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スライム退治

――――明るい日差しが差し込み、目が覚める。


「――ん……。」


「おはようございます。アイラさん。」


 今日は、ミオが俺を起こしに来てくれたらしい。

 いや、実際には起きてから声を掛けられたので、起こされてはいないのだが……。


「おはよう、ミオ……」

 今日も可愛い。

 今すぐ抱き締めたくなる。


「はい、おはようございます。」

 微笑みながら、もう一度朝の挨拶をしてくれる。


「では……朝ご飯、作って待っていますので、早く支度して起きて来て下さいね?」

 そう言うと、部屋から出ていく。


 昨日と違って、今日は焦って支度をする必要は無さそうだ。

 ゆっくり起きて行っても、きっとミオはそれすらも悟って俺が起きてくるタイミングに合わせ、ちょうど温かい食事を用意して待っていてくれるだろう。


 ミオはそういう子だ。


 こっちの世界は本当に素晴らしい。

 これは、こっちの世界に祝福をしたりしなかったりしそうになるな。




 そう、俺は眠ることによってこっちとあっちの世界を行き来している。

 仕組みは知らん。

 そういう風に出来ているのだからそうなんだろう。


 これは、別に俺だけが特別でそうなっているわけじゃない。

 世界の人間全てがそうなのだ。

 ……と思う。


 あっちの世界で、理不尽なクレームを言ってきたおばさんも、こっちの世界のどこかにいるのだろう。


 ただ基本的には、あっちの世界でこっちの世界の話をすることは禁忌となっている。

 それは誰かがそう決めたとか、そういう法律があるとかそういう訳ではなく、暗黙の了解だ。

 とにかくそうなっている。


 だから、あっちの世界の友人とこっちで会ったとしても分からない。

 その理由はもう一つあり、初めてこっちの世界に存在することになった際に、別の人間として存在しているので、あっちの世界の友人が必ずしも同じ姿とは限らない。

 なんなら、同じ性別であるかすらもわからない。


 俺は、見た目に関しては、あっちでもこっちでもほとんど差がないが、人によっては大きく違うらしい。


 そうなると、あっちとこっちの親はどちらの親が本物か?などという疑問が出てくるかもしれないが、それも、どちらも本物なのだ。

 いや、あっちの世界には出生届(しゅっせいとどけ)やら母子手帳、住民票などの証拠もあるので、一見すればあっちで誕生し、こっちと行き来をしているように思えるかもしれないが、こっちでも確かに産まれて育った自分がいるのだから、それは分からない。


 人間の記憶なんて実は結構あやふやなもんだろ?


 産まれた瞬間の記憶とか、どうやって生きて来たなんていうのは、断片的には思い出せるかもしれないが、一分一秒正確に思い出すことなんてまずできない。


 他にも、通常であれば、あっちでもこっちでもどちらかで命を落とせば死ぬ。


 例えば、こっちの世界でゴブリンに殺され命を落とした場合は、あっちの世界では、心不全、心臓麻痺による突然死、ウィルスや持病による急死、年齢次第では、年齢による寿命が来たと処理される。


