キラー・コレクション
ざまぁ企画の参加作品です。
皆様には何かを収集する趣味はありますか?
コレクションをするのって、なかなか大変だと思うのですが、ずっと欲しかったものを手に入れた時は胸が躍ることでしょう。
ウェブにはオークションやフリーマーケットなどの、収集に役立つツールが沢山ありますので、ネットが一般化する前と比べて目的の物を集めるのが比較的容易くなったのかもしれません。
現代では転売などの問題もありますが、同じ趣味の仲間を見つけて交流する楽しみもありますよね。
ただ……あまりに熱を入れすぎると厄介なことになります。
希少なものを手に入れようとすればするほど、出費もかさんで手間もかかる。欲しい物を手に入れるためならどんな手段も厭わない。たとえ犠牲を払ったとしても――と、暴走してしまう人もいるかもしれませんね。
今回はそんなコレクターにまつわるお話です。
1
とある廃墟。
かつてここには病院があった。
丘の上にポツンと立つ巨大な建物。
あたりは森に囲まれており、近寄る者はほとんどいない。
「今日はよろしくお願いします」
背の低い小柄な女性が挨拶をする。
長い黒髪をおさげにしてまとめ、紺色のシャツワンピースを着ている。
比較的幼く見える容姿である。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
返事をしたのはにっこりと笑みを浮かべる茶髪の男。
髪は短く爽やかな見た目。
服装はジーンズにポロシャツ。
二人が顔を合わせるのは今日が初めてだ。
「初めまして……ですね。
こうしてリアルで顔を合わせるのは」
「キサラギさん、思った通りすごくきれいでびっくりしましたよ」
「ええー⁉ そんなぁ。矢場木さんこそ、カッコいいですよね」
「ありがとうございます。よく言われますよ」
二人はネットで知り合った廃墟愛好家である。
有名な廃墟スポットを探索するためにオフ会を開催することにしたのだ。
二人の周囲には他にも何人かの男性がおり、あたりをふらふらと歩きまわっている。
キサラギと呼ばれた女性はその者たちに気を配っているが、矢場木と名乗る男は彼らを見ようともしない。
彼は己の欲望を吐き出すように、ねっとりと絡みつくような視線をキサラギだけに向けている。
「そう言えばここまでの足はどうしました?」
「私は車で来てますよ。矢場木さんは?」
「俺もバイクで来てますよ。ほら、あそこに停めてあるでしょ」
矢場木が指さした方には、一台の単車が停めてあった。
年代物のネイキッドタイプのバイクで、見た目からして高そうだ。
彼がそれなりに裕福な暮らしをしているのだと分かる。
「じゃぁ、さっそく中へ入りましょうか」
「そうですね」
二人は揃って廃墟の中へ。
キサラギは入り口の前に立つ男性に会釈をするが、矢場木は一瞥もくれずに進んでいく。
月明りがあるものの建物の内部は真っ暗。
それぞれ持参した懐中電灯を灯し、目の前を照らす。
あちこちを照らして様子をみるが……あまり良い状態ではない。
天井には穴が開き、何かのコードが垂れ下がっている。
壁紙もボロボロに剥がれていて、ところどころで壁にスプレーアートが施されていた。
「かなり老朽化が進んでますね……」
「おまけにかび臭い。酷い匂いだ。
足元気を付けて下さいね。
転んだら大変ですよ」
「はい、気を付けます」
キサラギを気遣う矢場木。
待合スペースから椅子は全て撤去されており、何もないがらんとした空間にゴミや瓦礫が散乱している。
床のタイルが剥がれ凸凹していて歩きにくそうだ。
「ここで沢山の人が診察を受けていたんですねぇ。
今はこんな風になっちゃってますけど……」
「そりゃ、病院だからね」
感慨深く呟くキサラギの言葉を、矢場木はにべもなく一蹴する。
人々の営みの歴史だとか、建物の過去だとか、そういうものに彼は興味がない。
廃病院の窓には鉄格子が備え付けられており、患者が外へ逃げ出せないようになっていた。
「酷いですね……まるで刑務所みたい」
「昔の病院なんだから、こんなもんでしょ。
あっちに階段があるから二階へ行こうか」
「……はい」
見つかった階段は崩落などはしておらず、登っても大丈夫そうである。
