入学前なのに劣等生と呼ばれるんですが/3
「しっかし、なんで僕だけ……」
爺さんのようなスキルが付いていないのか。
山積みにされた本にハタキをかけながら、そう呟いた。
この世界には、剣技の上手い奴、魔法の上手い奴の他に、《スキルの強い奴》――という者がいる。
スキルにも《汎用スキル》と《特殊スキル》があって、大抵もて囃されるのは後者が強い奴だ。
《特殊スキル》は、個人個人で一種類だけ覚えている。
生まれたときから持っている人も居るし、何かの経験によって目覚める人も居る。
人が覚えている《特殊スキル》を他の人が覚えることは不可能。《特殊スキル》を付け替える事も出来ない。
正真正銘、自分の才能だ。
だが能力の少ない奴でも、何かしら《特殊スキル》は持っている。《特殊スキル》の強さで適性が変化するとも聞くが、とにかくそれが強いかどうか、使いこなせるかどうかなんだ。
なのに、なのに僕は……。
吐き気を催しそうな身体を左手で宥めた。
まるで、自分が論外だとでも言うみたいじゃないか。
僕は認めない。絶対、爺さんの《スパイク》や、父さんの《天啓ゴッドトーク》の様なスキルがある筈なんだ。
まだ、目覚めていないだけなんだ――っ。
憎しみと苦しみ、妬みその他諸々に濡れた拳で、古臭い本棚を殴りつけた。
本棚は間抜けな音を出して留め具が外れ、沢山の辞書やらなんやらと共に倒れ込んだ。
カビ生えの本に押し潰される僕。なんたる屈辱。
自分が本の下で蹲る姿が容易に想像できた。目にみるみる液体が溜まるのが解る。
「もーーーー!!!」
やりきれない気持ちで叫ぶ。牛の泣き声は書庫に響き渡る。迷える角牛と間違えて、誰かが来ることはなかった。
「こんな世界なんて、なくなってしまえ!」
そのとき、書庫のおんぼろドアが軋んだ
レッサードラゴンのリリィが、ドアを開けて入ってきたのだ。
酷い目に遭った僕を心配したのか、それとも書庫にいるエル・ヘスティアという名の角牛を食べに来たのか。
「ごめん、ここに牛はいないから」
僕はリリィの鼻先を撫でる。
リリィは夢見心地で、優しく吠えた。
角や鱗を纏ったリリィは、3歳のメスのドラゴンなのに、自分より何倍も逞しく男らしい。角牛ほどの大きさのリリィは、一般的なレッサードラゴンよりかは少し小さいが、僕にはそれで十分だった。
「僕も、せめてリリィみたいに逞しかったらよかったのにな」
人語が解らないリリィに、僕は語りかけた。
まぁ、リリィがどうにか出来る問題じゃ無いのは、僕が一番わかっているけど。
慰めるようにリリィがいなないた。
「はは、ありがとう」
多少心に余裕ができた僕は、リリィの鱗張った体にもたれかかった。
ん? ……リリィ、何か、持ってないか?
リリィから、普通なら絶対しない匂いがする。
いつもカラカラの藁束で遊んでいるようなリリィから、湿っぽい匂いがする。
覚えはあるんだけど、何か嗅いだことあるんだよな。この匂い。
いつだったっけ……。
ゴトッ。
リリィの首元から、色褪せた本が落ちてきた。
まるで時間切れだとでも言うように、リリィは鼻を鳴らした。
そうだそうだ、本の匂いか。
どうりで嗅ぎ覚えのある匂いだと思った。
僕はリリィが運んできた本を手に取った。
『繧ケ繧ュ繝ォ繝悶ャ繧ッ繝サ繝舌げ』
うっわ、なんだこれ。何が書いてあるのかさっぱりだ。
意味不明な文を読み進める。
『繝サ閾ェ蛻??∫嶌謇句性繧√せ繝??繧ソ繧ケ繧貞、牙喧縺輔○繧九%縺ィ縺悟?譚・繧九? 繝サ鬲疲ウ輔d謇捺茶繧帝㍾縺ュ繧倶コ九′蜃コ譚・繧九? 窶サ莉サ諢冗匱蜍輔?蜃コ譚・縺ェ縺』
ますますわからん。どっかの国の言葉っぽいけど、法則性もなにもない羅列のようだ。
ページをめくる。
後のページは……すべて白紙だった。
こんなつまらないことに、僕は時間も無駄にしたのか。
呆れた。
僕はその本を、ゴミを捨てるような気持ちで放り投げた。
……その時だ。僕の身近で奇っ怪な出来事が起こったのは。
「さっさと終わらしてかーえろ」
僕は伸びをして、埃まみれのハタキを引っ掴んだ。
リリィは役目を果たしたかのように、書庫を出て行った。
ペットは飼い主に似るって言うしな。リリィも面倒ごとは嫌いなんだろう。
仕事に戻ろうとしたとき、視線の端に、仄かに光る物を見つけた。
リリィがよだれでもこぼしていったかな?
僕は光る物に寄りかかった。
いや、違う。よだれなんかじゃない。
発光していたのは紛れもない、さっき放り投げた本だった。
今にも開きそうになっている本を、恐る恐る凝視する。
……もしこれが、世界を滅亡に導くような、危険な代物だったら?
家が吹き飛び、人が飛び、最後には爆散するような、最悪の結末が脳裏をよぎった。
「ちょ、早く閉じないと」
閉じる方法が思い付かず、咄嗟に両腕で抱えた。
しかしその本は僕の意思には目もくれず、輝きと、中からこじ開けようとする力を衰えさせない。
「止まれ、止まれ、止まれぇぇ!」
自分の細い腕ではどうすることも出来ず、止まれ止まれと願うしかなかった。
革の帯できつく締めてあるのにも関わらず、本はバリバリと音を立てて、緊縛から解放されようとしている。
「うわあああぁぁ!!!」
開いてしまった。止められなかった。この世界はお終いだ。
だだっ広い書庫は光に包まれ、それから、それから――。




