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書籍化orコミカライズ

【書籍化】竜が花嫁(短編版)【連載版:ウィズレイン王国物語】

 


 太いしっぽは、自慢のしっぽだ。たゆん、たゆんと動かして自分に比べてしまえばなんとも小さな人間を尾で囲う。「なんだなんだ。身動きができんぞ」と男は苦笑しながらも彼女のしっぽを撫でた。


 これはただの無意識である、と彼女は説明して、男は笑った。

 彼女にとってはちっぽけな時間だが、男にとってはそうではない。このちっぽけな男が彼女の背に乗り、広い空を縦横無尽に駆け、数々の悪漢を打倒した様を見て、人々は男を勇者と呼んだが、そんなことは彼女にとってはどうでもいいことだ。


「なあ、エルナルフィア」


 そう言って、エルナルフィアのつるりとした鱗を触って静かに声をかけてくれる。しゃらり、しゃらりと鱗は涼やかな音をたてた。


 エルナルフィアの背に乗せて空を飛べる人間は、ただの一人きり。生涯に、ただの一度と決めていた。だから、飛んだ。淡く青い空気を翼にまとわせ、地を跳ね、まるで海の中に飛び込むがごとく、それとは反対に、ぐんぐんと空を昇る。とっぷりと、空に潜る。


 そして――


 たぷんっ。






 空の中に、落ちた。

 そう思ったときに、エルナは自身の前世の記憶を思い出した。


(人の……からだ)


 自身の細い指を見て驚く。ひたひたと頬からしたたる。水がびちゃびちゃと床にこぼれていた。その一つ一つの雫が窓ガラスの光を写し込み、きらきらと輝いて、まるで空の中にいるようだった。


(私、人に生まれ変わったの?)


 わずかに記憶が混濁している。エルナは人だ。十六の少女であり、下働きだ。指は真っ赤にひび割れていて、わずかな水でさえもしみてしまう。矮小な身体である。ちょっとぶつけるだけであざができるほどの柔らかい身体で、水たまりにそっと映る自分の身体にはぴかぴかの鱗なんてどこにもない。オレンジとも、茶色とも言い難いような中途半端な髪の色の小柄な少女がいるだけだ。――決して、勇者を背に乗せ空を飛び回るような、立派な身体など持ち合わせてはない。そう、竜<ドラゴン>と呼ばれるような。


「ああ、そうだ。私、人に生まれ変わって、それで、えっとそれで」

「何をぐちゃぐちゃ言っているの!」


 と、エルナに叫んだのはそばかすが目立つ金髪の少女だ。彼女、ローラは憎々しげにエルナを見下ろし、あぶくを飛ばすようにきちんと廊下のすべての水を拭き取り、きれいにするように指示をする。

 ローラはエルナの義理の姉である。先程エルナは自身を下働きだと考えたが、実際は男爵家であるカルツィード家の次女だ。当主であるカルツィード男爵に妾として買われた母は早くに病で死んでしまった。その連れ子としてやってきたエルナは男爵に憐れまれ、養子としてカルツィード家に入れられた。

 けれども、それが悲運の始まりでもあった。


 妾を持つばかりか、その子供を養子にするというカルツィードの男爵の愚行は妻の悋気を噴火させた。そしてその娘であるローラが数ヶ月ばかりの年の差とはいえ、義理の妹にきつく当たるのはまた道理で、様々な手でいじめ抜き、妻と子を恐れた男爵は見て見ぬふりをした。


 幼いエルナは母に連れられ右も左もわからぬまま生きたが、守ってくれる母はすでに死んでしまっていたし、ローラとその継母の怒りは当然のように感じていた。ただ己の力のなさに嘆いた。下手にカルツィードの名を得てしまったために、逃げることすらできない。そして彼女には()()()()()()()もある。貴族の次女とは名ばかりの物置のような狭い部屋に押し込まれ、真っ赤な両手を震わせていつも冬をしのいでいた。


 今もエルナの雑巾がけが下手くそであるとの難癖をつけ、ローラはびしゃびしゃとエルナの頭にバケツの水をひっくり返して水をしたたらせた。がらがらとバケツは転がり、その床に飛び散った水がまるで空を写しているようで前世の記憶を思い出しただなんて皮肉もいいところである。


「ぼんやりしないでよ、あんたのせいでまた仕事が増えたじゃない! どうしてくれるの!?」

「あ、ごめんなさい……?」


 理不尽なローラの言葉に反射的に謝りつつもエルナの心にはなんの悲しみも、恐怖も感じていない。だって相手人間だし。目覚めたのは広い心のドラゴンマインドである。気をつけなければぷちっと潰せてしまう人間に対して、一体何を恐怖しろというのか。


(びっくりだなぁ)


 そうして静かに自分の胸をさする。まず、見ている感覚が違う。具体的に言えば、エルナにとってローラとは恐怖すべき対象であったが、ふん、と鼻から息を膨らませてきびすを返してさっていくローラを見て、(今ものすごくぷくっと鼻が膨れたなぁ) そんなにふんふんしなくても、と思わずぼんやり考えてしまった。けれども、ただ一つ。一つだけ。(あ……) しゃらり、しゃらり。


 ローラの胸元に提げられた楕円のガラスの石。それだけはエルナの心をかき乱した。

 大切に握りしめていた、エルナの石であったから。


 ***


 エルナの親指ほどの大きさである涼やかな石は、彼女が生まれたときに握りしめていたものだという。小さな赤子の手を開いてみると、ぴかぴかと輝く空を握りしめていた、とエルナの母は教えてくれた。それが一体なんであるのかエルナにはわからなかったけれど、まるで自分の身体の一部のように思えて、紐をつけて首飾りとしていつも持ち歩いていた。それは不思議な石でどこと擦れ合うはずもないのに、耳をすませばしゃらり、しゃらりとまるで海の砂がさらさらと流れる音がする。


 だからときどき、そっと瞳を伏せて音を聞いた。海など見たこともないはずで、話にしか聞いたことがないのに、なぜか懐かしいような気持ちになったからだ。

 はたから見ればただの平たいガラスである子供のおもちゃを、必死に大切にしているような滑稽な姿に見えただろう。だから、ローラは嫌がらせとしてエルナから首飾りを取り上げ、着ている立派なドレスに不釣り合いにもかかわらずいつもエルナに見せつけている。


 そのことに対して以前のエルナは文句よりも、憤りよりも悲しさを感じていた。なぜこんなことをするのだろう、と向けられる悪意に傷ついていた。


 言い返すよりも、すんすんと涙を流すよく言えば心優しい、悪く言えばいくじがない少女だったのだが、今となっては、(まあしょうがないわよね、ドラドラ)という気分である。ドラドラというのは蘇った記憶を定着させんがために、なんとなく考えてみたのだが、なんだか語呂が悪くてよくないな、と思ったのですぐにやめた。


 こうして記憶を取り戻したエルナは、ローラにバケツの水で水浸しにされたびしゃびしゃの身体のまま屋敷から飛び出した。

 はっはと口から息を吐き出して、少しずつ歩みは大きくなる。はやる気持ちを抑えることができずにいつのまにか走り出してしまっていた。そして街の塀を越え、いや、“飛び越え”て、ぽん、ぽん、と踊るように足を踏みしめ、見渡す限りの広い大地を前にして、ぐんっと力いっぱい伸びをした。


 ローラに盗られてしまったネックレスのことを考えると腹立たしいが、わざわざ騒ぎを起こしてまでほじくり返すものではない。

 そんなことよりも今は眼前に広がるいっぱいの空の方が重要だ。なんだか前世的にとても大切なものだったような気もするけれど、エルナは今を生きているのだから。


 エルナは間違いなく人の子で、ただの十六の小娘だ。けれども大きすぎる魂は彼女の皮膜すらも包み込み、あふれるような魔力は人の限界など簡単に超えてしまう。

 見渡す限りの地平線をただの二本の足で立って見つめて、エルナはぶるりと唇を噛み締めた。大地が大きい。なんせ、今の自分はちっぽけだから。すごい、とつぶやいてしまったのは呆気にとられて。


 そうこうしているうちに、靴にまで染み込んだ水がエレナの頬や髪を滴り、服の袖からスカートの裾から、ぽたぽたと地面を濡らしていることに気がついた。


「うん、ちょっとよくないかな。風邪をひいちゃうもんね。水はあまり好きではないし」


 この身体はとにかく貧弱で、ちょっとのことで寝込んでしまう。エルナがふうっと息を吐き出せばびしゃびしゃだったはずの服はあっという間に柔らかく乾き、彼女の周囲をふわりと温かくさせる。長いスカートの裾が風の中でひゅるりと舞う。飛竜は火の竜であり、エルナはその最高峰として勇者を背に乗せ暴れまわった。


 大気に満ち溢れた火の精霊達が、エルナの目覚めを喜びころりと笑っていた。「んむふふ」 楽しくて、笑ってしまう。なんせ、人に生まれ変わったのだから。「二本の足で、立っている……」 ちらり、と視線を下げて、ちょこちょこと足を動かす。「んむふふー!」 ちょいと動けば人を踏み潰してしまうような窮屈な身体ではなく、声をあげて恐れられる泣き声でもなく。小さなエルナの手のひらよりも、さらに小さな火の妖精がぽっぽと頭を燃やしてつぶらな瞳をまたたかせた。とても可愛らしい。


