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外伝24話~引退。そして~

 横川さんを乗せてウイニングランを始める。疲労は感じるが、これを行うことが困難なほどでは無い。



「ファー、見てみな。みんなが君を、ステイファートムを祝福してるよ」



 そんな横川さんの言葉通り、俺達のウイニングランが始まると大きな歓声が湧き上がった。……ふぅ、と一息ついて俺は賞賛の言葉を雨のように浴びる。


 悪いけどまだ走ることはできない。ゆっくりと四本足で歩きながら観客席を見上げると、1つの隙間もないくらい観客で埋まった席が見えた。


 はは、今日はこれほどの人達が俺達を応援していたのか。余裕がなくてそれすら把握できてなかったんだな。


 さて、他の奴らはもう帰ってしまった。と言うより俺の雰囲気を感じ取って、その意図を汲み取ってくれたんだろう。このターフを駆ける短い1周が、俺と横川さん2人きりの貴重な時間となることを。



「……なんだろうね。レース後なのに。勝てて嬉しいのに。……素直に喜びを、上手く表現できないや」



 俺の首を撫でながら横川さんが呟く。その胸中の全てを伺うことはできないが、複雑な思いを抱えているんだろう。



『はは、そういう時は叫んだらええんやで。1着だぁぁぁ!』


「うおっ……そうだな。まずは喜べよって話だよね。勝ったぞぉぉぉぉ!」



 身体を浮かせ、改めて大きくガッツポーズをとる。俺の引退が頭をよぎるんなら、その声を耳に届けて1度クリアにしたらいい。


 俺達は勝ったんだ。有馬記念をレコードで。しかも世界最強のオーソレミオや三冠馬ドゥラスチェソーレを含めた、大勢のライバル達を蹴散らして。



「ふぅ。覚えてるかファー? お前と初めて会った時のこと」


『ん? そう言えばなんか知らない人が来たと思ったら呆気なく騎手が決まっててビビったな』


「あの時はプリモール……GI馬でファーのお母さんの主戦騎手だった若手ジョッキーの1人、みたいな扱いだったんだぜ?」



 へぇー、それは知らなかった。今の横川さんは俺やカーテンコールとポインセチア……コール、セチアの3兄妹に加えてフェイ……タガノフェイルドでもGIを勝っている。


 さらに今もリーディング? ってランキング形式の奴で上位を争うぐらいになっていると聞いていたので意外だ。



「見てすぐ分かったよ。君は重賞でも勝負になる器だってね」


『はっはー! 見る目がねぇな横川さん。俺はすぐ自分でGI馬になれる器だって気づいたぜ?』


「モールの仔に乗せてもらえたのも嬉しかった。この子の血統は必ず勝ちあがらせるんだって息巻いてたっけ」



 楽しそうにケラケラと笑う横川さんを見てると俺まで嬉しくなりそうだ。そう言えば出会ったばかりの横川さんの想いとか、俺あんまり知らねぇな。


 競走馬になってからはよくレース前に胸に秘めた想いを語って……というか俺に独り言で漏らしていた気はしたが。



「新馬戦を勝たせられなくて愕然としたね」


『それな! ディープゼロスとロードクレイアスにタマモクラウンまでいる新馬戦ってなんだよ! 待て! 今思い返したらバーストインパクトとシャドーフェイスも居たぞ!? マジでなんだあの新馬戦!?』



 新馬戦にGI4勝の皐月賞馬、GI7勝の日本ダービー馬、有馬記念勝ち馬、まくり癖あり暴れる重賞馬に3階級制覇のGI5勝馬……まて。


 ……確かシャドーフェイスのやつ、安田記念の後に欧州に忘れ物を取りに行ってくる的な発言してたな。さらに勝利数を重ねているかもしれない。



「クラシックでも勝たせてあげられなくて……でも、その敗北があったから僕達はここまで来れたんだと思う」


『あぁ。俺も横川さんだからここまで来れたんだと思う。他の……ゼロスやクレイアスに乗ってた人の方が上手いって聞いてたけど……それでも、俺は横川さんで良かった』


「そして、こうしてGI10勝まで辿り着けた。数を誇りたい訳じゃないけど……それでも嬉しい。君は歴史に名を刻む。今までも、そしてこれからも」



 へぇ、まぁ1番GIを勝てたんだからそうなるわな。どうせなら……タラレバになっちまうけど、一度はマイルGIでタガノフェイルドの奴と。そしてまたコール、セチアの奴と走りたいな。


 それならこの有馬記念でディープゼロスやロードクレイアス、ゼッフィルド、タマモクラウン。あとシャルルゲートの奴も交えて走りたい。


 ダートならまたグルグルバットだな。あとアメリカ三冠馬のアナザーレインとも走りてぇ。



『……充分走ってきたつもりなんだがなぁ。まだまだ走りてぇ気持ちが収まらないぜ。……走りてぇなぁ』


「ふふ、まだまだ走り足りないって顔してるね。……でも、君には次の仕事が残っているんだよ。分かってるのかなぁ、あははは」


『あぁ。競走馬は経済動物だし、またお金を稼がなきゃな。俺が活躍して、そんで次のお仕事も活躍したら俺の妹や弟にとってまたメリットが生まれる。手を抜くつもりは無いぜ?』



