入学前なのに劣等生と呼ばれるんですが/6
《決闘》。
それは何百年も前から続くフローグリッド帝国のしきたりであり、仁義と敬意を込めた1対1の戦いである。
決闘のルールはない。1対1でさえあれば決闘だ。
どちらか一方が倒れるか降参するまで続ける。命もろとも、懸けられるものすべて懸けて闘う。
ある意味一種の儀式だ。それに僕は参加させられようとしている。
「ちなみに、断った瞬間頸をはねさせてもらうけど、それでもいいかな?」
目の前のウルンは、笑顔のまま淡々と、逃げ腰の僕に釘を刺した。
僕が生き残る方法は、《決闘》の誘いに乗り、勝利することだけだ。それしかない。
「仕方ない、乗った」
「そうこなくっちゃ!」
ウルンに案内されるがまま到着したのは、広い割に人の寄り付かない広場だった。
人気のなさを噴水の水が証明している。
「ルールは特にない。強いて言うなら全力で闘うことぐらいかな。勝ったほうが、この《ハイポーション》を飲める」
ウルンが手の上で、緑色のポーションを踊らせている。
「あっ、あの……!」
思わず声が口を衝いて出てきた。
「そ、それ……ハイポーションじゃない……。いつも飲んでるから解るん……、ですけど、純粋なハイポーションはもっと黄色いはずだから。粗悪品をつかまされたのか――なんて、はは」
沈黙が続く。沈黙は金、雄弁は銀と聞いた事があるが、この沈黙は毒にも薬にもならないだろう。
いつもこうだ。僕が長々と喋ると場が凍る。
僕には知識をひけらかす癖があるのだ。そのお陰で記憶力には自信ができた。そして……友人は減った。
ウルンは僕の饒舌さに唖然としている。申し訳ないと視線を下にやっていると、ウルンが切り出した。
「黙っていても始まらないし、さっさとやろうか」
その声でようやく罪悪感から解放された。
「待って、まだ心の準備が……」
ドスッ。
腹部と胸部に鈍い痛みが来る。声を発する間もなく、僕の視線は空を仰いだ。
地に足着かない感覚が僕を襲う。
「軽く殴っただけなのに吹っ飛ぶなんて、弱……ゴホン、思ってもみなかったよ」
ずし、と土砂を舞い上げながら地面に倒れ込んだ。
あれが軽く殴っただけの威力なのか?
ウルンの言葉に僕は身震いする。
だけど、不覚を取られただけだ。
僕には《バグ》があるから、勝てる勝てる。大丈夫だ。
自分にそう言い聞かせた。
「じゃ、次いっくよー」
「バグーーー!!!」
先手を取られる前に、浮かばせてやる!
僕は攻撃をわざわざ待ってやるほど甘くないって事を知らしめてやるんだ!
くらえ!
※《バグ》を発動できません。
「へぶううぅぅぅ!!」
顔面にウルンの拳が突き刺さった。
何故だ? なぜ《バグ》が発動しない? さっきまで使えていたはずなのに……!
「君、《特殊スキル》使おうとしてたでしょ?」
ウルンは僕の心を見透かしたように言った。
「《特殊スキル》は、本人の体にピンチが迫らないと使えないのがほとんどなんだよね。緊張だとか生命の危機だとかの個人差はあるけど、条件は必ずある。君、知らずに使おうとしてた?」
ピンチが迫らないと使えない、か。
そういえば、さっき《バグ》が出たときも、爺さんに殺されかけてたな。
「スキルを発動できるようになる前に、君を負かして、ぶった切るから」
ぶった切るって、何を?!
ウルンは今までのような笑顔を崩さず言った。
それは、笑顔がとんでもなく凶悪に見えた数少ない瞬間だった。
「『神速ラピッド』!『斬ブレイク』!『魔術反射マホシールド』!」
ウルンがそう叫ぶと、どこからかオーラが飛んできて、古めかしいマントに纏わり付いた。神々しい覇気を纏ったウルンに、残像らしきものが漂っている。
「僕の特殊スキル、《蒼白の血》は、汎用スキルをいつでも発動できるようになる能力だ! しかも消費する魔力は0! このスキルで、一気にとどめを刺す!」
肉眼で見えなくなるほどに加速したウルンは、確実にこの攻撃で、僕を殺しに来ている。
完敗だ。心がそう叫んでいる。
膝から崩れ落ちた。
どうせ僕は、死の運命から逃れられない、ただの子供なんだ。特殊スキルを手に入れたってだけで調子に乗る無様な奴のまま、人生を終えるんだ。
でもまぁ……死ねと言われてはい、そうですかと頸を差し出したくはない。
生きたい。まだ生きていたい。
もはや僕の辞書に誉という字はない。ウルンのパンチではたき落とされた。
せめて……せめて一矢ぐらい報いてやりたい!
人間を棄ててやったって構わない!
「うおぉぉぉぉ!」
空を仰ぎ、慟哭する。僕の心は、闘志が巻き起こした暴風雨と化していた。
手を腰元にやり、剣を抜くように構える。
抜く刻は、ウルンが真っ直ぐ突っ込んできたときだ。僕の業を放つのはその刻だ。
平常心を保って――今!
取り出したのは短刀でも魔法の杖でもない、僕のお財布。眼前に添え、頭を地面にこすりつけた。
「これで……命だけは助けてもらえないでしょうかっ!」
「死ね!」
無理だった! 僕は死ぬしかなかった!
