サキュバスとの遭遇
俺たち三人は、町の周辺で被害があったと言っていた受付のお姉さんの言葉から、町と外との境界辺りに来ていた。
ふと遠くを見ると、戦闘をしているらしい影が見える。
20~30体程度のサキュバスに対して、数人の人間が相対していた。
一番印象的だったのは、全身をフル装備で固め、柄の部分が長尺の斧を軽々と振り回す女性だった。
一度に、二、三体襲い掛かってくる、長い爪を立てたサキュバス相手にその一振りで応戦する。
「あのフル装備の鎧……女性だったのか……。」
そんな凄まじい女性もいるのかと感心する。
男性にも負けず劣らず……いや、むしろ男性なんかよりもずっと強いのかもしれない。
そもそも今、男性のほとんどは使い物にならないわけだし、まさしく男性よりも強いのだろう。
他にも、鋭く綺麗な長剣を構え、その剣に負けず劣らず綺麗な髪を揺らしながら、サキュバスの攻撃を捌く麗らかな女性の姿もある。
その後方では、その二人に致命的な攻撃をさせないよう弓で援護をするもの。
さらにその後方には、一見弱々しく、決して動きが素早いわけではないが、的確なタイミングで魔法を放ち、前に出て戦う二人が応戦しきれない相手を的確に狙って攻撃する女性。
そしてその隣で、実は一番周りが見えているのだろう回復を担っている女性が、他の全員の小さな傷も見逃さず、間髪入れず、確実に治療を施していく。
このパーティは放って置いてもまずやられることはないだろう。
俺は、自分の周りを警戒することにする。
すると、少し先の物陰に、サキュバスと思われる影が見える。
まだこちらに気付いた様子はなく、確認するため慎重に近付く……。
「――ひややっ!?」
気付かれてしまった。
「……あなたも、私たちの邪魔をするんですか?」
オドオドとした口調ではあるが、敵意を向けてくる。
「…………あ……えと……。」
そのサキュバスは俺の方を確認し、何かに気付いたようだ。
「……その……あなた……男の方……ですよね……?」
明らかではあるのだが、念のために確認してきたのだろう。
「……そうだ。それがどうかしたのか?」
敵意が少し緩んだような気がしたので、警戒は解かないまま返事をしてみる。
―――それにしても可愛い……。
頭部には、人間ではなく、明らかに魔物だと判るそれが生えている……。
身長はベルよりも少し大きいが、一般の成人女性に比べると低いだろう。
そして……既にスタイルが良い。
胸も大きく、柔らかそうな体をしており、魅力的だ……。
敵でなければ、抱き締めていたかもしれない。
いや……敵だとしても抱きしめたい!!
少し話をしてみたいところだ……。
「いえ……その……。」
目を逸らし、チラチラと俺の方を上目遣いで確認する。
「あ……あの……。」
歯切れが悪い……。
こちらから質問をしてみよう。
「……どうしてこの町を襲うんだ……?」
「――え……あの……私たちのいた近辺の町が夜中に魔物に……。」
サキュバスは、急な質問に少し驚くが、なんとか答えようとしてくれる。
だが、いまいち話が見えない。
それでも、話をする気はあるようなので、武器をしまい、警戒を解く。
「……それに、何の関係があるんだ?」
意味が分からず、突き放すような言葉遣いになったが、少しだけ優しい声で聞いてみる。
「その……それで、男性がたくさんいる町だったんです!それなのに……。」
要領を得ない。
「それで……私たちも生きるためにこうするしかなくて……。」
言葉が弱々しくなっていく……。
内容はよく分からなかったが、どうやらこのサキュバス……いや、サキュバスたちに何かがあり、困っているようだ。
さて……どうしたもんか……。
可愛いし……。
「――倒しちゃいませんか?」
おおう……。
容赦のない……。
ミオが提案する。
ミオは時々、こういうところがある。
いや、聞き間違いかもしれないし、聞き直してみよう。
「……え?なんて?」
「倒しちゃいましょう?町を襲ってきた魔物には変わりありませんし……。放って置いては被害が増えるかもしれません。」
すかさず返答。
なるほど……確かに一理ある……。
「あ……あの!ごめんなさい!でも、こうするしかないんです!!」
聞こえてはいなかっただろうが、そんなやり取りの様子を見て、サキュバスが口を開く。
本意では無いのかもしれないが、敵意が向けられる。
「――やっぱり!倒します!ウォータースプラッシュ!」
ミオがそれに反応し、すぐに応戦する。
威力は弱いが、サキュバスに向かって水の魔法を放った。
威嚇射撃のようなものだろう。
「――まっ……!―――わぷっ!」
制止するため、言うと同時に体がとっさに動き、サキュバスを背にして守るように立ち塞がってしまう。
「や、やめろ……。」
いつもは隣やうしろにいてくれるミオやベルを、まさか戦闘中に正面にし、敵対する日がこようとは……。
「ま、待て…。」
俺は、ミオの放った水を顔面に受けて、そこそこの痛みを感じながら言う。
もう少し話を聞いて、倒す以外の選択肢を探してもいいと思った。
なにより、可愛いし……。
「―――あ……あの……!!」
おそらく、サキュバスがこの場で一番驚いている。
「アイラさん!退いてください!そのサキュバス、倒さないと!!」
上手く伝えたい言葉が出てこないサキュバスを他所に、ミオは言う。
――怖いわ!修羅場か!!