 種牡馬っていう、俺の子供を作って同じように走ってもらい、たくさん勝てばお金が沢山貰える仕事を俺は今度から行う。


 正直不安は大きいが……まぁ、やってやれないことはない。先に行った奴らだって頑張っているんだ。タマモクラウンの分まで頑張らなきゃな……。



「引退しても君には会いに行くからね」



 横川さんが再び首元を撫でてくる。あぁ、俺も楽しみにしとくさ。今までより頻度は下がるだろうけど……たまには乗せてやるから一緒に散歩でもしようぜ?



「種牡馬かぁ。……そうなったらもう、乗れなくなるんだよなぁ」


『ふぁ!?!?』


「おお? どうしたファートム。僕が君に乗るのはこれが最後なんだし味あわせてくれよ」


『やっぱり乗るの最後言っとるやん!?』



 あとから知ったのだが、種牡馬はめっちゃお金がかかるらしいので普通人は乗らないらしい。横川さん、一緒に乗って散歩できねぇってよ……。


 ……さて、そろそろ2人きりの時間もおしまいだ。非常に名残惜しいが、いつまでも甘えている訳にはいかない。



『みんなー! 俺の勝ちっぷり見てくれたかぁ!』



 ウォォァオォォォォォ!!!!



 観客席の前に戻ってきて声を上げると、それに呼応するように歓声も上がる。



「つとむー! よくやったー!」


「「「つーとーむ! つーとーむ!」」」



 おぉ、これも秋天や宝塚記念で見たことある。横川勤の下の名前をとっての勤コールだ。確かクレイアスが勝った日本ダービーでも起こってたな。


 ん? その後に聞こえた今の叫び声は毛色が違うな……。なんだ? そう思って辺りを見渡して俺は軽く息を飲んだ。


 ……はは、ドゥラスチェソーレ。お前は本当にすごいやつだよ。最後の最後で、オーソレミオに並んだんだからよ。


 俺が見つめる電光掲示板の先には、しっかりオーソレミオとドゥラスチェソーレが同着の文字が刻まれていた。




1着ステイファートム

2着オーソレミオ 3

2着ドゥラスチェソーレ 同着

4着マイネルクラウン 2

5着コンディルム 1/2

6着ワナビアヒーロー クビ

7着サザンプール クビ

8着ペルツォフカ 1/2

9着ドゥラブレイズ 3/4

10着エアジクイーン 1

11着パフィオペディルム 2

12着ダノンマカヒキッド 1/2

13着サトノシュタイン ハナ

14着バーストインパクト 2

15着アスクオペラオー 1

16着パスオブグローリー 3



***



「よくやった勤!」


「うぅ、ありがとう……ありがとう……」


「ファー、お疲れ様」


「無事で良かった」



 皆の元へ戻ると調教師の荻野さんや厩務員の沢村さん、それに俺が産まれた場所を経営する牧場長の館山さんに、俺の馬主である宮岡オーナーが出迎えてくれた。


 皆が泣きそして喜ぶ。その姿に俺の胸にも嬉しさが込み上げてくる。みんなに背中を強く撫でられ、派手に抱きつかれて、さらにはまさかのキスまで……。さすがの俺もそれには目が死んだ。


 そして表彰式があっという間に終わり、引退式の時間がやってくる。ずっと泣きっぱなしの横川さんは話にならないので代わりに荻野さんが喋ってた。


 まぁ、荻野さんも泣いてたけどさ。俺のために残ってくれた大勢の観客にはパドックで行う最後のテイオーステップを披露しておいた。


 めっちゃ盛り上がるわ。そしていつも以上に気合を入れた最高のキメ顔。やっぱりこれがないとね。当たり前に1番盛りあがったけど、でも少し予想とは違った反応だった。


 誰がゴルシ以上の変顔じゃ。競馬の歴史史上ナン! ヴァー! ワァン! な俺様のイケ顔になんてこと言うんだ。


 ん、いつの間にか皆の話も終わってる。最後に横川さんがやっぱり泣きながらもマイクを手に取った。



「皆さん……応援ありがとうございました……ズズっ」



 鼻水を啜る音まで入ってしまうぐらいにはまだ泣いている。横川さんよぉ、俺は競走馬じゃなくなるしいつもみたいに会える訳じゃないんだぜ?



