類の戦闘機だ。自衛隊のスクランブルで見た奴だ。社会の時間の」

 二つの四角いエアインテーク、平行な二枚の垂直尾翼。彼の目に映ったのは間違いなくF-15イーグル戦闘機だった。


「地上のミッチェルさん辺りに繋げばいいよね? もしもしミッチェルさん?」

 ミッチェルが装甲車の中で通信を受け取った。


「何かあったか?」

 そう言いながら彼はスピーカーの音量を上げた。

「戦闘機にロックオンされてる」


「そんな! レーダーは……確かにオーストラリア空軍所属のイーグル、F-15戦闘機だ」

「そっちから連絡取ってください!」

「了解した!」


 その場の誰もがあることに気が付いていなかった。


「アキト、撃ったらまずいよね」

「そりゃあ、パイロットも見えるし」


 リュビンはふと疑問を口走る。

「ねえ、オーストラリアと日本って別の国でしょ? 同じ戦闘機を使ってるの?」

「イーグルだっけ。広報官の人が無敵の戦闘機って言ってたな。確か世界で四カ国だけが使ってて……アメリカと、日本と、韓国と……」

「オーストラリア?」

 

 リュビンの質問と同時にアキトはあることに気づいて顔を青くする。

「中東の……」

「中東ってこのへん?」

「こっから一万キロは離れてる」


「じゃああれは……」

 リュビンがレバー操作で減速しながら機首を上げ、イーグル戦闘機の背後に回った。


「さて、相手はどう出るか…」

「いい腕してるなあリュビン」


 リュビンは引き金を引き、レーザーを片方のエンジンノズルに命中させる。

 

 次の瞬間、イーグルの機体は爆砕された。

「まずい!」

 横に回転しながら移動して、円盤はその残骸を躱した。

「今の破片はおかしいぞリュビン! はっきり見えた。飛行機の半分もないくらいの量だった!」

 リュビンはモニターの一つを見て冷や汗をかいた。


「真上だ」

 真っ黒い戦闘機が機首を真下に向けながら円盤の真上を通過していった。アキトのモニター上にその戦闘機は再び現れる。

「なんだこいつは!?」

「ゼゴーだ。撃ってくれ!」

「わ、わかった!」

 アキトは指を震わせながら引き金を引く。次々に放たれる弾丸は虚空を切った。戦闘機は垂直偏向ノズルと、強力なエンジンによってアキトの予想できない位置へと移動し続ける。


「当たらない! 軌道がめちゃくちゃだ!」

「撃ち続けて! 回避してる間は向こうもこっちを撃てない!」

 リュビンに言われるがままにアキトは撃つが、戦闘機はやがて機関砲の射角から外れる。


「捕捉されています」

 再び電子音声が鳴った。


「ごめん、アキト」

 戦闘機からミサイルが発射された。



 ミサイルが命中し、粉々になる。ただし、粉々になったのは発射されたミサイル自身だ。


 発射された瞬間の加速していないミサイルに、別の加速しきったミサイルが当たったのだ。


 遥か後ろに戦闘機が居た。ひし形のエアインテークに、斜めに付いた二枚の垂直尾翼。イーグルとは別の戦闘機だ。

「何!?」

「味方だ!」

 アキトの目に、ミサイルを撃墜したばかりのオーストラリア空軍のライノ戦闘機が映った。

「大丈夫ですか? お嬢さんたち」

 

