外伝21話~ラストランその2~
中山競馬場第11R:有馬記念 <GI>(芝・稍重・右・2500m)
【馬番】
①サトノシュタイン
②サザンプール
③バーストインパクト
④アスクオペラオー
⑤パスオブグローリー
⑥ステイファートム
⑦ペルツォフカ
⑧マイネルクラウン
⑨コンディルム
⑩ドゥラブレイズ
⑪エアジクイーン
⑫ドゥラスチェソーレ
⑬パフィオペディルム
⑭ダノンマカヒキッド
⑮ワナビアヒーロー
⑯オーソレミオ
1番人気ステイファートム2.8倍
2番人気ドゥラスチェソーレ6.2倍
3番人気オーソレミオ6.5倍
4番人気マイネルクラウン11.8倍
5番人気コンディルム17.6倍
6番人気ペルツォフカ23.9倍
7番人気サザンプール24.0倍
8番人気エアジクイーン26.9倍
9番人気ワナビアヒーロー30.5倍
10番人気パフィオペディルム33.4倍
11番人気パスオブグローリー35.2倍
12番人気ドゥラブレイズ37.8倍
13番人気サトノシュタイン40.6倍
14番人気バーストインパクト56.3倍
15番人気アスクオペラオー70.8倍
16番人気ダノンマカヒキッド99.9倍
***
跨ったファーの温もりを改めて感じ取る。うん、この肌を刺すような師走の風も今は心地いい。レースをするために必要な集中力や神経も引き締まるってもんだ。
ファーの様子は一変した。今まで見たことない空回りしそうな雰囲気からいつも通りに、いやいつも以上にだ。
人馬共に未完成で同期に惜敗続きだった3歳。GIへの渇望と執着が1番強く、覚醒の時となった4歳秋。日本一の座をかけてロードクレイアスと競い合った5歳春。日本の想いを、全てを背負って凱旋門賞を走った5歳秋。
再び挑戦と敗北を経験した6歳春。そして新たなる領域の制覇と、集大成の6歳秋。どこを切り取っても君は素晴らしかった。
全盛期は緩やかに過ぎ去っていると考えていたが、それはどうやら僕たちの思い違いだったかもと思い始めている。
だって今の君は、そのどれよりも強いと思えるのだから。6歳秋にしてステイファートム、運命旅程は競走馬として完成したんじゃないだろうか。
まぁ、実際に君はまだ走っていない。だけど何故だろう。負ける気はしない。ドゥラスチェソーレを破って秋古馬三冠を達成した4歳秋よりもその自信は強くある。
ファーは見せてくれるだろう。その圧倒的な強さを。ファーは魅せてくれるだろう。人を惹きつける強さを。ファーは魅せてくれるだろう。君のその集大成を! さぁ、ゲートインだ。
***
横川さんの雰囲気が変わった。俺を信用し信頼してくれているのが握った手綱の動きから分かる。その呼吸も、重心の意識の仕方も、声のトーンも、温もりも……全てが最後なんだ。
恐らく誰も俺が今からするレースの予想はしていないだろう。横川さんも含めてな。だけど、それでも横川さんなら合わせてくれる。そんな気がするんだ。
今回の1番の敵は俺と横川さんの信頼関係。そして俺自身だろう。今まで戦ってきた全ての競走馬と騎手、そして関係者の方々、それに応援してくれるファンのみんなに感謝を。
行くぞ横川さん。俺の最後の走りにしっかり着いて来やがれ! そして他の馬共。未来永劫語り継ぐが良い。俺の勇姿を!!!
《凱旋門賞馬、BC勝ち馬、三冠馬に世界最強馬。彼らを含む史上最大頭数のGI馬13頭で行われる、今年の日本競馬を締めくくるウィンターグランプリ有馬記念。
既に続々と馬はゲートに収まっています。最後大外枠に世界最強馬オーソレミオが収まります。
若駒の世代交代か、有終の美か。時代の目撃者となれ第××回有馬記念スタートを切りましたっっ!
揃った綺麗なスタート! そんな中で内からスっとサザンプールが出る。真ん中からマイネルクラウンとステイファートム行く。
外からやっぱりワナビアヒーロー! 先頭を取りに行く! 行く! ワナビアヒーロー先頭を取りきる。いや内からステイファートム!
ステイファートムがワナビアヒーローに競りかける!? 競りかけている!? さぁどっちだどっちだどっちだ! ステイファートム先頭に立つ!
ステイファートム先頭!? 場内から歓声と悲鳴があがる有馬記念! なんと先頭ステイファートムがレースを引っ張る流れとなりました!》
「良いスタート! このまま……ファー!? ……行くんだな! 行こう!」
いつも通りの好スタートを決めた俺はそのまま加速する。先団につけたい訳ではない。先頭に立つためだ。
横川さんの言葉が耳に届く。一瞬戸惑った様子を見せたがさすがは戦友。俺の意思を汲み取って手綱を器用に捌き、外から先頭に立とうとするワナビアヒーローに競りかける。
「マジッ!?」
『ステイファートムさん!?』
ワナビアヒーローとその騎手が俺を見て驚愕する。お前はいっつも逃げてたもんなワナビアヒーロー! 悪いけど今日だけは俺が主導権を握らせてもらうぜ!