二人は上の階へ進んでいく。
(とりあえず、手術室でも行くか)
矢場木はすでにこれから何をするのか決めている。
具体的なプランも立てておいた。
廃病院に来たら、とりあえず手術室を見に行くのは鉄板。
雰囲気づくりにもちょうどいい。
ちらりと隣を歩くキサラギに目をやると、彼女は不安そうな表情を浮かべていた。
「こっち行ってみようか」
「え? あっ、はい」
キサラギを誘導してそれらしい場所へと連れて行く。
すると観音開きの大きな扉が見つかった。
おそらく、この中が――
ぎぃぃぃぃ……
ユックリと扉を開く。
その先は真っ暗な空間。
懐中電灯で照らすと部屋の中央に手術台がそのまま残されているのが分かった。
部屋のあちこちに機材や道具が放置されており、手術室特有の生臭さが鼻をつく。
この部屋も長い間使われていないようだ。
「ここって……」
「手術室だよ、見て行こうか」
「え? でも……」
「怖いの?」
「はい……少し」
「大丈夫だって、平気だよ。
俺が付いてるからさ」
そう言ってキサラギの肩にそっと手を回す矢場木。
彼女を自分の方へ引き寄せて、少しずつ手術台の方へ向かっていく。
「ほら、もう使われてないだけで、ただの手術台だよ。
怖がる必要なんてないさ」
「ううん……そうですね」
手術台にはうっすらと埃が積もっている。
長い間使われていない証拠……と見えなくもない。
「もっ、もう行きましょう!
ここなんだかすごく嫌な感じがして――」
「こっち来て!」
「え⁉」
矢場木はキサラギの肩を抱いたまま、彼女を壁際へと連れて行く。
そして、二人で壁を見たまま明かりを消して、じっと動かずに固まるのである。
「急にどうしたんですか? なにが――」
「しっ、静かにして。いるよ」
「え? いる?」
「ああ……俺たちの後ろに”いる”」
いったい何がいると言うのか。
キサラギには分からなかった。
手術室には二人以外に誰もいない。
まったくの虚無。
「……もう大丈夫だよ」
「あの……」
「俺さ、実は霊感があるんだよね。
見えちゃいけないモノがみえるんだ」
「え? あっ、そうなんですかー」
霊感があると言われても、いまいち釈然としないキサラギ。
いったい何が『いた』というのか。
「あの……今いたのって……」
「ここで亡くなられた患者さんの霊だよ。
自分が死んだことにも気づかないで、
いまだにさ迷ってるみたいだ」
「早くお迎えが来るといいですね」
「うん、だね」
軽く話を切り上げたキサラギだが、矢場木は手術室を出た後もべらべらと喋り続けた。
「幽霊ってさ、気づいて欲しいんだよ。
自分がここにいることをさ。
だから下手にかまったりすると、
ずっとついて来るんだよ」
「ついてきたら何か悪いことでも?」
「いや……幽霊だよ?
付きまとわれたら怖くない?」
矢場木は意外そうに尋ねる。
「そうですね……。
もしかしたら怖いかもしれないですけど……」
「怖いかもしれない、じゃなくてさぁ――怖いんだよ。
彼らは俺たちとは違う世界の住人なんだから、
下手に関わろうとしたらダメだよ」
「はぁ……そうですね」
力説する矢場木に、ちょっと引き気味のキサラギ。
幽霊の存在について熱く語られたところで、何か変わるわけでもない。
ここに存在しないモノは存在しないのだ。
「幽霊よりも人間の方が怖くないですか?」
「え? うんまぁ……そうだね。
連続殺人犯とか怖いよねー」
「シリアルキラーとか興味あります?」
「え? ううん……そうだなぁ。
エド・ゲインとかジョン・ゲイシーとか、テッド・バンディとか、
有名どころなら知ってるよー」
ポンポンと名前を出せるあたり、矢場木はそっち方面に興味がある人物なのだろう。
キサラギはそう考えた。
「一番怖いって思う殺人犯はだれですか?」
「ううん……怖いとは違うけど……。
エド・ゲインはインパクトが強いよね。
死体を収集して服とかアクセサリを作ってたって言う」
「うわぁ……」
キサラギは死体で小物を作るという発想に驚く。
(そんなことを考えた人がいるなんて……)
「連続殺人犯ってさぁ。
身体の一部とか集めてるイメージあるよね」
「え? そうなんですか?」
「指とか耳とか集めてそうじゃない?