 ライノ戦闘機から通信が入る。

「いや…まだだ! 本体の戦闘機は生きてる!」


 リュビンは、自身の円盤の真下に貼り付くようにしてレーダーを避ける黒い戦闘機を確認して、ロケットを点火した。


 真っ黒な戦闘機が、ロケットで進む円盤から取り残される。

「良くやった! お嬢さんたち」

 ライノ戦闘機が真っ黒い戦闘機をロックオンした。すぐに真っ黒な機体は急降下する。


「フォックス2!」

 ライノからスパローミサイルが発射され、真っ黒い戦闘機の熱を追いかけて急降下する。


 真っ黒な戦闘機は砂漠の砂に向けてレーザー砲を発射した。砂はたちまち莫大な熱を帯びて舞い上がり、機体の熱を覆い隠す。


 次の瞬間、その熱の塊にスパローミサイルが着弾した。

「やったか?」


 砂煙の中から真っ黒な戦闘機が出てきた。

「なんだと? まずいな」


 たちまちそれは高性能なエンジンパワーと高性能ノズルでライノ戦闘機の後ろに回り込む。

「なんて機体だ!」

 

 ライノは機首を上げ、空気抵抗を増して急減速する。そのコブラ機動中のライノを真っ黒い戦闘機は追い抜いた。

「バルカンの射程だ」

 ライノはバルカン砲を発射し、弾幕が黒い戦闘機を襲う。


 黒い機体は再び高度を下げ、砂煙を辺りに作り出しながら低空へ逃げ込んだ。

「あれじゃ追えねえ。だが、あっちは海だ。艦隊が居る」


「お嬢さんたち? 北に向かうんだ。俺の機体で君らを守ってやる」

「……了解!」

 リュビンはエンジンをいじって方向転換し、接近する砂嵐を尻目に海へと向かう。そして砂嵐の後ろからミサイルを構えたライノが接近していた。


 やがて、三機は海に出る。そして、砂嵐は消える。ライノがミサイルを撃ち、真っ黒な機体はパイロットを空に打ち出して海に沈んだ。


「やったぞ!」

「助かったよリュビン!」

「なんでこいつは終戦したのに……」


「ともかく終わりだお嬢さんたち、安心して愛し合いな」

「余計なお世話だ!」

 リュビンが怒鳴って通信を切った。そして砂漠の上空で円盤は旋回しだす。

「アキト。もうオートパイロットにした」

 

 二人は立ち上がり、お互いに抱き着いた。

「本当に、本当に終わったんだな。リュビン」

 

 安堵からか二人の顔は涙で溢れる。

「……リュビンじゃない。カフトリーって呼んでほしい。リュビンは苗字だから」

 ユーレオン・カフトリー・リュビンは顔を赤らめながらそう言った。


「カフトリー!」

「アキト!」

 円盤のコンピューターは気を利かせたのかなんなのか、機内にひっそりとシューマンの「献呈」を流し始めた。ついでに自身に通信をかけてくるものには「木星」を。

 小さな小さな愛の巣がそこにあった。



「終戦か……。こちらは戦艦モンタナ。只今より帰投する」

「了解。核砲弾処理の準備をしておく」

 次々に軍艦や航空機、軍人たちが自分の帰る場所へと帰って行った。


 しかし、世界大戦がそうであったように中央集権制国家ですら終戦というのはままならないものである。


 異空間アザーンの艦隊は、革命直後の国家の軍であり、統制が完全にできている状態ではない。

「ガーゴヌ・デラン・ガランデーは指揮官という立場にありながら、家族を捕虜に取られ怖気づいた! そんな奴の指示が聞けるか!」

 援軍としてやってきた戦艦の司令官達を中心に、そんな言論が力を増す。


「それなりに有力な奴らが叫びだしたな。ちょうどいい、奴らが我々から離反するくらいの時期に地球と協力を取り付ける。晴れて我々は貴族層を一掃し平和国家を生み出した英雄となるわけだ」

