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吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
7.ハンターとしての選択

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2.


 11年間、獣の血だけで飢えを凌いできた。


 ――ノクスは、先ほど偶然にもポールの核から流れ込んできた、この11年の記憶を頭に思い浮かべる。


 その中には、飢えに苦しむポールの姿もまぎれもなく映っていた。


「11年間!? まさか、そんな。本当だとしたら、正気の沙汰じゃないよ……」


 信じられない化け物を見るような目で、ロアンがつぶらな瞳をポールに向ける。


 けれども、まさかと思えるそれこそが真実だ。それこそ、これまでリスター村近辺で吸血騒ぎが起きなかった理由であり、「大けがの後遺症のため」と大義名分を付けて、普段は車椅子に頼って生活をしていたゆえんなのだ。


「ポールさんがそこまでしたのは、リスター村という小さな村にとどまり、リリアさんを傍で見守るため。小さな村であればこそ、ちょっとした不安でさえも、すぐに大きな問題に発展する。今回の、旅人が首に青あざをつけて発見された事件みたいにね」


「……あの時は、とても焦りましたよ」


 ポールは苦笑を添えて、軽く肩を竦めた。


「ヴァンパイヤのVも感じさせないほど、11年間注意してきました。なのに一瞬で、村人たちの間に、ヴァンパイヤという存在が認識されてしまったのですから」


 話を戻そう。


 不幸にも大けがを負い瀕死の状態に陥ったジェフリーに、ポールは自分の血を分け与えた。事情は後で説明するとして、取り急ぎ彼を同族にし、命を救おうとしたのだ。


 けれども、ここで問題が生じた。ヴァンパイヤとして目覚めた直後は、ひどく喉が渇く。そこに自分が居合わせられたらいいが、万が一にも別の人間を襲ってしまったら面倒だ。そうした懸念から、彼はジェフリーを屋敷に連れて帰るのを断念した。


 人間からヴァンパイヤに変貌するには個体差があるが、通常丸1日から2日ほどだ。その間さえ誤魔化してしまえば、あとは目が覚めたジェフリーを説得し、村へと連れ帰ることが出来る。


 だからポールは、本物のジェフリーを岩陰に隠してこの場を去り、自らはジェフリーに変身して一度屋敷に戻った。そして、ジェフリーが過去に金銭トラブルをいくつも起こしていることを利用して誘拐事件をでっち上げ、数日間の彼の不在を誤魔化そうとした。


「ですが、私は読みが甘かったことを思い知らされました。……翌日、まだ皆が寝静まる早朝にこの場所に戻った時、すでにジェフリーの姿はありませんでした。ほどなくして、森の中で旅人が襲われ始めたのです」


 11年間を人間の血を摂取してこなかったせいで、ポールの血はすっかり弱まっていた。そのせいで、ジェフリーはヴァンパイヤとして成熟する前に目を覚まし、理性を失ったグールとして森を彷徨い始めてしまった。


 ポールは焦った。青あざを首筋に残し昏倒していた旅人の話を聞いた時、彼にはすぐに、それがヴァンパイヤによる吸血痕であるとわかった。姿を消したジェフリーが、人々を襲っている。すぐに彼は、答えにたどり着いたのである。


「ですが、ひさしぶりに激しく動き回り、加えてジェフリーに血まで分け与えてしまった私は、ひどく衰弱してしまいました。なんとか回復し動けるようになったのは、本当につい最近――お二人が、あのカントリーハウスに到着した日だったのです」


 ポールは急ぎ、ジェフリーの行方を追った。屋敷に届いた招待状により、ハーカー家が夜にパーティを開くのは知っていた。


ヴァンパイヤは暗がりを好むし、グールは人がたくさん集まる場所に引き寄せられる。だから敢えてパーティには出席せず、そこに本能的に吸い寄せられてしまうであろうジェフリーを捕えるつもりで、近くに身を潜めていたのだ。


「だけど、ジェフリーさんは私とノクスがあの世に送ってしまった」


「……ええ。異変に気付いた私が駆けつけた時には、すでにジェフリーは散ってしまった後でした。ステラさん。あなたのその、白い弾丸によって」


 ポールの視線が、腰に付けたホルスターに納められた小型拳銃に向かう。


 やはりだ。やはり彼は、ステラたちがハンターであるとわかったうえで、あの屋敷に二人を招き入れたのだ。


「正直、どうしたものかと頭を悩ませました。ハンターであるお二人が、ジェフリーをヴァンパイヤ化させた者を探しているのはすぐに察しがつきました。ですが私は、お二人を前にしてなお、この村を離れたくはなかった」


 これまでの彼なら、少しでも身に危険を感じたら、すぐにその町を後にしていた。けれども今回ばかりは、諦めることが出来なかった。


 その理由は、間違いなくリリアの存在だ。


「けれども、ステラさんが庭にリリアを連れ出したのを見て――あなた方が、リリアを疑っているのだと気づいた時、私はようやく目が覚めました。私が正体を明かさない限り、この悪夢は終わらない。最悪、私以外の誰かがヴァンパイヤとして始末されてしまうかもしれないと、愚かにも初めて気が付いたのです」


 そこに関しては、もう少し信用して欲しかったと、ステラは唇を尖らせるしかない。ヴァンパイヤにとってハンターが恐ろしい存在であるのは仕方がないが、無実のひとを始末するかもしれないというのは心外だ。