【特殊スキル】バグ
活性化しました。
「誇り無き者は価値なし――んなっ⁈」
カッコよくトドメを刺そうとしたウルンは急に失速して、地面に倒れ込んだ。さっきまで纏っていたオーラも無くなっている。一体何が起こったんだ?
「フフッ……、身体強化を打ち消すスキルなんてやるじゃないか、君のスキル。 だが、これからは逃げられまい!《パニッシュメントレイ》!」
醜態を晒し、顔を赤くしたウルンは叫ぶや否や、七色に発光する魔法弾を撃ち込んできた。急に自分から倒れたくせに、スキルがどうとか、もう何が何だか。
絶対に避けられない、密度と威力の魔法。一撃でも掠れば確実に死ぬだろう。
あぁ、今度こそお終いか……。
石レンガの地面が砕け、砂塵や砂利が空を舞った。
多分全部当たった。
なのに痛みが全くない。それどころか、怯みや疲労すら感じない。
「何だって……? こんな化物スキル、見たこと無い! 《パニッシュメントレイ》を吸収するなんて……無効化できない光魔法のはずなのに、何故だ?!」
ウルンは頭を抱えむにゃむにゃ唸っている。
いやいや、そっちが勝手に外したんでしょ……。
なんとなく視線を下ろした、その時。僕は自分の身に何が起きたか、ハッキリ理解した。
右腕から掌にかけて、オーラが這っている。
いや、オーラと言っていいものなのか?
オーラにしては角張っていて、指で触れるとなんとも言えない不快感が伝ってくる。
ウルンがひるんでいたので、試しに僕は手を真っ直ぐ前に突き出してみた。手からは得体の知れないものが次々に飛び出してきて地面に張り付き、最後には軽い爆発を起こして消えた。
使い道は解らないけど、何やら強そうな物体だ。
何ならこれを《僕流パニッシュメントレイ》って名付けてもいいんじゃないか? さっきぶつけられたものを吸収したって体で。
良い。とても良い。良すぎる!
どうやら、僕は最高に当たりのスキルを覚えてしまったのかもしれない。根拠はないけど、そんな気がした。
「ようやくというか、何というか……。コレの使い方が、身体で理解できたような気がするよ」
僕はウルンに近づき、右手を頭の上にかざした。
「……でも、もう少し試してやらなくちゃ! バグ!」
ポッと右手は美しい乳白色に輝きだし、無情にもさっき吸収できた《パニッシュメントレイ》の残りカスを撃ちだした。
「あばばばばばばああああああ!!!??」
ウルンの身体は痺れるように痙攣した後、ぐらりと地面に倒れた。
「勝った……勝ったぁ! さぁ、早くハイポーションを!」
振り返ると、ウルンはばったり地面に横たわり、動かなくなってしまっていた。
あれ、ちょっとやりすぎたかな?
「お、おーい。ウルン? もしもーし」
指で頭をつついてみるも、ウルンはピクリとも動かない。
……最悪な事態が脳裏によぎって、血の気がすぅーっと引いていく。
殺してしまった……のか? 僕が?
「まずいまずいまずい! 爺さんになんて言おう?! いや、その前にしかるべき場所に連絡して――。 そうだ、せめてハイポーションを飲ませて供養しよう。楽に逝けますように……」
ウルンの口にハイポーションの瓶を傾けてやった。
「す……す……」
「……! よかった! 息を吹き返した!」
「すごい! すごいよ君は! 百戦錬磨の『蒼白の血』が破られるなんて初めてだ!」
なんとかハイポーションのお陰で生還したウルンは、飛び上がったり小躍りしたりして喜んでいる。
「君なら、クロンヘイムを救えるかもしれない!」
……は? クロンヘイムを救う? 今、クロンヘイムを救うって言ったのか?
生死の狭間を行き来していた人から、まさかの一言が。
思考が追いつかない。
「ちょっとちょっと、今、クロンヘイムを、あー、救う? 救うって言った?」
「そうだよ! クロンヘイムは今滅亡の危機に陥っているんだ!」
さらっととんでもないことを口走るウルン。
バウンティハンターが王都の滅亡の危機を恐れるなんて、こいつ、何者なんだ?
「あ、名を名乗るのを忘れていたね。《決闘》をした後は名を名乗れって言うのが、我が家のしきたりなんだ」
ウルンは自分の頭をコツンと小突いた。
いやいや、名乗ってるよな?
この人はウルンだって既に僕は知っている。
「私・の・名・前・は・……」
ウルンはおもむろにマントを脱いだ。
濁りのない、真っ白な髪。透き通った青色の眼。まだ傷が治りきっていないからか、首筋からは、白い肌をべったりと濡らす青色の血液が伝っている。
「私は、レイ・クロンヘイム。第一王都クロンヘイムの国王、リドル・クロンヘイムの娘」
マントの下には、衝撃の事実が隠されていた。
驚きを隠せない僕を尻目に、ウルン……いや、レイ・クロンヘイムは続ける。
「第一王都クロンヘイムは、邪悪なモンスターに襲撃されているの。だから、あなたに討伐依頼を出すわ。……お願い! 私と一緒に、クロンヘイムに来て!」
「はああぁぁぁぁ⁈」
「はああぁぁぁぁじゃない。もう決定事項なの」
レイが手を叩くと、馬車とクロンヘイムの軍服に身を包んだクールガイが二人、僕の背後に現れた。
僕は積荷のように馬車に投げられ、閉じ込められた。
「まだ爺さんの買い物が残ってるのにー!」
僕の嘆きは、一番星が見え始める夕焼け空に溶けて消えた。