戦争で敵の兵士の身体の一部を記念に持ち帰ったりするし、
殺人犯でもやってる奴が多そうだよねー」
「そうなんですかねぇ」
矢場木の言葉に反応することすら煩わしさを感じているキサラギ。
彼の話はつまらない。
「でも、人の身体なんて集めてたら、
腐って部屋が臭くなりそうじゃないですか?」
「ホルマリン漬けにでもすればいいんじゃん。
それか、エド・ゲインみたいに加工するとか」
「そもそも集める意味が分からないですねー。
集めるんならもっと別のモノが良いです」
「たとえば?」
「腐らないやつ、とか」
それを聞いて思わず吹き出す矢場木。
「ぷっ! そりゃそうだよね!
腐らない方がいいよね!
くくく……!」
「なにがそんなに面白いんです?」
「だってさぁ、発想が間違ってるでしょ。
そもそもドン引きするような話題じゃない?
なのに『腐らないやつ』とか……ぷぷぷ」
あんまりにも矢場木が笑うもので、キサラギは不愉快な気分になった。
「すみませんね、変な子で」
「あっ、待ってよ!」
キサラギは一人で歩いて行く。
慌てて後を追う矢場木。
「ごめん、怒った?」
「怒ってないです」
「怒ってるよね?」
「怒ってないですってば!」
迷いなくどんどん歩いて行くキサラギの背中を見つつ、そろそろ頃合いかなと考える矢場木。
キサラギは広い部屋に入ってロッカーの置いてある場所まで歩いて行く。
椅子とテーブルが乱雑に置いてあるその部屋は、おそらく会議室だろう。
「はぁ……疲れた」
「少し休む?」
「うん……ちょっと座りますね」
キサラギは持ってきたハンカチを椅子の上に敷いて腰かける。
そんな彼女をねっとりと絡みつくような目つきで見つめる矢場木。
「キサラギちゃんってさぁ……モテるよね?」
「え? まぁ……こんな見た目ですから。
変な趣味の人によくモテますね」
矢場木は肩をすくめる。
「俺は大人の魅力がある女性だと思うけどなぁ」
「本当ですか?」
「うん……だってこんなに……」
彼はキサラギの髪に手を伸ばし、おさげを手で弄びながら言う。
「こんなにきれいで美しい黒髪の持ち主なんだから……」
「あの……」
「それに、スタイルが良くて、美人で……」
「待ってください、あの……待ってください!」
矢場木はキサラギの身体をそっと撫でる。
肩から腰、そしてふともも。
身体のあちこちを触られて悪寒が走るキサラギだが、何もできないでいた。
「せっかくだからさ……このまましちゃおうか?」
「なっ、何をですか⁉」
「エッチなこと」
「え? でも……ここで……? え?」
突然の要求に戸惑うキサラギ。
矢場木は彼女の手を引いて無理やり立ち上がらせると、獲物を逃がさないようにしっかりと両手で抱きしめる。
「大丈夫だって、きっと楽しいよ。
てかさぁ、そっちもそのつもりで来たんでしょ?
二人っきりで会いたいなんて言ったのは君じゃん」
「確かにそうですけど……」
いやいやと首を横にふるキサラギ。
矢場木は強引に彼女の服のボタンに手をかけ、一つ一つ外していく。
やがて胸元が露になり、キサラギは顔を赤く染めた。
(スポーツブラ? 動きやすくするためか?)
下着の種類をいちいち気にする矢場木。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて服を脱がしていく。
「あの……恥ずかしいから……自分で脱ぎます。
ちょっと後ろを向いててもらってもいいですか?
