元劣等生は、現劣等生と化す
がたんごとんと馬車に揺られて丸一日。
山岳を淡い黄色が照らす中に、クロンヘイムの権力財産地位名声の証である《セイント・キャッスル》が見え隠れしている。
昔らしさ、保守の伝統が抜けないグロウリーとはえらい違いだ。
朝日も行き届かない早朝なのに、こんな遠くからでも炎魔法が見えてしまう。
それ以前に、この馬車も、さすがクロンヘイムと言ったところか。
無機物のように馬を作り、使い潰していく庶民の常識と大きくかけ離れている。
内部の丁寧に手入れされた環境も相まって、乗り心地は中々だった。
……それでも、個人の体質を抑える事は出来なかった。
「うっ、ぅ……おぇ」
先天的な馬車酔い症候群で、僕の気分は絶不調だった。
完全無欠の王都・クロンヘイムでも、不可能という言葉は存在していたのだ。
「あなたの名前……そうだ、エル・ヘスティアだったっけ」
吐き気で体力の限界を迎えそうになっている僕を無視して、レイは話を進めた。
「あなたの特殊スキル、《バグ》を少し調べさせて貰ったわ。あなたが白目をむきそうな顔をしているときに、私の《鑑定》でね。《バグ》の能力は、やりたい放題、全てを操ることの出来るスキル……らしい」
やりたい放題? 物を浮かばせたり、魔法を吸収したりする以外に、何ができるっていうんだ。
「だけど弱点もある。ハッキリ言って、そのやりたい放題の制御が、あなたにはまだ出来てないの。だから……」
「だから?」
今にも飛び出てきそうな吐瀉物を喉でこらえながら聞く。
「……あなたは多分、クロンヘイムでも虐げられる運命なの――」
おろろろろろ。
追い打ちの劣等生レーベルで、ついに吐いた。
グロウリーで食べた食事に、レイに殴られたときに流れた血液、そして過度な精神的圧力。
何もかもが酸っぱくなって、外の世界に戻っていく。
口からキラキラを流す僕を見ても、隣のレイはどこ吹く風、光のない目でどこか遠くを眺めていた。
この状況を心配されても困るけど、何も言われないのは寂しいな……。
「ほら、着いたわよ。ポイズンブレス君」
「……すいません」
出す物全部出し終わったとき、ようやくクロンヘイムの北ゲートに到着した。
口の中が酸っぱいしマズいし、何よりほぼ初対面の人に変なあだ名つけられてるし、もう散々だ。
口元を押さえながら、馬車を降りる。
初めてのクロンヘイムは、まさに花の都そのものだった。
喉奥のとっかかりのせいでよく感じられなかったけど、日が昇った直後だというのに、大通りには人がごった返している。エルフ、獣人、ゴブリンまで様々だ。
街を物珍しく見渡していた僕に、レイは水を差した。
「クロンヘイムの入学試験は省いてるから、早く行きましょ」
クロンヘイム領主の一人娘の権力はすごいな。どこぞの王都では得られなかった恩恵だ。
多種多様な種が入り交じる道を、僕は、肉の壁に押し潰されそうになりながらも突破した。




