7.
女将があらかじめ言っていたように、午後の捜査で新たに得るものはなかった。
リストにあった人々はヤマネコのお宿の常連であり、ジェフリーとも親しい人物ばかりだった。けれどもジェフリーの行先を知る者はなく、当日店で話していたときも、ヒントになるような話は特に何も聞いていないとのことだった。
酒場の常連を一通り回ったところで、リリアが町外れの農家によっても構わないかと言い出した。
「いいですけど、私たちもついてっちゃっていいんですか?」
「お使いを頼んでいるお菓子を受け取るだけですから。実はおじさま、金平糖が昔から大好きで。農家さんが週に一度、街に野菜を売りに行かれるので、その時に買ってきてもらうんです」
なんでもポールは、書斎にこもって本を読む時に金平糖を食べるのがお気に入りで、気がつくと瓶が空になっているらしい。
「そんなことばかりしているから、お腹いっぱいになって夕食があまり入らなくなっちゃうんです。ほんと、おじさまってば子供みたいですよね」
口を尖らせつつも、そう話すリリアは楽しそうだ。
そういうわけで、ステラたちもリリアの言う村のはずれにある農家を訪ねていった。
といっても、リリアがお菓子を受け取る間、ふたりは少し離れた木の下で休憩しながら待つことにした。
「どう思う?」
木陰の下、ステラは隣にたたずむノクスに囁く。
明るい空の下、村はずれの農家を訪ねるリリアに視線を向けたまま、ノクスは軽く肩を竦めた。
「あらかた想像通りですね。これだけ小さな村で起きた事件です。犯人以外の誰か一人でもジェフリー氏の行先を知っていたなら、あっという間に話が広がっていたでしょう。それがなかったということは、本当に誰も知らないということ以外ありえませんね」
「そうじゃなくて」
二人の視線の先、老人が何か冗談を言ったのだろうか。口元に手をやって、リリアが笑う。その名の通り、百合の花のように清純な笑みを見せるリリアに、膝に置いたステラの手には無意識に力がこもる。
そんな幼馴染をちらりと見てから、ノクスはリリアに視線を戻した。
「――現状、決め手には欠けますが、あり得ない話じゃないと思いますよ。誘拐偽装事件があった時、リリアさんはひとりで居間にいたと話していましたし、後からジェフリー氏の部屋の前に駆けつけています。窓ガラスを割って外に逃走したあと、無人の居間から屋敷の中に戻り、何食わぬ顔で合流することも可能でしょう」
「あの優しいリリアさんが人を、それも叔父さんを殺すなんて信じられない……」
「『彼女』がリリアさん本人とは限りません。仮説が正しいなら、私たちが追う個体は他者に姿かたちを変えることが出来ます。最悪の場合、リリアさん本人は既に亡くなっていて、『彼女』はヴァンパイヤが成りすました姿かもしれません」
ノクスの冷静な指摘に、リリアは押し黙った。
それこそステラが最も恐れる真実だ。けれども同時に、目の前にいる『彼女』がリリア本人ではないと、どうしてもステラには思えないのだ。
かつてのリリアと、目の前のリリア。ふたりの姿を同時に脳裏に思い浮かべ、ステラは考え込む。
黙り込んでしまったステラを、ノクスがやや迷うように見た。ふわりと舞う風に美しい金髪を揺らしてから、彼は思いきったように口を開いた。
「それに、仮に彼女がリリアさん本人だとして、彼女にジェフリー氏を恨む理由があったとしたら?」
「どういうこと?」
「これは昨夜、部屋を抜け出したあとに調べて、判明したことなのですが――」
ステラは目を見開いた。
一晩でさっそく手がかりを見つけるなんて、さすがはノクスだ――と、感心したからではない。
ノクスの頭上、正確には彼の背後ににょきりと伸びる木の枝から、小さな影が身を躍らせたからだ。
「お嬢さま? どうかしました……?」
「ステラちゃーーーーん!」
「うわっぷ」
ぺたりと顔に張り付いた小さなボディに、ステラは潰れた悲鳴をあげる。
ころりと両手で受け止めたソレを見下ろし、ステラは目を丸くした。
「あら! ロアンさんじゃない」
「会いたかったよー、ステラちゃん! 今日もかわいいねー」
ステラが笑顔を近づけると、手のひらのうえで一匹のハリネズミが嬉しそうにふにふにと鼻を揺らす。
そう、ハリネズミである。
彼はハーカー家に仕えるヴァンパイヤのひとり。いまはこんな姿をしているが、本当は20代半ばほどの外見の、たいそう整ったなりをした男だ。
