表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
7.ハンターとしての選択

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/34

3.


☆ ★ ☆



「本当に残るつもり?」


 夜霧の漂う裏庭で、黒を身に纏うヒースが静かに問う。


 神出鬼没な彼らしく、旅立ちの荷物は少ない。普段と同じ、ふらりとどこかへ出かけるような装いだが、それでも遠くに行くつもりなのだとノクスは理解する。


 灰色の瞳でノクスを見下ろし、彼は言い聞かせるように続ける。


「君はいずれ、後悔するだろう。人間とヴァンパイヤは一緒に生きられない。血を呑むという性質だけじゃない。身体能力も、怪我への耐性も、ひととヴァンパイヤはあまりに違うから。失う痛みも、恐さも。その身をもって、知ることになる」


 ――それは果たして、誰に向けた言葉だったのだろう。ヒースの瞳は、ノクスを見ているようで、見ていない。


薄い色素に浮かぶのは後悔か、寂寥か。初めて見る表情のヒースに、ノクスは一瞬呑まれそうになる。


けれども次の瞬間、彼の頭には、太陽に輝く少女の笑みが浮かんだ。


「おれは残るよ。そう決めたんだ」


 青い瞳でまっすぐ見上げれば、ヒースが微かに息を呑んだ。静かに続きを待つヒースに、ノクスは一歩踏み出して訴える。


「ステラがおれと、一緒にいたいと言ってくれた。おれも、それに応えたい。……ううん。おれが、ステラと一緒に生きていきたいんだ。それが、おれの出した答えだから」


 もしもノクスがそのとき鏡を見ていたら、自分が幼馴染そっくりの表情をしていることに気付いただろう。


 出来る出来ないじゃなくて、やる。叶えたい願いがあればこそ、すべてを懸けて全力で。


 そういう強さを、彼女からもらった。そういう願いを、胸に宿した。


 だからノクスは逃げない。この地に残り、足を踏みしめ生きていく。


 ヒースはしばらく何も答えなかった。呆れたような、憐れむような――その逆に、どこかうらやむような複雑な表情を浮かべて、じっとこちらを見下ろしている。


 やがて彼は、美しく整った顔をわずかに緩める。それから黒く艶やかな髪をなびかせて、くるりと背中を向けた。


「そこまで言うなら、好きにするといいよ。俺はもう行く。君が一緒に来ないなら、留まる理由もなくなったから」


「みんなに挨拶しなくていいの? エイベルおじさんも、ウォルフレッドさんも。ヒースがいなくなったら、寂しがると思うよ」


「いいんだよ。これくらい気軽に、別れるくらいで」


 夜霧に半分呑まれたまま、ヒースは少しだけこちらを振り返り、形の良い唇に人差し指を当てた。


「だってヴァンパイヤって、そういうものでしょ?」


 そうしてヒースは、ハーカー家から姿を消したのだった。




★ ☆   ★




 ハーカー家の本邸に戻るため、カントリーハウスを後にする。


 その日は、雲一つない秋晴れとなった。


「すまないね、リリア。僕がいない間、色々と面倒をかけてしまうと思うけれど。村のみんなを、僕らの家を、どうかよろしく頼んだよ」


 出発の日、ポールを見送るために村から駆けつけたリリアに、ポールは微笑みかけた。その眼差しも、言葉の節々からにじみ出る温かさも、やはり彼こそがまぎれもなく、11年間村を守り続けてきた村長なのだと、ステラに実感させる。


 そんな養父に、リリアも気丈に微笑んだ。


「任せてください。おじさまが安心して養生できるよう、私、頑張ります。だからきっと、きっとすぐに戻ってきてくださいね。私、ずっと待っていますから」


「頼りにしているよ。心から」


 柔らかく目を細めてから、ポールは不意に車椅子の上で困ったように頬を掻いた。


「しかし、失敗したな。大事な娘を取られるみたいで嫌で、リリアの旦那さん探しを本気でやってこなかったけれど。君をひとりにさせてしまうくらいなら、村のみんなが紹介してくれるお見合い話を、きちんと聞いておくべきだったな」


「おじさまっ」


 リリアが驚いたように目を見開く。それから、いつも柔和で穏やかな彼女らしくもなく、ぷくりと頬を膨らませて怒りだした。


「ほんとうに、おじさまってば私の気持ちも知らないで……」


「え、あれ? どうしたんだい、リリア?」


「そんなおじさまには、私からのお仕置きです」


 戸惑うポールと目線を合わせるように、リリアがしゃがみ込む。そして、ポールに逃げる隙を与えないまま、ちゅっと、その頬に口付けた。


「……っ!? り、リリア!?」


「これが、私の気持ちです」


 一拍遅れて、頬を押さえて狼狽し始めたポールに、リリアがにこりと微笑む。日焼けのない白い頬を赤くそめて、リリアは愛おしげに告げた。


「戻ってきたら、続きをしましょうね。愛してます、おじさま」


 ――ここまでの一連の流れを、少し離れた箇所から見守っていたステラは、感心して両手を握りしめた。


「なるほどぉ。一向に想いに気付いてくれない鈍い片想い相手には、ちょっと強引な手を使ってでも意識してもらうのが吉と。すっごく勉強になったわ!」


「いい子ですから、真似しようだなんて思わないでくださいね。ていうか、既にお嬢さまは色々と強引ですから、特に参考になる箇所はなかったのでは」


「なになに? 実はとっても意識しちゃってる? ドキドキしてる? いっそこのまま、結婚しちゃう?」


「しませんし、お嬢さまくらい大胆続きだともう慣れました」


「ひどい!」


 そんな風に軽口を叩きあっていたら、ポールが車椅子をころころさせながらこちらにやってきた。


「お待たせしました。いやはや、とんだところをお見せして……」


「いえ! むしろいいものを見させていただいて、ほっこりしましたとも!」


「随分と見せつけてくださいましたね。いや。別に羨ましいとは思っていませんが」


 思い思いに返答するステラとノクスに、ポールは居心地が悪そうに恐縮する。長い時を養父と娘という関係でいた分、リリア・ラプラントの想いが成就するには、まだ少し時間を要しそうだ。