『おら! 最後ぐらい笑顔見せろや!』


「うぉっ。こ、こいつなぁ……」



 冗談交じりに軽い蹴りを入れてやると、慌てて横川さんは避けてニコニコしながら俺を見てくる。



「分かってる。うん、ちゃんとやるよ……。僕達の長くて短い4年半の旅路ももうすぐ終わりです。色々なことがありました。でも振り返ってみると、その全てが良かったと。そう思えるような充実した騎手人生の1ページとなってます!」



 俺の引退式に集まってくれた観客の皆さんが耳を澄まして横川さんの言葉に耳を傾ける。



「ステイファートムの競走馬としてキャリアは終わりますが、今後は種牡馬としての活躍があります。僕は産駒に乗ったら100%勝たせられる騎手として名前を遺して見せます! あ、後から世紀の大ホラ吹きとかはやめてくださいね?」



 あまり得意ではないその冗談でも、観客達は真剣な面持ちを思わず緩める程度には効果があったようだ。



「プリモールから続くこの縁を大切にして、ここまで辿り着けました。改めてファンあってこその競馬です。ありがとうございました! そしていつまでもずっと、その記憶の中で忘れないでください! 黄金の旅路から紡がれた奇跡の名馬らしい旅路の果てを! 運命旅程ステイファートムという偉大な存在の全てを!」



 その言葉で締めくくられると、引退式に集まった観客から拍手が湧く。上手く締められたようで良かったぜ。


 てか最初の方には俺の今までの奇跡が映像として流れていたらしいが、俺もそれ見たかったな。ん、まだ終わりじゃねぇのか? なんか向こうの方が騒がしいぞ?



『うぉぉぉぉ! ファートムの兄貴! また会いましたね!』


『ファートムさん、お疲れ様です』


『ふん。なかなか様になってるじゃない』


『ファートム! 次は勝つからな!』


『……おめでとう』


『ファートムさんこそ俺の理想です』



 なんて思っていたらオーソレミオ、ドゥラスチェソーレに加えてペルツォフカにサザンプール、ドゥラブレイズにワナビアヒーローまで……あ、これ今日が引退レースだった奴らか。


 どうやら、オーソレミオとドゥラスチェソーレの奴らは引退式をやるらしいが他の馬はやれないらしいので、宮岡オーナーがサプライズで他の馬も誘って引退する全頭を出演させてくださったらしい。


 なんて優しいんだ宮岡さん! 俺その男気に惚れちゃいますよ! ちなみにオーソレミオとドゥラスチェソーレの引退式もこの後執り行われるらしい。


 という訳で俺の引退式もそろそろ終わりだ。……終わりなんだな。沢村さんが俺の手綱を持って引こうとする。だが、俺はその指示に従わず立ち止まった。



「ファー?」


『……応援ありがとうなファンのみんな。まさかここまで充実した人生……馬生か、を送れるなんて思わなかったよ。……最高に楽しかったぜ! あばよー!!!』



 そう、最後に大きな声で感謝を伝えて俺は競馬場を去った。観客の歓声は聞こえたが、その顔は見ねぇよ。……本当に、ありがとう。



***



 有馬記念から時は経ち年明け。横川さんを筆頭に荻野さん、沢村にも泣きながら見送られて、俺は馬馬車に乗り込み、そのまま輸送されていく。


 恐らく俺が今後種牡馬として繋養される場所に向かっていくのだろう。言わば新天地という感じか。長いこと揺られながらもついにそこへと辿り着く。



「着いたか……。ここが、新しく生活する場所」



 新しく着いて案内されるは良いが、一体どんな馬が居るんだろうか。この俺が珍しく緊張してきやがった。


 ん? 向こうに1頭だけ馬がいる。芦毛か……他の毛並みよりは珍しいが、それでもたまにはいる。別に気にするってほどじゃ──。



『あれ!? もしかしてファー君!?』



 聞き覚えのある声とその呼び方に俺は思わず動きを止めた。ずっと死んだと思っていた。生きていて欲しいと願っていた。そんなある1頭の馬が脳裏を過ぎる。


 その声の持ち主が俺の元へと駆けてくる。その走り方に先程の声。見覚えのある姿……間違いじゃ、無いのか?


 俺は申し訳ないと思いながら、手綱を持っていた厩務員さんを無理やり振り払い、同じく芦毛の馬に向けて駆けていく。



『おい、お前……!』


『あぁー! やっぱりファー君っ! ファー君だぁ!』



 ずっと会いたいと思っていた。会いたかった。死んだんじゃないかと思っていた。お前を支えの1つとしてずっと頑張った。頑張ってきたんだ。


 でも、現役中はずっと会えなかった。何度走っても、どれだけ走っても……。でも、そうか……お前はずっと、ここに居たんだな。あぁ、やっと会えた。これで俺は……。



『おーい! ボク! ボクだよ! タマモクラ──』

『てめぇ生きてんじゃねぇか死に晒せぇぇぇえ!』

『えぇぇぇぇええぇぇえ!?!?!?』


 勝ち逃げしたお前をぶん殴ることが出来るぜ!!! 俺はそう考えながら、ドロップキックばりの前脚蹴りをタマモクラウンに放った。

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