ゴブリン退治
「――この辺りだな……。」
森だの草原だの荒野だのの境って案外曖昧で、そこで綺麗にすっぱり分かれている事は少ない。
森に向かうにしても、段々と木々が増えてきたなー……とか思ってると、たくさんの木々に囲まれた森だったりする。
そんなもんだ。
そんなわけで俺たちは今、森の中にいる。
突然背後から襲われる事もある。
俺を含め、3人は周りを最大限警戒しながら、ゴブリンを探す。
俺の武器は短剣だ。
ダガーと言ってもいいだろう。
それを両手に持って戦う。
そういうスタイルだ。
銃も使うが、銃は弾丸がもったいないので、滅多には使わないようにしている。
お金、大事。
武器は、自由に出し入れができる。
いや、自由と言うと語弊があるかもしれない。
俺の場合は、家にある装備の置いてある倉庫に転送用の魔法陣を仕込んであり、必要に応じてそこから武器を取り出したり収ったりしている。
まぁ、魔法陣など無くとも、イメージさえ出来れば転送も可能なのだが……さすがに、家の倉庫の形や、倉庫にある装備の状態、その武器の形状のイメージなど、それら全てを寸分違わずイメージできるような気がしないので、自分が覚えやすい適当な形の魔法陣を使い、空間から転送した武器を取り出す。
それに、その方が素早く出し入れも出来るしな。
魔法陣の形は、自分が意味を理解してさえいれば、なんでもいい。
逆に、そんなものは不要で必要最低限の自分の得意な武器だけ持っていればいい。
なんて言うやつもいるだろうが、それはそれで個人の好きにすればいいと思う。
あとは、ゲームとかだと職業やクラスなんていう分類分けがされていることもある。
故に、そのせいで武器に制限があったりする。
などということもない。
使おうと思えば、大剣だの槍だの弓だの盾だのも使えるし、さらには魔術も魔法も呪術も使える。
他にも、使い魔だの式神だのを召喚する事なんかもできる。
まぁ、そういう事ができる世界なので、できる。
できる事はできるのだ。
ただ自分が使いたい武器を使って、やり易い方法で戦闘をしているというだけの話だ。
そして、ミオが主に使用するのは、水の魔法と回復系の魔法だ。
ベルも魔法を使う。
主に風の魔法と、身体強化系の魔法を使用する。
長くて格好いい詠唱などは別に無いが、魔法を使用する際には、過程と結果をイメージする必要がある。
イメージし易いように詠唱をしたり、技名を言ったりはする。
詠唱はしなくても良いが、唱える事にも意味はあるということだ。
主に、俺が前に出て直接的な戦闘をし、2人に援護、補助をしてもらいながら戦闘をする形だ。
また、ステータスやレベルといった概念も無いといえる。
筋力は、体を鍛えれば鍛えた分だけ強くなるし、足の速さなんかも一緒だ。
魔法も、使えば使うほどイメージがし易くなるので強くなっていく。
武器も同様だ。
使えば使うほど、より良い使い方が分かるようになるので、より上手く使えるようになる。
例えるなら、毎日機械修理の仕事をしている人間が、たくさん修理を重ねていく内に、どんどん修理が上手くなり、より正確に、より早く修理できるようになっていくようなものだ。
ステータスとして表現するなら、熟練度とでもいったところだろうか。
あとは、人間も生き物なので血をたくさん流せば死ぬし、たくさん動いたりトリッキーな動きをしたりすれば疲れる。
魔法の場合も、頭をたくさん使えば疲れるし、お腹も空く。
数値化しようとすればできるだろうが、わざわざ数字にしなくても、自分の事は自分が一番よく分かるだろう。
だから、一緒に戦闘をする仲間は、周りをよく見ることのできる仲間が必要だし、敵が強力であれば、回数を積んでいて、信用できる仲間が必要でもある。
さらに、補助、回復をメインとする仲間は、特に優秀な人材である必要があるだろう。
――――ガサガサ……――。
近くの茂みが揺れる。
「――ゴブリンか!?」
別にゴブリンを専門でスレイする冒険者なわけでもないが、ゴブリン相手でも気を抜かない。
そもそも、ゴブリン相手でも死ぬときは死ぬ。
揺れた茂みに、慎重に近付く……。
「――――キャキャッ!」
――ゴブリンだ!
こちらが近付いたタイミングを見計らって、飛び掛かってくる。
即座に、構えていた短剣で斬り返そうとするが……。
それよりも早く、状況は変化する。
「――ウィンドカッター!」
最後尾にいたベルの声が聞こえるとともに、空気の刃が空間を切り裂き、目の前のゴブリンは真っ二つになっていた。
「――ベル!」
まったく……頼りになる!