 あっちの世界でニュースになっていた心臓麻痺の男は、昨日浮気を妻に(とが)められた尻もち男だったのかもしれない。

 あの事件の後、その怪我が原因で亡くなってしまったのだろう。


 そしてそれは、逆もまた(しか)りだ。


 あっちの世界で、事件や事故など何かしらの理由で亡くなった人間は、こちらの世界でも突然死として命を落とす。


 だから、どちらかの世界で死ねば死ぬ。


 そのままの意味だ。


 特殊な例外がある場合もあるらしいが、それはまたそれだ。


 とにかく、どちらかの世界が偽物(にせもの)なわけではなく、生きている以上はどちらも本物ということになる。


 それを、眠ることによって行き来しているのだ。


 あっちにせよこっちにせよ、活動していない、眠りに就いている方の体は、体を休ませることができているので、あっち側の疲れがこっち側の疲れになることはない。


 なんというご都合主義。


 素晴らしいこの世界だ。


 まぁ、精神的に沈むことはあるかもしれないが、物は考えようってやつだ。

 わざわざ考える必要のない嫌なことを考える必要はないだろう。




 ミオの作ってくれた食事を食べ終え、俺は二人に今日の希望を確認する。


「さて、今日はどうしようか?」


「あの……。」


 ミオが口を開く。


「私……昨日のリベンジがしたいんです!」


「……リベンジ?」

――ああ、ゴブリンの件か……。


 でもあれは、予想外の出来事だし、最悪の事態にもなっていないので、さほど気にする必要もないと思うのだが……。


 それに、昨日そこそこ稼げたので、そこまで頑張らずにゆっくりしてもいいと、そう思っていた。


「ダメ……でしょうか?」

 ミオの表情が少し曇る……。


「私も頑張りますので、お願いできませんか?」

 ベルがミオのフォローをする。


 二人に頼まれてはノーとは言えない。


 そうだな……。

 せっかく、ミオもベルもこう言ってくれたのだ。


「――よし、分かった!」


 少し考え、俺は続ける。


「……でも、今日はゴブリンはやめよう。」


「……仕方ないですよね……。分かりました……。」

 ミオは完全には納得していない様子だったが、とりあえず頷いてくれた。




 ギルドに到着し、さっそく掲示板を確認する。

 今日もたくさんの依頼が張り出されている。


 良さそうなものを見つけるのも一苦労(ひとくろう)だ。

 だが今日は、ある程度理想としている依頼がある。


「――あった。これだ!」


 森の近くの湖で大量のスライムが出現しており、近くを通りかかった人間を襲っているというもの。


 そのスライムを可能な限り退治してきて欲しいというものだ。


 これなら、ゴブリンほどの脅威にはならないだろう。


 また、ミオの自信を回復するにも一役買ってくれるであろうことは期待できる。


「……どうだ?」

 俺は、ミオとベルに確認する。


「はい!わかりました!頑張りますね!!」

 ミオは気合充分といった様子で答える。


「私も頑張ります!」

 ベルも答える。


「よし……じゃあ、さっそく向かおう!」




 依頼にあった森というのは、昨日ゴブリンと戦った森のことだ。


 その近くの湖。

 湖の周りには木々が生えている。

 森の中ほど見通しは悪くないが、警戒するに越したことはないだろう。


 目的の湖は、到底魔物が出るような湖とは思えない程に透き通っていて綺麗な湖だ。

 飲んだことはないが、この水を飲んだところで害はないだろうし、ここで水遊びをすることも可能だろう。


 そんな場所だ。


「スライム……一体どこに……?」

 そんなことを言いながら、湖の近くまで行き、辺りを見回していると……。


 足にピリピリとした刺激があった。


 足元を確認する……。


――スライムだ!

 しっかりと巻き付いている!


