4.
「これでよし、と」
右からのアングルを確認し、左も確認し。
両方申し分ない出来であることを確かめたステラは、えへんと鏡の中の自分に笑いかける。
「お待たせ、ノクス!」
意気揚々と階段を下りていくと、いささか手持ち無沙汰気味のノクスがこちらを見上げる。
青空の色をした瞳がステラを捕えた途端、彼は僅かに目を瞠ってから、「ほう。これは、なかなか」と顎に手を当てた。
――ほら。我ながら、私。なかなか可愛いでしょう?
得意げに微笑むステラが身に纏うのは、若草色のワンピース。階段を下りるたびにふわりふわりと揺れるそれは、リスター村の田園風景を意識して選んだものだ。
おまけにステラの頭には、つばの広い白い帽子が乗っかる。お出かけモードのアクティブさを演出しつつも、上品な印象を与えてくれる。
すっかり階段を降りきってから、いまだしげしげと自分を眺めるノクスに見せつけるように、ステラははらりと銀の髪を払った。
「せっかくノクスにエスコートしてもらうから、田舎デート風におしゃれしてみたの」
「ふむふむ。なるほど、なるほど」
褒めて、褒めてと。瞳をきらきらさせて待つステラを見つめ、ノクスはふむと頷いた。
「すごいです、お嬢さま。ちゃんと、ご令嬢に見えます」
――意味を理解したステラがノクスに絞め技をかけようとするのと、リリア・ラプラントがぱたぱたと駆けてくるのが同時だった。
「ステラ様、ノクス様! お待たせいたしました」
「ご心配には及びませんよ。うちのお嬢さまもたったいま支度を終えて降りてきましたが、リリアさんとは違ってお詫びの一言もありませんでしたから」
「レディのおしゃれは時間がかかるの!」
軽くノクスを蹴っぽってから、ステラは首を傾げた。
「けど、リリアさんが準備に手間取るのは珍しいですね。あ、ううん。遅いなんて思ってないし、いつも手早くおしゃれするのがすごいなあって思ってるのだけど」
フォローを挟みつつ、リリアを見上げる。
リリアは黄色みがかった優しい白のワンピースを着ている。三つ編みでハーフアップにされている髪型は、自分でやっているのだと前に話していた。
優しくて清楚なご令嬢。そんな、彼女の内面ぴったりの装いを褒めたかったのだけれども、それよりもステラはリリアの浮かない表情が気になった。
「もしかしてリリアさん、何か心配ごとがあるんですか?」
「え?」
「あまり顔色がよくないし、そもそも疲れてません?」
だとしたら、リリアを外に連れ出すわけにはいかない。ステラはそう考えたのだが、リリアは首を振った。
「お気遣いありがとうございます。けど、体調が悪いわけじゃなくて。探し物が見つからないのが気がかりなだけで……」
「大事なものなんですか? だったら、私たちも一緒に探しますよ!」
「ええ。手が多ければ、あっという間に見つかるかもしれませんし」
「ああ、いえ! お気持ちはありがたいのですけど、見当たらなくなったのは少し前からなんです。そろそろ諦めないといけないんでしょうけど、どうしても踏ん切りがつかなくて……。だから、大丈夫です」
リリアがにこりと微笑んだその時、奥の扉が開いた。顔を出したのはポールで、三人を見ると表情を綻ばせた。
「おや。皆さんお揃いで。これから出るところですか」
「はい。リリアさんを、しばらくお借りしますね」
「もちろん喜んで」
家政婦のターニャに車椅子を押してもらってこちらに向かいながら、ポールはにこやかに微笑む。大分近づいたところで、彼は何かに気づいたように瞬きをした。
「リリア。こっちにおいで」
「? はい、おじさま」
リリアが小走りで駆けていくと、ポールが腕を伸ばす。つられて彼女が身を屈めれば、彼はリリアの髪に触れ、小さな糸くずをつまみ上げる。
ぱちくりと瞬きするリリアを見上げて、ポールは柔和な笑みを浮かべた。
「これでよし。いってらっしゃい。僕の代わりに、お二人をよろしく頼んだよ」
「……はい、おじさま」
微笑んで答えたリリアの横顔に、ステラは「ん?」と小首を傾げた。日焼けのないリリアの白い頬に、わずかに朱色がさしたように見えたからだ。
そうして3人は、穏やかな日差しの照らす田舎町へと踏み出した。
季節は夏の暮れ。小径を縁取る草花はピークを過ぎているのだろうが、それでもノスタルジアを呼び起こすには十分だ。歩いているだけでどこか非日常的な楽しさを感じる。
「こんな長閑な村に、酒場があるんですね」
「村に一軒だけですけどね。それに酒場といっても、メインは宿屋なんですよ」
そんなことを話していると、目的の場所にあっという間に到着してしまった。
『ヤマネコのお宿』。1階が酒場、2階が宿屋となる店だ。
「ごめんくださあい」
先導するリリアが中に声をかける。
酒場と言っても、飯屋として使う者もいるのだろう。上に泊まっている旅人なのか、朝食とも昼食とも取れる食事をとっている先客がちらほら見える。
若い娘ふたり、青年ひとりという組み合わせは異質に見えるのだろう。先客たちが、ちらほらと不思議そうな視線を送ってくる。
だが、それも長くは続かなかった。ほどなくして、店の奥から女将と見られる女性が出てきたからだ。
「まあまあ、リリア様! 本当においでなさって……。なら、こちらのお二人が?」
「はい。ハーカー家のステラ様と、お付きのノクス様です」
事前に伯爵家より二人、話を聞きにくると話しておいたのだろう。
たったそれだけの説明で、女将はにこにことステラたちに笑いかけた。
「まあまあ! 伯爵家の方にうちの戸をくぐっていただけるなんて、なんて光栄なんでしょう。ささ。しがない店ですが、どうぞ奥まで。なんでもご馳走しますよ」
「いえいえ。もちろん料理はいただきますが、お代は払いますとも。そのかわり、おすすめの品をじゃんじゃん持ってきてください!」
「……食べるんですか?」
ご機嫌に案内してくれる女将の後を追いながら、ノクスがこそりと耳打ちする。
ここにくる前にも、ラプラントの屋敷でたっぷり朝食を食べてきたのを懸念しているのだろう。
けれどもステラは自信満々に答える。
「食べますとも。なんのために店まで足を運んだとおもってるの?」
「少なくともフードファイトをするためじゃありませんね。……言っときますが、俺は手伝えませんよ。一度に摂取できる人間の食事量は、そう多くありませんし」
「大丈夫、大丈夫! ちょっと歩いてお腹も空いてきたし、ちゃんとワンピースのベルトも緩めてきたわ」
「…………」
えへんと胸を張ると、しばらくの間、ノクスは呆れたようにステラを見下ろした。
ややあって、頬に手をやって、明後日の方を向いた。
「やっぱりお嬢さまは、着飾ってもお嬢さまですよ」
「何か言った?」
「いーえ。なんにも」
そうして二人は、奥の個室へと案内された。




