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入学前なのに劣等生と呼ばれるんですが

 ここはフローグリッド帝国、そして《第三王都・グロウリー》。

 

 大陸でも一二を争う程の巨大都市であり、沢山の人々が酒や看板娘目当てにこぞって集まる、いわば酒屋町・宿場町っていうところだ。

 フローグリッド帝国随一の大都会である《第一王都・クロンヘイム》を行き来する貴族や冒険者の残り香を浴び、夜が更け、日が昇る寸前になっても、飲めや歌えの明かりがぽつぽつと灯る。

 それでもクロンヘイム程の花の都要素はなく、それも商業区だけ。

 そこから一歩出れば、見渡す限りの田園、果樹園風景が迎えてくれる。グロウリーの人々が住まう居住区の見所といえば、田畑の中に佇むデカい風車か、家畜の餌を詰めるレンガ壁のサイロぐらいだ。

 居住区の娯楽は子供だましの手品か紙芝居。暇な大人達があの手この手で子供をあやしているが、如何せんどちらも開拓者がおらず、何処かから引っ張ってきたものを流用するばかり。

 それでも僕はグロウリーが好きだ。不変の風景、気を抜くと面白い紙芝居の一枚絵、そしてなんとも心地のいい、牧歌的な空気を感じられるのはここだけだから。

 

――だからって、ずっとここに居たいわけではないが!




「よし、これくらいだったら文句は言われないかな……」

 

 この僕、エル・ヘスティアは、朝早くから姿見の前でせっせと身だしなみを整えていた。

 そこそこ時間はかけたものの、頭頂部に跳ねた一房の黒髪とくせ毛はどうしても直せなかった。最悪、整髪料を使う事も考えたが、別件で咎められるのは御免だ。


 いつもなら、こんな日が昇る前に起きることなんてそうそう無いし、そんな時間に起きる気なんてもっと無い。

 じゃあ、何故こんなことをしているのかというと……。




「グロウリー総合学院から、あの名門から、入学の勧誘便がー!」

 僕は天井を突き破るくらいに跳び上がった。

 すぐ近くの机に並べてあった書物がばたばた、と倒れ、足下に落下してきたのを感じた。

 小指の痛みに顔を歪ませながらも、心は期待と自信に満ちていた。

 

 ――グロウリー総合学院。約170年前、光帝1255年に設立された三年制の学院。

 王家の直轄地である七王都に建設される学院の総称《新七学院》の一角を担う、入りさえすれば家系図を良い意味で塗り替えるくらいの名門だ。

 クロンへイム家の専制政治が確立された頃に造られた《クロンへイム国立学院》や、超有能を数多く輩出してきた《ドルチ都立学院》と比べるとかなり遅めのご登場だが、難なく参入できたようだ。

 ……裏では、グロウリーのお偉いさんがクロンへイムの人に片っ端から頭下げてできた、という噂話がささやかれているらしいが。

 

 ともかく、『結果さえあればよかろう』の精神で出来た学校にいる、『結果が全て』の教師陣から勧誘便が来る。すなわち、僕にはグロウリー総合学院に入れる素質がある!

 そして好成績で卒業できれば、僕も超有能の仲間入りだ。

 この学校、中々見る目がある。

 

 妄想に魅せられ、鼻の下が伸びた。

 この日のために、善行と自学自習を重ねてきた甲斐があった……!

 いやいや、今ここで浮かれていてはいけない。

 入学試験をパスしないと入学はおろか、他に拾ってくれるところがあるかどうかもわからないじゃないか。

 

 勝手に始めた妄想を勝手に打ち切った。

 僕は大きく、誰かに見せつけるように溜息をつく。溜息が独りぼっちの部屋に優しく、ほうっと充満した。

 悪い物を吐き出すように何度も呼吸をしてみたものの、どうも頭が冴えない。試験当日にあってはならない事態だ。

 貧乏揺すりが止まらなくなってきた。こうなった僕は何をやらせても中途半端。癇癪じみたことをべらべら垂れ流す、クソガキヘスティアの誕生だ。

 ただ、何も対策していないわけじゃない。自分の一番の理解者は自分なのだ。

 

 机の下に陳列してある濃い黄色の瓶を開け、口に流し込んだ。

 苦節3年、クソガキヘスティアに一番効く攻撃をあみだした。

 その名も、ハイポーション一気飲み。

 イライラが酸味を帯びた息から抜けていく。もはや中毒に近いが、生命活動に支障をきたさなければ問題ない。


 いよいよこの高揚感をどこにやればいいか解らなくなったので、ボケーッと、四角く縁取られた景色を眺めた。

 対して見晴らしも良くない景色なのに、とても綺麗に見えた。

 興奮で胸が躍っているときは、単なる風景も綺麗に見えるらしい。

 入学試験に使うかは知らないけど、いいことを知った。


 部屋の中にようやく光が満ち始め、一日の始まりを告げる。

 外に飼っているレッサードラゴンがけたたましい鳴き声を上げた。

 

 僕は勢いよく立ち上がった。

 やたら重い鞄を提げ、階段を下り、テーブルに鎮座していた食事に手を付け、外に出るドアまで向かう。


 このドアを開ければ、きっと僕はグロウリー総合学院生になるのだろう。

 僕にとって嬉しさしかないことなのに、身体が硬直して止まない。


 いかんいかん、こんなとこで止まっていてはダメだ。


「僕はエル・ヘスティア。グロウリー生まれグロウリー育ち。賢者の父、ヨハン・ヘスティアと、元精霊の母、マギ・ヘスティアの間に生まれたヘスティア家の長男。齢十四にして両親から一心に愛を受け、一般常識を学んだ。……そしてグロウリー総合学院生になる男!」

 

 神妙な顔つきで自分の情報を詠唱する。


「僕の夢は、自分の能力を認めて貰って、もっと広い所へ出ることだ! レッサードラゴンとか、家畜の世話に一生を捧げるなんて死んでも嫌だ!」

 

 僕は頬を強く叩いた。

 強く叩きすぎて、何分か経った後でもヒリヒリしてくるぐらいだ。

 僕は胸を張って、年季の入ったドアを思いっきり開けた。





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