3.
「おはようございます、ステラ様」
翌朝。
昨晩なかなか寝付けずに寝不足のステラを出迎えたのは、リリアの明るい笑顔だった。
欠伸をかみ殺しながら、ステラもどうにか笑顔を浮かべた。
「おはようございます、リリアさん。リリアさんは、朝から元気ですね……」
「今日はステラ様に村をご案内できるのが楽しみで……。って、いけませんね。ステラ様は、ジェフリー叔父様の事件を調べるために、村に行かれるのに」
申し訳なさそうなリリアの様子に、思い出した。
そういえば今日は、彼女の言う通り、ジェフリー・ラプラントが懇意にしていた村の酒場などを案内してもらうことになっている。
(ジェフリーさんが本当に襲われた場所を突き止めたいし、じっくり聞きこみもしたいけど、今日はリリアさんが一緒だもんね。詳しい調査はまた今度にして、今日は下見程度に回る感じかしら)
そんなことを思っていると、続いてノクス、家政婦に車椅子を押されてポールがダイニングに姿をみせた。
ステラと目が合うと、ポールは柔和に微笑んだ。
「おはようございます、ステラ様。馬車旅の疲れは取れましたか?」
「それはもう。朝は弱いので、まだ少し眠いですけど」
「おや! でしたら、もう少しゆっくり寝ていてもよろしかったのに」
「心配いりませんよ、ポールさん。お嬢さまを好きに寝かしていたら、朝食だかランチだかわからない時間になってしまいますから」
にこりと微笑んで口を挟んだノクスに、ステラはびくんと反応してしまった。
"これに懲りたら、やたらむやみに男を挑発しないことですね"
ノクスの声と共に、肩に置かれた手の重みや、蒼穹の眼差しの奥に微かにゆらめいた見たことのない熱が、まざまざと脳裏に蘇ってしまう。
「お嬢さま?」
「ひゃう!?」
唐突に呼びかけられ、ステラは文字通り椅子の上で飛び跳ねてしまった。すると、思った通りノクスに怪訝な顔をされてしまう。
「なんですか、その返事は。まだ寝ぼけているなら、紅茶でもいただいて頭をすっきりさせるべきですね。ここはハーカー家ではなく、よそさまのお宅なのですから」
「あ、あはは……。そうね、頑張るわ」
笑って誤魔化しつつ、つつちらりと彼を窺い見る。けれどもノクスの方は、至って普段通りだ。昨晩のことを意識しているのは、どうやら自分だけのようだ。
(ノクスは昨晩、何か新しいことはわかったのかしら?)
動揺してしまったことを悔しく思いつつ、頭の奥の冷静な部分でステラは首をひねる。
あの後、ノクスは宣言通り部屋に戻ってこなかったのでわからないが、わざわざ外に出て行った以上、彼は何かしら調べる宛があったのだろう。色々と尋ねてみたいが、ポールやリリアの前でそれを聞くわけにはいかない。
「そういえばお二人は、今日は村を見に行かれるんでしたね」
皆が席に着くのを見計らったように、朝食のパンとスープ、瑞々しいサラダが運ばれる。それに手を付けながら、ポールがステラたちに視線をやった。
「はい。さっき、リリアさんともちょうどその話をしていて……」
「よかった。事件の調査という形ではありますが、ステラ様とノクス様に、村のみんなの暮らしぶりを知っていただけるのはとても嬉しいです」
そう微笑むポールに、自然とふたりの背筋も伸びた。
ヴァンパイヤハンターという裏の顔が強烈すぎて忘れそうになるが、ステラは伯爵家の令嬢で、ノクスもその関係者だ。加えてリスター村は、普段、ハーカー家のカウントリーハウスを管理してくれている場所でもある。
村を見て回ることは、ハーカー家として領民の暮らしぶりを知ることにもつながる。
思わず神妙に頷いたステラとノクスに、ポールは慌てて苦笑した。
「参ったな。そんなにかしこまらないでください。ただ、この村は楽しく平和に暮らしてますよってことが、お二人にも実感いただけたらなと。本当にそれだけなんです」
「それは、ポールさんが村長として、村をよく守っているからでしょう?」
「いえいえ。僕が出来ることなんてたかが知れています。それよりも、困りごとがあればハーカー家の皆さんがすぐに相談に乗ってくださいますし……なにより、伯爵家のカウントリーハウスを預からせていただいていることが、小さな村の誇りになっているのですよ」
柔和に微笑むポールの横で、リリアもにこにこと頷く。
ふたりの温かな歓待に胸が熱くなりつつも、ステラはふと複雑な気持ちになった。
ジェフリー・ラプラントを襲ったヴァンパイヤは、この屋敷の内部にいる。昨晩ノクスと確認した限り、現状はその可能性が非常に高い。
とするとポールとリリアも、当然容疑者に含まれてくる。しかもヴァンパイヤは、姿かたちを変えて、屋敷の誰かに成りすましているかもしれない。
(ポールさんもリリアさんも、私が知る昔のまま。二人とも心から優しくて、温かくて。だから本当は、こんなふうに疑いたくなんかないのに)
複雑な想いを抱いたまま、ステラはノクスをちらりと見やる。けれどもステラの心境を知ってか知らずか、ノクスがこちらを見ることはなかった。
そうこうしているうちに、ポールが思い出したように口を開いた。
「そうそう。今日はリリアがご一緒するので大丈夫かとは思いますが、一つだけご忠告を。森に入るときは、事前にご相談ください。特に村の東側は、慣れた村の人間でも時々ひやりとする箇所があります。もし調査の都合で入る必要が出たら、案内人をお付けします。決してお二人だけでは、森に入らないように」
「わかりました。ポールさんが仰るなら。けど、そんなに危険なんですか?」
「危険というほどではないのですけど、草木に紛れて小さな崖があったりするんです。おじさまが足腰を痛めたのも、東側の森に入った時なんですよ」
「え?」
驚いて、思わずステラはポールを見た。
確かにポールの怪我は、10年ほど前に崖から落ちたせいとは聞いている。けれどもまさか、こんなにも村の近郊での出来事だとは思っていなかった。
ポールは、困ったように指で頬を掻いた。
「僕の場合は打ちどころも悪かったので……。ここまであとに引き摺る怪我をしたのは、後にも先にも僕くらいですよ。とはいえ、お二人にもしものことがあったら大変ですからね。森に入るときは、必ずお声がけください」
もう一度念を押されて、ステラは再び複雑な想いに囚われる。
――妙に、言葉の裏を勘ぐってしまうのは嫌なものね。
そんなことを考えながら、ステラは大人しく頷いたのだった。