仮に聖白魔術を発動させても、確証が得られるまでは急所は狙わない。それが、ハンターのポリシーである。


「だからあの時、わざと魅了の技を使って、屋敷の中に我々を呼び寄せたのですね」


「取り急ぎ、あの瞬間に屋敷の中でヴァンパイヤの気配がすれば、リリアの疑いは晴れますからね。……ですが、そんな小技がいつまでも通じるわけがない。だから私は、せめて自分の望む形で――リリアにすべてを隠したまま、11年を終わらせようとしたのです」


 自分の正体を隠したまま――偽りの11年間をリリアに悟らせないまま、村から離れた場所で静かに砂となり消える。それが、ポールが選んだ幕引きだった。


 しかし、彼の企みは砕かれた。ほかでもない、リリア本人をこの場に連れてくることで、悲しい結末を変えさせた。


 だというのに、いや、だからこそというべきか。ポールの目は、これまで以上に穏やかで澄んでいる。すべてをさらけ出したうえで、リリアは彼を「おじさま」と、彼女の唯一の家族として呼んでくれた。今の彼に、もはや未練は何もないだろう。


 けれども。だとしたら、なおさら。


「ポールさん。あなたに沙汰を下します」


 凛と声を張れば、ポールの表情が僅かに緊張し、リリアが祈るように両手を合わせた。


 ステラは腰に下げたホルスターに手を伸ばし――ぽん、と。革ベルトを軽快に、一度だけ叩いた。


「あなたに、今度も『ポール・ラプラント』としてリスター村を治めることを望みます。ただし、しばらくハーカー家の屋敷に滞在し、11年間でボロボロになった体をすっかり回復させたあとで」


「……はい?」


「え??」


 ぽかんと、ポール、そしてリリアが目を丸くする。けれどもノクスは「妥当な判断ですね」と頷いた。


「大体、無理がありすぎるのです。ものすごい精神力と根性は認めますが、獣の血だけで飢えを凌ぐにも限度があります。そのうち、あなた自身が理性を失ったグールへと落ちてしまったかもしれませんよ」


「それは、まあ、そうなのですが……。つまり、私を処分しないと? それどころか、いずれ村に戻ってよいと、お二人はそうおっしゃるのですか……?」


「はい、言いました。だって私たちは、ヴァンパイヤと人間の共存を目指す、新しい時代のヴァンパイヤハンターだから」


 えへんと胸を張ると、ポールは優しげな目元を大きく見開いた。


 ……そうだ。ウォルフレッドしかり、ジルやロアン、もちろんノクスもしかり。ハーカー家ではすでに、ヴァンパイヤと人間の共存が実現している。


 ヴァンパイヤは悪で、人間を襲う恐ろしい存在。だから問答無用で処分する。そんな狩の在り方は前時代すぎる。


 だって、ステラはちゃんと知っている。彼らが、人間とヴァンパイヤの欲望のハザマで葛藤していることも。それを胸の奥底に圧しとどめて、人として誠実に、理性的に生きようと努力していることも。


「私はハンターとして、ヴァンパイヤの人たちも救いたいと思っている。ううん。それだけじゃない。いずれ、すべてのヴァンパイヤを人間に戻し、血の欲望から解放するために、私はハンターになったの」


「ヴァンパイヤを、人間に戻す……? そんことが……?」


「出来る出来ないじゃない。やるんです」


 唖然とするポールに、ステラは爛々と目を煌めせて告げる。その横顔はあまりにまっすぐで、気高い。その眩しさに、ノクスも思わず口元が緩んでしまう。


 ポールに手を差し出し、ステラは力強く微笑んだ。


「リスター村に留まり、ひととして、家族としてリリアさんを見守りたい。そんな願いを抱く、あなたみたいなヴァンパイヤは大歓迎! だからハンターとして、あなたの願いを叶えるお手伝いをさせてください!」


 ――ステラの傍を離れなくてよかったと。ノクスは心から、そう思う。


 ヴァンパイヤを人間に戻す。その願いは強欲だ。冷静に考えればかなわないとわかる。わかってしまう。


 けれども、ステラが心から信じているから、こちらまで一緒に夢を見てしまう。人とヴァンパイヤは一緒に生きていけると。望む未来に向けて、手を取り合って生きていけるのだと、希望の火を胸に宿してしまう。


 何より、そうやって出会う人々を夢と希望で明るく照らしてしまう彼女を、すぐそばで見守っていたい。彼女を支え、共に暗い世界に光を灯していきたいと。


 そんな想いを、すべてを失ったはずの自分に抱かせてくれるのだから。


「あなたは何のため、11年間を耐えたのですか。何を守るため、その命を散らそうとしたのですか」


 いまだ戸惑っているポールに、ノクスは語り掛ける。


 そうしてノクスは、16歳の青年らしい等身大の笑みを浮かべた。


「その理由を思い出せば、何一つ悩むことはないのでは?」


「おじさま?」


 ノクスに同意するように、リリアがそっとポールの背に触れる。本当にいいのかと。こんな自分を、変わらず傍に置いてくれるのかと。そう迷うポールに、リリアは愛おしげに、最大限の愛情をこめて頷いた。


 一瞬だけ泣きそうに唇を引き結んでから、ポールは空を見上げる。何度か瞬きをしてから、彼は改めてステラに向き直る。


 そして、まっすぐに手を差し出すステラの手を、そっと握りしめた。


「お願いします、ステラさん。あなたの力を、お借りさせてください」




 ――こうして、リスター村で起きたヴァンパイヤ事件は、すべて終結したのだった。



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