「いいね、人間! 十六年間、ずっと人間だったけど、改めて! いいねぇ!」


 楽しくって、嬉しくって、両手を広げた。

 両足をだしだしと踏みながら、体中で“空気”を味わう。エルナはまるで生まれたばかりの気分で、いっぱいの生を受け止めていた。メイドと同じお仕着せがはたはたと風の中で揺れていて、記憶の中にあるはずのしっぽがないから、ふらついて、また一人で笑ってしまった。だから、そのときはまだ知らなかったし、わからなかった。


 ――まさかローラに盗られてしまった石が、そんな意味を持つものだなんて。





「これは、間違いなくドラコスフィア王国の守護竜とされる火竜、エルナルフィア様の鱗……! な、なぜ、どこでこれを……!」

「まあ……!」


 ローラはぱっと頬を赤らめて娘たちの中から躍り出た。まるで彼女が主役の物語を見ているようだ。「この石は、私が生まれたときに握りしめていたもの! 自身でもまさかという思いもございましたから、今日まで誰にも告げることはできませんでしたが、私は竜としてこの空を羽ばたいた記憶がございますの!」


 エルナルフィア、と言えばエルナの前世の記憶と同じ竜の名前だ。つまり、エルナルフィアは二匹いたのか、とエルナはぼんやりと考えてしまったが、まさかそんなわけはない。よくもまあ、と驚きつつも、あの平べったいガラスは、まさか自分の鱗だったんだなぁ、とエルナはぼんやりと驚いていた。



 ***




 ときは少しばかり遡る。

 竜と勇者のおとぎ話と言えば、ドラコスフィア王国の誰もが知る建国の物語だ。

 数百年前、エルナルフィアという名の青い竜は勇者ヴァイドを背に乗せ、魔の土地を切り開いた。ヴァイドは誰もが恐れるはずの火竜エルナルフィアを仲間とし、宝剣キアローレを片手に魔族に果敢に挑んだ。そしてやっとのことで魔族を突き刺したはずの傷からはみるみるうちに緑が溢れ、穀物が生まれ、一本の大樹となったキアローレを礎とし、今日の王国が出来上がったという。


 エルナルフィアとしての記憶を思い返してみると、ちょっと色々と盛っているな、と思わないでもない。相手をしたのは魔族ではなく民に圧制をしいたその地の領主で、緑が溢れたというのはヴァイドも混じって全員で、えいさ、ほいさとすっかり荒れ果ててしまった土地を耕したというだけだ。


 けれども、当時としてみれば貴族は神に等しいものであった。こちらに指先を向けるだけのただの魔術が幾千もの兵士の命を奪うものであり、土地は瞬く間に干からびた。そうした貴族を打倒したとしても、産声を上げたばかりの幼い国は多くの脅威に狙われた。そのすべてをヴァイドは生涯のすべてを捧げて撃退した。エルナルフィアのそばには常にヴァイドがおり、ヴァイドのそばにはエルナルフィアがいた。


 そして王となったヴァイドの子孫は、今もこの国を治め、その友である竜の物語は幼子すらも知るおとぎ話でもあり、英雄譚でもあり、また刻まれた歴史の一つでもあった。


 その歴史の中に、初代国王、ヴァイドが言い残した言葉がある。


 それは、いつの日か、エルナルフィアと自身が生まれ変わった際に、また出会うことができるように一つの約束事を決めたのだと。果たしてその約束とは、一体なんなのか。多くの歴史学者が様々な文献を紐解いてもわからない、ドラコスフィア王国の謎とされている。また、生まれ変わるかどうかもわからない友であり英雄の魂を探すために、歴代の国王はエルナルフィアを探した。――そしてその年に成人となる十六の娘を王城に集め、尋ねるのだ。この中に、エルナルフィアはいるか、と。





(話には聞いていたけれど……)と、エルナはきょろきょろと周囲を見回した。


 ぴかぴかの床や調度品。立派な絨毯。壁の一つでさえも、男爵家とは比べ物にならないほどの品質だ。エルナとしては見たことのない、いやエルナルフィアとしての記憶があるからこそ、この城の価値はわかる。壁際には騎士たちがずらり、と並んでいた。集められた十六の少女達は興奮を抑えきれない様子で口元を押さえたり、またそわつきながら逆に瞳を伏せたりと忙しい。


 彼女達と比べてむしろ冷静に、じっくり周りを観察していたエルナに対して、「これだから娼婦の娘は」と苛立たしげにローラは呟いた。ローラは平民であるエルナの母を蔑んでいる。すでに死んでしまった女がどういった人間であったのか、そんなものをいちいち認識を改める必要性は感じていないし、ローラからすれば金で買われた妾など、ただの娼婦に違いない。「本当に下品ね。着ている服もそうだし、なんて惨めな」


 服についても、仕方がない。男爵家の次女として迎えられたのだから、まさかメイドのお仕着せを着ていくわけにもいかない。返答しようとして、やめた。馬鹿馬鹿しくなったのだ。そんな憮然としたエルナの様子を見て、また苛立たしく叫ぼうとして、周囲を見回しふん、と鼻から息を吐き出す。


 ――ここはカルツィードの家でも、土地でもない。エルナルフィアの生まれ変わりを探すためといった、毎年お決まりのただの催し場(イベント会場)だ。


 さすがに国中のすべての十六歳の少女となると大変なので、王城に集められるのは爵位を持つ少女達で、それでも下位の貴族、また上位の貴族とわけられる。平民達はそれぞれ村に来る監査官に口頭で確認される。戸籍管理のついでとも言える。


 そんな昔からのイベントごとのために、カルツィード家の次女としてエルナはお呼ばれしてしまったというわけである。呼んだ側も、ただの型式のイベントに、本当にエルナルフィアの生まれ変わりがいるとは思ってもいないだろう。なんだか申し訳ない。


 馬車での旅路は少しだけ窮屈で、けれども面白くもあった。以前ならばひゅん、と飛べる距離だというのに、今のエルナは遠い距離を行くのであれば馬で運ばれなければならない。馬はエルナの気配を感じ、ぶるひゅひゅ、と妙な声を上げていたのを見たときは、ちょっとだけ笑ってしまったが、ローラに睨まれてすぐに澄ました顔をした。けれども人間としての初めての経験はエルナの心を躍らせるものばかりで、そんなエルナの上機嫌はローラにとっては苛立たしいことこの上ないような様子でもあった。


「いい? あなたは私の使用人としてここに来たの。形式的に一人ひとり確認をされるとのことだけれども、あなたはさっさと後ろに下がって、黙っていなさい。国王様にお近づきになれるチャンスなのよ。逃してたまるものですが……ドラコスフィア王国の象徴とも言える火竜エルナルフィア……その生まれ変わりとなれば、公爵家以上の権力を持つはず。私が、絶対に、生まれ変わりよ、絶対に、なってみせるわ……!」


 男爵家程度の家柄じゃだめなのよ、とぎりぎり、とローラは親指の爪の先を噛み締めている。前世は頑張ってなるものではないんじゃないだろうか、と「はあ」とエルナは相槌を打った。「なに、その気のない返事は! あんたの大事なガラスの石を踏み潰してやってもいいのよ!」 準備もよく、ローラはエルナの目の前でネックレスをぶらつかせる。思わず眉をひそめてしまうと、彼女は満足げな様子でむふんと胸をはった。


 ちなみになぜ娘を集めて問いかけるのかといわれると、エルナルフィアは“女性”であったため、と言われている。「あいつが生まれ変わるのなら、きっとまた女性に違いない」と初代国王が漏らした言葉からこんなことになってしまったが、適当すぎじゃないか。いや、ヴァイドは適当な男だった。忘れっぽくて、適当で、そのくせ底なしに明るい。馬鹿にしたいのか、そうじゃないのかわからないくらいの気持ちでぶつぶつと頭の中で愚痴を吐く。でも一番気に入らないのは、その適当に言った言葉が、本当に実現してしまった、ということだ。エルナは人間の、それも少女に生まれ変わってしまったのだから。


 そうこう考えている間に、貴族とはいえ十六の少女達だ。待つ時間もたまらなくなってしまったのだろう。それはローラも同じで、まだかまだか、と互いにそわついてときどきドレスがくっつき合う。ぼいん、ぼいん。


 彼女たちのドレスのスカートはまるではちきれんばかりの鳥かご型で、おそらく中には立派なパニエを着込んでいるのだろう。王都に向かう馬車の中はローラのドレスでいっぱいになって大変だったのだ。最近では中に細くした藤を円形にして、さらに立体的にするものが流行りだと聞いたことがある。ローラも、もちろん他の令嬢方もスカートの中に鳥かごを持っているもので、かつ広いとは言え一室に詰め込まれているわけだからぼいん、ぼいんとぶつかり合う。たまたま入り込んでしまったらしい精霊が、ぺちゃんこになりながらふわほわわと瀕死の形相をしていた。大丈夫なの。


 対してエルナは靴は毎日の仕事でぼろぼろで、せめてもと袖を通した一張羅はサイズも合わないつんつるてんだ。なんせ、死んだ母が幼いエルナにと自身の少ない蓄えをはたいて買ってくれたものだから、サイズが合わない。背が伸びるごとに少しずつ継ぎ足したりしてはみたものの、さらに不格好なことになっている。もちろんこれもローラ達母子の嫌がらせの一つで、周囲のご令嬢達はエルナを見てときおり眉をひそめていた。ローラはエルナが好き好んでこの格好をしていて、恥知らずな変わり者の妹に困りあぐねている、という設定らしい。


(まあ、別に、さっさと帰るからいいんだけど……)


