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吸血従者とハンターお嬢さま ~バルトリー伯爵領のかぐわしき事件簿~  作者: 枢 呂紅
3.調査、あるいは田園デート

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2.



「ふぁー! おなかいっぱい!」


 ラプラント家での夕食が終わったあと。


 用意してもらった客間のベッドの上に、ステラは大の字になって寝転がった。


「毎回思うけど、リスター村は料理が美味しいわよね。野菜が新鮮だし、鶏肉もぷりぷりだし!」


「お嬢さま」


「とくにあれ。鶏肉の薬草焼。まさか薬草を料理に使っちゃうなんて目からウロコ……」


「お嬢さま。あの、お嬢さま」


 満面の笑みでそちらを見れば、ひくひくと口元を震わせ、腕を組んで仁王立ちする幼馴染の姿がある。


 ベッドに転がったまま、ステラは首を傾げた。


「なあに、どうかした?」


「どうかした、じゃありません」


 引き攣った笑みのまま、ノクスはステラを指さした。


「お嬢さまが寝そべっている、それ。俺のベッドなのですが?」






「なによう。ノクスのケチ」


 唇を尖らせるステラは、いまや椅子に腰掛けている。ノクスがあんまりぐちぐち言うので、観念してベッドを明け渡したのだ。


 対するノクスは、ベッドに腰掛け足を組んでいる。


 まだほんの少しそわそわとしたまま、ノクスは指の先でトントンと腕を叩いた。


「ケチもへったくれもありません。これはモラルの問題です」


「何がモラルよ。別に誰も見てないんだからいいじゃない」


「見られる、見られていないの問題じゃありません!」


 くわりと怒って、ノクスは目を吊り上げた。


「いいですか。年頃の男女が部屋にふたりきり。あなたは無防備にベッドに寝転がっている。襲われたらどうしようとか、カケラも思わないんですか?」


「だって毎朝ノクス、私の寝室に起こしに来てくれるじゃない。寝顔だって見られ放題だし、いまさら何を警戒しろっていうのよ。……それともノクス、実は毎朝私を襲いたくてうずうずしてたとか?」


「そんなわけないでしょう!」


 先ほどよりも大きな声で、ノクスが否定した。何がそんなに気に食わなかったのかしらないが、どうやら本格的にノクスを怒らせてしまったらしい。


 これはどうしたものだろうか。珍しくステラが悩みかけたとき、ちょっぴり気まずそうにノクスが目を泳がせた。


「――とはいえ、ここはハーカー家の屋敷の外。普段は近くにいるウォルフレッドさんやソワレ様もいなくて、色々と条件が違うんです。万が一、ひょんなはずみで、うっかり間違いが起きたら、お互い取り返しがつかないでしょう」


「変なノクス」


 いつも余裕たっぷりのノクスらしくもない発言に、ステラは肩を竦めた。それから、あっけらかんと笑って胸を張る。


「私はノクスを信頼しているし、ひどいことしないって知っているもの。それに、うっかり間違いが起きても私は全然大丈夫だし、むしろ大歓迎! いっそのこと襲って欲しいし、責任を取って結婚して欲しい。……あれ? もしかして私に得しかないのでは……?」