 デランは考えを纏めていた。自身と同じユーレオン帝国時代の貴族を一掃し、彼らを批判することで共和国において民主主義の烈士となるための。

 戦果を求めて戦艦に乗れる立場の者たちはまさにその標的だった。


「そうだな、この捕獲作戦は失敗なのだから私は指揮官を降りよう。適当な戦争派に指揮権を渡せば勝手に再開戦して相対的に私の評価を上げてくれる。さらばだ地球」


 空母ガーゴヌは異空間アザーンの中を動き出し、自身の星系へ帰って行った。

「私に指揮権が渡った。腰抜けではないのだ我々は!」


 地球上に、無数の艦隊が現れた。宇宙戦艦を中心に艦隊は五つに分かれる。アメリカ、東アジア、ヨーロッパ、中東、そしてオセアニア。

「なんだと、奴ら撤退などしていないじゃないか。総員戦闘配置!」


 もちろん、砂漠の上で愛し合う二人にもその情報は届いた。


「二人とも、悪いが終戦はまだだ、西海岸を奴らは襲撃するつもりらしい。例の戦艦もいる」

「……正確な座標を教えて」

「了解」


 円盤はロケットを点火し、西へと向かう。


 彼らは戦闘中の街へと飛んで行った。


 世界中で戦闘が始まる。戦艦モンタナを挟み込むように二隻の宇宙戦艦が出現する。


「特殊砲弾だ、ダーツを装填しろ。対艦ミサイル、対地ミサイルは容易が出来次第発射!」

 モンタナの持つ四基十二門の主砲が半分ずつ左右の宇宙戦艦に向けられる。

「勘づいたな? 平和などまやかしよ。撃ち方始め!」

 宇宙戦艦の主砲もモンタナに指向された。


 アジア連合航空部隊が、日本を巨大空母として飛び立った。韓国空軍のF-35、自衛隊のF-2、中国空軍のH-6、その他諸々の航空機が逃げる旅客機を守るように入れ違いに戦場へと飛び込む。

 航空巡洋艦定遠、航空戦艦長門、空母ヴィクラント、護衛艦かが、空母ドリス・ミラーなどからも次々に戦闘機が発進していった。

「敵空母は五隻、戦艦は二隻、揚陸艦もいる。揚陸艦をとり逃すな」


 

 列車砲が宇宙戦艦に向けて発射される。徹甲弾はバリアを貫き、艦橋に直撃して吹き飛ばした。

「命中! 装填急げ!」

「大口径徹甲弾ならバリアをやれるぞ。バリアシステムはどこだ!」

 冷戦期に準備されていた核弾頭や、大口径砲、様々な旧式兵器を博物館から引っ張り出しながらヨーロッパに戦線が生まれた。

「レオパルト戦車とティガー戦車だと? 俺達は一体何年の兵士なんだ」


 戦闘が続く中東に出現した宇宙艦隊はそこらにいる武装勢力に手当たり次第に砲撃を行う。

「くそっ、あいつら、太平洋と西欧だけじゃないのか」

 攻撃を受けながら次々にイーグル戦闘機が離陸し、円盤と戦い始める。

 宇宙戦艦が砲撃を行いながら目標を選定していた。

「あの運河……破壊すれば輸送路を遮断できるな」

 宇宙戦艦はスエズ運河へと動き出した。

「臨時連合だ。まずあの宇宙人を追い出してから話は始める」


 イージス艦シドニー、潜水艦ディアモンが次々と対艦ミサイルを宇宙艦隊へ打ち込む。

「馬鹿め、この統制が取れた艦隊にそんなものが通じるか!」

 無数の黒い軍艦がレーザー砲でそれらを撃墜していく。


「潜水艦を探せ! 戦艦の砲を撃ちこんでやるんだ」

 宇宙戦艦の指揮官は叫んだ。

「急速潜行!」

 ロマン艦長もそう叫んだ。


 ディアモンは炸裂する主砲弾の衝撃が艦体を揺らす中で海中に沈んでいった。


 空高く飛ぶリュビンの円盤のカメラが、宇宙艦隊が写る。

「急げ急げ!」 

 僅かなノイズと共に彼女の円盤の通信システムが起動した。

「ユーレオン・カフトリー・リュビン。元気か? 私は……本題だけ伝えよう。宇宙戦艦の下部、地面側には巨大な冷却板がついている。そこを破壊すればバリアシステムは機能しない」