 以前までのエルナであるのなら羞恥に顔を赤らめて、唇をかみしめ震えていたかもしれない。でもどう思われたところで今後は関わり合いにならない他人だ。自分の知らぬところで噂を流されたのだとしてもぴくりともドラゴンなマインドは傷つかない。人間、暇ね、という感じである。


(私がエルナルフィアです、なんて名乗り出るつもりもないしね……)


 いくら今の王家がヴァイドの子孫で、エルナルフィアを探しているとは言っても、今のエルナにとっては赤の他人だ。それに今更名乗り出たところで面倒なことになるのは目に見えている。


 というわけで、さっさと帰ってしまう気は満々でエルナは堂々と立っていた。ご令嬢達の間でぺちゃんこになって死に体になっていた精霊をおいでと指でよびだして、魔力をほんの少しばかり食わせてやった。ぴゅるぴゅるぷぴぴ。すみやせん、ありがとごぜえやす、と精霊はぽっぽを燃やして礼を告げる。今めっちゃしゃべった。


『ありがとやんす』


 気の所為ではなく、たしかにもう一度そう告げて『へいよう!』と元気に精霊は消えていった。ぴゅんっと窓から飛び出しひゅんひゅん真っ青な空になじんでいく。エルナは呆然としてその姿を見送ったが、なるほど、エルナの竜の魔力を食ったことで精霊としての格が上がったのだろう。格が上がった精霊は魔力を流し込んだものの言語を解するようになる。竜と精霊の言葉は同じである。だから前世では変化に気づくことができなかった。


 ちょっとなまっていたのは地方からいらっしゃったのだろうかと考えつつ、最後のへいようは馬でも乗っているつもりだったのだろうかと謎である。でも楽しかったので全然よろしい、とエルナはむふんと笑った。そうこうしている間に、ローラにぼいんと突撃された。


「何を一人でにやにやしているのよ、まったく不気味ね!」

「そうですねぇあはは」

「怖いわよ! なんでいきなり笑顔なのよ!」


 なんせその気になればぷちっとつぶせるので、以前ならば涙を流していたことにも段々どうでもよくなってくる。そして自分から話し始めたというのに、「静かになさい!」とローラはエルナの髪をひっぱった。別に痛くもかゆくもないが、あんまり近寄られると鳥かごスカートにぼいんぼいんとされるのは気分の上であまりよろしくない、が。ざわり、と周囲のささやき声が大きくなった。


 やってきたのは、顎から伸びたひげがくるんと長いおじいさまだ。カツカツ、と石の床に音を響かせて動きは随分ぴしぴししている。具体的に言うのなら直角である。そして直線に進み、くるん、と反転した。娘たちはびくりと仰け反った。そして一瞬で静かになった。


「みなさま、お集まりいただきましてありがとうございます。そして十六の年を迎えられたことをお祝い申し上げます。エルナルフィア様は、淑女であったと言い伝えられております。どうぞ、貴方様もエルナルフィア様と同じく美しく、清らかにお年を重ねてくださいませ」


 緊張に固まっていた少女達は、告げられた祝福にほう、と息を吐き出す。


「ええ、ええ、本当に……!」

「エルナルフィア様は淑女の鑑よ……!」


(鑑……?)


 竜が、鑑……? と首を傾げるばかりだ。そしてご老人に同意するご令嬢方は、にっこりと微笑んでいる。ローラのように、自身がエルナルフィアの生まれ変わりにならんとする少女はもちろん少数派だ。大抵の少女達は十六の年の一種の祝いの儀式として王城に招かれたことを喜んでいる。それがこの国の慣例だからだ。


「さて、わたくし執事長を務めております、コモンワルドと申します。皆様方には遠いところをご足労いただきまして、大変恐縮でございます。ささやかながらではございますが、ご成人になられた祝いの品と宴を準備しておりますので、お楽しみくださいませ」


 ぺこり、と直角にコモンワルドは腰を曲げた。

 普段は厳格な両親達にしつけられた淑女達も、にわかに色めきあった。けれどもローラはきりきりと親指をかんで、苛立たしげな様子だ。


「その前に、まずは皆様一人ひとりにご質問をさせていただけましたらと」


 そのとき、ぱっとローラは顔を上げた。エルナルフィアの生まれ変わりかどうかを確認しようとするコモンワルドの言葉を察し、ぴゅう、と目の前に飛び出した。少女たちの間を無理やりにすり抜け、「私が! 私が……!」 ローラは主張する。そのときだ。本日も嫌がらせのためにと握りしめていたエルナのペンダントがするりと指から滑り落ちた。


 かちゃんっ。

 ずべり。


 ローラは顔から床につっこんだ。つるつるとした石の床はとにかく顔に痛そうで、コモンワルドの前に飛び出した彼女を見て、しん、と空気が静まる。護衛の騎士達がコモンワルドを守るためか即座に駆けつけようとしたが、それよりも、とコモンワルドが即座に手で制した。「これ、は……」 涼やかな音を立てて彼の足元に滑り込んだ楕円のガラスのネックレス。ゆっくりと震える指でつまみあげ、「エルナルフィア様のうろこ……!」


 執事長の言葉に、広場は騒然となった。


「これは、間違いなくドラコスフィア王国の始祖の一人とされる火竜、エルナルフィア様の鱗……! な、なぜ、どこでこれを……!」

「まあ……! この石は、私が生まれたときに握りしめていたもの! 自身でもまさかという思いもございましたから、今日まで誰にも告げることはできませんでしたが、私は竜としてこの空を羽ばたいた記憶がございますの!」


 ローラは即座にネックレスを掴み上げ、高らかに掲げた。ものすごい土壇場力で、ガッツがあった。あまりのアドリブ力にエルナは瞬きをして、逆に感嘆してしまう。


 ローラは語った。これは自身が生まれたときから持っていたものであること。前世の記憶があるからこそ、大切に持っていたのだと。いやそれ、私が昔言ったことだよ、とまたぱちぱち瞬く。前世の記憶というところはローラのアドリブだったが、事実が入り混じっているものだから、不思議なリアリティまで滲み出てしまった。


 つまりエルナルフィアとヴァイド王が生まれ変わった際に、また出会うことができるようにと決めた約束事とは、彼女の鱗を持つという意味ではないか――と、歴史の瞬間をこの目にし、頬を赤らめる少女達はささやきあった。いやそんなもん知らん。


 えっ、私が忘れているだけ? とエルナは頭を抱えた。そんなもんほんとに知らん。なんかなんとなく生まれたら持ってたというか。そんな軽いテンションでなんとなく持っていたものが重たい逸話があるだなんて思いもよらなかった。


(っていうか私って水色の鱗じゃなかったっけ? 一枚一枚だとあんなガラスみたいな感じだったの?)


 まだ見ぬ自分を発見してしまったと驚きを重ねるしかない。

 それにしても、とエルナは溜め息をついた。ローラの主張はざわめきから、静かにその場に受け入れられていく。ただの偶然ではあるが、とうとうローラは自分の願いを事実に変えてしまったのだ。中々のど根性である。真っ赤に頬を紅潮させて興奮のあまりに両手を広げている彼女をぼんやりと見つめ、エルナは――やっぱり溜め息をついた。


 どうでもいい。


 エルナルフィアはエルナルフィアだし、自分は自分だ。ローラがエルナルフィアに成り変わるということはカルツィード家に帰ってくることはないだろう。それはそれは、とても平和でありがたい。エルナにはカルツィード家を離れることができない理由があるから、あの屋敷が平和になるのならそれに越したことはない。


 ドラコスフィア王国の王族は大切な、いつも背に乗せていた相棒の子孫だ。だから気にはならないといえば嘘になるが、それほどの興味はない。ヴァイド本人ではないのならば。――そう考えて、ふいと視線をそらそうとしたときだ。ざわめきが、さらに激しく波打った。


「ああ、我が君、いらっしゃいましたか、大変ですぞ!」

「これは随分な騒ぎだ。何があった、ということは聞かずともわかるな」


 ――肌が、粟立つ。

 エルナは瞳を見開き、ただ一点を振り向いた。あまりにも、記憶の中にある声と同じだった。けれどももう一度考えて違う、と首を振った。よく似ているけれども、エルナが知る彼よりもわずかに声が高く、よく響く。彼は、自身のかすれ声を少しだけ気にしていた。けれどもどうしても気になって、男の姿を目にしようとしたが、エルナの小さな身体では男の登場に熱狂のあまりにさらに密集するご令嬢達を乗り越えて確認することはできない。下手に本気を出せば、大変なことになってしまう。ぷちっとな。


 次に、「ヴァイド様」と彼が呼ばれたとき、驚き、息ができなくなるかと思った。けれどもすぐに思い出した。ドラコスフィアでは、男は初代国王の名を継ぐのだ。つまり、彼が国王であるのなら、なんらおかしなことではない。


 だから息を吸って、吐いて。跳ね上がる心臓を押さえつけて、高揚する少女たちの隙間からなんとか男を覗いた。男はまったく、ヴァイドとは違う姿だった。けれども、彼はヴァイドだった。


 ヴァイドはどこかかすれ声で、流れるような黒髪は片側だけかきあげられていて、ほんのすこしのたれた瞳は無駄なほどに色男であるとも、仲間達からは散々な言われようだった。けれども村の女達は誰もが彼に恋をしたし、領主を打倒し、新たな国として独立を掲げ国王となってからも、多くの姫君を虜にした。エルナルフィアからすれば、あんなのただの筋肉バカで、笑い方なんて意地の悪さが透けて見えるだろうに、と呆れたものだか、今の彼は違う。きらびやかな金の髪が似合う好青年で、日焼けだって似合わない線の細い二十歳かそこらの青年だ。