「あなたにモラルを求めた俺がバカでした」


「人の気も知らずに……」と。最後はステラに聞こえないほどの小声で、彼はぼやいた。


 さて。ステラもさして意味もなく、ノクスの部屋に来ているわけではない。もちろん彼にちょっかいをかけて遊びたいというのもあるのが、きちんとした理由があるのだ。


「ねえ、ノクス。本当に、この屋敷にヴァンパイヤがいると思う?」


 言いながら、ステラな膝に乗せた枕をぎゅっと抱きしめた。


 ジェフリー・ラプラントを襲ったヴァンパイヤは、この屋敷の中にいる。


 その可能性にたどり着いたあと、ステラ達は引き続きジェフリーの部屋を捜索した。しかし他には手掛かりになるような目ぼしいものはなく、ある程度のところで切り上げた。


 そして居間へと戻り、ポールたちにはこう告げた。


 すぐに犯人に繋がる手掛かりを見つけるのは難しいようだ。引き続き捜査にあたりたいから、予定通りしばらくの間、屋敷に滞在させてほしいと。


 もともとポールたちには、10日ほど滞在したいと告げていた。彼らがステラ達を怪しむわけもなく、喜んでこれに応じた。


 それから、それとなく屋敷のひとびとを観察しながら過ごすも特に得るものはなく、今に至る。


「正直、確証はありませんね」


 言葉に反して、ノクスの瞳に迷いはない。


「とはいえ、可能性は高いと思いますよ。誘拐騒ぎの直後、ただちに自警団が村中隈なく捜索しています。にもかかわらず、手がかりは何も見つからなかった。……そもそも誘拐事件なんてものが起きていなかったのなら、手掛かりが見つかるわけもありませんよね」


 ノクスの答えに、ステラは再び考え込む。


 彼の言うことは尤もだ。


 ノクスの説――つまり、屋敷の内部の者が、ジェフリー氏の誘拐事件を偽装していたのなら。


 おそらく犯人は窓から外に逃れたあと、何食わぬ顔でジェフリー氏の部屋に駆けつけ、屋敷の人たちと合流した。村に誰も逃げていないのだから、手がかりなど見つかるわけがない。


「だけど現実問題として、誰がヴァンパイヤなの?」


 ステラはひらりと手を振った。


「ポールさんはお父様とも旧知の仲だし、リリアさんだって昔から知ってる。使用人の皆さんはさすがに全員は覚えていないけど……昼間の話だと、みんな長く屋敷に勤めるひとばかりよ。そんなに長い間、ヴァンパイヤがひとに紛れて暮らせるものかしら」


「忘れたんですか。今回のヴァンパイヤが、持っているであろう鮮血魔術を」


 ぐうの音もでない指摘に、ステラは唇を尖らせる。


「……他人に姿形を変えられる魔術、だったわね」


「その通り」


 ノクスが頷く。まるで教鞭を振るう家庭教師のように。


「条件を整理するならば、まずは仮説1。言うまでもなく、ヴァンパイヤが屋敷の誰かを殺害し、その人物になりすまして潜伏している可能性です。これなら、我々の旧知の仲であるかは関係ありません。


 続いて仮説2。我々の知る誰かが、かねてよりヴァンパイヤだった場合。これは可能性としては低いですが、不可能ではありません。老いについても、外見を変えられる魔術持ちのヴァンパイヤなら、ある程度の誤魔化しは効くでしょうからね。


 最後に仮説3。我々の追う相手が、最近ヴァンパイヤ化した可能性です。これなら、リスター村でこれまで吸血沙汰がなかった理由も、簡単に説明がつきます」


「いずれにせよ、大事なのは可能性がゼロじゃないということ……」


「そうです。現時点で、この屋敷のひとたちを白と断定することは出来ません。確信が持てない以上、一応は疑ってかかるべきです」


「それと」と、ノクスは美しい顔に険しい表情を刻んだ。


「他者に姿を変えるという魔術は、鮮血魔術の中でも相当レアな部類です。おそらく相手は中級の中でも上位……下手をすれば始祖に近い、上級ヴァンパイヤかもしれません。だとすれば、血を分けた相手がグールに堕ちるわけがありません」


