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外伝20話~ラストランその1~

中山競馬場第11R:有馬記念 <GI>(芝・稍重・右・2500m)



《本日は12月24日。クリスマスイブに開催となりました第××回有馬記念。今年は過去最高、GI馬13頭で行われるウィンターグランプリです。


細田さん、今回の注目はなんと言っても日本馬初の凱旋門賞馬にして、先月BCクラシックを制したGI9勝、これがラストランとなるステイファートムでしょう》


《えぇ。2歳から長きに渡って活躍する最強ホースもついに引退。歴史に名を刻む名馬の蹄跡を、その目に刻みましょう。


ですが、そう簡単には勝たせてくれないのがこのメンバーです。明智さんが注目する馬はいますか?》


《やはり同じくラストラン、三冠馬ドゥラスチェソーレでしょう。今年は宝塚記念とジャパンカップを制し、GI6勝をあげていますし。細田さんはいかがですか?》


《私はやはり、急遽参戦してきたオーソレミオでしょう。欧州馬として5歳まで走っていることもビックリですが、まさかの有馬記念参戦。


ステイファートムと3度目の対決、今年のレーティング世界ナンバーワンホースがついに芝で、ステイファートムにリベンジマッチですから》


《これこそ今年を締めくくるに相応しい、年末に行われるウィンターグランプリ有馬記念ですね》


《はい! 私はファートム、ドゥラスチェソーレ、オーソレミオの3連複1点に3万円いきました! っとと、明智さん、まもなく本馬場入場ですよ!》


《さぁ、ファンに選ばれし16頭、今年を彩った各馬のお目見えです。まずは1枠1番。師走の風を切り裂いて、去年以来の勝利を目指し、現れしは2歳王者サトノシュタインと河田将雅!


6歳にしてようやく掴んだ盾の勲章。天皇賞・秋を制した2000m巧者が有馬で最後を飾れるか。1枠2番はサザンプールと梅山弘平!


暴れる馬と宥める騎手。人馬一体で狙うはグランプリ。今年のサマー2000チャンピオンが冬でも躍進するのか。2枠3番バーストインパクトと沼添謙一!


皐月3着からセントライト記念を勝った3歳世代の猛者襲来。中山巧者が有馬で大番狂わせを起こすのか。2枠4番アスクオペラオーと和多竜二!


去年のダービー馬が電撃参戦。3歳宝塚を含む異色のローテで今年はGII2勝をあげています。JC2着の雪辱を。3枠5番はパスオブグローリーとダービー8勝竹豊です!


さぁ大歓声! 最後の勇姿を見届けようと詰めかけたお客さんの物凄い声援! 2歳から積み上げた旅の蹄跡もここが終着点。


史上初のGI10勝がかかるラストランにはもちろん、最高のパートナー横川勤と運命旅程ステイファートム3枠6番です。


前走エリザベス女王杯で久しぶりの勝利で美酒を味わった彼女のラストレース。オークス馬の意地を見せたいGI3勝ペルツォフカには磐田康誠!


今年の3歳総大将です。春に魅せた2冠の偉業。三冠はならずもその強さは健在。古馬との初対決に燃える闘魂。世代交代果たせるか。4枠8番マイネルクラウンには藤沢康太!


未勝利戦から見事な5連勝。その勢いに陰りは見えず。二冠馬を降し得た菊冠。同厩舎の先輩と最初で最後の直接対決。さぁ世代交代を告げよう。菊花賞馬コンディルムには乗り替わりのクリストファー・ルモールです


香港GI2勝はあれど、国内では惜しい競馬。善戦マンに終止符をうつ、今度こそ欲しい国内GIタイトル。5枠10番ドゥラブレイズには横川和生!


秋の京都で開花したその素質。クイーンの名に相応しい勲章を得た彼女が次は男馬も蹴散らすか。6枠11番秋華賞馬エアジクイーンと、GI騎乗240回目の節目で悲願叶うかミュラー・コーセー!


圧巻の三冠達成から2年。上の世代に揉まれつつも積み上げた6つのタイトルに偽りはなし。さぁラストランを迎える継承者、逆襲の一手を繰り出して、次代へ繋ごうその偉大さを。ドゥラスチェソーレとメルコ・デムーロ!