 ある意味で初々しい関係ににまにましつつ、ステラはぱん!と両手を合わせた。


「お別れの挨拶も済んだなら、そろそろ出発しましょっか」


「そうですね。余裕のある旅程を組んでいますが、途中でトラブルが起きないとは限りません。それでは俺は、ウォルフレッドさんたちにも声を掛けて……」


「あ、待ってください!」


 踵を返しかけたノクスを、ポールが引き留める。目を瞬かせて振りかえった彼に、ポールは「思い出したことがあるんです」と告げた。


「ノクスくんの屋敷を襲ったかもしれないヴァンパイヤ――〝始まりのイヴ〟については、前に話をしたね。僕に血を分けたヴァンパイヤは、イヴが立ち上げた、ヴァンパイヤだけが住む村から来たと話していた」


 ポールの言葉に、ノクスの表情が強張る。心配になったステラはとっさにノクスに手を伸ばしかけたが、ノクスは前のめりにポールに詰め寄った。


「それで? その村はどこにあるんですか?」


「場所は残念ながら……。だけど彼は、その場所を『楽園』と呼んでいた。なんでも、その村は一年中深い霧に覆われた森の奥にあって、普通の人間は立ち入ることも出来ないらしい。始まりのイヴは、その森にヴァンパイヤの楽園を作ったのだと」


 ステラは想像した。


 人間が誰も寄り付かない、深い深い霧の満ちる、暗い森の奥。そこにひっそりと、小さな村がある。その村の住人は誰も老いず、誰も死なず。静かに密やかに、永遠の時を生きている。


「〝はじまりのイヴ〟は、その名の通り、このあたりのヴァンパイヤの始祖だ。誰に血を与えられるでもなく、誰に血を奪われるでもなく、自らの力でヴァンパイヤに生まれ変わった者。……その彼女について、私に血を分けたヴァンパイヤが、こんなことを言っていたんです」


 曰く、〝始まりのイヴ〟はその身をヴァンパイヤとして生まれ変わらせた時、神からヴァンパイヤのすべての啓示を受けた。彼女はヴァンパイヤの始祖であると同時に、叡智を司る知識の女神。ヴァンパイヤの生と死、その終わりに至るまで、すべてを知る者だと。


「すべてを、知る?」


「それって、まさか……!」


「ええ、そうです」


 目を丸くして身を乗り出したステラに、ポールは大きく頷く。そして、やや興奮気味に、続きを待つステラたちにこう告げた。


「ステラさんが探す、すべてのヴァンパイヤを人間に戻す方法。〝始まりのイヴ〟なら、その術をも知っているかもしれません」


 ステラは、爽やかな風が心の中を駆け抜けて、目の前に広がっていた雲が晴れていくような心地がした。


 ――ずっとずっと、心の奥底、胸の中の1番大切な場所で信じてきた。


 ヴァンパイヤを人間に戻す方法はどこかにある。ノクスの悲しみや苦しみを少しでも軽くする術は、きっと存在すると。


 たとえ周りが無理だと言ったって、本当はノクスもとうの昔に諦めていたって。自分(ステラ)だけは諦めない、絶望しない。皆の瞳に諦めが宿るほど、自分だけは信じて胸に火を灯そうと、そう心に決めてきた。


 その想いに、ついに道筋が応えてくれた。


「すごいわ、ノクス!! やっと、私たちの願いが……」


 興奮に頬を紅潮させて、ステラはノクスを振り返る。けれども、その声は途切れた。


 背高のノクスに、強く抱きしめられたからだ。


「の、ノクス?」


 ぎゅうと。効果音がつきそうなほど強く腕を回され、ステラはドギマギと幼馴染の様子を伺う。大好きなノクスに抱きしめられるのは大歓迎だが、こんな風に有無を言わさず抱き寄せられるのは初めてだ。


 もしかしてこのノクスは、自分が生み出した都合の良い妄想、もしくは夢の中だろうか。そんな風にステラが自分を疑い出した頃、消え入りそうな声でノクスが呟いた。


「いいのかな」


「へ?」


「俺は半分ヴァンパイヤで、完全に人間じゃなくなるまで、あと少ししかなくて。ヴァンパイヤが人間に戻った前例なんかないし、"始まりのイヴ"が本当に答えなのかもわからない。……それでも、信じていいのかな。まだ夢を見ても、――君を、ステラを好きでいても、いいのかな」


 ステラは目を見開いた。


 それから軽く笑って、ノクスの背中に手を回した。


 ――人間でもヴァンパイヤでも、ノクスはノクスだよ。そう言ってしまうことは簡単だけど、きっとその答えは逃げだ。ノクスの本当の痛みから身を逸らした、優しい欺瞞。


 だからステラは前を向く。空気も読まずに。不可能だと、いつまでも夢を見るなと緩やかに諭してくる諦観を、毅然と無視をし。目には希望の光を宿して堂々と。


「当たり前でしょ?」


 身体は大きくなったのに、心はいつまでも、ひとりぼっちになってしまったあの時のまま。そんな幼馴染を丸ごと受け止めるように、ステラは笑う。





「だって私、ノクスを大好きなんだもの!」









 これは、ひとりの少女が夢を叶える物語。


 そして、ひとりの少年が救われるまでの物語である。




第一部完!お付き合いありがとうございました!

第二部でいつか戻ってきます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