 俺はすぐに呪文を唱える。


「ライトニング!」

 効果は抜群だった。

 そりゃ液体だ。

 電撃は効果が高いのだろう。


 スライムの巻き付いていた部分の装備は、少し溶かされてしまっている。


 そして、自分の放った電撃で自分にも少しダメージがあったのは内緒だ。


 俺は、二人にも注意を促す。


「ミオ!ベル!気をつけろ!!」

 そう言いながら、二人の方へ視線を向ける。


――すでに囲まれてしまっていた。


 スライムは、湖の水に直接触れることはできないようだが、30~40匹程度のスライムが、湖の(ふち)にいる俺たち三人を囲んでいる。


「ライトニング!」


「アクアスライサー!」


「ウィンドカッター!」


 それぞれ魔法で応戦する。

 俺は短剣も併用しつつ、コツコツ数を減らしていく。


 スライムを倒すためには、体の中心にある黄色い球体、核に対しダメージを与えるか、破壊する必要がある。

 そこまで脅威となることはないが、魔物には違いない。

 気を抜けばやられもする。


 三人で別々で倒していっても倒せる程度ではあるし、実際に少しずつ数も減っていっている。


 しかし、どことなくベルの攻撃だけ効果が薄いように見える。

 俺やミオの攻撃は一、二発放てば倒せるのだが、ベルは二、三発必要なようだ。

 大した差ではないのかもしれないが、やや手こずっているようにも見える。

 スライムの液体の体が、風の威力を弱めているのかもしれない。


 数も減ってきた。

 そう思っていた。

 だが、視界から外れていたスライムの数匹が集まり、重なり合っている。

 大きさとして六、七匹といったところだろうか。

 バラバラだったそれぞれの核が融合し、大きな核となる。


 すると、重なったスライムたちが人型へと形を変え始める。


「――これはっ!!」


 美少女だ!!!


 おそらく、今まで襲った女性をモデルにでもしたのだろう。


――――倒せん!!むしろ……持ち帰りたい!!……持ち帰りたいっ!!!


「……アイラさん?」

 優しい声の中に怒りの含まれたミオの声が、少し離れた場所から聞こえてきた……。


「――はっ!!」

気付いて、ミオの方を振り返ると……。


――――ドゴオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!!


途端に、美少女スライムの居た場所から、凄まじい濁流の轟音が聞こえた。


「グランドアクアレイザー」

 ミオはにこりと笑う。


 うん、優しそうないい笑顔!

 魔法を放ってから技名を唱える斬新なスタイル!!

 まぁ、そもそも無言でも魔法は撃てるわけだしね!


 少し距離があるのと、髪で隠れて顔がよく見えなかったが、ミオは少し影のあるような、きっと気のせいのような、そんな素敵な笑顔を俺に向けてくれた。


 そして、再度スライム退治に戻ろうと、美少女スライムの方を見ると……ちょっと大きな水溜まりがあるだけで、何もなくなっていた……。


 いやー……美しい水溜まりだぜ。

 水がキラキラと輝いてやがる。

 キラッキラに輝いてやがるっ…!


 俺は、そんな下らないことを考えていた…。


 直後、後ろから聞こえてくる。


「――あっ、やっ、いや……止めてくださっ……わぷっ……――――。」

 声の聞こえた方を振り向く。

 どこかからまた出てきたのだろう十……数匹のスライムのサイズの水の塊の中で、ベルが溺れている。


――――ゴボゴボ……。


 このまま放置すれば、ベルは窒息してしまうだろう。

 早く助けなければならない。


 しかし、ミオや俺の攻撃を放てば、ベルに怪我をさせてしまうことはほぼ間違いない。

 それは避けたい!どうするべきか……。


 俺は覚悟を決める。


 スライムの核目掛け、飛び込むようにしてスライムの核へ斬りかかる!!


「――当たれ!!」


 融合した事によって核も大きくなっていた。


――シャッ!