 なのに、彼は間違いなくヴァイドだった。なんせ自身の背に乗せて、何度も空を飛び回った相棒だ。その生まれ変わりをわからないわけがない。


 その瞬間、エルナは、ずっとずっと記憶を遡らせて、ただのエルナルフィアになっていた。

 ぼろぼろと竜は泣いた。自身の背に乗せていた相棒を思い出して、しゃらん、しゃらんとガラスの鱗を揺らしながら、人の言葉ではなく、竜の泣き声を振り絞り、ただ泣いていた。オオキュオウ……と静かに泣く竜の声は、まん丸い月ばかりが聞いている。夜だ。真っ暗な、星々がきらめく不思議な、静かな夜。いや違う、と瞬く。


 どこか、ぐんと遠い場所にいたようだ。

 ここは王城で、エルナは二本の足で立っている。そして、窓からは陽の光が溢れていてざわざわと人の波の中だ。エルナルフィアはすでにいない。竜の記憶は、今は静かにエルナの胸の中にしまわれている。ふらついた身体を必死に立ち直らせ思考する。エルナは、エルナルフィアではあるが、間違いなくエルナなのだ。そうはいっても、ざわめく感情は抑えつけることができない。


 そのとき、“ヴァイド”とちかり、と瞳が噛み合うように合わさった。

 一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。一秒か、二秒か。結局大した時間ではなかったのかもしれない。ヴァイドはたしかにエルナを見つめ、エルナもヴァイドを見返した。いつのまにか息もできないくらいに緊張している。頬をぱんぱんにして、閉じた唇をぶるぶるに震わせてエルナはヴァイドと見つめ合った。けれども、ふい、と簡単に外されてしまった。


「そこの少女、名を」

「は、はい。私はローラ、ローラ・カルツィードでございます、ヴァイド陛下……! ど、どうか私のことはエルナルフィアとお呼びくださいましっ」


 そうか、とヴァイドは頷き、ローラをエルナルフィアと認めた。


 こうして、生まれ変わってもまた出会うことができるようにと願った彼らの記憶はただガラスのように砕け散ったのだった。ヴァイドは前世のことなんて何も覚えていない。

 だから、消えてしまおう、と思った。こんなところ、一秒でもいたくはない。さっさと帰って、ほんの少し泣いて、現世を楽しもう。エルナの帰る場所なんて、本当はどこにもないのだけれども。


 ***



 しゃんら、しゃんら。

 聞こえる不思議な音は、竜の鱗が擦れ合う音だ。竜は空を飛び、天空から音を運ぶ。きらきらと輝く鱗に気づくと、人々は両手を広げ、祝福を待った。


「エルナルフィア、ほら、手を振っているぞ。お前も振ってやったらどうだ」

「ふざけたことをぬかすな。私は竜であるのだぞ」


 エルナルフィアはヴァイドから魔力を分け与えられた。だからこそ、人語を解す。竜は精霊よりも高位の存在ではあるが、もとは同じく自然の中から生まれたものであり存在としては似通っている。憮然としたエルナルフィアに対して、「ふざけていない、だからこそだ」と、ヴァイドは意地が悪いとエルナルフィアに評判な笑みをにまりと浮かべた。


 神にも等しい竜であるからこそ、ほんの僅かな反応も子供達は喜ぶだろう、と彼はいう。そんなもの、とエルナルフィアは思う。人に恐れられ、逃げられ。ただそれを繰り返してきたのだ。ああ、けれども。


「しっぽでかまわんか」

「まったくかまわんぞ」


 エルナルフィアの中のわだかまりなど、簡単に投げ捨ててしまうほどの価値が、彼にはあった。

 しっぽは、エルナルフィアの自慢だった。ヴァイドになでられると、妙に嬉しくなってしまう。


 丘の上から必死にこちらに手を振る子どもたちが理解したのかどうかはわからないが、ふるりと動かしてやると、歓声が響いた。うるさくてかなわん、とふんと息を吐き出しそのままぐん、と速度を上げてさっさと目の前から消えてやった。すると、頭の上がうるさくなった。ヴァイドが馬鹿のように腹をかかえて笑っていた。このまま落としてやろうかと思った。


「いや、やめろ、やめろ。しゃれにならん。いや、しかしな。もう一度笑ってもかまわんか?」


 ヴァイドはかすれ声でささやくように、エルナルフィアの言葉を真似てくふりと口元をゆがませる。さらに高く空を上って返事をした。やめろ、という意味だ。

 湿った雲で体中をびしょびしょにしながら飛び抜けた。けれども火竜である彼女が一息すれば、すぐさま身体はからりと乾く。その先にはまじりっけ一つもない真っ青な空が頭上には広がっていた。雲の絨毯はさながら一つの国のようだ。いや、もしかするとこの雲の上にも、また別の国があるのかもしれない、とふとしたときにエルナルフィアは考える。エルナルフィアさえも届かないほどの高く、高い先に。


「……なあ、エルナルフィア。俺はきっと、死んでもお前のことは忘れないんだろうよ」


 感嘆のため息のかわりに、ふとつぶやいてしまったセリフ。そのように聞こえるが、実際のところ、彼はこれが口癖である。またか、と呆れてしまう。「今日のことは、忘れられんな」「お前には毎日忘れられぬ今日があっていいことだ」 もちろん、嫌味である。


「本当だぞ、本当だ。大事な相棒の言葉だ。たまには心に刻んで信じてくれ」

「わかった、刻んでやるよ。私の方がずっと長く生きる。生まれ変わったお前を見て、覚えていないと嘲笑ってやろう」

「エルナルフィア! 本当に、お前の鱗はきれいだなぁ! きらきらと光の中で輝いて見えるぞ!」

「さっそくごまかすんじゃない」




 こんな日も、あった。

 多すぎる想い出は、なんと寂しいものだろう。人は前世など思い出しはしない。きっと寂しいものなど、不要だからだ。だからエルナルフィアも全てを捨てることに決めた。自分はただのエルナであるのだから。



「いいこと? このちんけなガラスが、もとはあんたのものだったということは絶対に、絶対に口を開くんじゃないわよ……!」

「そう何度も言わなくてもわかってる。わかってるって。はいはい」

「はいは一回! 赤子相手にするような文句を私にさせるんじゃないわよォ!」

「はーい」

「伸ばすなァ! 伸ばすな! 伸ばすなー!」


 そう言ってローラは怒り狂いながら地団駄を踏んでいる。少しエルナルフィアに影響を受けすぎたな、とエルナは反省した。エルナルフィアはすでに消えた人どころか竜であるのだから、きちんと人にならねばいけない。こほん、と息をして、「言いません。大丈夫。これで満足?」 それでも随分偉そうな口調になってしまったが、先程までと比べてちょっとは殊勝に見えたのだろう。ふんっとローラは鼻からばふっと息を噴出させた。ローラの癖だ。


「ふんっ。あんたがエルナルフィアだなんて私は信じてもいないけどね。でも下手に勘ぐる人がいても困るし。こんなのただのちんけなガラスでしょ? たまたま鱗とよく似たガラスを持っていただなんて、笑わせるわぁ」


 ローラはからからと手の中でガラスを遊ばせている。そんなことをしているものだから、うっかり手の中から滑り落ちたネックレスは、するりとエルナが救出してみせた。「ちんけなものでも、今は竜の鱗ということになっているし、大切にした方がいいんじゃない」「あなた、最近生意気よ! ちゃんと立場をわかっているの!? これ以外の“もの”を踏み潰してやってもいいのよ!」 そしてすぐさま引っこ抜かれてしまう。いつもの脅し文句だ。


 ぷんぷんと怒りながら消えていくローラの背中を見て、「わかってるよ……」とエルナは呟く。ちゅんちゅんと平和な鳥の声が聞こえる。


 そこは男爵家とは比べ物にならないほどの立派な庭だ。庭、と言われれば囲まれた敷地のようなものを想像するが、ここはそんなものではない。川が流れ、池があり、丁寧に木々は整えられ、どこまでも花畑が広がっている。宝剣キアローレが突き刺さっていると言われる国の中心部でもあり、王家の庭だ。


 そう、エルナは、未だに王城にいた。

 ヴァイドと出会って、いやその姿を見て、さっさと逃げ帰ってしまおうと思った。その場で身体を翻そうとしたとき、「エルナ!」と叫んだのだ。


 声の主はローラだった。エルナに、自身の幸福を見せつけてやろうと思ったのだろう。勝ち誇ったように微笑んでいたが、すぐにそれが自身の失態であることに気づいたに違いなかった。なんせ、ローラが持つ竜の鱗はもとはエルナが持っていたものであるのだから。ローラは、エルナは目立たせるべきではなく、さっさと田舎に返すべきであった。


 ヴァイドはローラに疑問を投げかけ、こわごわとした口調でローラはエルナのことを妹であると説明した。わざわざ妾の、血のつながらない、と言葉を人前でつけるほどローラは世間知らずではないからその場では伝えなかった。ヴァイドは、「そなたがエルナルフィアというのであるのならば、しばらくの間王都にて逗留してもらう必要があるだろう。心細いであろうし、妹御も王城に残られよ」と何の感動もないほどに静かに告げたのだった。とても勘弁してほしいが、まさか一国の王の言葉を無下にするわけにもいかない。


