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入学前なのに劣等生と呼ばれるんですが/2

グロウリー総合学院の入学試験から一週間後。




 僕は小汚いベッドの上に蹲っていた。

 家を出てからは、運が悪くなるスキルでも重ねがけされたのかって位、不幸の連続だった。

 何百人も、勧誘便が届けられていた奴がいたっていうのはまだいい。

 筆記試験が、ギリギリ解ける程度の難易度だったのもいい。

 役職適正・能力判断の試験が有ったっていうのも、まだ理解できる。

 なのに、なのに……。


「僕の能力ランクが最低レベルってのはどういうことなんだよー!!」


 すぐさま下の階から「うるさい!」と爺さんの怒号が飛んでくる。


 確か、水晶かなんかで見られたんだ。

 そしたら試験官の前髪長い男が、『魔術適正△寄りの×、物理攻撃適正は△くらい、突発したスキルはなし。 ……アンタ、よく勧誘便が届きましたね』なんて言ってきやがったんだ。


 思い返してみるとあの試験官、若干笑ってたような気がする!


 記憶が正しければ、『……アンタ、よく勧誘便が……フフッ、と、届きましたね』だ! そうに違いない!


 ちっぽけなプライドにメラメラと火が付いた。

 この火が魔法の内に入れば良かったのにとか、この火で学校もろとも試験官を炙り尽くして、レッサードラゴンの餌に混ぜてやろうとか、とにかく怒りに怒った。

 

 信じたくはないが、学校はそんな奴を引き取るわけも無く。

 一応筆記試験のために校内には入れて貰ったものの、そこでは僕が『魔術適正なし物理攻撃特性なしのへっぽこ』だと噂している奴からの《プークスクス攻撃》が、僕の身体を容赦なく痛めつけてきた。

 一通り試験は受けさせてもらったが、どうやら学校は一定の魔術適性や物理攻撃特性がない生徒の殆どを試験当日に落としているらしい。

 その証拠に、試験後もらった紙切れには大きく赤い字で《不合格》と書かれていた。

 それを見た両親は激怒した。


『私達から生まれたのに、何故そんなものを持って帰ってこられるんだ!』だとか、『精霊の子なのに、魔術適性がないなんて……このバカ! 親不孝者! 劣等生!』とか言われて、泣く泣く荷物を持って追い出される事になった。


 行くところが思いつかず途方に暮れているところを僕の爺さん、ウォルフ・ヘスティアが見つけてくれたのだ。

『何があった』と質問してくる爺さんに、僕はグロウリー総合学院の勧誘便がきたこと、その試験に落ちたこと、落ちたのは僕に魔術適性とかがなかったこと、家から追い出されたことを説明した。

『まともに食わすものはないというのに……』と文句は言われたものの、爺さんの家に住まわせてもらえるようになった。




『劣等生』、か。

 脳内で言葉を反芻する。


 おそらくというか、絶対褒め言葉ではない。そんなことはわかりきっている。

 でも学校に入学してすら無いのに、劣等生のレッテルを貼られるのはおかしくないか?

 試験落ちした人間を学校の敷地に入れるから、こんな目に遭わなきゃいけない奴が出るんだ!


 せっまい部屋の中で暴れ、叫び、慟哭した。


 グロウリー総合学院に落ちた所為で、家からは追い出され、周りから冷たい視線を向けられ、ここに来る最中にはただでさえ少ない財産を盗賊かチンピラにスられる始末。最悪の連続だった。


 そんな僕を爺さんは拾ってはくれたけど、爺さんも一応グロウリー総合学院は出てる身だと言っていたし、結局家畜の世話で一生を終えそうになっている。


 それ以前に、爺さんは苦手だ。75歳にして見た目は屈強な戦士か、山にうろつく化け大熊グリズリーだ。


 そんな風貌だから、体力も勿論年に見合ってない。日々家畜の尻を叩き、自分の身体くらいある藁束を軽々抱え、牙を剥く動物あれば即座に締め上げる。僕もそいつらの例外ではない。