 万が一失敗していたなら、ベルの二の舞になっていただろう。

 その時はきっとミオがどうにかしてくれただろうが、ともあれ今回は上手くいった。


 核を斬ったことによって、スライムはただの水の様に零れ、消えていく。


「――ケホッ!コホッ!コホッ……!」

 体の中に入った液体を吐き出すように、ベルは咳込む。


 どうやらベルが意識を失う前にスライムを倒すことができたらしい。




「――大丈夫か!?ベル!?」

 意識の遠い顔をしているベルに呼びかける。


「――あっ……ひくっ……アイラさぁぁぁん!――――うわぁぁぁぁぁん!!」

 溺れて死にかけたのだ。

 怖かったのだろう。

 泣きながら抱き着いてくる。


 ひとしきり泣き、少しずつ落ち着いて来た様子だった。


「……大丈夫か?ベル?」


「ぐすっ……ひっく……はい……。」


「……さて、それじゃあ……帰るか。」


 俺はベルを大事に抱き上げ、三人一緒に家へ帰る。




 家に到着し、ミオとベルに留守を任せ、俺はギルドへ報告をしに行った。


 報告の際に聞いたのだが、どうやら今回退治したスライムの中には、少し特殊なスライムも含まれていたそうで、予想外の稼ぎになった。


 ゴブリンよりも稼ぎとしては少なく見積もっていたのだが、結果的に一ヶ月は普通に生活できる程度の報酬を貰う事ができた。


 こっちの世界での俺は、ちょっとだけ運が良いのかもしれない。




家に帰り、特殊なスライムだった事などを食卓を囲みながらベルやミオに話した。


「そうだ、最近何かと大変だったし、たまにはどこか出掛けないか?」

 そう思い付き、提案する。


「いいんですか?」

 ミオが聞いてくる。


「当たり前だろ?みんな頑張ったんだ。たまには何か楽しい事でもしよう。」


「ありがとうございます!楽しみにしてますね!」

 ベルが目をキラキラさせながら、期待していることを素直にぶつけてくる。


「私も、期待してますね?」

 ミオも返答をくれ、素敵な笑顔を向けてくれた。




食事を終え、風呂も済ませる。


「――あ、あの……アイラさん?」

風呂から出た後、しばらく部屋でぼうっとしていると、ベルがやって来た。


「……ん?どうした?ベル……?」

 俺はベルを部屋に迎え入れる。


「あの……アイラさん……。」

 ベルはもじもじと何かを言いたそうにしている。


「なんだ?どうした?」

 昼間スライムに襲われたせいで、体調でも悪いのだろうか?


「――あ、あの……えっと……私を、ギュッとしてもらえませんか?」

 俺の心配を他所(よそ)に、ベルは顔を真っ赤にして言葉を絞り出す。


「――え?」

 突然のことにベルが何を言っているのか分からなかった。


「――だ、だから!私を、抱き締めて欲しいんです!!」

 ベルは再度、突拍子もないことを言う。

 もしかすると昼間溺れかけたことがまだ怖いのかもしれない。

 そんなベルが一生懸命言葉を絞り出してくれたのだ。

 それを断るなんてことは失礼だろう。

 それに、こんな様子のベルを放って置くこともできない。


「…………分かった。」

 そう答え、俺はベルのことを抱き締める。


「アイラさん……。」

 ベルも俺の体に腕を回し、抱き付いてくる。

 それに対して俺は、ベルを抱きしめる腕にさらに力を込める。

 すると安心したように、ベルの体からは力が抜ける。


「ベルはこんなに小さい体でいつも頑張ってくれてるんだな。ありがとう。」

 抱きしめたベルの体があまりにも小さく感じ、そんなことを口にしてしまう。


「いえ、私こそありがとうございます。アイラさんの体は大きいんですね。きっとこれからもこの体で私のことを守ってくれるんですよね……?。」

 ベルも俺の言葉に返すようにそんなことを言う。


 しばらく抱き合い、お互いの体温が溶け合うような錯覚を覚えた頃、どちらからともなく腕を放す。


「……えっと……ベル……?」

 腕を放した後、ベルの顔を見るとなんだか急に照れ臭くなり、何を話していいか分からなくなる。


「あ、あの、えっと……も、もう大丈夫です!ありがとうございます!本当は、お喋りしようと思ってましたが、大丈夫になったので……ありがとうございます!」

 ベルは顔を真っ赤にしてそんなことを言った後、慌てて部屋から出て行った。

 ベルも俺と同じように照れ臭くなってしまったのだろう。


さて、今日も色々なことがあったし、体が冷え切る前にさっさと布団に入って寝てしまおう……。




「―――アイラさん?……アイラさん?」

 布団に入り、うつらうつらとしているところにミオの声が聞こえた気がした。

 お?なんだ?朝か?


 そんなわけはない。

 まだ布団に入って間もないはずだし、外も暗い。


「ん……?なんだ……?どうした……?」

 一応の返事をする。


「お休みのところすみません……。」


「……ミオ?」

 既に活動を停止し始めている頭では、ミオが何を言おうとしてるのか分からなかった。


「……ベルさんばっかりずるいです。私も……。」

 小声でいまいちよく聞こえなかったが、背中越しにミオの声が聞こえた。

 その直後、背中に暖かい体温を感じる。


 ダメだ。

 もう眠い。

 このまま睡魔の誘いに導かれて落ちるしかないだろう……。

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