 通信はそれだけの言葉を残して消えた。

「よかったのですか? デラン様」

「いい、どうせあの貴族どもの死期が早まるだけだ」


「カフトリー! なんの通信だったの?」

「敵の弱点。バリアは放熱板を壊すと消えるって」

「……わかった」

 

 リュビンの円盤は快速で戦場へと向かった。


「あの円盤、友軍機か?」

「馬鹿、友軍が陸からくるわけないだろ!」

 数機の円盤がリュビンの円盤を追う。

「こっちには砲があるんだ!」

 アキトが機関砲を撃ち、弾は迫る円盤を穿つ。アキトは円盤の端を狙い、次々に穴を開けて飛行を不可能にする。しかし数が違うのだ。


「カフトリー! 敵の円盤が多すぎる」

「空母が三隻も見える。あれから出てるんだ。突っ込むぞ!」

 リュビンの円盤が揺れるように、宇宙空母の一つに迫る。自身に迫る円盤を次々に二人は撃墜していった。アキトは砲身の熱を気にしながら引き金を次々に引き、リュビンもレーザー砲のボタンを押し続ける。

 

「我々も彼らに負けてられないな」

 オーストラリア空軍の戦闘機が、彼らに続いて戦闘空域に突っ込んだ。ミサイルに機関砲にレーザーが飛び交う。


「対空戦闘! どうした、墜とせ!」

「地上からの火砲も受けてます!」

 宇宙揚陸艦の一つが被弾して穴が開き、戦車が中から零れ落ちる。


「防空艦艇を狙え! 航空部隊を掩護しろ!」

「なに!? アメリカ第四艦隊が援護に来るのか!」

「なおさらだ、戦艦以外は俺達の砲でも落とせるんだぜ!」


 オーストラリア空軍の攻撃機が上空に展開する。

「アードヴァーク。全機貫通爆弾投下!」 

 十数機の攻撃機から、大型の爆弾が宇宙艦隊に向けて投下される。


「おわーっ!」

 目の前の空母に大穴が開いた様子を見ながらリュビンはレーザー砲を構える。


「アキト、こういう時の作法はあるか?」

「俺が言うよじゃあ!」


 リュビンの円盤が宇宙空母の発艦口に突っ込む。

「久しぶりだな! タコ野郎ども!」

 レーザー砲と機関砲を連射しながら、リュビンの円盤は爆撃によって開いた大穴を通って空母から飛び出した。目の前には宇宙戦艦の巨大な底部がある。


「バリアの中でも飛行は出来る。砲の射程が数メートルになるだけだ。任せたぞアキト!」

「任された!」

 

 リュビンの円盤は戦艦に接近し、二枚の平行な放熱板の間を目指す。

「ドリフトだ!」

 円盤は慣性に身を任せて進行方向はそのままに向きだけを変える。放熱板の間に入った二人の目の前には、それぞれ一枚ずつの長い放熱板が写る。

「うおー!」

「うわー!」

 二人はレーザー砲と機関砲の引き金を引き続けた。やがて、二人の視界から放熱板が消える。


 そして、慣性のままに円盤が二枚の放熱板の中から飛びだした。再び正面を向いた円盤の中で、アキトは崩れ去る放熱板を目にした。

「やった。ぶっ壊した!」


「放熱板が破損。バリアが消えます」

「なに!? 対空砲座を用意させろ!」

 戦艦の表面にあった円型のハッチが開き、球形をしたレーザー対空砲が出てきた。

 