 ローラはヴァイドの言葉を聞き、顔を真っ青にさせた。けれどもエルナが何も言わない様子を見ると次第にもとの調子を取り戻し、人目につかないようにとエルナを王城の庭へと呼び出し、調子に乗らないようにしめてやった、というわけである。


 もちろん、念押しされずとも事実を伝える気などどこにもない。

 なんせ、ヴァイドは何も覚えていなかったのだから。生まれ変わった後にこっちの方が引きずっているだなんて馬鹿みたいな話である。


 そう考えたとき、たぷりと不思議な音が胸の中に聞こえた。それが何なのかはわからない。「ううん」とエルナは頭を抱えた。そして、「だあっ!」と両手を伸ばして、だんっと地に足をつけた。元気なので、これでよし。よしとしよう。エルナの周囲にはいつの間にか精霊たちが集まっている。火の精霊が一番多くて、その次は風だ。小指や、手のひらくらいの大きさや、それぞれ姿も違っていて、むちゃむちゃと丸まって遊んでいる。でも、だんっとエルナがポーズをつけたときには、彼らも倣った。だんっ。なんだかちょっと、楽しくなってきた。



 ***



 いつの間にかエルナの周囲には精霊がよく集まるようになった。『本日も、おめでとさんです』 魔力を与えると、みんなそれぞれが礼を言って去っていく。『お日柄もよく、さいこうでごんす』 たくさん遠くから来ているのだろう。よきかな。


 そしてローラがエルナルフィアであると知られてから一週間。ローラはともかく、意外なことにもエルナも中々の高待遇を受けていた。『びっぷで、ごんす!』と魔力を分け与えたハムスターに似た姿の精霊がぴこぴこと小さなしっぽを振って表していたが、そんな感じである。


 与えられた個室は広くて、ふわふわのベッドで、自身の面倒はすべてメイド達が見てくれる。特にするべきこともなく王城の中は自由に歩き回ることができ、身体をお風呂でつやつやに磨かれてしまったときは、ぴぎゃあと悲鳴を上げてしまった。エルナはあんまり水が好きではない。バケツにかぶる程度なら問題ないが、大きな風呂の中に沈められるのはなんだかぞわぞわする。そして、立派なドレスに着替えさせられてしまった。鏡を見て、誰ぞしらない人がいるぞと不思議に思うと自分だった。なんてこった。『びゅーてぃふる!』 なまりの強いハムスター精霊は、いつの間にかエルナの肩にいつくようになっていた。


 聖なる竜の、ただの妹としての待遇にしては、ちょっと行きすぎなものを感じる。ヴァイド、お前は生まれ変わって随分変わってしまいすぎやしないだろうか。いや、生まれ変わった時点で他人なのだからそりゃ変わっているのだが。昔のヴァイドは人のいい顔をして切り捨てるところは切り捨てるキレキレだったし、こんなどこぞともわからない小娘など、笑いながらほっぽりだしていたじゃないか。


 なんて、文句を言っても仕方なかった。

 竜としてのローラは、エルナと同じように扱われているらしく、日々エルナの悪口をヴァイドの耳に囁いているらしい。それがどんなものか、聞きたいわけではないがよそよそしいメイド達の様子を見ているとなんとなく察しはつく。故郷でもそうだった。ローラは、エルナが何を持っていても気に食わない。そして屋敷の中で彼女をいびる理由はさぞ正当なものであるように大声を出し告げる。これはローラの母がエルナの母にしていたことで、それが娘に引き継がれるのは当たり前のことだと彼女は思っている。



 ***



 人がいない場所はほっとする。エルナは、ざわざわと木々がこすれる音を聞きながら原っぱの中に足を広げて座っていた。遠く、まっすぐに伸びて空を支えるほどに大きな樹は、宝剣の名を譲り受けた大樹なのだろう。


 履いていた靴は、ぽいと脱いでしまった。借り物のドレスが汚れてしまうことは申し訳ないが、竜の鱗ではなく、人の肌で感じる風のささやきや、湿っぽい土の感触がどきどきした。そのまま、ごろんと倒れてしまおうとしたときだ。男がエルナを見下ろしていた。ひっくり返ったまま彼を見ていたエルナは、ヴァイド、と口から声が出てしまいそうになった。


「…………」

「…………」


 お互い無言で見つめ合った。エルナは座って上を見上げて、ヴァイドはエルナの影になるように、かがみ込みながら。『んちゅらっ。んちゅらっでごんすががんす』とエルナの膝で踊っているハムスターの精霊の存在が、唯一エルナを現実に引き戻した。

 慌てて居住まいを正して、しゃんと座って視線をふらつかせた。


「あ、えっと、陛下、本日はお日柄もよく……」


 いや違う。最近精霊たちがやってきて、もぐもぐエルナの魔力を食べた後にみんながそろって謎の礼の言葉を言うものだから、思わずエルナも移ってしまっていた。ちょっと顔を赤くしてしまったが、ヴァイドはそんなことは気づきもせず、どすんとエルナの隣に座った。


「そうだな、いい天気だ」


 線の細い身体だと思ったが、それでもエルナよりもずっと背が高い。癖のない金の髪がさらさらと風の中に揺れて、真っ青な瞳は空を映し込んでいるかのようだ。ようは、とてつもなく男前だ。


 けれど、だからと言ってエルナの気持ちの何が変わるわけもなく、通りのよい心地の良いヴァイドの声を聞く度に、逆に“ヴァイド”ではないのだと落胆した。エルナが知っているヴァイドの声はもっとかすれていて、聞き取りづらい。でもそんなことを考えてしまう自分が嫌になった。


「お前、エルナと言ったか」


 はい、とエルナは間をあけて返事をした。一国の王を相手にして、座ったままなどなんと不敬なことだろう。けれどもどうせ、ヴァイドもローラから妾の娘でなんの教養もなく、盗み癖もあるから気をつけるようにと伝えているはずだ。そうすれば人はエルナから距離を置くし、万一ローラが持つ竜の鱗がエルナのものだと伝えたとしても、まず信じはしない。そもそも、エルナはローラに逆らうことができないのだが。なんにせよ、無教養な女だと思われているのならそれにこしたことはない。むしろ、そう振る舞うまでだ。


「随分つまらなそうな顔をしている。ここでの生活は窮屈か」

「そうですね、とても。田舎娘ですので、さっさと田舎に帰りたいです」

「そうか、そうか」


 くく、とヴァイドは笑った。意地悪そうな、でもそれを抑え込んだような不思議な笑い方だったが、まあいいか、とエルナは深く考えることをやめた。


「竜は、自身の故郷を特に深く愛します。故郷のない竜はかわりに人を愛し、死ねばその骨を抱きしめ眠る。私は竜を象徴するドラコスフィア王国の民の一人なのですから、故郷を愛さぬ理由はどこにもありません」


 ようは、もうさっさと帰っていいですかね? という意味である。男爵家の領地は別にエルナの故郷でもなんでもないので、そこに帰りたいわけではないがとりあえずそれっぽく言ってみた。竜の名を出せば、いくら王とはいえ引かざるを得ないだろう。「そうかそうか」と、またヴァイドは笑った。「愛するべき者の骨と故郷。それはたしかに竜にとって、自身の命と同じくするほどに愛しきものだなあ」 なんかもう笑いすぎである。


「ならば、近々カルツィードの男爵夫妻がエルナルフィアとなった娘を祝いに王城に来るとのことだ。その際に馬車を同じくして帰りなさい。お前の命と引き離してしまい、申し訳なかったな」

「……ご厚意、痛み入ります」


 うむ、とヴァイドは王様らしく頷いた。王様だけども。あの夫妻がやってくるのか、面倒だな、と考えつつもこれでやっと終わるのだと思うと、またとぷんっと胸が鳴った。不思議な音だ。素直になってはいかがでござるか? とハムハム精霊は踊っていたので、つんつんつついてやった。ぢぢぢ、とハムはぷにぷにで怒っていた。



 ***



 さて、面倒なことになる……とエルナが考えていた通りに、とても面倒なことになったが、まあ予想通りの展開である。


「おお、ローラ、お前がエルナルフィア様であったとは……!」

「あなたは昔から敏く、どこか人とは違う子であったと母は感じておりました。本当に、すばらしい子ですわ……!」

「お父様、お母様……!」


 父母との感動の再会、のように見えるが、実際彼らはローラが持つ竜の鱗は、もとはエルナが持っていたものであることは知っている。なんせ、ローラを産んだ本人はローラが赤子のとき手のひらに握っていた、ということは真っ赤な嘘であることは理解しているし、ローラはことあるごとにエルナから取り上げたガラスの石をちんけだと言ってばかにしていた。

 まさかエルナがエルナルフィアであるとは考えてもいない。ただ、降って湧いた幸運という名のローラの欺瞞を全力で引き寄せ、娘を竜に仕立て上げ、権力を手にしようとしている。


 薄ら寒い感動はヴァイドと、執事長であるコモンワルド、そして数人の護衛の騎士達の前で城の一室にて繰り広げられた。


 その中にぽつりと立っていたエルナは、母に抱きつき泣き出すふりをしていたローラにぎろりと睨まれてしまう。この城に来てからというもの、ローラと顔を合わせることはなかった。だからこれだけ長く会わないことは久しぶりだったのだが、初めエルナを見たローラは、ぽかんと目を見開き、そしてそばかすが目立つ顔に苛立たしさを隠すこともせずにエルナを睨めつけた。そんなものじゃびびりもしないが、エルナの肩に乗っていたハムスターは『ぢぢっ!?』と震えていた。落ち着け。


