6.
「お嬢さま」
「うん」
ノクスも同じ結論に達したのか、青い瞳をまっすぐにこちらに向けて促してくる。それに頷いてから、ステラはマーシュとリリアを見た。
「お店を出てから屋敷を戻るまでジェフリーさんに何があったのか、もう一度調べてみたいんです。事件当日に一緒にお酒を飲んでいたひとなら、何か手がかりを聞いているかもしれない。この村の方で、当日お店にいらした方を教えていただけませんか」
「かまいませんけど、いいんですか? 当時も同じような話しになって、常連たちでああだこうだ知恵を絞りましたけど、手掛かりなんて見つかりませんでしたよ」
「村の外から来た部外者だからこそ、気付けることもあるかもしれないでしょ? それに、ジェフリーさんのお話を聞きがてら、お店のオススメメニューを常連さんにも聞いてみたいですし」
にこっとステラが笑えば、マーシュも悪い気がしなかったらしい。
すっかり心を許した様子で、やれやれと肩を竦めた。
「ステラ様がそう仰るなら喜んで。ついでに、みんなの様子を見てきてやってくださいな。最近は、連中も恐がってあんまり店に顔を出さなくなっちゃって」
「どうして……、あっ」
首を傾げかけて、ステラは手で口を覆った。
そんなの、言うまでもなくヴァンパイヤの噂のせいだ。今日だって、ヤマネコのお宿に来るまでほとんど村人とすれ違わなかった。みんな、ヴァンパイヤの噂を恐れて、森はもちろん村の中ですら歩くのを避けて家に閉じこもっているのだ。
「常識で考えればヴァンパイヤなんているわけないのにねえ。やだよ、男連中は。変なところで肝っ玉が小さくて。ねえ、ステラお嬢様」
けらけらと笑う女将に、ステラは「ホントですねえ」と合わせた。
ヴァンパイヤは実在するし、なんならこの場にもひとりヴァンパイヤがいるくらいなのだが、それを女将に教えるつもりはない。関わらずに済むものなら、ヴァンパイヤの存在など知らぬまま一生を終えた方がいい。
なんにせよ、村人を脅かす不安の芽は、自分とノクスが摘んでしまえば問題ないのだ。
「はい。これが、あの日に店に来ていた村の連中の名前だよ」
「ありがとうございます」
女将がさらさらと書いてくれたメモを、ステラは手帳に挟む。家の場所なら、リリアが知っている。あとはリストをもとに、個々の家を訪ねていけばいい。
あとは店を出るだけとなったところで、リリアが僅かに頬を赤らめた。
「申し訳ありません、ステラ様。その。お花を摘みに行ってきてもいいでしょうか」
「お花? ああ、トイレのことですね! もちろんど……」
「どうぞ!」と言い切る前に、ノクスにぺいと頭をはたかれた。リリアが顔を真っ赤にして、「すみません、すみません」と言いながら個室を出ていく。
廊下の奥でぱたんと扉が閉まった音がしたところで、女将が声を潜めた。
「……これは女の勘なんですがね。ジェフリー様があの日いつもと様子が違ったのは、リリア様関連じゃないですかね」
「リリアさんの? なぜそう思うんですか?」
「リリア様はああ仰いましたが、あの日はリリア様の誕生日の前日だったんですよ!」
マーシュの言葉に、ステラとぱちくりと瞬きした。
「それって、リリアさんの誕生日のお祝い準備をするために、ジェフリーさんがお酒も控えめにして、早めにお店を切り上げたかもしれないって意味ですか? けど、リリアさんの様子を見る限り、二人がそんなに親しかったように思えないけど……?」
「あの様子だと、リリア様はこれっぽっちも気づいていなかったんでしょうがね。ジェフリー様はリリア様と結婚しようと、そりゃあもう頑張っていたんですよ」
唐突に明かされた真実に、ステラはあんぐりと口を開けた。
ステラの記憶が正しければ、リリアは21歳。対してジェフリーはポールの7歳下だから、確か32歳だ。
――いや、そう考えると、ふたりの年齢差はたった11歳だ。いくらか離れているとはいえ、ありえない数字ではないのかもしれない。