それと……もうちょっと離れて欲しいです」
「どうして?」
「わっ……私がその……心の準備をしたいので」
「ああ、いいよ」
矢場木は少し離れた場所でキサラギに背を向ける。
ぱちぱちとボタンをはずす音。
少しして衣擦れの音が聞こえて来た。
そして――
ぎぃ……がちゃがちゃ、ぎち。がっちゃん。
なにかを開くような音。
そして機械を操作するような音。
不審に思い、矢場木が振り返ると――
「え? なにしてんの? なにそれ?」
下着姿になったキサラギが頭部に特殊なゴーグルを装着し、クロスボウのようなものを構えていた。
「クロスボウですよ。
ここのロッカーにしまっておいたんです」
「え? なんで?」
「もちろん、こうするためです」
クロスボウにつがえられた矢の先端がぎらりと光る。
危ないと思った瞬間、キサラギが引き金を引いた。
ずどん。
あまりにあっさりと身体を貫く矢。
得体のしれない衝撃の後で、電撃のように走る痛み。
じんわりと滲む生暖かい血液。
「いでええええええええええええええええ!」
叫び声をあげる矢場木。
何が起こっているのか理解できない。
どうしてこんな目に合わないといけないのか分からない。
なんで⁉ どうして?!
「なんで?! ねぇ、なんで⁉」
「あらら、どうしてか分かりませんか?
私は最初からこうするつもりでしたよ?」
「ハァ⁉」
激痛に苛まれ腹部を押さえながらも、正気を保っていた矢場木はキサラギを睨みつける。
「今までに何人もこういう場所に女の子を連れ込んで、
無理やりいやらしいことをしてたみたいですねぇ。
合意の上ならともかく、無理やりはだめでしょう。
特に小学生なんて……ねぇ」
ゴーグルを身に着けたキサラギは、口元をゆがませてニヤリと笑う。
「なんで……知って……」
「ターゲットの情報は事前に下調べしているんです。
アナタのこと、なんでも知ってますよー!
あはははは!」
「おっ……俺をどうするつもりなんだ⁉」
「あはは、決まってるじゃないですか。
殺害するんですよ、さ・つ・が・い!」
笑いながらそう告げるキサラギを前に、矢場木は背筋が冷たくなるのを感じた。
目の前にいるのはさっきまで一緒に探索をしていたキサラギとはまるで別人。
「だっ……誰に頼まれた⁉
もしかして復讐か?!」
「いえいえ、誰にも頼まれてませんよ。
たまたまあなたが私のターゲットに選ばれただけです」
「許してくれ! お願いだ! 謝罪ならいくらでもするから!」
「は? 許す? 何か勘違いしてやいませんかね。
私は別に謝ってほしくてこんなことしてるわけじゃないですよ。
ただ楽しいから殺すだけなんです。
だから……いい声を聴かせて下さいね」
キサラギはそう言って、走り去っていく。
「おいっ、待て! どこへ行く気だ!」
「ゲームの始まりですよ!
ここから生きて出られたらあなたの勝ち。
私を殺すか、逃げ切るか。
好きな方を選んでください。
あと、ここは圏外ですので、
助けを呼ぶことはできませんよー!」
慌ててスマホを取り出して電波状況を確かめる。
確かに圏外を示すマークが表示されていた。
「くそっ……マジかよ!」
絶望的な状況に置かれた矢場木だが、妙に頭は冷静だった。
出血による血液の喪失が最も懸念すべき点であり、キサラギのことは後回しでも構わない。
矢が刺さったままだと身体を動かしにくい。
とりあえず取り除いてから出血を抑える手段を考えるべきだ。
「ぐあああああああああ! いてええええええ!」
矢を引き抜き、キサラギが使っていたハンカチを傷口に当てる。
想像を絶する痛みだが、まだ正気を保てている。
もう少し……もう少し……だけ。
この廃病院を脱出するまで何とか耐えるのだ。
「ふぅ……! ふぅ……!」
歯を食いしばって激痛を耐え、廃病院の廊下を歩いて行く。
キサラギの姿はどこにも見えない。
奴はどこに潜んでいるのか。
『痛い! 痛い! やめてください!』
『大丈夫だって、痛いのは最初だけだからさぁ!』
どこからか声が聞こえてくる。
矢場木はそれが自分のものであると気づいた。
「なっ……なんで……この部屋からか?」
その部屋の中央には机の上にノートPCがあった。
そこにかつて自分が行った所業が映し出されている。
(これは……俺が仲間にだけ公開した映像……!