「……つまりジェフリーさんは、ヴァンパイヤにするために血を与えられたのではなく、血を吸われて殺されたとほぼ断定できてしまう」


 ステラはますます渋い顔をした。


 手掛かりはなし。信用できる人間もゼロ。おまけに相手は、人を殺すことを躊躇しないタイプのヴァンパイヤである。いっそ笑ってしまいたいほどに、悪条件が重なっている。


「ちょっと今回、ハード過ぎない? こんなんで、どうやって犯人を見つけろっていうの」


「……まあ、そうですね。ジェフリー氏が本当はいつ、どこで襲われたのか。当日の足取りを辿りながら、まずはそれを突き止めるしかないでしょうね」


「先が長い!」


 ステラはうめいて天井を仰いだ。


 足をじたばたと揺らしていると、ノクスがやれやれと肩を竦めた。


「そういうわけですから、お嬢さま。まだ先は長いし、前途は多難です。英気を養うためにも、さっさと部屋に帰って眠ったらどうですか」


「それは嫌! せっかくノクスと旅行に来たんだもの。思い出のひとつでも作らなきゃ、絶対に眠らない」


「ですから、これは旅行ではなくてヴァンパイヤハントですってば」


「旅行ですー。一歩屋敷を出て外に泊まったら、それはもう旅行なんですー」


「駄々を捏ねないでください。お子様ですか、あなたは」


「嫌ったら、嫌なのー」


 テコでも動かない構えで、ステラは枕を抱きしめる。


 むむむと唇を尖らせるステラに、ノクスはくしゃりと前髪を掴んだ。


「……まったく、聞き分けのない。少し、懲らしめてやる必要があるようですね」


 そう呟くと、やおら彼は立ち上がった。ついに実力行使で、ステラを部屋から追い出す気になったか。ステラはそう身構え、負けじとノクスを睨んだ。


 が。


「……え?」


 ぽかんとステラは目を丸くした。ノクスがステラの背中と膝裏に手を回し、ひょいと抱き上げたからだ。


「あ、あの、ノクス??」


 突然のことにステラは慌てるが、ノクスは何も答えない。青く吸い込まれそうな瞳で、静かにこちらを見下ろすだけだ。そうこうしているうちに、ステラはベッドの上にぽすんとおろされた。


 ステラは反射的に上半身を起こそうとしたが、ノクスに肩を押さえられてしまう。覆いかぶさるようにして自分を見下ろすノクスの金髪がはらりと揺れて、ステラの心臓はどきりと跳ねあがった。


(ま、まさか。ノクス、本当に……?)


 相も変わらず、ノクスは何も言おうとしない。感情の読み取りづらい青い瞳でじっと見つめられて、ステラの頬はじわじわと熱を帯びていく。その瞳の奥に見たこともない熱が揺れた気がして、ステラはたまらず両手でぱっと顔を覆った。


「あ、あのね! 襲っていいとは言ったけど、それは概念的な話でね。まさか物理的に、本当の本気でノクスが襲ってくるなんて思ってなくって、だからあの……」


「――ほら。これで観念なさいな」


 ぱさりと。頭まですっぽり毛布をかぶせられ、視界が暗くなる。驚いてもぞもぞと毛布から這い出してみれば、ノクスが手を払いながら窓に近づくところだった。


「そのベッドは差し上げます。俺はどうせ長い休息を必要としませんし、まだ調べたいことがあります。その代わり、あなたのベッドは後ほど俺が使いますので、どうかそのつもりで」


「調べたいことって? こんな夜更けにどこいくの?」


「夜更けだからこそですよ。暗闇に紛れてこそ、動けることもあります」


 言いながら、ノクスは窓枠に足を掛ける。


 ――それから、拍子抜けして見送るステラを不意に振り返った。


「これに懲りたら、やたらむやみに男を挑発しないことですね」


「!」


 何もかも見透かしたような眼差しに、ステラの頬にみるみる熱が集まる。そんなステラの様子に、ノクスも珍しく「してやったり」と意地悪な笑みを浮かべる。


 確かに調子に乗った。口ではアレコレ言っていても、所詮ステラは16歳の、経験も何もない純朴な乙女だ。真っ向からノクスに迫られたら、余裕の笑みで身を預けるような度量も度胸もない。だから悔しいと思いつつ、せめて一言だけステラは反論した。


「……むやみやたらではないもの」


「はい?」


「相手がノクスじゃなかったら、こんなこと言わないもの」


 羞恥に染まりつつも精一杯睨めば、ノクスは微かに息を呑んだ。


 やがて彼は仕方なさそうに――身構えることも目を逸らすこともなく、素直に心から観念した様子で、柔らかく苦笑した。


「そうですね。言いすぎました」


 シンプルに一言だけ詫びると、ノクスは黒猫のようにひらりと窓を越えて出て行った。


 残されてたステラは、どうすることも出来ずにおずおずと明かりを消し、大人しくベッドにもぐりこむ。


 そうして暗くなった部屋で、大人しく眠りにつこうとしたが。


(こんなの、眠れるわけないじゃないの……!)


 胸の中で、心臓がまだドキドキと高鳴っている。


 いっこうに静まりそうにないそれを抱えながら、ステラはしばらくの間、ごろごろとベッドの中で悶えたのであった。




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