修羅場
どこかから女性の声が聞こえてくる。
「――あんた!!また浮気したの!?ふざけんじゃないわよ!!いい加減にして!!もう2度目は無いって言ったでしょ!!」
森に向かう途中、そんな声が道沿いの家から聞こえてくる。
「また私の居ない間に!!……殺してやる!あんたを殺して私も死ぬ!!」
泣き声のような怒鳴り声のような、なんにせよ、これ以上ないってくらい興奮している声だ。
――バンッ!!
凄まじい勢いで、少し先にある家の扉が開き、声の聞こえた家から、逃げるように女が出てきた。
それに続いて、男も慌てて外に出てくる。
勢い余って、外に出るや否や扉の前でしりもちをつく形になっている。
「や、やめろって!これは違うんだって!誤解なんだ!昨日一緒に酒を飲んでて、酔って帰れなくなったって言うから……!」
なんてありきたりな言い訳なんだ……。
そんなの自白しているようなもんだぞ、しりもち男よ。
どうやらよくありがちな、妻が留守の間に他の女性を家に連れ込んで、朝まで一緒に眠ってしまったというやつらしい。
そこに妻の女性が帰宅してきてしまった。
と言ったところだろう。
男の言い訳を聞き、刃物を持った女の怒りは、ますます膨れ上がった様子だ。
「うるさい!!許さない!!……殺してやる!!!」
刃物を持った女は、そう言い放つとともに、間髪入れず刃物を振るう。
――スパッ!
直後、男は痛みに顔を歪めた。
「う……ぐぅ……。」
男は右腕を切られたようだ。
最初に家から逃げてきた女性は、信じられないものを見たといった様子だった。
「――――いやあああああ!!」
男が切られたのを見た女性は悲鳴を上げ、すぐさま走って逃げていく。
止める間も無く、あっという間の出来事だった。
放って置くわけにも行かず、声を掛ける。
「……えっと……大丈夫ですか?」
我ながら、ダサい一言だ。
大丈夫なわけがない。
そんなもの、見ていれば分かった。
だが、一瞬にして起こった出来事に呆気に取られ、俺はこんな一言しか出てこなかった。
「う……ううう……。」
血の付いた刃物を持って立ち上がった女は、袖で涙を拭くように泣き続けている。
背を向けて、家の中へと戻って行く……。
――カラン……。
女が右腕に持っていた刃物が、地面に落ちる。
「う、腕が……腕が、動かない…………。――うわあああああん!!」
男に裏切られた悲しみからか、切り付けてしまった罪の意識からか、突如腕が動かなくなった事へのショックからか、家の扉の前で、男を切り付けた女は大声を上げて泣いている。
そう、これがこの世界における、人を傷付けた際のデメリットだ。
いや、そもそも人を傷付ける事に、メリット、デメリットという言葉を使う事自体もどうかと思うが、傷付けた側は、傷付けられた側と同じ損傷を負う。
仮に、殺害したとしても、自害でもしなければ死ぬことはない。
だが、例えば相手の目を刺した人間は、失明したり、常に目に痛みを伴うようになったりする。
今回のように、腕を傷付けた場合には、生きている限り、その一部に痛みを感じ続けたり、その部位が機能しなくなったり、壊死して切り落とさなければならなくなったりする。
それ故に、今回のような事件は本来起こり得ないのだ。
人を傷付ければ、傷付けた人間は、死ぬよりも辛い思いをし続ける事になるのだから。
また、周りから見ても人を傷付けた人間は一目で分かるだろう。
要するに、人を傷付けた人間は、世界から死ぬよりも辛い罰を与えられることになる。
それ故に、人は人を傷付けないのだ。
傷付けないし、傷付けられないのだ。
男を切り付けた女は、泣きながら家の中へと戻って行き、切り付けられた男は、自警団の連中に治療のためギルドに運ばれたようだ。
ギルドは、医療等も含め、あらゆる業務を担っている。
クエストや依頼など以外にも、困った場合はギルドに行けば、大抵何とかなるようになっている。
また、自警団というのも、組織として存在するというよりも、自警団として活動したい個人連中が集まって、結果的に自警団として機能している。
世界には本当に色んな人間がいる。
「……さて……森に向かうか……。」
俺は、衝撃的な光景を前にして、沈んでいた空気を変えようと口を開く。
「ミオも、俺の事いきなり刺したりしないでくれよ?」
空気を和ませようと、冗談っぽくそんなことを言ってみる。
「フフフ……。アイラさんが浮気しなければそんな事しませんよ?」
ミオは、笑顔で切り返してくる……笑顔で……。
笑顔の筈なのに、なぜだろう?雰囲気が怖い。笑顔が、怖い。
怖かったので、俺はすぐに話を逸らす。
「さてー、じゃあゴブリン退治に向かいますかー!」
「「はい」」
ミオとベルの2人は、明るく返事を返してくれた。
読んで頂き、ありがとうございます。
退屈な説明が多めとなりますが、
ここまでで、大体の世界観を掴んで頂ければと思います。
ちなみに、ヒロインの声に関してですが、
ミオは下屋則子さん
ベルは佐藤聡美さん
のイメージにて脳内再生しながら書いておりますので、
良ければ参考にして、試してみていただければと思います。
それでは、続きも楽しみに、のんびり待っていただければと思います。
どうぞよろしくお願いします。