重馬場で見せた皐月の末脚、今年の大阪杯戴冠。挫けることなく走り続けて選ばれしグランプリを勝ち取るか! 7枠13番パフィオペディルムには辛英明!


長距離界の常連がステイヤーズSから緊急参戦。同期のライバルはラストラン。同じ世代で生まれた王者に一矢報いるか。菊の借りを今ここで。7枠14番ダノンマカヒキッドと逆井瑠星!


アメリカからの凱旋です。差されたダービーと逃げ切ったジャパンC。しのぎを削った戦いも今日で最後。さぁ、GI馬として同期の英雄へ、ヒーローとして挑む最後の挑戦。8枠15番。ワナビアヒーローと都崎圭太!


まさかの参戦から悲運の大外枠。師走の空に太陽の輝きを刻みつけるは、同じくラストランを迎える世界レーティングナンバーワンホース、オーソレミオとラフランス・デットール!


以上選ばれし16頭の本馬場入場でした》



【馬番】

①サトノシュタイン

②サザンプール

③バーストインパクト

④アスクオペラオー

⑤パスオブグローリー

⑥ステイファートム

⑦ペルツォフカ

⑧マイネルクラウン

⑨コンディルム

⑩ドゥラブレイズ

⑪エアジクイーン

⑫ドゥラスチェソーレ

⑬パフィオペディルム

⑭ダノンマカヒキッド

⑮ワナビアヒーロー

⑯オーソレミオ



***



 ものすごい歓声だ……レースを走る俺達を応援しに、こんなにも大勢の人達が来てくれている。


 今までだって当たり前のように思っていたけど、その当たり前はとんでもなく凄かったんだなぁと、改めて実感した。



『見つけたァァァァァ!?!!!?!!?』



 そう叫びながら近づいて来たのは初めてみる顔……じゃねぇな。直接話すのは恐らく今回が初めてになるだろうが、レース自体は何度も走っているけど。



『てめぇ今までどこいってやがった! お前がいないレース勝っても意味ねぇんだよゴラァァァ!』


『知るかボケ! 戦いたいならお前が俺に合わせろやサザンプールッッッ!』



 レース中常に俺をマークしてくるストーカーことサザンプールの奴が話しかけてきた。こいつと話すのは初めてだな。



『はっ! お前がいない間に俺もGIを勝った。何してたかは知らんが、お前を倒すのはこの俺だ。それまで誰にも負けてねぇだろうな? あぁ?』


『悪ぃけど負けることはある。だがサザンプール、お前には負けねぇから大丈夫だ、安心しろ』


『潰すッッッ!!!』



 捨て台詞を吐いたサザンプールはそう言い去っていく。はは、こう言うやり取りも最後になるのか。そう思うと寂しくなるな。ん……?



(そろーりそろーり)


『おい、どこ行くんだ? コンディルム』


(ビクッ!?)


『あ、えっと……お久しぶりですステイファートムのボス』



 こっそり俺から離れようとしていた俺と同厩舎で、たまに併せ馬もしていた3歳世代のコンディルムに声をかける。


『なんか最近随分と活躍してるそうじゃねぇか。勝ったんだろう、菊花賞を?』


『それはまぁ、なんとかですけど』


『はっ、年上として潰してやんよ』



 コンディルムの顔があっという間に引きつっていく。心配すんなって、死にはしねぇさ。だが、容赦はしねぇからな! ん……なんか一頭こっちを見てるやつがいるな。いや違うな、見られてるのはコンディルムか!?



『あぁ、あいつですか? この前の菊花賞で戦ったマイネルクラウンってやつっすよ』



 へぇ、見る限りだが……強いな。オーソレミオの奴ほどじゃねぇが。それでも並みのGⅠ馬なら相手にもならねぇような、そのぐらいの強さを感じる。



『コンディルム! 勘違いするなよ、前回はちょっと油断しただけだ。次は俺が勝つ。わかったか?』


『あー、それはどうだろう……』


『なっ!? 俺の実力を知らないわけじゃないだろう!?』



 俺を無視して叫び出したマイネルクラウンの奴が驚きの表情を見せる。一方で、コンディルムの奴はちらりとこちらを見た。



『おいドゥラスチェソーレ! 若いって良いなぁ!』


『うっ、ファートムさんが昔の傷をえぐってくる。お、俺ってあんなに酷かったです?』


『むしろアレに比べたら全然マシだろ。お前めっちゃ傲慢だったぞ?』


『えっ!?!?!?!?』



 ドゥラスチェソーレに声をかけると、マイネルクラウンを見て頭を抱え込むようなしぐさを見せる。フゥー、若いっていいねぇ! 羨ましいぜ!!