 なんにせよ、仲間はずれとなってしまったエルナは、ふう、と息を落としてそっぽを向くと、男爵は慌てたように「お前も、なあ、姉がエルナルフィア様であったことは、本当に喜ばしいことだろう?」と言質を取ろうとする。そうですね、と答えてやるとほっとした顔をしていたが、すぐに男爵はヴァイドへと進言した。


「ヴァイド陛下。おそれながら、この子がエルナルフィア様の生まれ変わりだとするのならば、わたくしどものようなその、鄙びた領地に置くことは忍びなく……」

「竜にとって、故郷とは自身の命と、また愛しきものの骨と同等なほどに価値がある。そのような謙遜をするな」

「け、謙遜など……」


 男爵はしきりに汗を拭う仕草をして膨らんだ腹をもう片方の手で何度も叩いている。つまり、ローラを王城に置き、そしてそれ相応の対応をしろ、ということを言いたいのだ。まるで打っても響かないヴァイドの様子に、男爵の表情は次第にこわばっていく。そしてその母子はじっと様子を見守っていたが、とうとう耐えかねたようにローラは叫んだ。


「陛下! どうぞ私をおそばに置いてくださいませ! 初代国王をこの背に乗せ空を駆け巡り、数多の魔族、魔獣を打倒したこの力、必ずやあなた様のお役に立ってみせますとも!」

「ふむ、そうか……」


 ヴァイドは何かを考えるように、しきりに顎の下をかいている。ぽりぽり、と考えて、ちらりと視線をコモンワルドに向けた。おそらくそれはエルナにしか気づかない程度の、些細な動きだ。老人は、静かに頷いたようにも見えた。そのときだ。


「て、敵襲! 陛下、どうぞお逃げください! 謀反が、謀反が起こりました……!!」


 勢いよく扉が開き、今にも命からがら、と言った様子で飛び込んだのは若い兵士だ。きゃあ! とローラは悲鳴を上げた。兵士ははあはあと肩で苦しげに息を繰り返し、倒れ込むような仕草で、一部の貴族を中心に謀反が起こったこと。また、多くの兵士が王城を攻め落とさんとしていることを一気に告げた。エルナルフィアの生まれ変わりを見つけたことで、これからさらに王家は盤石の地位を得る。その前に、叩き潰さんとしているのだと。


 あまりの恐ろしさに震える男爵家を一瞥して、「さあ」とヴァイドはばさりとマントを翻した。


「ローラ・カルツィード。先程の言葉に、嘘偽りはないな。ならばその力、今こそ示してもらおうではないか! その体一つで矢面に立ち、反乱軍を殲滅せよ!」



 ***



「無茶に決まっております!」とまず叫んだのは男爵夫人だ。


「こ、こんなか弱き乙女に、何をそんな……そうです! エルナルフィア様の生まれ変わりなのですから、まずは安全を第一とし、一番にこの場から避難させるべきです!」


 ローラは、まるで救いの女神を見るかのようにぱっと顔を明るくさせたが、すぐに希望はヴァイドに叩き落とされた。


「飛竜であり、火竜のエルナルフィアの生まれ変わりであるというのなら、その魔力はすべてのものを焼き尽くすであろう。初代の王を乗せたエルナルフィアの伝説はお前達が伝え聞いている通りだ。また、先程のセリフはそれがわかっているからこそのものではなかったのか」と、話すヴァイドの瞳は冷たい。必ずや役に立ってみせる、とローラはたしかにそう叫んだ。


 がたがたとローラは震えていた。癖である親指の爪をぎちぎちと噛んで、動かない。「ローラ、大丈夫だ、なあ、大丈夫だろう……」 男爵はローラがエルナルフィアの生まれ変わりであるとはまさか思ってはいない。ローラは魔法を使うこともできない小娘だ。だから、大丈夫なわけがない。けれども男爵はローラがエルナルフィアではないという言葉は認めぬといった様子だった。一度手に入れた幸福は、掴めぬとわかればさらに欲しくなるものである。


 そこかしこで城内では悲鳴が響く。その度にローラはがちりと爪を噛んだ。「ローラ!」と母が叫ぶ。否定しろ! とエルナは願った。エルナルフィアであると嘘を告げられたことに腹が立ったわけではない。このままでは大変なことになると考えただけだ。エルナは人の死が嫌いだ。だから誰であろうとも、無駄な死など見たくはない。


 とうとう、悲鳴がすぐ近くから聞こえた。兵士が飛び込み、開けられたままであった扉に体中を鉄の鎧に包んだ男たちが剣を掲げて飛び込む。たまらなかった。だから。


 エルナはいつの間にか飛び込んで、ローラの腕をひっぱった。


 彼女のドレスの裾が破れてしまったことにすらも気にもとめず、ローラをかばい男達の前に飛び出た。そして、伸ばした腕とともに、ばちりと指を鳴らす。


「――燃えろ」


 熱さの一つもおこらず、反乱の兵士は鎧を溶かし武器も失った。

 悲鳴すらも出なかった。鎧を溶かされてしまった兵士達は、自身に何が起こったのかも理解ができず、なくなってしまった武器を探した。そして、事実に気づいた。目の前に立つ、ただ一人の少女が恐るべき御業を使い、武器と防具のすべてを失ったのだと。


 奇しくもエルナは赤いドレスを身にまとっていた。

 可愛らしいはずのひらめくレースは不思議と少女自身が燃え上がっているようにも見え、わななき、一人、二人とその場にいた人々は平伏した。ずらりと、その価値を知るように。


 ……ただ、男爵家と王であるヴァイドだけがじっとエルナを見つめていた。

 男爵家は恐れて、ヴァイドは静かに、冷静に、何かを飲み込むように。その二つの差は、大きな違いではあったが。


 エルナは、自身がしでかしたことをそのときようやく理解した。身体が勝手に動いていた。それだけだ。なんの言い訳のしようもない。けれども、首を振る。必死で振った。「ちがう」 凛としてその場に立っていたはずの少女は、段々と自身の表情を曇らせる。「ちがう、ちがう!」 何度も首を振って、人々に訴える。「私は……竜じゃない!」 くしゃくしゃな顔で、苦しげに、何かを求めていた。


「竜じゃない、竜じゃない、竜じゃないから……!」


 それはとても滑稽な仕草だった。恐れるべき竜が、涙で顔をぐしゃぐしゃにして震えている。するりと、彼女の視界が隠れた。誰かに抱きしめるように後ろにひっぱられる。大きな、温かな手のひらが視界を閉ざし、涙をぬぐった。とん、とエルナの頭が誰かの肩にくっつく。「何を恐れている。言え」 ほっとする声だ。すとり、と胸の奥に響くような。


「骨を……とられた。母さんの骨を」


 瞬間、ヴァイドの怒りが弾けた。


「貴様ら、竜の、愛しき者の遺骨を、盗んだのか……!」


 原っぱの中で、帰りなさいと意地悪に、けれども優しく告げた男の声はどこにもいない。噴き出る怒りは収まることなく、ばりばりとまるで空間すらも揺らしているようにも感じる。あまりのヴァイドの剣幕に「ひ、ひぃ!」 男爵は飛び上がるように跳ね、そしてすぐさま跪いた。額が床にごりごりと当たるほどに小さくなり、ぶるぶると震えた。


「まさか、こ、この娘が竜、いえ、エルナルフィアの生まれ変わりであられるとは、まさか、まさか思いもよらず! この者の母は金で買った卑しい平民でございます、ですからその、病で役に立たなくなったものを、こちらで処分をしてやったまででして」

「馬鹿な! この国の守護者は竜とされている! お前たちも知っての通り、竜は故郷を守り、そして愛しき者の骨を自身の命と同じ価値を見出す。だからこそ、我が国では咎人でさえも骨は故郷の家族のもとへと届けられる。咎人でさえも許される権利だぞ! それを……貴様ら……! そして、人身の売買を私は許可をした覚えはない!」


 ああ、とその場に崩れ落ちた男爵夫人は、病で死んだ母を焼き、その骨を隠した。エルナを勝手に養子とした夫への意趣返しの一つでもあったから、男爵は夫人の行いを見てみぬふりをした。娘のローラはエルナに骨の場所をいつかは教えてやると、かわりに何でも言うことを聞くようにと命じた。その中で、エルナは自身のガラスのような鱗を盗まれた。


 彼らからすれば、エルナが母の骨にこれほどまでに執着するとは思ってもみなかったのだろう。エルナは、記憶がなかろうと、あろうともどこまでも竜であり、知らぬうちに自身の性に縛られていたのだ。


「娘が、エルナルフィアではないことは初めからわかっていた。しかし、成人したばかりの小娘の戯言だ。自身からの撤回の言葉の一つでもあれば、ただの笑い話として済ませてやろうとそう思っていたというのに、まさか家族ともどもこちらを騙しにかかってくるとはな!」


 射抜くようなヴァイドの視線に、男爵家三人はひぃっと身を寄せ合った。これから先の自身の運命を想像し、恐れているのだろう。しかしヴァイドはそんな様子を見て、吐き捨てる。


「我が国の守護竜であるエルナルフィアであるとの虚言、また遺族への遺骨の受け渡しの拒否、人身売買。そして叩けばさらに埃が出てきそうだな! 沙汰は、追って言い渡す。相応の罰を覚悟しておくがいい!」