「バリアが消えてるぞ! 戦艦を狙え!」

「他国にも通達だ。船体下部の板がやつらの弱点だ!」

 オーストラリア国防軍の司令官が叫んだ。



「長門の主砲弾によりバリアを貫徹する。突撃!」

 航空戦艦長門が最大戦速で宇宙戦艦に接近する。

「撃ち方始め」

「撃て!」

 長門の主砲から砲弾が放たれる。砲弾のカバーが外れ、ダーツのようになってバリアを貫いた。そして、宇宙戦艦の下部に大きな二つの穴を開ける。

 穴によって強度を失い、放熱板は仲良く落下する。そして、バリアが消滅した。


「こちらTu-95。爆撃を開始する」

 戦略爆撃機と攻撃機が次々に戦艦へと攻撃を開始する。

「銃座を出せ、銃座を」

 レーザー機銃の光る中、次々に爆弾とミサイルが宇宙戦艦に着弾する。

「まるでゴリアテだ」

 哨戒機に乗って様子を眺めていた一人がそう呟いた。



 イーグル戦闘機が戦艦の下部を通過する。その一瞬の時間に爆弾を分離した。


 その場に取り残された爆弾が炸裂し、放熱板をへし折った。バリアが消えた宇宙戦艦に、地上から無数の火砲による攻撃が行われる。

「スーパーシャーマンもあるのか? 持ってこい!」

 攻撃を終えたイーグル戦闘機は対空砲火にさらされ、片翼を失った。

「やった! 一機やったぞ!」

 次の瞬間、銃座の一つに戦車砲が着弾して吹き飛んだ。



「列車砲、発射!」

 巨大な砲から爆音と共に徹甲弾が放たれる。それは途中まで放物線を描いて飛んだ。

「超音速の飛翔体! 主砲に直撃コース!」

 宇宙戦艦が遠距離から迫る砲弾から逃れようと必死にスラスターをふかす。


「ロケットモーター点火!」

 砲弾がロケットの炎を出しながら軌道を変える。

「衝撃に備え!」

 砲弾は艦の底に大穴を開け、放熱板を地面に落とした。トーネード攻撃機が、サイレンを鳴らしながら急降下し、爆弾を投下する。

 巨大なヴァリアント爆撃機が編隊を組み、艦隊の上へと進出する。

「戦闘機はフランスの発明品だ」

「空軍はイタリアが造ったがな」

 それを援護するように多国籍な戦闘機部隊が現れ、円盤とドッグファイトを繰り広げる。


「痛いのをぶっ食らわせてやれ!」

 戦艦ウィスコンシンが主砲を発射し、モンタナを取り囲む宇宙艦隊を砲弾が粉砕する。攻撃を受け続けた宇宙戦艦は既にどちらもバリアを失っていた。

「高度ゼロ!」

 宇宙戦艦の一隻が海に着水した。

「面舵一杯!」「取舵一杯!」

 ウィスコンシンとモンタナがその戦艦を挟みつぶすようにして主砲弾を打ち込みまくる。

「最後の大仕事だ!」

 ウォーホッグ攻撃機が宇宙艦隊上空に突入し、爆弾を雨のように浴びせる。

 

 やがて、不利を悟った宇宙艦隊は徐々にアザーンへと逃げていった。


 しかし、幾つかの地点では戦いが続いていた。オーストラリア大陸東海岸もその一つ。


 オーストラリア国防軍の司令官が空港に電話をかける。

「旅客機改装型の巡航ミサイルはどうなっている」

「誘導システムがまだです。高度な通信システムを持った戦闘機の補助があれば飛べますが」

「ライノ戦闘機では厳しいか……」

 司令官室の扉が開く。そこに居たのはミッチェルとリュビンの円盤を改修していた老人だ。

「あの王女様の円盤なら、そいつらの統制ができる。だろ? 爺さん」

「ああ、保証しよう。あれには十分な性能がある」

 司令官室は彼らの方を向く前に通信機を手に取った。

「あの子たちを空港まで案内しろ」

 


「ミサイルの誘導? 任せて!」

 リュビンが円盤を方向転換させ、戦闘空域から離脱する。

「追ってくる敵はいない!」

「よおし!」

 