『で、でもまぁファートムさん。俺は今回がラストランです』


『お、まじか。俺もだわ』


『やっぱり……。正直、去年の宝塚記念があなたと戦った最後のレースになると思ってました。ですが、運命はこうして再び再戦の機会を引き寄せてくれた。だからこそ、今度はあなたを倒します。継承者の意地をもって!』



 俺やロードクレイアス、ディープゼロスやタマモクラウン。同じ世代の誰も手に入れることの出来なかった世代の絶対王者の称号。それが三冠馬だ。


 そんな奴が驕って腐らず、前向きに走り続け、他の走る相手をライバル視してきた。対等に向き合って勝負を申し込んできた。


 偉大な三冠馬のラストランだ。それに挑まれた俺はさながら倒されるラスボス的な存在か何かか? ……否だ。



『その意地も、矜恃も、誇りも、全てを踏み潰して俺はお前達の前を行く。かかってこい三冠馬、最後の挑戦受けて立とう……』


『っ……今回の俺の走りが、ここにいる奴らの脳裏に刻みつけられます。そしてそれは人伝として未来へと引き継がれる……継承者の底力、舐めるなよステイファートム……!』



 背水の陣となったドゥラスチェソーレのオーラはとてつもない。明らかに今まで戦ってきたどのドゥラスチェソーレよりも強いだろう。



『ファートムの兄貴!』


『っ!? オーソレミオじゃねぇか! お前も日本に来たのか』



 ドゥラスチェソーレの後ろから現れたのは、俺の知る限り芝レースなら世界最強の名を欲しいままにするオーソレミオだった。


 こいつ、外国で会うだけじゃなくついに日本まで押しかけてきやがった! と同時にドゥラスチェソーレの顔が少し青くなったのがも見えた。


 あぁ、そう言えばオーソレミオの存在を最初に教えてくれたのもドゥラスチェソーレだったな。ドバイでの苦い思い出とかが残っているのだろうか。



『ようやくですよ兄貴。1年前兄貴に敗れて以来、俺はずっとファートムの兄貴を追ってきました。強い奴らは居ました。正々堂々と戦って……全員ねじ伏せた』



 俺が1年前、凱旋門賞後に伝えた教えって言うか説法というか、話した内容を思い出してオーソレミオは走ってきたようだ。そして全員ねじ伏せられたと……可哀想に。



『それで?』


『やっぱり俺の相手はファートムの兄貴しか居ない! だから全てを賭けて、兄貴を倒しますよ、全力で……。それが俺から贈る、兄貴への最初で最後の贈り物……ぜひ受けとってください』


『んなもん受け取り拒否に決まってんだろ馬鹿野郎が。舎弟が兄貴に贈り物なんて気使うな。むしろ兄貴から直々に引導を渡してやるよ、光栄に思え』


『強引ですね兄貴は。なら、無理やり渡すしかねぇっすか。待ってろくださいね』



 最後の方は丁寧な言葉遣いが乱れていたが、オーソレミオは半端ないオーラを放ちながら去っていく。それと同時にドゥラスチェソーレも去る。


 けっ、生意気な後輩2頭だけど、実力は本物だ。思えばドゥラスチェソーレとオーソレミオ、2頭とも俺の1個下って事はアイツら同い年じゃん。案外仲良くなれた世界線もあるのかね?



