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吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
3.リリア・ラプラントという可能性

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5.


 ステラたちは居間へと場所を移した。


 大きな窓向こうには夜の庭が見え、濃紺の空には煌々と月が輝いている。


 事件のあった日も、月が綺麗な夜だったと。


 空を眺めて、リリアは小さく呟いた。


「これは、おじさまが私に初めてくれたものなんです」


 口火を切ったのも、やはりリリアだ。彼女はローテーブルの上に鈴百合のしおりを置き、そう切り出した。


「私がこの家に来たのは11年前。父が再婚をして、継母や義妹たちと上手く行かなかった私を、遠縁のおじさまが引き取ってくれたんです」


 所用があってリリアの家を訪ねていた若き日のポールは、こう言ったんだそうだ。


 自分はまだ妻もなく、子もいない。家の中が寂しくて仕方ないから、よかったらうちの子にならないかと。


「最初は私も、全然おじさまに心をひらけなかった。自分でついて行くと決めたくせに、父に捨てられたのが悲しくて、寂しくて。部屋に閉じこもって泣いてばかりいました」


 そんな時だった。


 ポール・ラプラントが、森で大怪我を負ったのは。


「屋敷に運びこまれたおじさまを見て、目の前が真っ暗になる心地がしました。よくないところを骨折してしまって、これからは自力で歩くのが難しいだろう。お医者さまの言葉が、怖くてたまらなかった。勝手ですよね。さんざん心を閉ざし、おじさまの優しさを拒絶してきたのに」


 だが、動揺するリリアにも、ポールは優しかった。


 自分の方がよほど辛くて苦しいだろうに、髪を撫で、なだめ、こう言った。


〝鈴百合の花言葉は、『幸せの再来』。これは、君のための花だよ〟


 そう言って、彼はリリアに鈴百合の花をくれた。


 その花が、いまここにある押し花だ。


「その日は、私の誕生日でした。父が再婚して以来、誕生日を祝われたことなんかなかったから、私自身すっかり忘れていたのに。そんな私を元気づけるために、おじさまは鈴百合を摘みに行き、怪我を負ったんです」


「そう、だったんですか」


 言葉につまり、ステラはどうにかそれだけを絞り出した。複雑な表情を浮かべるステラに、リリアは一筋の涙をこぼしつつも気丈に微笑んだ。


「おじさまの心に、私にくれた優しさに応えたい。その一心で、しばらく寝込んだおじさまの看病をしました。……子どもに出来ることなんて、食事を運んだり、ベッドの横に座っておじさまとお話しをすることだけでしたけど」


 それでも、ポールは彼女を喜んで迎えてくれた。


 一緒に本を読んだり、読み書きを教わったり。料理長に手伝ってもらって作ったヘタクソなクッキーを、一緒にぽそぽそカケラをこぼしながら笑って食べたり。


 それは、彼女がとうの昔に失ったはずの、温かな時間。


 涙が出るほど幸せな、当たり前の日々。


 リリアが閉じこもる暇はなくなり、悲しい記憶は遠くに追いやられた。そのかわり彼女の中には、新しい家族との優しくて大切な思い出が満ちた。


 彼女は、本当の意味でリリア・ラプラントとなった。


「おじさまが私に、笑顔を取り戻させてくれた。そんなおじさまを、私は世界で一番愛しています」


 祈るように両手を胸の前で合わせ、リリアは目を閉じた。


 次に瞼が開いたとき、その瞳は深い憂いに染まっていた。


「同時に、私はジェフリー叔父様を心のどこかで許せずにいました。おじさまが怪我をした時、一緒にいたのがジェフリー叔父様だったから」


「!」


 膝の上に置いたステラの手に、自然と力がこもった。


〝家政婦のターニャさんの業務日誌に書いてありました。11年前、ポールさんがリリアさんを引き取ってすぐの頃にも一度、ジェフリー氏は村に戻っています〟


 ノクスから聞いたことが脳裏に蘇る。その事実があったからこそ、ステラたちはリリアがジェフリーを恨んでいるかもしれないと考えたのだ。


「……実は、少し小耳に挟んでしまいました。11年前にも、一時的にジェフリーさんがリスター村に滞在していた時期があったと」


「今にして思えば、ジェフリー叔父様は焦って、様子を見に来たのだと思います。独身のおじさまの遺産は、いずれジェフリー叔父様のものになるはずだった。なのに、おじさまは養女として迎えてしまった。このままでは、自分の取り分を不当に小娘にとられてしまうと」


 幼いリリアは、叔父がポールの機嫌を取ろうと、後を追いかけまわしているのを何度か目撃したという。当時はよくわからなかったけど、叔父から滲む媚びへつらうような色は、なんとなく好きになれなかった。


 ポールが森に入ったとき、ジェフリーがそれに付き合ったのも、そういうご機嫌伺いのひとつだったのだろう。


「――そして、おじさまは崖から落ちて大けがを負い、ジェフリー叔父様はひとりで村に戻ってきた。それが、私には許せなかったのです」


 ジェフリーは「兄が滑って崖から落ちた」と主張したし、ポールもそれを否定しなかった。ひとりで村に戻ってきたのも、動けなくなった兄を運ぶ助けを呼ぶためだったという言葉も、大人たちはすんなり受け入れた。


 それでも、リリアは頭の片隅で疑ってしまう。


 ポールが崖から落ちたのは、本当に事故だったのだろうかと。命に別状はないとの医師の言葉に皆が安堵の涙を流すなか、ジェフリーがひとり浮かない顔をしていたのは、兄の告発を恐れたからではないのか。


「ですからジェフリー叔父様が誘拐されたときも、私の心は不思議と凪いでいました。その後に森で続いた事件は恐ろしく感じましたけど、本当にそれだけだったんです。……ステラ様にはきっと、そんな私のあさましさを見抜かれてしまったのですね」


 ですが、これからは違いますと。


 縋るように見つめるリリアの手は、よく見ると少しだけ震えていた。


「リリア様。あなた方はきっと、私には見えないモノを見据えているのですね。それはとても恐ろしく、強大で。だからあなた方は皆を巻き込まないように、存在を隠している」


「……ノーコメントで」


 ただ一言「違う」と言えばいいのに、誤魔化しきれずにステラは目を逸らした。ここで逃げてしまえば、彼女に失礼だと思ったのだ。


 それを敏感に感じ取ってか、リリアは身を乗り出した。


「私の願いはひとつだけ。おじさまを守ってください。おじさままで連れていかれてしまわないよう、()()から救ってください。――私はどうなってもいい。出来ることは何でもやります。だからどうか、どうかおじさまを、奪わせないで」


 涙混じりの訴えに、ステラは何と答えるべきか途方にくれたのだった。



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