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アルラウネ退治

「――――いえ、帰しませんよ?」


 どこからか、女の声が聞こえた。


「――っなんだ!?」

 俺は息を()み、声を上げ驚く。


 (やわ)らかくなっていた空気が、一気に張り詰める。


「こっちですよ?このまま帰すわけにはいきません。せっかく私の前に来てくれたのですから、もっと遊んで行って下さいな。」

 声の聞こえた方を見ると、クラーケンを探している時にすれ違った、綺麗なお姉さんが立っていた。


 少しずつ近付いてくる。


 それに合わせるように、甘い(かお)りが頭をくらくらとさせる。

 あれは、アルラウネと呼ばれるモンスターだ。


 砂浜を(はさ)んだ海の反対側は、森に通じていたため、植物系のモンスターがいてもおかしくはない。

 人語(じんご)を話している辺り、そこそこ高位のモンスターなのだろう。


 アルラウネが近付くのに比例するように、甘い香りが強くなり、どんどん意識がふわふわとしてくる。

 遠目では気付かなかったが、アルラウネの花のような形をした下半身から、粉のようなものが舞っている。

 花粉か何かだろうか?

 おそらくその粉が、意識が遠退(とおの)いていく原因となっているのだろう。


 視界がぼやけ、体が浮いているような心地良い気持ちになっていく。


 アルラウネに対し、すぐに駆け寄っていったミオとベルの二人もふらふらとして、へたり込んでしまった。




――――体が……心地良い……意識が(とろ)ける……。


 いや、しっかりしないと!


 アルラウネは……どこだ!?


――――あれ?相野……さん……?


 アルラウネのいた辺りに、相野さんがいる。


―――――なぜだろう?なんでこっち側の世界に……?


 その相野さんが、微笑み、両手を広げ、まるで俺を待っていてくれているようだ……。


――――――おかしい……おかしいはず……なのに……。


 立ち上がり、ふらふらとしながら、相野さんへと歩み、近付く……。


 途中、ミオとベルが倒れて寝そべっている……。


 ちらりと横目に見えるが、そんな二人の間を抜けて、歩いて行く……。


 二人には目もくれなかった。


 両手を広げ、微笑み、俺を待っていてくれている相野さんへと、一歩一歩……歩みを進める。


―――――――なんで……こんなに……ふらふらするんだ……。


 早く、相野さんの所へ行きたいのに……。


 嬉しさともどかしさで、涙が出てくる……。

 あっちの世界で言われたことが、かなりショックだったからだ。


 だからこそ、今俺を受け入れようとしてくれている相野さんには、嬉しさでいっぱいだ。


 ん?あっちの世界……?いや、そんなことはどうでもいい……。


――――今は………………。


 あと少し……あと少し……。




 あと数歩の距離……。


 あと……。


 三歩……。


 二歩……。


 ふと、俺の横を黒い影が(かす)めた。




 途端。


――――ガシャン!