『んで……待たせたな。今日は何の用だ?』



 最後に歩み寄ってきたのは同じ転生者であり、タマモクラウンの妹分的な扱いで育ってきたペルツォフカだった。



『ふんっ。あんたの馬鹿面を拝みにきただけよ』


『そうかぁ、生意気なメスガキだ』



 安田記念でも久しぶりに会ったが、コールやセチア達とばかり喋っていたので彼女との関わりはあまり記憶にない。だが、こうしてレースに出てきてる以上元気そうにはやっているんだろう。



『相変わらずおちゃらけて。あんた本当に私と同じ転生者なの?』


『一応そうだぜ?』


『なによスカして。さっきはふざけてたけど、今の私には余裕なさげにしか見えないわよ。ステイファートム』



 その発言に俺は言葉を詰まらせる。自分でもどこかでその通りであると、気づいていたからだ。


 俺には余裕が無い。今まで生きてきた中で大多数の思い出を占める競走馬としての人生が終わりを告げようもしているのだ。


 横川さんとの思い出が、関わってきたみんなとの記憶が、全て過去のものとなってしまうことに拒否反応を起こしている。


 だからこそ、気合いは入るが上手く回らない。気が抜けた訳じゃない。空回り気味というか、いやでもそこまでじゃないんだよな。


 でも不完全燃焼に近いというか……今のまま走れば俺は後悔するだろう。それだけは認識できていた。


 そしてペルツォフカはそれを的確に見抜いていた。その上で敢えて余裕なさげだと客観視の意見を伝えてきたのだ。


 同じ転生者だからか理由は定かではないが、彼女はその後も話を続ける。



『ラストランなんでしょ? でもそれは私も同じ。ドゥラスチェソーレやオーソレミオ? って奴もそう。他にも居るわね。……ビビってるの?』


『わかんねぇ……』


『あっそ。でも私から言わせればくだらないわね、の一言よ』



 ひでぇ言葉だな。こいつ同じ転生者かよ。ううん、だからこそこれほど酷く言えるのだろうか?



『あんたはタマ兄を倒した男でしょ? そんな感じで私達と走るなんて舐めてるわ。勝てる自信あるの? まぁ、あってもそんな集中力じゃ絶対無理だろうけどね』



 ボロクソに言われるが、反論はできない。事実だ……。でも、そうか。そうだよな……。


 今まで散々先輩として後輩に道を導いてきたはずの俺が、年下の女の子に諭されるなんてらしくねぇ。


 引退しようが俺の道は終わらねぇんだ! ならやるべき事は1つ。後悔が残らないよう、全力でこのレースを楽しんで勝つことだ。



『……はは、はははっ。ペルツォフカ、さっきから言いたい放題言いやがって……でも許してやるよ、俺は寛大だからな』


『馬鹿みたいに笑ってんじゃないわよ。腑抜けた面してたから様子を見に来ただけだし……それで、調子は取り戻したの?』



 スンとした表情を浮かべながらも、チラリと俺を一目確認した彼女がそう問いかけてくる。



『あぁ。助かった……レース中の俺を見てろペルツォフカ、俺は"ステイファートム"だ』


『へえ……なら、そのあんたを全力で叩き潰してあげるわよ。覚悟しときなさい』



 満足気な笑みを浮かべてペルツォフカは去る。さぁて、レースの作戦でひとつ思いついたことがあるんだが、横川さんは了承してくれるだろうか。



「ファー? ……気配が。そうか、いけるか」



 見る動作すらしてないのに、横川さんは俺の気配を察知してなにかひと味違うことに気づいたらしい。



「……ファー、何か考えがあるんだろ?」


『おぉ、よく分かったな横川さん。だってラストランだし? 俺も心残りというか、やりたかったことがあるんだよ』


「雰囲気が変わった。いつも通り……いや、それ以上にやる気が満ちている。それに加えてその目は……何企んでやがるファーの野郎……」



 今度は俺の目を見ただけで、俺がなにかしようとしているのか分かったらしい。伝わるなら伝える努力はするんだが、今回は事前に伝えると止められる可能性もあるからな。内緒にしとくぜ……。


 でも、俺のことをここまでわかってくれるのなんて本当に横川さんだけだよ。ありがとうな、そして現役最後のレースなんだ。


 わがままは言わせてもらうし、押し通すぜ? なぁに、横川さんなら即興でも合わせられるさ。信じてるぜ、相棒!



「はぁ……せめてまともな事であってくれ。ん、そろそろか……行こうファー」


『あぁ、勝つぞ横川さん!』



 タイミング良く聞こえてきたファンファーレの音に身を包んだ俺達は、現役最後のレースとなる有馬記念のゲート内に収まろうとしていた。


 …………勝つのは、俺だ!!!!!

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