 円盤はやがて空港に到着する。徐々に高度と速度を落とし、滑走路をほとんど使わずに二人の乗る円盤は停止した。奥には沢山の旅客機が待機している。


 大きな工作車両がたちまち円盤を取り囲んだ。ハッチが開けられ、数人の技術者が入ってきた。

「失礼するよ」

「任せた」

 ミサイル誘導用のモニターに配線が繋がれ、アキトの席に展開される。モニター操作に反応して、旅客機の翼が動く。


「誘導の操作は問題なし。任せたぞ」

 そう言って技術者たちはすぐに立ち去った。

「君の機体と巡航ミサイルに名前を付けよう。どうする?」

 司令官からの提案に、リュビンはしばし頭を捻る。

「そっちにまかせる」


「了解した。ブラディオンはエクセリオン部隊を艦隊まで誘導し、起爆しろ」

「こちらブラディオン。了解!」

 リュビンはその名前を気に入った様子で表情を緩めた。

「離陸を許可する」


「了解、離陸する」

 リュビンの操作によって円盤が加速し、たちまち離陸する。それに続いて爆装した旅客機が離陸した。

「大型旅客機トリプルセブンに爆薬と小型弾頭を満載し、空中で炸裂させる。これにより装甲の薄い敵の対空銃座を沈黙させろ」

「了解!」


 ブラディオンをゆったりと追い抜かし、四機のエクセリオンが直進する。

「エクセリオンの威力圏内にいる機体は全機退避せよ」

 司令官が空域の戦闘機に指示を出した。


 ライノ戦闘機が次々に踵を返して空域から離脱する。

「アキト! 操作は任せた!」

 ブラディオンはライノ戦闘機を追う円盤のさらに後ろに付く。そして、レーザー砲で次々と円盤を撃墜していった。

「任せて」

 アキトは冷や汗をかきながらリアルタイムのモニターを見て機体を操作する。徐々に四機のエクセリオンの距離が離れて行った。


「なんだあれは! 対空砲!」

 宇宙駆逐艦の一隻がエクセリオンの一機に接近する。そして、蜂の巣をつついたような対空砲火を浴びせた。

「操作が……」

 アキトは、手元の操作にモニターの動きが付いて行かないことに気が付く。

「それなら!」

 彼は躊躇なく手元の起爆ボタンを押した。


 穴だらけになり翼から火を吹いていた旅客機が爆発し、音速を超えて弾丸となった大量の破片がばら撒かれる。宇宙駆逐艦は装甲の薄い部分に高温の破片が殺到して炎上する。

「何だ! 爆弾か!」

 付近の宇宙艦隊の銃座なども無事では済まず、宇宙艦隊は自然とエクセリオンと距離をとった。


「逃がすか!」

 アキトはエクセリオンを操作し、残った三機で宇宙艦隊を追い回す。やがて、三機のエクセリオンは艦隊へ追いついた。

「退避!」

「退避ったってどこに! 撃ち落とすんだ!」

 決死の対空砲火が二機のエクセリオンを撃ち落とし、艦隊のうちの数隻が巻き込まれる。


 最後のエクセリオンにアキトが操作を集中する。そして、エクセリオンが両翼を炎上させながら宇宙空母の艦載機発艦口を通り過ぎる寸前、発艦したばかりの円盤と衝突した。

 空母の中に破片が飛び込み、中の円盤などの装備をズタズタに引き裂く。


「命中!」

「やったねアキト!」

 防空機能をかなり喪失した宇宙艦隊にオーストラリア空軍の部隊が殺到して次々に撃沈していく。戦艦の艦橋を爆弾が貫き、木端微塵にした。

 イージス艦シドニーの艦砲射撃や、ディアモンのミサイルも、宇宙揚陸艦や宇宙空母に対して有効な打撃を与え始めた。宇宙空母の一隻の中にイージス艦の砲弾が侵入し、航行システムを爆破した。

