2.
リリア・ラプラントがヴァンパイヤかもしれない。
その疑惑を確かめるべく、ステラは夕食後、リリアに夜の散歩を持ちかけた。
散歩といっても、怪しまれないように夜の庭をぐるりと巡るだけだ。
幸いラプラント家の屋敷の庭は広く、小さな小川やミニ菜園などもあり、散策に向いている。屋敷からもそこそこ距離を取れるため、会話を聞かれる心配もない。
なにより、万が一リリアが黒で、ここで戦闘になったとしても、屋敷のひとびとを巻き込まずに済むのだ。
「懐かしいです」
夜風に髪を揺らしながら、リリアが空を見上げた。
「昔、ステラ様が屋敷に遊びにきてくださった時も、こうしてお庭をご案内しました」
「そうでしたっけ?」
「あの時はたしか夕暮れで、オレンジの斜光が物悲しかったのかステラ様が泣き出し、つられて私も泣いてしまって……」
「ああ……」
そこはかとなく思い出したステラは、バツが悪くなって首をすくめる。
そんなステラに、リリアはくすくすと笑った。
「あの頃は私も幼くて、ステラ様の不安を受け止められなくてすみません。ですが、年月を経るのはよいものですね」
リリアがくるりと振り返り、栗色の髪が夜闇に舞う。ふわりと広がるそれを抑えて、彼女はにこりと笑みを浮かべた。
「ほら。今では私たち、こんな綺麗な星空の下も堂々と歩けるようになってしまいました」
満天の空の下、微笑む彼女は知らない。
木立の影に、リスに変身したロアンがいることを。
屋根の影、一層濃くなった暗闇の中に、いつでも飛び出せるようにノクスが控えていることを。
(リリアさん……)
ステラは覚悟を固めた。
鬼が出るか蛇が出るか。蓋を開けない限り、答えは出ない。
少なくとも自分がここにきたのは、真実の蓋を開けるためだ。
「このしおり。リリアさんのものですか?」
日中にロアンが持ってきた押し花のしおりを、ステラは差し出す。
白い鈴百合が押されたそれを見た途端、リリアは目を見開いた。
「これは! どうしてステラ様が?」
敢えてすぐには答えず、ステラは経過を見守る。
リリアも、ステラの答えを大人しく待っている余裕はないらしい。震える手でしおりを受け取ると、涙さえ滲ませて胸に抱いた。
「ああ、ああ! もう見つからないかと、諦めかけていたんです。本当に良かった……!」
「これがどこで見つかったか、想像が付きますか?」
「え?」
リリアの瞳に、初めて戸惑いの色が浮かぶ。
それを逃さないように、ステラは一歩踏み出した。
「これを持っていたのは、ジェフリーさんです」
「それって、ジェフリー叔父様が見つかったということですか!?」
「答えてください。なぜ、ジェフリーさんが、あなたの宝物を持っていたんですか?」
「え? あの、わかりません。本当に大事なもので、叔父様にお預けした記憶もないですし……」
「ジェフリーさんが誘拐された日の翌日は、あなたの誕生日だったそうですね。しかもジェフリーさんは、あなたとの結婚を強く望んでいた」
強い風が、二人の間を駆け抜ける。
――リリア・ラプラントは息を呑んだ。月光の下、凛と佇みこちらを見据えるステラは、まるで別人のようだ。
どこまでも気高く、どこまでも気圧される。単に伯爵家の令嬢だからと、納得するには空気が張りつめている。ピンと張られた弓のような迫力は、まるで別の使命を彼女が背負っているのような。
「あの日。ジェフリーさんが、用事があるといって早く酒場を出て行ったあと。ジェフリーさんはリリアさんと会っていたんじゃないんですか?」
「ち、違います!」
「では、ジェフリーさんは何をしていたんですか? そのしおりと関係はありますか?」
「そ、それは知りません……。叔父様がどこで何をしていたかなんて、そんな……」
「ジェフリーさんのアピールを、リリアさんはまともに相手してこなかったようですね。そのことで、ジェフリーさんとトラブルになることはありませんでしたか?」
「ステラ様が何を仰っているのか、ぜんぜんわかりません!」
叫んだリリアに、僅かにステラも緊張した。
だが、リリアが暴れたり、逃げ出したりする様子はない。
彼女が黒なら――ヴァンパイヤであるなら、何かしらのアクションを起こしてもおかしくないくらい、刺激したはずなのに。
(……リリアさんは、ヴァンパイヤじゃない?)
忍ばせた小型銃に布越しに触れつつ、ステラが眉根を寄せた、その時。
キーン……と。金属を打ち鳴らしたような甲高い音色が、頭の中で響いた。