 音がする。


 それと同時。


「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ…………っ!!」


――あと二歩の距離、目の前にいた相野さん……。


 いや、アルラウネだ。


 アルラウネが炎に包まれ、絶叫……いや、断末魔(だんまつま)の叫びを上げながら苦しんでいる。


 砂浜で見た、美しい顔とは天と地ほどの差がある。

 恐ろしい顔でこちらを睨みながら、燃え、消えていく……。


 影が(かす)め飛んで来た方向を振り向くと、ミオが苦しそうにしながらも、何かを投げた格好でぐったりとしている。

 近くには、クラーケン退治のために備えた道具の入ったカバンが転がっていた。


 火炎瓶だ。

 ミオは、アルラウネに幻惑されながらも、火炎瓶を投げたのだ。


 当然、植物であるアルラウネに対して、炎は絶大な効果を発揮したというわけだ。


 状況を理解する。


 俺は落胆と安心、ミオに対する感謝。

 そのあらゆる感情に冷静になり切れず、何を喋っていいか分からなくなる……。


「―――あ、え……と…………。」


「――アイラ……さん……だいじょう……ぶ……です……か……?」

 俺の状態を察してか、ミオは苦しそうにはぁはぁと息を切らせたまま、俺のことを気遣ってくれる。


 ミオに駆け寄り、抱き起す。

 何を言っていいかは分からず、声も出なかったが、そのままミオを抱き締めた。




 少しして、俺は落ち着きを取り戻す。

 まだ力無いミオにありがとうの感謝の言葉を伝え、同じく力なく倒れているベルにも大丈夫かと声を掛けた。


 意識を失ってはいなかったが、二人とも、起き上がってすぐに歩くのは不可能な様子だった。


 少し強引な方法にはなるが、俺は転送魔法を使って帰ることを決める。


 本来は、町や宿屋など、外敵が()らず、それなりに落ち着ける場所から転送魔法を使うのだが、今はこんな状況だ。

 海の近くのため、野宿をするわけにもいかない。


 さらにいうなら、三人とも体力の限界をとっくに超えている。

 なんとしてでも帰る必要があった。




 俺は、飛行の魔法は使えない。

 飛ぶための器官(きかん)も無い状態で、空を飛ぶというイメージがどうしてもできないからだ。


 風の魔法で似たようなこともできなくはないが、自由自在に飛び回ったりはできない。


 いくらこの世界が自由といっても、不可能と思っていることはできないわけだ。


 つまり、人によっては、翼になるようなものを背中に着けるだけで、あっさりと飛行できる人間もいる……らしい。

 想像力が豊かなのだろう。


 本来なら、飛ぶ方法や飛ぶ想像、飛んでいる自分の姿などをイメージする必要があるのだが、そんなものをすっ飛ばして考えることができるということだ。


 まぁ、そういう特技を持ってるやつは、その反面、物理的な攻撃には全く頼れなかったりするという欠点もあったりするのだが……それはまた別の話だ。


 少し脱線したが、今回はその思い込みでどうにかできる部分を上手く利用するつもりだ。


 本来なら、外敵の()ない安全な町などから転送魔法を使い帰宅する。


 だが今回は、家にある倉庫の転送魔法用の魔法陣を使って、家の倉庫に帰ってしまおうと考えているわけだ。

 下手をすれば、その倉庫にある大事な装備品などがどうなるかわからないが、今は緊急事態。

 やむを得まい。


 俺は、ミオとベル、持ってきた道具などを可能な限り自分の手の届くところに置き、目を(つむ)る。


 意識を集中する。


 家の倉庫に描いた魔法陣をイメージする。


 今回は、自分の体は剣だとでもイメージしよう。


 自分は……装備品の一つなのだ。


 装備保管用の倉庫に転送されても、なんらおかしいことはない。


 ミオとベルの手を握る俺の手に、力が入る。

 ついでに、大事な道具や衣類の入ったカバンにも……。


――さらに集中し……イメージする!!




――――ガラガラ……!ガラン!ガシャーン!!


 なにかに突っ込んだ。


 周りでは、物と物のぶつかり合うような(すさ)まじい音がする。


 俺の体は、なにかの上に寝そべっているようだった。

 ミオとベルの手の温かさは、確かに感じる。


 目を開く……。


――成功だ!!


 帰ってきた!!


「――よし、やった!!」


 倉庫にあった装備品は、そこら中にバラバラに散乱していたが、壊れている物も無さそうだ。

 体を傷付けるような武器が、ミオやベルに倒れ掛かっている様子もない。

 よかった……。


 地面を見ると、なかなかに悲惨な状態にも見えるが、これは大成功と言って問題ないだろう。


 帰るべきものは帰れ、帰るべき場所に帰って来ることができたのだから……。


 嬉しさから、急に笑えてくる。

 安心したのだ。


 少し笑って、くたくたになった体を起こす。

「――よし。」

 と、もう一仕事(ひとしごと)あることへ気合を入れる。


 ぐったりとした二人を、安心して眠れる場所に連れていくのだ。

 それを終えて、初めて今日のやるべきことをやり終えたと言えるだろう。


 くたくたになった体で、まずはミオを安心して眠れる寝床に連れていく。


 顔が赤らんでいて、息苦しそうだ。

 簡単な薄布一枚で包まれていたミオの身体に、代わりのふかふかな布団を掛ける。

 表情が少し緩んだようにも見えた。

 安心して眠ってほしい。


「……アイラ……さん…………ん……。」


 小声で名前を呼ばれた気がした。


 ベルも同様に、寝床へ連れて行った。

 ミオには申し訳ないが、小さくて軽い体のベルの方が、あっさりと寝床へ連れて行くことができた。

 別に、ミオが重いというわけではない。

 断じてない。

 ベルが軽いというだけだ。




 その後、ギルドに報告をしに行く。

 かなりの額の報酬をもらった気がするが、疲れていて具体的に確認はしなかった。


 俺はもうくたくただったが、二人がお腹を空かせて起きて来た時のためにと、保存してあったパンと、簡単に卵を焼いて、いつでも食べられるように準備した。


 その後はとりあえず風呂に入り、簡単に体を洗い、自分の寝床へ向かった。


「――――もう、限界だ……!!」


 尻を突き出すように前のめりに倒れ、そのまま深い深い眠りに落ちた……。

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