ちなみにヴァンパイヤ歴は執事のウォルフレッドに次いで長く、本当の年齢は不明だ。そのためか、彼の鮮血魔術は動物に変身できるというかなりレアなスキルであり、それを使って好んでよくハリネズミに変身している。
「ウォルから、ロアンさんはカントリーハウスに留守番って聞いていたのに。どうして村にきたの?」
「もちろんステラちゃんに会いたかったからだよー。屋敷に置いてかれて寂しかったよっ。それはもう、全身の針がチクチクしちゃうくらい」
「だめよ、ロアンさん。そんなこと言っても、私はノクス一筋だもん」
「えー。あんな男やめてオレにしよーよ。オレの方がイケメンだし、プリティだしっ。おなかだってもふもふさせてあげちゃうよー。ほーれ、もふもふ~!」
「え!? い、いいの? もふもふしていいの!?」
ころんとおなかを見せ、くりくりの目で見つめてくるプリティなハリネズミに、ステラは我を忘れて「はわわわわ」と目を輝かせた。
その時、背後から不穏な黒いオーラが立ち上った。
「……楽しそうな話をしてますね?」
井戸の底から響くような声に、ロアンが「ひぅ」と首をすくめる。その首根っこを無常にもつまみ上げて、ノクスがにっこり微笑んだ。
「これはこれは、ロアンさん。今日も今日とて、随分愛らしい姿をされていますね。年甲斐も恥も外聞もなくお嬢様に甘えて、いい加減恥ずかしくはないんですか?」
「や、やっほう、ノクスくん? ステラちゃんに撫でられるのが羨ましいからって、そーんな怖い顔しないでよ。オレをもふって落ち着きなよ。ほーら。もふもふ~……?」
「――おっと。こちらのお宅は、敷地内で雌鶏を飼ってるようです。ネズミが住処に飛び込んできたら、さぞ面白がって追いかけ回してくれるでしょうね?」
「うわー、パスパス! ステラちゃんに会いたかったのは本当だけど、オレがここに来たのは二人にお届け物をもってきたんだからー!」
「お届けもの?」
ステラが首を傾げると、ハリネズミは小さな手でふにふにと自分のお腹を撫でる。すると、見えないポケットから取り出されるように、細長い紙がふわふわの毛並みから出てきた。
「これは?」
「ジェフリー氏のヴァンパイヤが消滅したあたりに落ちていたんだ。たぶん、事件に関係あるものだよ」
小さな目をくりくりさせて、ロアンは主張する。
ステラはつぶらな瞳から目を離し、受け取ったものを見つめる。
「……押し花のしおり?」
「鈴百合って名前の花だよ。小さくて可愛くて綺麗だよね。まるでステラちゃんみたいだね!」
「息を吸うように口説かないでください。このしおりが、事件とどう関係あるんです?」
首根っこを摘んだままノクスが揺らすと、ロアンはハリネズミの小さな体を器用に捻って振り向いた。
「ジルちゃんが記憶を読んだんだ。それ、ポール・ラプラントの養女、リリアちゃんのものだよ」
「え?」
ロアンの言葉に、ステラは目を瞬かせた。
「どうしてリリアさんのしおりが、屋敷に落ちてたの?」
「ジェフリー氏が消滅したあたりに落ちてたということは、ジェフリー氏が身に付けていたのでしょう。しかし、なぜ彼がリリアさんの私物を……」
「そういえばリリアさん、今朝出かける前に、大事なものを探しているって言って。リリアさんが探していたのって、このしおりじゃない?」
ふたりは、顔を見合わせた。
事件の日はリリアの誕生日であり、ジェフリーは彼女との結婚を望んでいた。
機を同じくしてリリアは大事なものを無くし、なぜかそれをヴァンパイヤ化したジェフリーが持っていた。
リリアが犯人かどうかは、この際関係ない。
数々の事象が告げている。彼女はこの事件と密接に繋がっている。
リリア・ラプラントが、事件の真相を紐解くカギだ。
考え込むノクスに、ステラは勢いよく詰め寄った。
「ねえ、ノクス。さっき言いかけたよね。リリアさんはジェフリーさんを恨んでいたかもしれないって。それはなぜ?」
「それは」
ノクスは一瞬、声を詰まらせた。
おそらく彼自身迷っているのだろう。決めてかかるのは視野を狭めてしまう。先入観を持たせないために、まだこの情報は伝えるべきではないのではないかと。
けれども最終的に、美しい幼馴染はこう告げた。
「家政婦のターニャさんの業務日誌に書いてありました。11年前、ポールさんがリリアさんを引き取ってすぐの頃にも一度、ジェフリー氏は村に戻っています」
「それって、まさか……」
「はい。ポールさんが森で大怪我を負ったとき、ジェフリー氏がそばにいたのです」