その直後。
「――シフタ、ア-マー、ファースト!」
続けて、すぐさま呪文が聞こえ、少し体が強くなったような気がする。
それぞれ、筋力強化、耐久強化、素早さ強化とでもいったところだ。
これも、意味さえ分かれば呪文は割と何でもいい。
アーム、シールド、スピード。
そんな言葉であったとしても、効果をイメージできさえすれば、その魔法として機能する。
ゴブリンを倒したにも関わらず、すぐにそんな強化の魔法を使った事には意味がある。
ゴブリンは大概、群れで行動するからだ。
1匹いたという事は、近くにまだ数匹、あるいはそれ以上隠れている可能性がある。
生殖本能が旺盛故の性質でもあるのかもしれない。
的確な判断だ。
案の定、倒したゴブリンが隠れていた茂みの向こうに、数体のゴブリンが彷徨いているのが見えた。
まだ、こちらには気付いていない様子だ。
俺は、最後尾に控えていたベルを呼ぶために、手で合図を送る。
1体目のゴブリンに逸早く反応したベルと共に奇襲をかけるのが、最も効果的と判断したためだ。
すぐ後ろに控えていたミオには、視線で合図を送り、回復と援護をしてもらうように促す。
ミオも、その視線を察知して、頷き返してくれる。
――――茂みに隠れたまま、機を見計らう…………。
茂み越しに彷徨いていたゴブリンの全てが自分たちの潜んでいる茂みと反対側を向くのに合わせて、俺は……真ん中のゴブリンに飛び掛かり、斬り付ける!
無言で斬り付けてもいいが、折角だ。
技名でも叫んでみよう。
「――フレイムスラッシュ!」
なんて分かり易い。
右手の短剣に炎を纏わせて斬り付けた。
ゴブリンの首を落とす。
一撃だった。
「――ウィンドカッター!」
俺が斬り掛かるのとほぼ同時に、ベルも一番離れた所にいた外側のゴブリンに向けて、風の刃を放っていた。
俺は、右手の短剣でゴブリンの首を落とし、その勢いを利用して左手の短剣ですぐ近くにいたゴブリンの腹部に一撃を叩き込む!
……浅い!――浅かった!絶命させる事ができていない。
すぐさま、ゴブリンの首を切り落とした右手の短剣で、もう一撃斬りつける!
「うぎゃあああああっ……あぁ…………。」
ゴブリンは、悲鳴を上げながら倒れる。
俺が2体のゴブリンを倒している間に、ベルは俺から離れた外側のゴブリンを、既に倒してくれていた。
少し遅れて俺の隣に走ってきた低めの視線に目を合わせ、笑い合う。
「よし。やったな!」
フラグである。
なんと分かり易い。
「――やっ、いやっ!やめてくださいっ!!」
自分たちが飛び出てきた茂みの方から、ミオの声が聞こえる。
振り返ると、ミオの背中にはゴブリンが抱き付くような形で飛び付いていた。
ゴブリンを引き剥がすためにミオに駆け寄る。
だが、それより早く聞こえる。
「――ウィンドカッター!」
その魔法によって、ミオに抱き付いていたゴブリンが、跳ね飛ばされる。
跳ね飛ばされたゴブリンは、俺たちに勝てないと悟ったのか、逃げようとする。
そこにミオの声が響く!
「――――アクアスプレッド!!」
抱き付かれていたミオは怒っていた。
逃げようとするゴブリンに向けて、凄まじい質量、体積の、巨大な水の弾丸をぶつける!
そのさまは、宛らそのゴブリンのみをピンポイントで狙う滝のようだ。
まぁ、実際、狙っているのだし当然だろう。
だが、正確に言うのであれば、滝のように膨大な量の水ではなく、散弾銃の様に細かい水の粒がゴブリン目掛けて大量に放出されている。
その粒の多さとスピードから滝のように見えているのだ。
いくら膨大な量の水だとしても、滝であれば押し流されるだけに留まるだろう。
あるいは、潰されるといったところだろうか。
だが、そこにいたゴブリンはそのどちらでもなく、瞬時に消し飛んだのだ。
まさに、跡形もない。
これこそ、ミオの感情の爆発がどれほど恐ろしいかという証明にもなるだろう。
ゴブリンを消し飛ばし、ミオは冷静になったのか、へたり込む。
――――ミオは強い子だ。
俺の知ってる漫画やアニメのヒロインなんかは、ここで、怖かったーなどと言いながら大号泣しだしたり、最優先でミオを助けなかった俺に対して「なんで助けてくれなかったのよ!バカ!!こっち見んな!!」などの様にキレたりする女の子なのだが……ミオは違う。
「――あ、あの……あ、ありがとうございます……。」
へたり込むほど怖かったにも関わらず、ベルに対し、お礼が言える。
これがミオなのだ。
この子は、俺が護る!俺は、改めて心に誓った……。
「――――今日は、これくらいにして帰るか……。」
そう2人に投げ掛ける。
「そうですね!そうしましょう!」
ベルがすぐさま返答をくれる。
この子も本当に優しくて良い子だ。
「はい……。」
ミオももちろん反対しなかった。
一度家に戻り、ミオには風呂にでも入ってゆっくりするように伝え、ベルにはミオと一緒にいてもらうように頼む。
俺は、ギルドへ、ゴブリン討伐依頼の報告をしに行く。
報酬は大体、一週間普通に生活ができる程度のものだった。
帰り際に適当に食料を買い、家に着く。
今日はミオの気分も沈んでいることだろう……。
と、いうわけで、俺が夕食を作る。
メニューは、卵でピーグルのひき肉と、発酵させた乳を一緒に包んだ料理だ。
要するにオムレツだ。
こっちの世界でも、あっちと同じような食材があり、同じような料理が作れる。
大変ありがたい限りだ。
3人で食事を済ませ、風呂に入り、今日あった事をミオを励ましつつダラダラと話す。
そんな1日が、俺の日常だ。
今日も疲れたな……。
少し早いが、そろそろ眠るとしよう。
「おやすみ。」
ミオとベルに声をかける
「はい、おやすみなさい。」
2人とも返事をくれたのを聞き、眠りに入る……。