ワナビアヒーローの奴は必死に先頭を取るつもりで脚を使う。だが外枠の不利や騎手の鞍上との練度の差から俺に分があるようだった。
それにこんな序盤から無理に脚を使っては、先頭は取れても2500mを逃げ切ることは難しいからな。そんな思惑が交差したこともあるだろう。
無事に先頭を取りきった俺はそのまま加速していく。遠くの観客席から歓声と悲鳴があがる。恐らく俺の逃げが原因だな。
まぁ気にする必要は無い。これが俺のしたかった競馬であり、俺が最後にするべき競馬であると考えたからな!
俺は3年前の有馬記念で逃げて、タマモクラウンに敗れた。そして約1年前のサウジカップでもグルグルバットの2着に敗れている。
つまり俺にとって逃げの戦法は負け率100%の合わない戦術と考えることができる。だがしかし! かつて敗れた逃げで、有終の美を飾ることができればそれはすごい事だと思わないか?
このレースは俺が逃げて勝ってこそだろう。そうすることでステイファートムとして最後のピースは埋まり、俺の競走馬人生は完成を迎える。
本当に選んだのが有馬記念で良かったぜ。こうして最後に、俺が取り切れなかった落とし物を拾うことができるんだからな!
《ステイファートム先頭。2番手はワナビアヒーローと釣られて先団を進むサザンプール。
その後ろにマイネルクラウンは6番手を進んでいます。そしてマイネルクラウンを見る位置にドゥラスチェソーレ三冠馬はこの位置。
菊花賞馬コンディルムがいて、そのさらに後ろオーソレミオ。後方からの競馬となっています》
後ろをチラリと確認する。リードは1馬身ほど。2番手にワナビアヒーローがつけている。さらにその後ろは1馬身ほど開いてサザンプールの野郎だな。
こいつ、いつものポジションをワナビアヒーローに盗られたからって若干かかってねぇか? 鞍上の人はわかっている手綱捌きで抑えているようだ。
そこから更に後ろのリードは……2馬身ほど切れて、団子状態って表現が適切だろうな。中団の隊列はまだ定まってねぇようだ。
オーソレミオの奴は後方に位置しているだろう。慣れない日本の競馬場、しかも俺も過去に経験したことのある大外枠となれば、スタートの上手くないあいつは自然といつもの形に持ち込むはずだ。
《ステイファートムが1団を引き連れて、観客の前へと出てきます。逃げの手を打った横川勤、呼吸を合わせて3年前の忘れ物を取りに来ています。
2番手にワナビアヒーロー、そしてサザンプール。マイネルクラウンは中団前目。団子状態の中にドゥラスチェソーレ。
ペルツォフカやドゥラブレイズが内外にいる。後ろにエアジクイーンとパフィオペディルム。その後ろにルモールと菊花賞馬コンディルム。
さらにオーソレミオは後方から3番手の位置で競馬を進めています。
師走の風を斬り裂いて、観客の歓声を浴びた選ばれし16頭が駆けていきます。そして第1コーナーへステイファートムが導きます》
あまり速度を落とした訳では無いが、1周目はそれほど差を広げて逃げてない。さぁどうする? ここからリードを広げていくべきか? それとも足を貯めるためにスピードを抑えるべきか?
『その逃げ、いつまでも持つか見物ですよ! ファートムさん!』
『目標にして走らせてもらうぞファートム!』
ワナビアヒーロー、そしてサザンプールの安い挑発が後ろから聞こえてくる。あいつらもこのペースを続けられては潰れるだろう。
スローに落としたいのか? それとも俺がこの挑発に乗って自滅するのを待っているのだろうか。
……ははっ、逃げて勝ったことの無いやつが外野の意見なんて聞いても混乱するだけだ。さぁ横川さん、俺はまだまだいけるぞ。
「59秒5、かな。……ペースを少し落として……ううん、いけるねファー」
『当たり前だ! 後ろの奴ら全員潰すペースで駆け抜けてやるよ!』
最初の1000mを59.5秒のハイペースで飛ばすステイファートムを2馬身ほど離れてマークする1団。しかし先頭を走るのはGI9勝馬。
どうしたって前の方はステイファートムを意識する。そしてペースは緩むことなく進み、それに釣られて最後のカーブが短いこともあり、後ろは離されすぎてはいけないと直感で着いていく形となる。
特にそれを後ろの方から感じ取っていたのは初めての日本の中山コース、しかも大外枠でありながら3番人気に推されたオーソレミオとその鞍上となるラフランス・デットールだった。
こうして、運命の別れ道となる第1コーナーへステイファートムは進んでいく。