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吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
6.君は、いつまでも幸せに

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1.



(ステラ、何を考えているんだ?)


 黒竜が飛び去って行った方角を眺めて、ノクスは顔をしかめた。


 間違っていなければ、ふたりが飛んで行った方向にはリスター村がある。さらにその先には、ハーカー家のカントリーハウスがあるはずだ。


 もしや応援に、ウォルフレッドやジルを呼びに行ったのだろうか。いや。たしかに『ポール』は手ごわそうな相手だが、すでに3対1と数は優位だった。わざわざふたりを呼びにいく理由がない。


 では、リスター村に向かったのだろうか? けれどもヴァンパイヤハンターの掟には、ヴァンパイヤの存在を知らない一般のひとびとは、できうる限り事件に巻き込まないというものがある。


 だいたい誰かを呼んできたところで、ヴァンパイヤの性質に詳しくもなく、聖白魔術を使えない人間が増えたところで、足手まといにしかならないというのに……。


 そこまで考えたところで、ひゅんと何かが風を引き裂く音がした。


 我に返ったノクスがとっさに青の荊棘で防御すると、激しい音を立てて『ポール』の硬質化させた腕がぶつかる。奇襲に失敗した『ポール』は肩を竦めると、ひらりと飛び退ってこちらと距離を取った。


「ステラさんは後回しだ。まずはノクス君、君から始末させてもらうよ」


(ステラさん、ね)


 どこかへ行ってしまったステラへの疑念を頭から追い出し、ノクスは改めて目の前の相手に向き直った。


 11年間染みついた性は抜けないのだろう。彼はいまだにポール・ラプラントの姿を取り、リスター村の村長だった頃の柔らかな雰囲気がどこか拭いきれない。


 それとも、あるいは。


 僅かに頭の片隅に浮かんだ考えを、ノクスは首を振って打ち払った。


 11年もの歳月どんなにうまく人間に擬態していようが、正体がバレた途端、邪魔になった人間を吸血して殺してしまうような相手だ。同様の被害者を今後出さないためにも、このヴァンパイヤはここで倒さなくてはならない。


 新たな荊棘を地面から呼び起こしながら、ノクスは不敵に微笑んだ。


「あまり俺を舐めないでください。始末されるのはあなたのほうだ。たしかに身体は半分ヴァンパイヤになりましたが、俺もハンターの端くれですからね!」


 鈴百合の咲く草原で、二人は再びぶつかり合う。


 さすがは長く生きるヴァンパイヤといったところだろう。『ポール』の鮮血魔術の精度は高く、ノクスが攻撃したところを確実に硬質化させて防いでくる。だから手数の量ではこちらが圧倒しているはずなのに、なかなか決め切ることができない。


(だけど、俺だって負けていない!)


 荊棘を鞭のように振るいながら、ノクス自身も中に飛び込んでいく。


 ステラが何を考えているのかはわからないが、逃げ出したわけじゃないことは確かだ。つまり『ポール』の相手は、自分にまかせるということ。だとしたら、ここは期待に応えずして何がバディだ。


「っ!」


 しなやかな蔦の先端が『ポール』の頬を捕え、そこから赤い鮮血を飛び散らせる。痛みに顔をしかめながら、『ポール』は忌々しそうに血を拭った。


「その体。ヴァンパイヤと人間が混じり合ったってところかな。時期といい、その体といい。ハンターとして名高かったウォルゲーツ夫妻がヴァンパイヤに殺されたというのは、どうやら本当だったんだね」


「俺の両親の事件を知っているんですか?」


 反応してしまったノクスに、『ポール』は憐れむような目を向けた。


「当然。あの夜のことは、僕たちヴァンパイヤの間でもちょっとした騒ぎでしたからね。あのブラム・ウェルゲーツとミア・ウェルゲーツがヴァンパイヤにやられるなんて半信半疑だったけれど……。彼女――〝始まりのイヴ〟が屋敷を襲ったという噂も、あながち間違ってはいなそうだね」


 ノクスは目を見開いた。


 10年前に屋敷を襲った、白い悪魔のことが瞼の裏に蘇る。すさまじい嵐の中、脳裏に焼き付いているのは朧げな白いシルエットだけ。あれから色々と調べたのに掴めなかった手がかりが、こんなところで見つかるなんて。


 思わずノクスは『ポール』に詰め寄ると、その胸倉を掴んだ。


「知っていることをすべて吐きなさい! 〝始まりのイヴ〟とは誰ですか。なぜ白い悪魔は、俺の屋敷を襲ったのですか!」


「残念ながら、その問いは私には答えられない。なにせ彼女とは面識がないし、かつてチラリとその噂を耳にしたことがあるくらいだからね」


 ノクスの手を払い、『ポール』はすげなく首を振る。けれども、その瞳に浮かぶのは相変わらずほんの少しの同情の色で、ただただ静かにこちらを見つめていた。


「しかし、君も気の毒なものだね。そんな身体になっても、まだ彼女の傍にいるなんて」


「……は?」


「その身体のせいで、ステラさんと結婚できなくなったんだろう。それで、従者の真似事なんかしている。――所詮、僕らはヴァンパイヤだ。普通の人間とは暮らせない。だというのに、まだ未練がましく彼女の傍に留まっている。可哀想だね、君も彼女も」


 その言葉はノクスの胸の底に、静かで激しい怒りの炎を立ち上らせた。


「……勝手なことを言うな」


 低く呟けば、『ポール』が首を傾げた。けれども次の瞬間、すさまじい勢いで地面から飛び出した青の荊棘に圧されて、防御の姿勢を取りつつも大きく後ろに下がった。


 目を丸くする『ポール』に片手を突き出し、ノクスは蒼い目を光らせた。


「俺は、俺の意志でステラの傍にいる。馬鹿だと笑うなら構わない。だけど何も知らないくせに、あんたの価値基準で勝手に憐れむな!!」




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