「……っ、はぁ」


 僕は大きく溜息をついた。あの時とはまた違う、悪いものを吐く溜息だ。

 毎日毎日、角牛の垂れ流した不純物を片付けて、それが終わったら爺さんの部屋と、バカみたいに大きな書庫の掃除。

 逃げれば爺さんにたっぷり絞られ、また牛舎の掃除。

 ……もううんざりだ。

 こんなことなら、どう思われようと前の家に図々しく居座るべきだった。




 僕だって、学校に入るための努力をしなかったわけじゃない。

 小柄で貧弱、魔術もあまり上手くできない身体だったので武術魔術にはあまり触れなかったが、それ以外の学問はかじれる分だけかじってきたつもりだ。

 運良く両親が賢者と精霊だったので薬学や天文学、生物学その他諸々の学問はとことんたたき込まれ、そこらで売っている問題集なんか屁でもない程度には伸ばされた。個人の興味も含まれてはいたが、基本僕は受け身で臨んでいた。

 これだけ力を積めば筆記試験ではかなりの成果を上げ、瞬く間に学年上位に上り詰めるのも夢じゃない。

 努力のみで四年間の学生生活を、神童だともて囃されながら駆け上がる…………はずだった。


 今まで積んできた努力も、全部『能力適性』の文字で吹き飛んだのだ。

 ぶっちぎりで合格圏内に入っていたであろう筆記試験も、全部ふいになってしまったのだ。




 ……僕にとって、努力は塵も同然だった。

 才能の文字の前では、無力も無力、屁でも無い存在なのは僕の方だったのだ。

 上を目指す気力も失せた。賢者の夢も棄てる気だ。

 努力は裏切らないって、言ったの誰だよ。

 努力で報われる才能があったから、そんな事が言えるんじゃないのか。


「もうどうでもいいよ。全部さ」


 僕はぽつりと言った。

 天井を見上げていると、視界の端から光が差してきた。この牢獄のように閉ざされた部屋には、1枚だけ外を覗ける窓があるからだ。

 そこから見えるグロウリー総合学院は、とても、とても遠い存在だった。

 やるせない気持ちになった僕はベッドに倒れ、目を閉じた。

 何もかも夢であってくれと願いながら。




 










 部屋を木漏れ日が優しく包み込む。

 その心地良い眩しさで、僕はゆっくりと身体を起こした。いつの間に寝てしまっていたのだろう。昼寝のはずが、一夜越してしまったらしい。

 昨日は貴族の屋敷も吹き飛びそうな程の風の精霊注意報だったのに、今日は晴天。    えらい変わりようだ。

 一瞬眠る寸前に願った事が実現したかと考えたが、グロウリー総合学院はいつもの場所にいた。早いとこ吹き飛んでくれ、くそ。


「む、むぅ」


 うなり声を上げて、さっきまで閉じきっていた瞼をこじ開けた。

 毎日飽きるほど見てきた木皮の天井が、発酵させた廃屋の隅っこみたいな異臭を放っている。

 意識の遠くなりそうなその異臭に、僕は目を閉じて抵抗するしかなかった。

 閉眼にあやかって、また寝る。

 正直、今更起きたところでどうもしないし、誰かに迷惑をかけるわけでもない。

 だから僕に残された道は、精根尽き果てるまで寝ることだけだ。それが怠惰だろうが何だろうが、僕は寝る。








 この世界は、魔法があって、剣があって、ドラゴンもオークもいる。

 誰かが書いた『異世界論』が本当ならば、そこの世界の人に、自分の生きている世界がいかにすごいか精一杯たたき込んでやるつもりだ。

 でも、『じゃあ、その世界は楽しい場所なんだね!』とか言うやつがいたら、全僕は迷うことなく、心から否定してやるだろう。








 








 ……さいってい最悪の、こんな世界なんて、なくなってしまえ!
















「エル、今日は雨降りだから、書庫の掃除をやれ」




 




 僕がベッドの上でのたうち回っていると、上半身裸の爺さんがノックもせず、ドアを開けて言った。

 思春期真っ只中の14歳男子の部屋なのにノックもせずに入るとは……。








「はいはい、やればいいんでしょっ――」








 ズン!!!

 耳元を鈍く光る物が掠めていった。今の、なに……?

 ガクガク頸を震わせながら視線を動かすと、自分のすぐ横には壁に突き刺さった、剣針何メートルもありそうなレイピアが添い寝していた。






「いやあああぁぁぁ!! ちょ、えええぇえぇ!?」


「何驚いてる。スパイクは、自分の孫を殺すような真似はせん」


 スパイクと呼ばれた、そのレイピアは瞬く間に爺さんの手に戻っていった。




「目が覚めただろう。じゃ、そういうことで」


 




 爺さんはにこりともせず部屋を後にした。




 僕はその一連の光景を、呆然と眺める事しか出来なかった。






 若干漏らしたかも……。

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