誰かがあの女に俺の情報を売ったのか?
それとも――)
ずどん。
「ぐあああああああああああああああ!」
左足に鋭い痛み。
背後からクロスボウで……!
「本当にバカな人ですねー。
簡単に釣られすぎでしょう」
「クソ女! 殺してやる! 殺してやる!」
「口だけじゃなくて、早く殺して下さいよ。
私を捕まえれば簡単に殺せますよぉ」
部屋の入り口でクロスボウを手に、ニタニタと笑う下着姿の女。
小さな体躯のその女が何よりも恐ろしく思える。
「待てぇ! 殺してやるぅ!」
「あはははは! 早く早く!」
再び姿を消すキサラギ。
彼女を追うのは諦めた。
矢場木はなんとか階段を降りて一階へ。
窓からの脱出を試みるが、鉄格子がはめられていて外へ出られない。
(くそっ……やっぱり玄関から出るしかないのか。
でも間違いなくあの女がいる……どうすれば!)
矢場木は脱出ルートを模索する。
やはり玄関から外へ出るのは危険だと判断し、裏口を探すことにした。
(どこかに……どこかに出口があるはずだ!)
足を引きずりながら廊下を歩いて行くと、遠くに月明りが差し込む場所が見えた。
どうやら扉が開けっ放しになっているらしい。
(しめた! あそこから出られる!)
希望を見出した矢場木は歩く速度を速めてその場所へと向かった。
経年劣化により機能しなくなった扉が、風に揺られてぎぃぎぃと音を立てている。
あたりを見渡してあの女が近くにいないことを確認し、外へと出た。
「やった……出られた!」
新鮮な空気をいっぱいに吸い込んで、自分が生きていることを実感する。
ようやく病院の外に出られたが油断は禁物。
最後まで気を抜かずに――
がちゃん!
「ぎゃああああああああああ!」
何かを踏んづけたと思ったら、右足に強烈な痛みが走る。
見ると……トラばさみが足に食い込んでいた。
「くそっ! トラップかよぉ!」
泣きそうになりながらトラばさみをはがす。
こんなことをしている間にもあの女が――
「はぁい!」
少し離れた場所にキサラギが立っていた。
こちらに向けてクロスボウを構えながら……。
ずどん!
「ぎゅううわあぐぃいいいいいいい!」
もはや悲鳴にもならない声をあげる矢場木。
矢が何処に刺さったのかも分からない。
キサラギは落ち着いて次の矢をつがえる。
そして……。
どすん、どすん、どすん。
次々と矢を放ち、矢場木の身体に突き刺して言った。
「やだああああああああああ!
やめろおおおおおおおおお!
ゆるして! ゆるして! ゆるして!」
抵抗する余力すら失った矢場木は泣きわめいて許しを乞う。
しかし、それを聞き入れるような相手ではない。
「だから言ってるじゃないですか。
私はアナタを殺したいだけで、
別に復讐とかが目的じゃないんですってば」
「なっ……なんでぇ⁉」
「え? 理由ですか? そうですね……。
私どうしても欲しい物があるんです
それを集めるために人を殺さないといけないんですよね。
だから……ごめんなさい、矢場木さん。
私のために死んでください」
キサラギはそう言って、近くに落ちていたコンクリートブロックを両手で持ち上げる。
「これを何度か身体にたたきつければ、
さすがに死にますよね。
私、あまり屈強じゃないので。
できるだけ早く楽にしてあげたいんですけど、
どうしても時間がかかっちゃうんです」
「やっ……やめろぉ……」
「あっ、いっぱい叫んでもらって大丈夫ですよ!
