5.
「まあまあ。あたし、ステラ様の食べっぷりのファンになっちゃいましたよ」
それから小一時間ほどあと。
女将がほれぼれとため息を吐く先にあるのは、きれいに空になった大皿たち。
リリアが驚き、ノクスが諦め顔でコーヒーを嗜むとなりで、ステラは満足げにお腹をさすった。
「こちらの料理がすごく美味しいんだもの。我が家のシェフに覚えてもらいたいくらい」
「それは嬉しいですけど、よく全部食べられましたね。その細い体のどこに……?」
「おじさまにも見習わってもらいたいくらいです……」
「ふふん。伯爵家で鍛えた胃袋は、これぐらいじゃ怯みませんよ」
「やめなさい、お嬢さま。ハーカー家のイメージが壊れ……るのはもう、手遅れでした」
やれやれと肩をすくめて、ノクスがかちゃりとカップを下ろす。
たしかに伯爵家のイメージは少し、多少、それなりに崩れただろう。けれども、それより大事なものを得たので、ステラはちっとも痛くも痒くもない。
ほくほくとお腹を撫でるステラに、マーシュという名の宿屋の女将は、うっとりと両手を合わせた。
「ステラ様には、まだまだ食べていただきたい料理があるんです。本邸に戻る前に、ぜひぜひお腹を空かせて食べにきてくださいな」
「喜んで!」
そんなこんなで、すっかり場が暖まったところで、ステラは満を辞して切り出した。
「ところで。リリアさんからお聞きかと思いますが、私が今日こちらに伺ったのはひと月前のジェフリーさんの誘拐事件の件で、いくつかお話を聞きたかったんです」
「もちろん伺ってますよ。ええと。ジェフリー様が誘拐される前、誰とどんな話をしていたのか聞きたい、でしたよね?」
「はい。誘拐事件につながるようなトラブルはなかったかとか。そこまでのことでなくとも、気になることを話していなかったかとか。どんな些細なことでもいいから、知りたくて」
「そうですねえ」
悩む女将に、ステラは僅かに緊張した。
ヤマネコのお宿を利用するのは旅人だけではない。ジェフリーのように、村人も酒場に顔を出している。
これだけ小さな村であれば当然村の結束も固く、他所者であるステラたちに、あれこれ話すのは気がひけるだろう。
けれども、小一時間をかけて懐に入り込んでおいた甲斐があった。マーシュはたいして悩むこともなく、ぺろりと話し出した。
「そうですねえ。大きなトラブルはなかったですけど、よくうちの店でカードやらサイコロで遊んでましたからねえ。ちょいちょい喧嘩はありましたよ」
「ジェフリーさんって、血気盛んな人だったんですか?」
「いいえー。あのひとは喧嘩好きな熊や猛獣タイプというよりも、ずる賢いキツネみたいなひとでしたよー」
ひらひらと手を振って、マーシュは笑う。まったくもって褒め言葉ではないのに、そう話す女将は妙に楽しそうだ。
ちらりとリリアを見てから、マーシュは続ける。
「いえねえ。リリアお嬢さまの前でお話しするのは何ですけど、ジェフリー様はたいそう手癖が悪くて。つまり、イカサマの天才だったんです」
マーシュによれば、ジェフリーのズルは、常連の間では有名な話だったそうだ。
「村の連中も面白がってね。旅人さんが賭けに乗ると、ジェフリー様に騙されて負かされるのをにやにや見守ったものですよ」
賭けと言っても、小さな村の小さな酒場の規模だ。ジェフリーの手際があまりに鮮やかすぎて、大抵の客は種明かしをしても、感心して終わるらしい。
けれどもごく稀に、ズルを絶対に許せないような頭の固さで、おまけに喧嘩っ早い客なんかに当たってしまうと、相手を怒らせて村中を追いかけ回されたりしていたらしい。
「叔父様ってば、そんなことしてたんですか……」
「リリア様から見ればバカみたいでしょうけど。あたしたちから見れば、あの方は、たいそう愉快で陽気な阿呆で。憎めない人間って、ああいう人のことをいうんでしょうねえ」
「事件の日も、ジェフリー氏はこちらで賭博を?」
「ええ。いつも通りご機嫌に、お酒を飲みながら――あ、でも」
ノクスに頷きかけたところで、女将ははたと口元に手をやった。
「そういえば飲んではいたけど、いつもほどじゃなかったわね。賭けも、あの日はイカサマもしてなかったような……」
「本当ですか!」
思わず身を乗り出したステラに、女将もポンと手を打つ。
「そうそう! 珍しく負けが続いて、ほかの常連にいつもの手際はどうしたって揶揄われたとき、言ってたんですよ。『今日はイカサマはしない』って」
今日まですっかり忘れてたわあと。女将が呑気に笑う前で、ステラとノクスは顔を見合わせた。
イカサマはしない。酒と賭博が大好きな男が、それらを我慢してそう言った。つまりその日は、ジェフリーにとって特別な日だったことになる。
「リリアさん。その日は、ジェフリーさんにとって何かの記念日でしたか?」
「え? い、いえ。特には……」
「本人の誕生日や、ご両親の命日、別れた駆け落ち相手との記念日。何でもいいんです。思い当たる節は?」
ノクスが助け舟を出すが、リリアは困った顔をしている。ややあって、彼女は申し訳なさそうに首を振った。
「私も叔父様の交友関係には明るくありませんので……。ですが、私の知る限りでは、これといって思い当たるものはありません」
「ちなみに、ジェフリー氏は普段と同じ時間までこちらのお店にいたのですか?」
「いいえー。その日は随分と早く、うちを出ていきましたよ。なんでも寄るところがあるって。この話はジェフリー様がいなくなってすぐの時も、自警団相手に何度もしましたから、リリア様がご存知でしょうけど」
ステラとノクスが振り返ると、リリアが頷いた。
「マーシュさんのお話しを頼りに、村のみなさんに聞き込みをしたんです。ですが、お店を出たあとに叔父様がどちらに向かったのはわからなくて……。ジェフリー叔父様が屋敷に戻ったのはいつもと同じ頃でしたから、どこかに立ち寄ったのは間違いなんですけど」
だとしたら、ここが分岐点だ。
ジェフリー・ラプラントは『ヤマネコのお宿』を出たあと、ヴァンパイヤに襲われた。なぜかそれを隠そうとするかのようにヴァンパイヤがジェフリーの振りをして屋敷に戻り、誘拐事件を偽装して姿をくらませた。
酒場を出てからの足取りさえつかめれば、本当の犯行現場が明らかとなる。
長いので一度区切ります。続きは今晩アップします!




