2話 テラスにて黒猫は興味を知る
アリスはお留守番。
―雑誌記者のイザックは悩んでいた、とあるカフェで頭を抱えていたのだ、フルールについて良い記事を書きたいのだがどれもピンと来ない、フルールは何を感じていたのか、何を思っていたのか。
そもそも自分が書きたいのは一体なんなんだ?…と。長らくフルールを追っていたイザックだからこそフルールがわからなくなっていた、ただ単にフルールについて書くならいくらでもネタはある。
フルールの伝説、失踪、……数年前の事件。しかしイザックが書きたいのはそんな都市伝説じみたチープなものではなかったのだ。
「くそっ……」
苛立ちを隠せないイザックは乱暴に胸ポケットから煙草を取り出す。
一緒に入れていたライターで口にくわえた煙草に火をつけようとすると大きな咳払いと共に現れた店員に睨まれた。
「お客様」
「へ?」
イザックが振り向き店員のさす指を目で追うと「煙草は外のテラスで」と書いてあるポスターがでかでかと貼られていた。
やれやれ、最近のマナーでさえも俺の事を虐めるのか。とやや被害妄想を気取りながらはいはい、と適当に返事をして煙草をくわえながらテラスへと足を運ぶ。
そこには先客がおり、テラスの椅子に座り男が煙草を吸っていた、なんと絵になる事だろう、男は前髪を下ろしており顔は隠れてこそいたが見えなくても綺麗な顔立ちをしている事が容易にわかった、呆気に取られていると男が手に持っている雑誌が目に入る。
雑誌にはかつてのフルールの写真が表紙にされていた。
この男はフルールのファンか?と何気なく隣のテーブルの席に座り、雑誌を覗くとそれが自分の書いた記事だとわかった。
イザックは自分の記事が読まれているのを嬉しく思い、穏やかな笑みで小さく数回頷いたが次の男の行動で目と口をぱっかりと開く事になる。
なんとその男はその記事を写真だけ綺麗にハサミで切り取り捨ててしまったのだ。
「おいおい!何してくれてんだ!」
思わずイザックは声を張り上げて立ち上がる、男は訝しげにこちらを見ると写真をそっと何処からともなく取り出したファイルの中にしまい、煙草の紫煙を大きく吐きだした。
「なんですか?」
「なんですかじゃない!それは俺の書いた記事なんだよ!」
「これはこれは失礼しました」
詫びながら男は火のついた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。
「……まぁ、正直言って記事は最悪でした、ですが着眼点はいいと思いますよ」
「なに?」
「フルールは何を思っていたのか、という締めくくりでしたね」
カフェのテラスに少し強めの風が流れる、前に立つ男の前髪で隠れていた顔が風がなびいたおかげで今度は一瞬、はっきりと見えた。
それは本当にごくわずかな瞬間だったが、イザックは鋭い爪で引っ掻かれたような衝撃に猫のように目を丸くする。
「ノワール!?」
オスカルは昔の名前を呼ばれて懐かしむように目を細め人差し指を口元に当て静かにするようにイザックを促す
「はい、ですが今はオスカル、と呼ばれています…貴方の書く記事、手伝わせてもらえませんか」
イザックは何も言葉を発せぬまま口をぱくぱくと開いては閉じ、状況を飲み込めぬまま、何度も大きく首を縦に振った。