この付近には民家一つないので、
だーれも助けに来てくれませんから!」
キサラギはブロックを高々と持ち上げて叩きつける。
最初こそ、悲鳴を上げていた矢場木だったが、次第に声を出さなくなって「ひゅーひゅー」と呼吸するだけになり、やがてはその呼吸すら止まった。
「そろそろ死んだかなー?」
矢場木の脈をとり完全に息絶えたのを確認。
「ようやく死んでくれましたね。
これで私のコレクションが一つ増えます。
ありがとうございました」
キサラギは遺体に向かってほほ笑むと、後始末をするために病院の中へと引きずり込んで行った。
2
翌朝。
一晩かけて全ての処理を終えた彼女は、車を走らせて自宅へと向かう。
気持ちの良い晴れ模様。
遠くの山には入道雲がかかっている。
両脇を田畑に挟まれた幹線道路を走っていると、目の前に何台もの車が停車していた。
その先には数台のパトカーも見える。
どうやら検問のようである。
「すみませーん、ご協力お願いしますね。
大丈夫だとは思うんですけど、一応決まりなんで」
新人らしい若い警察官の男が申し訳なさそうに眉を寄せて言う。
「ごくろうさまです」
「あの、後ろ開けてもらっていいですか?」
「…………」
求めに沈黙するキサラギ。
何か察したのか、新人の警察官は仲間に目配せをして応援を要請する。
「あの……どうしました?」
「お願いがあるんですけど」
「なんですか?」
「なにが入っていても、驚かないでくださいね」
「はぁ……別に大丈夫ですけど」
周囲に何人もの警察官が集まり、トランクルームを注視している。
キサラギは車を降りてトランクを開いた。
すると中には――
「……なにも入ってないですね」
そこには何もなかった。
空っぽであった。
「ね? 驚かないでくださいって」
「あんまり人をからかわないでくださいよぉ。
こっちだって真面目に仕事してるんですからぁ。
一応、車の中も拝見させていただきますね」
「バッグの中身を男性に見られるのは嫌なんですけど」
「じゃぁ、女性の警官を呼びます」
数人の警察官が車の中をくまなく確認し、女性警官が手荷物を検査したが、特にこれと言って危険なものは見つからなかった。
薬物も、武器も……もちろん死体も。
「もう行ってもいいですか?」
「はぁ……ご協力ありがとうございました」
「いえいえ」
ユックリと車を動かすキサラギ。
検問を抜けたら法定速度を守って幹線道路を走っていく。
自宅まで安全運転を心がけよう。
その日の夕方。
ようやく自宅へと帰って来た。
そこそこ良い立地のワンルームマンション。
家賃もそれなりである。
明かりをつけてベッドへ転がる。
一仕事終えたあとにむさぼる惰眠は格別。
だが――寝るにはまだ早い。
せっかく手に入れた新しいコレクションを眺めて楽しむのだ。
キサラギは部屋をゆっくりと見渡す。
スーツ姿の禿げた中年男性。
陰気なメガネをかけた背の低い男。
汗臭そうな小太りの男。
(うんうん、みんなちゃんといるね)
部屋の中を見渡して、満足そうにうなずくキサラギ。
「ああ……君はそこにいたんだ」
部屋の隅で座ったまま動かない矢場木の姿を見つけて、キサラギは満足そうに微笑む。
「俺には霊感があるなんて言うから笑っちゃった。
だって、全然見えてないのに」
彼はキサラギに付きまとう霊たちの存在に気づけなかった。
幽霊が『いる』ふりをして怖がらせようとする彼がおかしくてしかたなかった。
「私ね、小さいころから幽霊が見えてたんだけど、
どうしても私だけの幽霊が欲しくなっちゃって。
どうやったら憑りついてもらえるのかなって考えたんだ。
でね、試しに人を殺してみたの。
そしたら私にずっと付きまとってくれるようになってね」
頭の禿げた中年男性に目を向けるキサラギ。
「あの人が最初に殺した人。
でね、次がそっちで、その次があっち。
ずっと一緒にいてくれるんだ。
君も……これからよろしくね」
矢場木の幽霊は顔を俯けたまま動かない。
「私の大切なコレクション」
キサラギはそう言ってにっこりとほほ笑んだ。
最後までお読みくださりありがとうございました。
広告の下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて頂けるととっても嬉しいです。
執筆のはげみになりますので、是非よろしくお願いいたします。