「けど、血は繋がっていなくてもリリアさんはポールさんの娘、姪っ子ですよ? ジェフリーさんは姪っ子を口説こうとしてたんですか?」
「……いや。この場合、感情は二の次なのでは?」
やや言いにくそうにノクスが口を挟むが、ステラにはさっぱりわからない。首を傾げていると、女将が深く頷いた。
「村長さんは独身だし、このままいけば土地とお屋敷は養女のリリア様のものになるでしょ。だから、ジェフリー様はリリア様と結婚したかったってわけですよ」
「なんですかそれ」
憤慨して、ステラは目を吊り上げた。
「これまでのお話でジェフリーさんのこと面白い人だなあなんて好感を持っちゃってましたけど、とんだクズ野郎じゃないですか。相続のために一回り年の離れた姪っ子に手を出そうとするなんて、お天道様が許しても私が許せません!」
「そうなのよねえ。愉快で憎めない陽気な阿呆なんだけど、そういうところはしっかりクズだったのよねえ」
すっかりステラに気を許しているらしいマーシュも、うんうんと頷いた。
とはいえ、リリアとの結婚話はポールにはからっきし相手にされていなかったし、リリアに至ってはジェフリーのアピールの数々に少しも気づいていなかったというから悲しい。
「村長さんはリリア様をとても大事にしているし、リリア様は見ての通り、村長さん一筋でしょう? ジェフリー様ってば面白いぐらいから回っていてね」
「……え? リリアさんって、ポールさんが好きなの?」
「見ればわかるではありませんか」
こそりと確認すれば、「今更、何を言っているんだ」とでも言いたげな目でノクスに見下ろされてしまう。
本日二度目の衝撃にステラが唖然とする前で、マーシュは溜息を吐いた。
「ジェフリー様も嫌がるリリア様をどうこうするほどの悪党じゃなかったし、見ている分には愉快だしでほっといたんですけどね。だけど、こうなってみると思うんですよ。本当は誘拐事件なんかなくて、リリア様に振られて示しがつかなくなったジェフリー様が、姿を眩ませるために誘拐事件をでっちあげたんじゃないかって」
ヴァンパイヤのせいだと思うよりはよほど現実的だし、と。マーシュはあっけらかんと笑った。
本当にそうだったら、どれだけよかっただろう。
けれども現実として、ジェフリー氏は命を落とし、下級ヴァンパイヤとして森を彷徨っていた。経緯や動機はなんにせよ、彼は悪意を持つ誰かに襲われたのだ。
マーシュの憶測が正しいなら、ジェフリーは翌日に迫るリリアの誕生日を祝うために、どこかに立ち寄ってサプライズを仕込もうとしていた。
――いいや。もしも、プレゼントがすでに用意されていたら。
結婚に反対する兄や使用人たちの目を逃れ、ふたりきりで会ってプレゼントを渡すために、彼女を呼び出していたのだとしたら。
「お待たせしました、ステラ様! ……ステラ様?」
ちょうど戻ってきたリリアが、ひょこりと部屋を覗き込む。
不思議そうに瞬きをするリリアを、ステラはじっと見つめる。
――まさか、リリアがヴァンパイヤなのだろうか。それとも、ヴァンパイヤがリリアの振りをして、仮面の下でステラたちをあざ笑っているのだろうか。
優しかったリリアは。子供の頃、村で遊んでくれたリリアは。ポールに頬を染めるリリアは。恥じらうように微笑むリリアは。
「なんでもありませんよ」
不意に響いたノクスの声に、ステラはぴくりと肩を揺らしてしまった。
それを宥めるように、ノクスがそっと肩に手を置く。なるべく自然にそちらを向けば、ノクスが柔らかな笑みを浮かべつつも、青色の瞳でじっとステラを見つめていた。
「食後の運動がてら、皆さんを訊ねてみましょう。ね、お嬢さま」
慌てるな。焦るな。こちらの疑念を悟らせるな。
空の色をした美しい瞳は、そうステラに語り掛けていた。
「……そうね!」
動揺を呑みこんで、ステラはにっこり笑みを浮かべた。
「あちこち歩いたら、ちょうど午後のお茶の時間になりそうだし」
「ステラ様は食いしん坊さんですね」
くすくすと笑って、リリアは目を細めた。
「行きましょう、ステラ様。順番にご案内しますね」