 そして、その宇宙空母は高度を落としながら宇宙駆逐艦などを巻き込んで着水する。


 しかし、地球上に無数に居た宇宙艦隊は自身が元々持っていた目的を思い出していた。 

「ブラディオン。すぐに現空域から退避しろ。他地域に現れた宇宙艦隊は姿を消したのに、ここだけ残っているらしい。狙いはパイロットの君だ」

 通信がブラディオンの中に響く。

「わかった……逃げるよアキト」

「後ろは任せて」

 空域を離脱するブラディオンの目の前に、宇宙戦艦が現れた。異空間アザーンから抜け出した宇宙艦隊が二人を取り囲む。

 レーザー砲がブラディオンをハチの巣にせんとばら撒かれた。


「前も後ろもない!」

「全くだよ!」

 ブラディオンが必死にそれを回避せんと高度を派手に落とし、トンネルの中に侵入した。無数の車両の上を飛び越え、トンネルの出口を目指す。


「お願い……!」

 ブラディオンがトンネルを飛び出す。二人の目に自身を狙う無数の円盤が写った。リュビンはエンジンを全開にして逃げる。ロケットが点火し、ブラディオンは周りの円盤を置き去りにした。


「駄目だ……」

 ロケットの燃料がものすごい勢いで減り、リュビンの手元で燃料切れのアラートが鳴った。

「ああ……」

 ブラディオンのロケットが停止し、急減速した。背後には無数の円盤が迫る。


 リュビンの目に涙が伝った。

「アキト、ごめん」


 アキトはレーダーを見ていた。彼らの前後に無数の戦闘機の反応がある。

「いや、俺達の勝ちだ」

 

 ミグ31ファイヤーフォックス戦闘機が、超音速で彼らに接近していた。ファイヤーフォックス戦闘機が編隊を組み、無数の円盤に対空ミサイルを浴びせる。


「こちらカチューシャ隊。間に合ったようだな」

 大量の戦闘機がこの場所に集まっていた。ジェットエンジンのけたたましい音が鳴り響く。

「カタナ隊。現着」「エリカ隊。参戦する」「レッドフラッグ隊!」「リヒトホーフェン隊」


 宇宙艦隊を叩きのめすように現れた複数の戦闘機隊が円盤と宇宙艦隊に向けてミサイルや機関砲をお見舞いしていった。趨勢はたちまち覆り、世界各国の艦艇もちらほらと水平線上に姿を見せ始める。


「こちら潜水艦改め潜水空母ディアモン。ブラディオンは本艦へ着艦せよ」

「了解!」

 ブラディオンは指示のままに海面上を低空飛行する。しかし、それを逃す宇宙艦隊でもない。


 宇宙戦艦はモーターをギリギリと駆動させて大砲を指向し、ブラディオンへと艦砲射撃をした。風を切り突き進むブラディオンに大量の砲弾が迫る。

「カフトリー。砲撃だ。こっちに飛んでくる!」

 アキトはその様子を見て叫んだ。


 次の瞬間、砲弾の爆発がブラディオンを包み込んだ。機体において鳴りうるありとあらゆる危険信号が鳴った。ブラディオンのエンジンが文字通り火を噴く。

「駄目だ落ちる。アキト、ハッチ開いて!」


 アキトが言われるがままにブラディオンのハッチを開き、顔を出した。すぐ先にディアモンが居る。しかしリュビンの見るモニターは真っ暗だ。

「ディアモンだ!」

「ぶつからない?」

「それは大丈夫」

 徐々に海面へとブラディオンが迫る。

「着水する!」

 アキトが機体の中に飛び込み、自身の座席についてシートベルトを締めた。


 すぐにブラディオンと中の二人は水面へ叩きつけられた。すぐに二人は開いていたハッチを利用してブラディオンから抜け出した。彼らの目の前には改装を受けたディアモンが居た。

「クレーンでブラディオンを引き上げる。君たちは乗ったままでいい」

「わかりました」


 ディアモンからクレーンが伸びてブラディオンを持ち上げ、艦の上部に増設された格納庫に収納した。格納庫の中から艦内へと二人は招き入れられる。

「元々はヘリでも乗っけるつもりだったところだが、見事に空飛ぶ円盤が乗ったな」

 ロマン艦長はそう言いながら遠隔操作でシャッターを閉める。

「さて、ブラディオンの修理をしてもらおう。ベント開け、微速潜行」


 リュビンが自身の汗を拭い、得意満面といった表情でロマン艦長の前に立った。

「また出撃すればいいんだな?」

「ああ、だが修理できる頃には戦いは終わってる」

「じゃあ何をするんだ!」

「人命救助さ」

 

