表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
3.リリア・ラプラントという可能性

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/34

4.


 ポール・ラプラントの容態は、ほどなくして落ち着いた。


 血を抜かれただけあって辛そうではあったけど、チョコレートと温かな紅茶が気を落ち着けたのだろう。ベッドに積まれた枕に身を預ける彼は、困ったように微笑んだ。


「お騒がせしました、ステラ様、ノクス様。リリアも。心配をかけてすまなかったね」


「とんでもありません。ポールさんが無事でよかったですよ。ね、リリアさん?」


「ええ、ええ。本当に、びっくりしたのだから」


 ベッド横の椅子に座り、リリアは再び目に涙を滲ませる。手を伸ばしてその涙を拭い、微笑むポールの瞳は温かい。


 仲睦まじいふたりの姿を、ステラはじっと見つめていた。


 車椅子で移動しやすいようにか、ポールの寝室は一階、書斎のすぐ隣にあった。


 彼が襲われた書斎には、こっそりロアンを残してきた。今頃ロアンが、ハリネズミの小さなボディと得意の嗅覚を生かし、何か手がかりがないか調べているはずだ。


(こちらはこちらで、できることをしなくちゃね)


 ステラはひとり小さく頷く。ちょうどよく、ノクスも僅かに身を乗り出した。


「落ち着いたところでさっそく申し訳ありません。ポールさん。先ほど書斎で何があったのか、可能な限り教えていただねますか」


「え、ええ。ですが。正直なところ、僕自身がよくわかっていないんです」


 弱りきったように、ポールが首に手をやる。そこには清潔な白い布が当てられ、包帯で固定されている。噛まれた傷痕を、念のため消毒して手当てしたのだ。


「僕はひとりで、読み物をしていたんです。けれども気がついたら皆さんがいて、気分が悪くなっていて……」


「私たちが到着するまでに、誰かが部屋にきませんでしたか?」


「書斎に入ってすぐ、ターニャが来ました。僕が砂糖菓子を頼んでいたから。けど、彼女はすぐに退出して、それからはひとりで……待てよ」


「何か思い出せたのですか?」


 ハッとしたように考え込んだポールに、思わずステラは身を乗り出す。すると彼は、気圧されたように瞬きした。


「い、いえ。そこまでのことでは……。ただ、書斎の扉が開いた気がするんです。それで後ろを振り向いて……だめだ。そのあとはもう覚えていません」


 ポールが申し訳なさそうに首を振るが、無理もない。ヴァンパイヤの魅了の効果とは、そういうものだ。ヴァンパイヤに襲われる前後の記憶が曖昧になり、当然彼らのことはカケラと思い出せない。


 それこそ、ヴァンパイヤが伝説の中だけの存在だと、いまだに思われている理由だ。


 キリがいいと判断したのだろう。ノクスが立ち上がった。


「お話しいただきありがとうございます。今夜はもう休んでください。――お嬢さま。俺は、」


「うん、お願い。気をつけてね」


 皆まで言わせず答えると、ノクスは軽く微笑んだ。それから、踵を返して足早に部屋を出ていく。


 その背中を、ポールが心配そうに見つめていた。


「ステラ様、ノクス様はどこへ?」


「念のため、屋敷のまわりをぐるっと見てくるだけですよ。ほら。ポールさんを襲った誰かが、まだその辺に隠れているかもしれませんし」


「そうですか……」


 憂いを帯びた表示で、ポールが目を伏せる。やがて彼は、消え入りそうな声でぽつりと呟いた。


「ヴァンパイヤ探し、ですか」


 その一言に、ステラ、そしてリリアも息を呑んだ。


 慌てて問い返そうとするが、ポールは急速に襲った睡魔に抗えないようであった。


「申し訳ありません、ステラ様。……つづきは、また……明日に……」


 なんのかんので疲れていたのだろう。夢に吸い込まれるように、ポールはそのまま穏やかな寝息を立てた。


 だからステラたちも、彼の寝室を後にすることにした。


 ぱたりと戸が閉まると同時に、いまだ心配げに扉を見つめるリリアに、ステラは詫びた。


「リリアさん。先ほどは、不躾にごめんなさい」


「いえ。あれも、ジェフリー叔父様の事件の真相を追うためですものね」


 眉を八の字にして、リリアが首を振る。


 捜査のためどころか彼女を犯人として疑っていたのだが、そこには触れないでおく。おそらくリリアもそれを分かった上で、不問にしてくれたのだ。


 かわりに彼女は、何か考え込むように窓に目を向けた。


 ――どこか儚げな横顔を見て、思う。


 もしも彼女が無関係なら。彼女がただの人間で。幸いにもヴァンパイヤと関わりのない、平凡にして幸せな日々を暮らしてきたのなら。


 突如、得体の知れない『異物』が世界に紛れて、不可思議な影が伸びてきて。どんなにか不安で、心細いことだろう。


 けれどもリリアは、これまであまり不安の色を見せてこなかった。


 それはきっと、ポール・ラプラントのおかげであり、同時に彼のためだろう。


「――ステラ様、まだ眠くはありませんか?」


 まさに声をかけようとした、その時。リリアから問われ、ステラは瞬きをする。


 驚くステラに、リリアは鈴百合のしおりを差し出す。


 きゅっと胸の前で手を握りながら、リリアは覚悟を決めたようにこちらを見つめていた。


「少し、お時間をいただきたいんです」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