「だから、待てって!もう少し話を聞いてからでもいいだろう……?」
「……私も、手伝います。きっと、アイラさんはサキュバスに魅了されてしまったんです!」
ベルも一歩前へ出てくる。
なんてこった……。
二人のコンビネーションが最高じゃないか!
「――へ?え……?あ……あの……?」
サキュバスはどうしていいか分からない様子だ。
おそらく今、一番ヒロインしているのはサキュバスだろう。
「―――あ、あの!ごめんなさい!!」
じりじりと対峙していると、サキュバスがようやく言葉らしい言葉を放つ。
そして、言うのとほぼ同時に、俺の背中に跳び着く。
そのまま首にくるりと手を回し、俺の正面に回り込み、口付けをしてくる。
「―――なっ!!?」
サキュバス以外のその場にいた全員が驚く。
「――ん……んん…………ぷはっ!」
軽い接吻だったが、俺は魅了されてしまう。
別にそういう能力や効果ではない。
可愛い女の子に突然口付けをされれば、そうなるもんだろ?
「……え?あ?……え?」
俺は混乱する。
ミオとベルの敵意はうなぎ上りだ。
なんてことをするんだ!可愛いサキュバスちゃん!
ミオとベルは、無言で小威力の魔法を放ってくる。
サキュバスと密着している俺にダメージを追わせないため小威力なのだろう。
だが咄嗟に、俺はサキュバスちゃんを抱き締めながら、二人の魔法をくるりと背中で受ける。
「うぐぅ……。」
俺が呻くと、サキュバスちゃんはまたもやよく分からないといった様子だ。
「……え?あの、え……?」
この時に気付いたが、もしかするとサキュバスちゃんは、悪役を買って出て、退治されようとしたのかもしれない。
そんなことをされたら、もう守り通すしかないだろう。
背中に、ミオとベルの怒りの圧を感じながらそう思う……。
いや実際、水と風の球をちくちくと一定のリズムで背中にぶつけられている。
「ま、待てって二人と……っ!?」
言いかけたが、サキュバスちゃんが再び跳び付き、口付けをしてくる。
「――んんっ!?」
俺は言葉を遮られ、喋ることができない。
「――ぷはっ!」
サキュバスちゃんが接吻を終え、妖艶な笑みを浮かべる。
「……うふふ……もう……わたし……どうなっても知らないんですからね……?」
そんなことを呟き、俺を押し倒す。
押し倒した俺の体をしっかりと捕まえ、逃げられないようにされる。
いや、力を入れれば逃げられなくはなかったかもしれないが、逃げられなかった。
「……うふふふ……えへへ……。」
艶めかしく笑いながら、俺の体に甘えるように抱き付いてくる。
――可愛い!
思わず抱きしめてしまった。
甘えられ、もう一度口付けをされる。
今度はわずかに体に脱力感を感じた。
サキュバスちゃんは、そのまま仔猫のように丸まっている。
少し酔っているようにも見える。
近くで見ていたミオとベルは、いつからか呆気に取られ、ただただ見ていることしかできなかったようだ。
だが、そうのんびりもしていられない。
サキュバスちゃんに事情を詳しく聴くために、起き上がる。
サキュバスちゃんは立ち上がらず、女の子らしい座り方でへたり込んでいた。
まるで酔っているような顔をし、艶めかしいオーラが出ている。
「……さっき言ってた、もともといた町っていうのは、サキュバスの君たちとどんな関係だったんだ?」
俺は興奮を抑えながら、質問する。
ミオとベルの殺気を背中に感じながら……。
「……えぇっとー。町の男の人たちとは仲良しで良い関係でしたぁ。」
サキュバスちゃんは答える。
酔っているかのような口調。
少し聞き取り辛い気もするが、実際に酔っているわけではない……はず。
なので、質問の返答としては間違っていない。
「じゃあ、夜中に魔物がやってきて、その人たちはどうなったんだ?」
その質問をすると、サキュバスちゃんは少し黙り込む……。
「……みんな……やられてしまいました……。うう……えぐ……。」
泣き出してしまった。
なるほど……。
つまりその町の男たち……おそらく、野生のサキュバスに精気を提供していた男たちが、一夜にして町ごと魔物に壊滅させられてしまい、サキュバスが生きるために必要なエネルギーを摂取することができなくなってしまった、と……。
そしてそれ故に、その壊滅させられた町の男性たちだけで賄えていた、大量の精気を必要とするサキュバスたちが溢れ返り、ついにはこの町にまでそれを求めてやってきた。
と、そういうことなわけだ。
よし、まずは、急いでギルドにそれを知らせに行く。
サキュバスたちをこれ以上退治しないように通達してもらうのだ。
そのあとは、実際に戦闘をしているサキュバスたちの説得をする。
俺は方針を決め、急いでギルドに向かう。