 

 ブラディオンの機関砲がワイヤーフックに取り換えられ、多くの円盤や宇宙艦隊が沈む海へと駆り出された。沈んだ円盤の一つにフックが引っかけられ、それが巻き取られて円盤が持ち上がる。


「人はいない。あっちに預けよう」


 ブラディオンが向かったのは揚陸艦トリポリであり、その広い甲板には既にそれなりの数の円盤があった。


 巨大な航空母艦福建や護衛艦かがなども艦載機をオーストラリア空軍に預け、回収された円盤の輸送を手伝っていた。

 海上を官民問わずヘリコプターが飛び交い、海に沈んだ航空機や円盤を取り出す。波音を立てながら円盤や補助艦艇などが持ち上げられ、時折中から人間が安どした様子で顔を出した。

「このペースだと明日に入った頃には全部回収できるってさ」

「意外と早いもんなんだなあ」

  

 そして日は暮れ、救助も終えられた。まあほんの少し長引いた訳だが。


 一仕事を終えた艦隊と人々に朝日が差し込んだ。

「ただいま!」

 何度目かになるブラディオンのディアモンへの着艦が行われる。

「お帰り。さて……」

 ディアモンの甲板はブラディオンの格納庫で手狭になっていた。そこへやってきた空母エンタープライズがタラップを降ろす。

「楽しもう!」


 二人と、ディアモンの乗員達はエンタープライズ上でのパーティーに招かれた。二人の目には各国のバッジを携えた、同じく一仕事を終えた人々が写る。

 食べ物がそれなりに持ち込まれ、ディスコミュージックとともに踊っている者もいた。陸海空自の自衛官が入り乱れて大鍋にいれたカレーを皆に振舞っているし、米海軍の人たちはホットショットのオープニングを再現しようと、エンタープライズに不時着した空軍機の前で遊んでいる。

 救助されたり、地球側に付いたゼゴー共和国の兵たちも周りの地球人と同じように楽しんでいた。


「……カフトリー。円盤で登場するくらいでよかったんじゃない?」

「賛成!」


 ディアモンの乗員達に許可をとってしばしの間抜け、円盤でエンタープライズに再び降り立った二人は、先ほどの十数倍の注目を浴びて熱烈に歓迎を受ける。

「バーベキューだ! 肉食おうぜ!」「食わせて良いのか? 肉」「発酵食品だろ。キムチだキムチ」「ローストビーフ。間違いないな」

 トムキャット戦闘機がエンタープライズの艦橋をかすめて飛んでいった。

「あいつらやっていきやがった!」「スクリーン出せ映画見るぞ」「文化交流だ文化交流!」「ゼゴー共和国の映画なんて見たことないだろ? 持ってきたぜ」「そらお互い様だぜ」

 

 そこらへんの箱を使ってできた即席のシートにアキトとリュビンを中心にして人々が座った。

「アキト、地球の映画も面白そうだな」「きっと面白いよ」




 

 しばらくしてアキトは普通の生活に戻ることになる。さて、重要な進路のお話だと言わんばかりに学校からもらった二枚のプリントを並べて凝視した。

 どちらも今年度の進路の選択内容のプリントである。


「おかしいな。生物選択者が先週のプリントだと72人、昨日のだと73人だ。ここの期間で変更はできないし誤植かなあ。クラスメート一人はおっきい違いなんだぞ」

 天井を仰いで彼がそう呟いたところで玄関のチャイムが鳴った。明人はインターホンを覗き込む。そこには見覚えのある笑顔が写っていた。


「ホームステイしにきました。カフトリー・リュビンです……アキト、一条明人さんのお宅で間違いないですか?」


 アキトは玄関に向かって突っ走り、ドアを開けた。

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