第75話~GI凱旋門賞その4~
『なんだぁ、ありゃ……』
後ろで起こった出来事が気になり前から一瞬だけ視線を逸らした。あ、別に真剣に勝負していないわけじゃないぞ。状況把握は大事!
オーソレミオのいる……だろう方向へ視線を向ける。何故だろうと付けたか? そりゃあいつの姿が全く見えなかったからだ。
オーソレミオの位置取りは最後方。まぁ殿追走だな。ロードクレイアスやゼッフィルドが得意としているポジションだ。
先頭集団の逃げ馬3頭からは10馬身以上既に離されている。だがその分、体力を温存できる、馬群に飲まれて身動きが取れないようにはならない、前だけを見ればいいので落ち着きやすいなどといった良い点も明確に存在するのだ。
だが、今のオーソレミオの状況は明らかに違う。最後方でありながら、まるで馬群に包まれているかのような包囲網。俺ですら、あれをされた事はないぞ……?
《オーソレミオ包囲網です! オンエアー、ベールドルーヴ、バギーメイジ、ローゼンクランツ、シュタインウェイ。前5頭ズラっと広がっています
さらにアメリカ勢2頭もピッタリと馬群を隙間を縫って抜け出せる隙間がありません! あの名馬テイエムオペラオーを思い出させる徹底マーク!
オーソレミオは大丈夫なのか!? そして坂を登りきって、今度は下り坂となります! 依然として先頭はマーニュが引っ張る形
前方に動きはありません。既に観客席からはどよめきが響いています!》
「露骨過ぎる……いや、それほどの相手って事か」
騎手同士で包囲網を敷こうしているのは明らかだ。ただそれは八百長ではなく、そうしないとオーソレミオには、世界最強には勝てないからというのが欧州勢の見解であった。
あいつの進路だけは潰さなくてはいけない。そんな意識が騎手と、馬にも本能であるのかもしれんな。どっちにしろ、このレースはあいつにとって厳しいものに──。
「っ!?」
めちゃくちゃキツい坂を登って今度は下り坂。先頭逃げ馬2頭ももつれないように、ければ自然と速度を上げて降っていく。
そんな場面で1頭の馬が逸走をした。俺じゃない……大きく外にオーソレミオの奴が膨れたのだ。上がり坂と下り坂の境目は確かにコーナーになっている。
「ロス……あそこまで、凄いな」
包囲網を交わすため、バラつきやすい馬群を縫って前に出る選択を捨てた強引な捌きだ。それによって生じるのがコーナーで膨れたことによる距離ロス。
それを踏まえた上で距離ロスの大きいコーナーで大外に持ち出す荒業。それは、後方グループによる徹底的なマークが有効だと示したのは確かだな。
聞いた話だが、欧州勢は日本とは違い直線で横一線になったり前が壁のような状況になることは少ない。だって馬群の間を縫って出るような荒々しいプレイが許されてるんだからな。
ジャパンCとフォア賞で経験済みだぞ。ただそれをせず、無理に馬群を縫って上手く出れなかったり、包まれたり最悪落馬事故を起こす危険性を回避するためとは言え、その選択をした騎手の人を横川さんは褒め称えたんだ。
《さぁ先頭マーニュ。今年も依然としてマーニュが先頭で下り坂を迎えます。その後ろにはレンテンローズとグレイファントム
2馬身切れて日本の悲願へ向けて、何頭もの夢が破れたこの地で我々の思いを乗せて走るステイファートムと横川勤です。運命は、今日も微笑んでくれるのでしょうか?
その外で一緒に追走しているのがアクセルナンバー、ゼンドレース。共にGI馬です
その後ろにディフェンディングチャンピオンのシャルルゲートがいます。そしてリリーオブザインカもこの位置
後方グループを整理しましょ──っ!? オーソレミオ動いた! 大外に持ち出したぞっ! なんとここで大外に持ち出した!
内枠有利と言われるこのレースで1番外に持ち出した! そして下り坂で一気に加速っ! 後ろの5頭をあっという間に置き去りにした!
まだ馬なり! まだ馬なりでGI馬達を抜き去っていく! 距離のロス? 内馬場有利? 世界最強には全く関係ありません!》
『hi! 少し上げてくわよファートム!』
リリー!? いきなり後ろからそう言って上がってくるのはリリーオブザインカだった。まだ最後の直線にすら向いてないのに仕掛けすぎだろお前ら!?
