入学前なのに劣等生と呼ばれるんですが/4
「うわあああああああああああ!!!」
僕は飛び起きた。
目の前には、見慣れたベッド、自分の顔も通せない窓、紺色の普段使いローブがあるべき場所に鎮座している。
もしかして、全部夢でしたってオチなのか? 手垢の付きまくったクサいオチだ、と苦笑する。それに、夢にしてはひどく現実と似た夢だった。
部屋を首だけで見回す。
……目覚めて数秒で、現実だって事に気づいてしまった。
枕元、僕が頭を置く場所から約10センチほど横には、さっき爺さんにつけられたレイピアの刺し痕がくっきり残っていたのだから。
「エル、飯だ」
ノックもせずに爺さんが入ってきた。
今回はちゃんと服を着ているようだ。毎回毎回上裸を見せられる身にもなってほしいもんだ。
だけどそんなことを言えるはずもなく、僕は1階へ降りた。
「いただきます」
椅子に腰掛け、二人して手を合わせた。
出された食事はどう見ても豪勢な物とは言えなかったが、育てた角牛が目の前で食事になってくるよりかは何十倍もマシな食事だったし、孫を叱るのに武器を使う人だ。そんな人の前で文句を言えるほど、僕は怖い物知らずじゃなかった。
早く食べてしまわないと、爺さんの目力に圧死させられてしまいそうだ。
小刻みに揺れる手つきで、目前のパンに手を付けた。
指が触れた瞬間、ぐじゅ、という耳障りな音がした。
そして……瞬きをしたせいでよく見えなかったが、手を付けようとしていたパンが消えている。
一瞬何かの見間違いかと目を擦ったが、それらしきものが再び現れる事はなかった。
今、何が起きたんだ? 確実に手を付けた筈なのに……。
触れた感触もあった。麦の匂いも鼻腔が感じ取っていたはずだ。
爺さんの方も被害を受けていたらしく、空の大皿を前にして目を丸くしている。
「……エル、パンを何処にやった?」
爺さんは鋭い目を向け、ドスの利いた声を上げた。
僕は黙っているしかできない。僕だって、パンを何処にやられたか知りたい。
「何処にやったと聞いているんだ!」
僕は襟を掴まれ、壁に追いやられた。天井近くまで持ち上げられ、息をするのも苦しい。
「いや、知らない……」
「知らないじゃねぇ! お前には、パンを何処にやったか答える義務がある!」
「いやだから知らないって……」
「さっさとホントのことを言わねぇと、わしの『スパイク』が黙っちゃいないぞ……!」
爺さんはスキルまで発動させて、頭から足の先まで殺気を放っている。
レイピアの剣針が鈍く銀色に輝き、射出されるのを今か今かと待っている。
とにかく、こういうときは逃げるしかない。
僕は爺さんの腕を命がけで振りほどき、家の外目がけて逃走した。
「話はまだ終わってないぞ!」
剣針が脳天を突き刺すべく突風の如く向かってくる。気迫と風を切る音が、僕を追い立てて止まない。
僕には、このまま爺さんに殺されるしかないのか……?
今思えば、いい人生……いや、それほどいい人生でもなかった。
僕はゆっくり目を閉じた。こんな状況じゃ、走馬灯も助けてくれないのか。
殺すのなら、せめて痛くしないでほしいな……。
【特殊スキル】バグ
活性化しました。
瞼の裏に文字が映し出され、がんがんと警鐘が頭に響く。
特殊スキル、何のことだ?
《バグ》なんてスキル、聞き覚えがない。
もしや、僕にも《特殊スキル》が目覚めたのか!?
……でも、この《バグ》とやら、どう放てばいい?
だけど、試行錯誤している暇はない。僕の真後ろには殺気のこもったレイピアが控えているのだ。
……えぇい、叫んだら何かしら起こるはず!
僕は藁にもすがる思いで、僕は叫んだ。
「バグーーー!!!」
「なぁぁぁぁぁ⁉⁇」
さっきまでの威勢はどこへやら、爺さんは空中へ投げだされじたばたしていた。まさに為す術なしって感じだ。
「……だから、知らないって!」
僕は息を切らしながらもそう言った。叫んでばっかりで喉がなくなりそうだ。
「わかった、わかったから下ろせー!!」
爺さんは必死にもがいた。
「ハァ……、ハァ……」
肺が限界に達している爺さんと、それを見つめる僕。
最高に気まずい食卓だ。
「もう、お前、一回外出ろ……。頭冷やせ」
爺さんに言われるがまま、僕は外に出た。久々の自由時間だ。
いざ自由になると、何すればいいかわからないもんだな。
「言い忘れたが、買い物、してこい」
……やっぱり、あんな爺さんが解放してくれる訳なかった。




