パスワードってなかなか思い出せないよね?
「なんだったかなー」
「どした?」
「いやぁ、登録しているアプリのパスワードを忘れちゃって」
そう話すのは、会社の同僚の谷やん28歳。仕事でミスをして上司に叱られても、一日寝たらすぐに忘れて同じミスを何度も繰り返す脳筋は今日も忘れたものを思い出そうとしている。
パスワードについて唯一、覚えているのは数字のみで6桁だということ。
「誕生日は?」
「じゃなかった」
「スマホの電話番号や住所」
「でもなかった」
「車のナンバー」
「さっきやったけど違った」
「実家の電話番号」
「まず使わない」
他にも「123……」という連番や「111……」などのゾロ目でもないという。さらに言うと、パスワードを忘れた時用の再発行もしていないという恐ろしく不親切なアプリだそうだ。
「諦めたら?」
「いやーでも、廃課金したアイテムが」
ゲームなんだ。
まあどっちでもいいけど、思いだせないならこの際、やめ時なんでは? と思ったりする。
他にはそうだな……。
「元カノの誕生日とか?」
それを聞いた谷やんは顔を真っ赤にした。よっしゃ図星だな?
「実はその……」
「ふんふん」
「言いにくいんだけど」
「うん?」
谷やんに彼女がいたなんて知らなった。むさ苦しいし、よく無精ひげを生やしているから清潔感があまりない。まあイイ奴であることは認めるが。
ハッキリしない谷やんに少し苛立ちを覚え、さっさと白状させることにした。
「早く言ってさっぱりしろよ?」
「わかった。フゥー」
なにこれ?
元カノってもしかして、自分の知り合いとか? まさかの2次元推しキャラの誕生日オチというのも想定に入れといてやろう。
「おまえのなんだ」
「ふぇ?」
予想外なのが飛んできた。なぜか頭の中では、白と黒の絵具がクルクル回るようにかき混ぜられていく映像が映し出されている。
「ほら?」
「ホントだ……」
私の誕生日をパスワード画面に入力したら開いた。
そんな谷やん……私のことガサツで男友だちみたいっていつも言ってるくせに……。
谷やんは、スマホの画面に落としていた視線を真っすぐ私に向けて、勇気を振り絞ったのか、顔を強張らせながら叫ぶように告白した。
「俺、お前の心のパスワードも解除したいッ!」
「いや、草っ!」
思わずツッコんでしまった。
だけど、まあ、解除されてやっても構わないでもない。