『ふっ、レディーファーストだ。譲ろう』
シャルルゲートを交わしてリリーが上がってくる。っと、そうこうしているうちに出たな偽物の直線! 気づけば坂は終わり、俺をフォア賞で騙しやがった直線に差し掛かっていた。
『ねぇ! 前ばっか見てないで私を見なさいよ!』
『リリーか。別に前ばっか見てるわけじゃないぞ。ちゃんと後ろも確認してる』
『そうじゃない! ……私を見ろって事よ! ただ視界にいれるだけじゃなくて、もっと意識をしろって事! オーソレミオ(とレンテンローズ)ばっか見て!』
っ!? ……あぁ、そうか。君が言いたかったのはそういう事か! すまないリリー。君を軽んじるつもりじゃなかったが、そう見えても仕方ないな。
『ふん、ようやく分かったようね。そうよ、再戦なんて意気込んで起きながら、いざ走ったら私の事なんか眼中に無いって顔しちゃって! これでも欧州最強牝馬としての意地があるのよ!』
リリーはわざわざそのためだけにアクセルナンバーとゼンドレースを吹き飛ばして隣まで上がってきたのだ。ならば、俺も彼女に全力で応えなきゃ漢じゃねぇよな!
『そうだよな、すまない……OKリリー、君とオーソレミオ、シャルルゲートには絶対に負けない! 友として、ライバルとして!』
『っ……それでこそ、私のお眼鏡にかなった唯一の馬! ファートム、貴方を倒して私は私を証明してみせる!』
《オーソレミオ外に出して加速! そして偽りの直線フォルスストレートに突入です! 横川勤、ステイファートムは抑えている!》
「ファートム、まだ、まだだよ」
おう、分かっているさ横川さん。同じ轍は二度は踏まない。きちんと自分のペースで走る。そうしなきゃ、勝てるなんて言えないからな。
《しかし外からシャルルゲートを交わしてリリーオブザインカが前へポジションを上げた! それに釣られてステイファートムも脚を伸ばす!
まだここは偽りの直線フォルスストレート! 馬なりだが前に伸びる! 伸びる! 抑えなくて良いのか横川! 大丈夫なのか!? しかし手網はもったまま!
先頭はまだマーニュ! いいや! グレイファントムが並びかけて交わして先頭に立った! しかしこれは、掛かっている! 明らかに掛かっているぞ! これは対称的な仕掛け方をした2頭になった!
そしてそのままグレイファントムだけが抜け出ました! 2番手マーニュとレンテンローズ! そして少しずつ差を縮めるのはステイファートムとリリーオブザインカ!
後ろにはアクセルナンバーとゼンドレース! そしてシャルルゲートはまだ落ち着かせています。そして4馬身ほど切れてジョイフォーリーフとマーシャルアーツ、BCターフ勝ち馬2頭が並んでいます!
そしてその2頭を大外から交わしていくのがオーソレミオだ! 後方勢5頭、オンエアー、ベールドルーヴ、バギーメイジ、ローゼンクランツ、シュタインウェイもジリジリと差を詰めてまいりました!》
偽物の直線もそろそろ終わりに近しい。横川さんの声、それに今までの経験上、この直線が終われば恐らく本当の最後の直線があるのだろう。
前走フォア賞はこの舞台を再現していたという訳か。……ありがとう、横川さんに荻野さん、宮岡さんに沢村さんと館山さん……皆がここまでお膳立てをしてくれたんだ。負ける気がしないぜ。
『Are you ready?』
『yeah』
リリーが視線を飛ばしてそう尋ねてくる。ああ、もちろんだとも。疲れも何も感じない。この舞台で出し切るんだ、全てを……。
『ふはは! 我、Go!』
『『っ!?』』
次の瞬間に動いたのは俺でもリリーでも無く、少し後ろに下がって俺たちの動きを観察していたシャルルゲートだった。
『what!?』
『野郎! 差し殺す!』
最後の直線にいち早く辿り着いたシャルルゲートを追って俺とリリーも追いすがる。……オーソレミオの奴はまだ来ないか。
だがもう残すは最後の直線のみ。いつ来るのかは知らんが、まずは2人と競り勝たねばな。……なら、さぁ、やろうぜ! 2人とも!!!