 泣き崩れる彼らを、エルナはただ呆然と見つめていた。

 そしていつの間にやら床に下り、『やったでがんす』とくっつけることができないほどの短い腕をまるっと頭の上でさせて足を交差させるというポーズをしながらぷひぷひ鼻を鳴らす妖精の口をそっと閉ざして、反対の手では涙でぐちゃぐちゃな顔をぬぐった。


 毅然と告げたヴァイドは、決して誇らしげな顔をしているわけではなかった。どこか、苦しげで、また悔しげで。まるで、自身の力のなさを嘆いているような、そんな横顔であった。



 ***



 ――エルナルフィア、もし俺が死んだとしても。なあ、エルナルフィア。




 ***



 ざあざあと、まるでこぼれ落ちる雨のような美しい音は、どこまでも広い草原をするすると風が優しく撫でていく音だ。エルナは母の遺骨を取り戻し、墓を作った。自身の土地を持たない彼女は王城の庭の一角に骨を埋める許可を得た。生前はどこにも行くことができず、エルナのことばかりを心配していた女性だったから、せめて見晴らしのいい場所に墓を作ることができたことが嬉しかった。


 母の名を心の中で呟き祈るエルナの背後には、すっとヴァイドが立っていた。同じく、エルナの母への祈りを捧げた。そして、ゆっくりと顔を上げ、「すまなかった」と呟いた言葉は、母とエルナ、どちらに対してなのか。それとも両人へと向けたものか。


「初めから……全部、わかってたんだよね。あなたにも、記憶がある」

「ああ、そうだな」


 唐突に起きた謀反。それはすべて、ヴァイド達の演技であったのだ。


「あの少女の言葉は偽りであることは理解していたとも。なぜなら、その場にお前がいたからだ。お前がエルナルフィアであることは目を見て、すぐにわかったよ。もちろんわからないわけがない」


 そう伝えるヴァイドの言葉は、エルナにもわかった。理屈などではない。彼がヴァイドであることは、心の底ではっきりと理解した。いくら姿かたちが変わろうともわからないわけがない。


「けれども、それが嘘ということを理解しているのは、ただの俺の中の記憶のみ。そんなものが証拠になるはずもない。逆に、あちらは竜の鱗という証拠を握っていたしな。王だからと自身の裁量のみで罪を作ることはできない。王だからこそできない。それに嘘をついたといってもまだ若い娘だ。一時、魔が差すということもあるだろう。自分から偽りであったことを正直に伝えてくれればと願ったんだが」


 だからヴァイドは待った。けれどもローラはヴァイドにエルナの嘘を吹き込むばかりで、本当は何一つ話さなかった。そして、せめて両親が諭してくれれば、と考え呼び寄せたが、まさか話を大きくするとは思いもしなかった。だからこそ一芝居打って見せ、正直に言わざるを得ない状況を作り、ついでに少し灸をすえてやろうと思ったのだが、まさかヴァイド自身もこんな展開になるとはついぞ考えもしていなかった。エルナが竜であると自身から名乗りを上げる行為をするとは。


「つまらなそうな顔をしていたからな。竜としての生は望んでいないものだと思っていたよ。見ぬふりをしてやるべきだとな」

「……それは、そうかもしれないけど。違う、ふてくされていただけ」


 自分は覚えているのに、ヴァイドは知らない。そう思うと、子供のようにほんのちょっぴり腹を立てていただけだ。そしてローラをかばうつもりで火の魔術を使ったのは、自分でも考えなしの、ただの八つ当たりのようなものだったのかもしれない、と今では思う。気まずくて下を向いてしまったが、そうか、ふてくされていただけだったか。なんとも俺は力不足だな、と返答して、ヴァイドは気にすることなく続けた。


「それとな、あのローラという娘が色々とお前のことを告げてはいたが、まあ、城の中で信じているものはおらん。嘘とはつけばつくほど、違和感がつのるものだ。城の人間達の態度に不審なところを感じたのなら、そりゃ同情だろう。しかし勘違いをさせる要因はこちらにある。悪かった」

「それは、別にいいけれど。……ごめん、考えると恥ずかしい」


 このことを考えると、また恥ずかしくなった。

 たかが、骨だ。そこに魂はない。わかっているのだ。たしかに竜の習性はエルナを縛り否定することもできなかった。けれども、竜であるからこそ、たかが人間から骨を取り返すこともできずに、彼らの言いなりとなっていたことがとにかく震えるほどに恥ずかしかったし、知られたくもなかった。たとえエルナルフィアの記憶を取り戻す前だとしても。

 顔を伏せながら耳を赤らめるエルナに、ヴァイドは笑った。


「何を恥ずかしがることがある。お前はエルナルフィアの記憶があるのだとしても、間違いなく十六の少女で、エルナでもある。よくぞここまで一人で戦った。ただ、一人の戦場に、長い時間を耐えた。お前は間違いなく武人だ。うむ、間違いないな!」


 そう言ってエルナの手をすくう青年のにかりとした、けれどもどこか意地の悪そうで、少女に対して武人と言ってしまうようなほんの少しデリカシーがない男が、とにかく懐かしくなった。ぢ、ぢ、ぢ、と足元ではハムスターや、火や、風の精霊達がいつの間にかやって来ていて、わちゃわちゃと賑やかなことこの上ない。いつもこうだ。ヴァイドと一緒にいると、たくさんの人がきて、やってきて。そして。

 みんな死んだ。


 エルナルフィアを残して、みんな死んだ。長い長い年月を生きる竜の前には人の寿命などただの塵のようなもので、楽しく、嬉しく、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまった。ヴァイドは長く、健康に生きてくれようと努力したが、人には等しく死が訪れる。お前の鱗は美しいなぁ、とただ一つを言い残して死んでしまった主人をエルナルフィアはくるりととぐろを巻くように抱きしめ、泣いた。もう動かぬ。鱗くらいなら、いくらでもわけてやるのに。そんなもの、この手に握りしめて何枚だってお前にやるのに。


 いつしか男は骨となり、大事に、大事に抱きしめた。けれどもそれすらも塵芥のように消え去り、竜は泣いた。

 生まれ変われと願って、自分を忘れてもいいからと願って、いつかの日を思い出した。

 ヴァイドはよく、死んでもお前のことは忘れないといったが、それは長い寿命に取り残されるエルナルフィアが気がかりでということは理解していた。


 どれだけ願っても、生まれ変わりなど見つかりはしなかった。そうこうするうちに、竜も老いた。やっと、自身も死ぬことができると小さな喜びとともに、ただ一人、ひっそりとこの世から消えようとしたとき、たくさんの精霊が彼女の周囲で踊っているように見えた。それは、彼女が魔力を分け与えたもの達だ。不思議と、誰かに言葉を伝えたかった。自身の、ずっと、ずっと願っていた、小さな。けれども大きな願い。




「一緒に、死にたかった!」


 震わせたのはエルナの喉だ。


「死にたかった、死にたかった、一緒に死にたかった、一人でなんて嫌だった、誰にも消えないでほしかった、力なんてなくなってもいい、ちっぽけでもいい、二本の足になってもいい! 人間になって、あなたと一緒に、死にたかった!」


 もし、次の生があるのなら、人間になりたかった。わなわなと叫ぶ声はどこまでも草原を駆け抜けて、力いっぱいに正面から抱きしめられた。ふうふう、と息を繰り返す。吐き出せない。これ以上何も、吐き出せない。そう考えたとき、ぴい、と一匹の精霊が声を上げた。エルナルフィアの願いを聞き届け、どこか遠くにいる神へと伝えてくれた精霊達。気まぐれな神がエルナルフィアの願いを叶えてくれたのか、ただの莫大なエルナの魔力が、次の生を生み出し、捻じ曲げたのか。


 精霊達が、泣いていた。泣き声の大合唱だ。うわん、うわん、と子供みたいに泣いている。そしたら、エルナだって泣けてきた。その中でも一番大きな声で泣いていた。本当は、少しなんてものじゃない。とても、とても腹が立っていた。なんでヴァイドが自分に気づいてくれないのか。こんなにも自分の中はヴァイドでいっぱいだったのに。


 けれども現実は、彼はエルナの生を理解していた。彼は竜とエルナを別のものと考えて、尊重した。ふてくされて帰りたいと言ったエルナの言葉を受け止め、知らぬふりをしてくれようとしていたのだ。竜としての生を必ずしも、誰しもが享受したいわけではないのだから。


 苦しいくらいに抱きしめられて、それから、ばり、と唐突にひっぺがされた。わずかにヴァイドの頬は赤らんでいたが、そこは年の功で即座にごまかすことはできた。ただの小娘であるエルナはなんにもわかってはいなかった。だから謝るしかなかった。


「ごめん……ごめんねヴァイド……」

「いや、なんで謝る……」


 ずずりと鼻水をすすって、顔も大変なことになっているエルナだったが、とにかく今は自分が情けなくなっていたので謝罪を重ねるしかない。


「だって、私、もう、飛ぶこともできなくて……」


 多分、単純なジャンプ力なら青年のヴァイドにだって負けないだろうが、背中にかかえて雲の上までびゅんびゅん飛ぶなど間違いなく無理な話だ。エルナからすると、自身のワガママのために力のない人間となってしまって、竜である面影などどこにもなく消えてしまった結果だ。いや、精霊術ならまちがいなくこの国、いやすべての国を合わせても一番であるが、そんなものエルナの価値観からすれば吹けば消し飛ぶ程度である。


「私は、役立たずに、なってしまった……ごめ、ごめん、ヴァイド……」と、嘆くと、「お前は何を言っているんだ……」と、呆れたように返されてしまった。「仕方がない」とヴァイドはぶつくさと呟き、「えいや」とエルナの細い腰を持ち上げる。なぬ、とエルナは驚いた。そして、ぶんぶん、ぐるぐると回った。


「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ~~~!!!」

「んなはははは」


 王様の仮面が、ぽろんと落ちてしまったみたいにヴァイドはそれはもう楽しそうに笑った。本当に意地悪そうで、からかえることが嬉しくて仕方ない、といった様子である。ぐるんぐるんと草原の中でいっぱいに回されて、やっと地面に降ろされたときは、一体何をされたのか理解ができなかったので、ダメージよりも何よりもわけのわからなさにエルナはぐったりしてしまった。


「どうだ、空を飛んだろう」

「飛んではいない……」

「飛んでいた。多分、本気を出せばもっとびゅんっとできるぞ」

「やめて。細いくせに意外に筋肉質なのほんとやめて」


 そこは以前のヴァイドと違うポイントである。なんにせよ、とヴァイドはどっこいせと原っぱの上に座ったから、エルナもそれに倣った。


「お前が飛べないんなら、俺が飛ばせばいい。ただそれだけの話だ」

「絶対違う」

「そうだなぁ、エルナ、お前の名は母がつけてくれたのか?」


 唐突に話題が変わったようにも感じたが、エルナはこくりと素直に頷いた。「うむ。エルナルフィアの名から取ったのだろうな。いい名じゃないか」 そこは少しだけ照れてしまって、ゆっくりと頷いた。似た名前の響きではあるが、母がエルナに幸せになるようにと、竜の守護を求めてくれたということなのだから。


「実は」と今度はヴァイドがひっそりと、秘密の話を打ち明けるように告げる。ごくり、とエルナは唾を飲み込み、続きを待った。「俺の名前は」 ごくり、ごくり。


「ヴァイドカルダドラガフェルクロスガルド、と言うんだ……」


 正直ただの聞き間違いと思いたかった。


「いや、実はな。この国は代々王はヴァイドの名を継ぐということになっているだろう。でも、生まれた男児すべてがヴァイドだと、意味がわからないだろう。だから、ヴァイドの名前に他の文字、父の名やら祖父の名やらをつけるんだが、それが繰り返されるとな、こんな大変なことになるんだ。あとドラゴンとかの意味でドラが入ることが多い。この国は竜が大好き過ぎる。ほんとに過ぎる」


 本当に大変だった。

 まず覚えられない、とエルナはわなないた。なんでこんなことになってしまったのか。一人目か、二人目かで止めてほしかった。


「ヴァイドカルダドラガフッ……げふっ、え? 何?」

「ちなみにこれは家名は含まれない。名前だけでこの長さだ」

「あわ、あわ、あわわわわ……」

「言いたい気持ちはわかる。わかるぞ。俺も何度も思った。だからな、公式には俺はヴァイドと呼ばれているが、母や兄弟達からは、クロスと呼ばれている。俺は、ヴァイドであるが、クロスだ。お前もエルナルフィアでもあり、エルナでもある。同じ名を継ぐ必要はどこにもない」


 どうか、クロスと呼んでくれ、とヴァイド、いやクロスはエルナに伝えた。


「そして、俺たちが同じ関係である必要もない。お前が俺を飛ばすことができないというのなら、今度は俺がいつでも持ち上げてやろう!」


 呆気にとられて、それからエルナは泣き笑いのような気持ちになった。ヴァイドは、ゆっくりとエルナの中で、クロスという若い青年王へと変化していく。その変化は、決して不快なものではなく、どちらかと言えば心地良いものでもあった。


「うん……わかった。えっと、クロス」

「うむ。それではまず関係を変える第一歩から、俺の妻にならないか」

「早い。そしてよくわからない」

「大丈夫だ。ちゃんと理由はある。まずだ、エルナがエルナルフィアであるということは知られてしまった。そうすると、生まれ変わりである人間にも、一代限りではあるが、公爵家と変わりのない権利を与えられる」

「う、うん」


 ちょっといきなりすぎではあるが、派手なことをしてしまったしそのところは仕方がない。反乱軍だと勘違いしてしまったが、殺したくはなかったので鎧と剣を燃やして溶かした兵士達は、いやんと恥ずかしそうにしていたが、ちゃんと新しいものを買い与えられたときいてホッとした。そして一代限りの権力とは、それこそローラが求めたものでもある。エルナとしては、もちろんまったく興味はない。


「しかし、この特権だが、その父母や、兄弟にもある程度の融通を利かせることができるようになってしまっている。それは家族を重んじる竜の特性を鑑みて随分前の王が法律として定めたものだ。だから今すぐに俺が勝手に変更できるものではない」


 法律とは長く時間をかけて精査し、変えていくものだ。クロス一人の独断で変更してしまうのは、ただの独裁の始まりである。

 家族、という言葉を聞いてエルナは眉をひそめた。


「うむ、実際に血は繋がってはいない、と聞いてはいるが、養子とはいえ戸籍に名をつらねられているわけだからな……。カルツィード家の罪については、今はまだ協議会にかけられている最中だ。そしてたとえ罪人になったとしても、この制度に変わりはない。それは……お前の望むところではないだろう?」


 こくり、とエルナは頷く。

 必要以上の罰を受けてほしいと願っているわけではないが、もうかかわり合いになりたくはないと考えていることは事実だ。


「だからだ。俺の妻になれば、エルナに認められた公爵家としての籍は抜け、俺の籍に入ることになる。単純に、移動させるんだな。そうすれば男爵家とはもう繋がりを持たない。通常の貴族ならばそう単純なものではないが、まさかエルナルフィアの生まれ変わりと王が婚姻するなど想像もしていなかったんだろうな。法律に書かれていないということは、セーフということだ」

「そ、それは、いや、勝手に変更できないってさっき言ってたのに、それはちょっと」

「勝手に変えたんじゃない。穴をついただけだ。だからこれは問題ない」


 問題ないのはそこではなく、とエルナはくしゃくしゃになってしまう。一体どうなることやら、と周囲では妖精たちが固唾を呑んで見守っていた。ゆけゆけ、クロス! いやいやエルナ、まだまだパンチはかわせるぞ! とうぇいうぇい楽しんでいるが、見世物でもなんでもない。人生の一大事である。


「あの、私、こんな、見かけだし」

「こんな見かけ?」

「前みたいに、青くて、大きくもないし」

「それは先程伝えた。何も問題ない」

「髪だって、こんなくしゃくしゃで……」

「くしゃくしゃ?」


 言われると、恥ずかしくてうつむいてしまう。ローラにはよく言われた。醜い女から生まれた女は、やはり醜いのね! なんて。だからエルナは、自分は人としてはどうにも劣っているように感じてしまう。


「エルナは、美しいぞ?」


 だから、きょとりと告げられた言葉は何かの勘違いかと思ったし、理解したあとも冗談かそれとも励ましの言葉をくれているのかと思った。「うん。嫉妬にかられて、よりひどくいじめてしまうような、まあ、そんなところもあったんだろう」と自分で納得するように彼は呟いているが、言われなれない言葉に、とにかくエルナはそわそわした。飛べるならば、多分逃げた。


 クロスは、そんなエルナの頭に、ぽん、と手を乗せた。「きっと、母君もお美しい方だったのだろうな」と言ってくれた言葉がとにかく嬉しくって、じっくりと呑み込んだ。そして、うん、と小さく頷いた。「まあ俺はお前がどんな見かけでも問題ないが。とりあえず俺の妻になってはどうか」 そしてまた話題は戻ってきた。


「いや、それは、なんていうか、あまりにも、話が。あとそれ以外に方法はありそうだし!?」

「もちろんある。けれどもこれが一番早い」

「早すぎて困ってるんだよ!」


 がおう、と小さな竜は吠えている。えいやえいや、と精霊達はもりあがり、わいわいと楽しげな様子だ。


 ――このあと、エルナがどんな選択をしたのかと問われれば、いちいちここに記す必要はないことのようにも感じる。


 のちの未来で、そういえば、生まれ変わったときにまた出会うことができるようにと決めた約束事ってなんだっけ? とおそるおそると問いかけてみると、クロスは知らんと返答した。多分、見ればわかると思ったので、そのことを家臣に伝えたらいつの間にかいい感じに話が変わっていったんじゃないか? と彼は話した。なんだそりゃ、とエルナは笑った。


『幸せになれでごんす』


 そして、ふとしたときに聞こえる声があった。魔力を与えて人語を解すようになった精霊達の中で不思議ななまりを持つもの達はいつしか姿を消してしまったが、ほんの少し、エルナは考えた。妙ななまりは、随分遠い場所からやってきたのだなぁ、と思った、本当に、遠い、遠い場所からやってきたのかもしれない、と。

 ――例えば、真っ白な雲を突き抜け、そしてその青ささえも遠く、誰かの願いを受け入れた何かのような。


 だから今も、んちゅら、んちゅら、がんすでごんすと楽しそうに雲の上で踊っているのかもしれない。

 そう考えると楽しくなって、今はもう上ることができない空を見上げ、口の端を緩めた。


 エルナはいつしか、死ぬための友を探すことをやめた。

 だから。次に探すものは。


 楽しく、幸せに、生きるための仲間なのだろう。



【追記】


連載版はじめました。もしよければ、こちらもよろしくお願い致します。

【ウィズレイン王国物語 ~転生した竜の少女は花嫁となる~】

https://ncode.syosetu.com/n3098hy/


【追記2】

連載版の書籍化が決まりました。

もしよければよろしくお願いいたします。

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