職場の異変
―――ジリリリリリリr………。
「ああ……朝か……。さて、仕事に行く時間だな……。」
まだ頭はぼんやりしているが、支度を済ませる。
ゆっくり朝食を取りながら、昨日の相野さんとのことを思い出し、少しにやけてしまう。
食事を終え、いつもと違って少しだけウキウキしながら職場に向かう。
「おはようございまーす。」
ああ、今日もかったるい……。
あ、でも今日は相野さんもいたはず……。
職場に着き、準備を済ませるなり、相野さんを探してしまう。
相野さんは、少し早く出勤して来たのか、他の店員と話をしていた。
なにか深刻な話だろうか?相野さんの表情が暗い気がする……。
その話し相手の表情は、ニヤニヤとしているのだが……なんだか違和感があるな……もしかしてイジメか?
それならなんとかしないと。
俺が近付くのに合わせるように会話が終わった。
まぁ、終わったならそれでいいだろう。
俺は、残された相野さんに挨拶をする。
「おはよう!」
昨日のことが頭に過ぎり、思わずいつもより笑顔で、いつもよりも元気に挨拶をしてしまう。
「……………。」
あれ?返事が返ってこない……それどころか、少し睨まれているような……。
俺の挨拶がキモかったからだろうか?
これは失態。
「お、おはよう……。」
あるいは、聞こえなかったのかもと思い、少し落ち着き、もう一度挨拶をしてみる。
相野さんは俺を一瞥し、そっぽを向いて離れて行ってしまう。
俺泣くよ?出勤早々、泣きたくなった。
午前中の仕事も上の空で、ずっと相野さんのことを考えていた。
だと言うのに、目の前の客は……。
「ちょっと聞いてるの!?この商品の色が気に入らないのよ!あんた、塗り替えなさいよ!」
よく分からんクレームを言ってきている。
「他の店ではやってくれたんだけど?ほんと不親切ね。お客様のことを馬鹿にしてるのかしら?
ホントふざけないでもらえる?店長呼びなさいよ!店長!!」
「申し訳ございませんが、もともと置いてある商品に関しては、塗り替えなどの対応はこちらで行っておらず、大変申し訳ございませんが、お客様ご自身でご対応いただくしかなく……。」
理不尽なクレームであったため、俺はあしらうことにする。
「いいじゃない!やってよ!どうせ暇なんでしょ!?あっちの店ではやってくれたわよ!そんな事もできないの!?だからこんな店で働いてんのよね!あーあ……使えない!!」
流石に俺もかなりイラっとしたが、ここは断るしかない。
はっきりと言うことにしよう。
「大変申し訳ございませんが、一切対応できません!申し訳ございません!」
少し強めに言ってしまっただろうか。
まぁ、仕方ない。
「あっそ!!じゃあ、もういいわよ!!あーあ!こんな店、二度と来ないわ!!」
是非ともそうして頂きたい。
そんな理不尽なことを大声で叫びながら、その厄介な人間は店を出ていく。
とりあえず、一段落だろうか。
「瀬濃くん。」
うしろから店長の声が聞こえて、振り返る。
居たなら助けに入って欲しかったが、まぁいいだろう。
今来たのかもしれない。
「瀬濃くん……今の対応はちょっとないんじゃないかな?うちはお客様第一だからね。少しぐらい無理な要求にも答えてあげないと……どうしても無理で断るにしても、もう少し低姿勢でだね……。」
何を言ってるんだこいつは……。
かなりイラついたが仕方ない。
「すみませんでした。」
少し愛想のない言い方にはなっただろう。
「見てる人は見てるからね!もっとちゃんとしなさい。」
そんなことを言って、店長は離れていく。
なんでこう嫌なことってのは続くんだ……。
そんなこんなで休憩に入り、午前から午後に切り替わる。
気分はずっと沈んだままだ。
午前中も、何度か相野さんと目が合ったり、話し掛けたりもしたが、ずっと無視をされているようだった。
つらい……。
休憩を挟み、少しだけ持ち直した気持ちで、午後の仕事を始める。
状況は変わらなかった。
しんどい……。
もう少しで帰れる時間だ。
やたらと時間が長く感じた。
さっさと帰りたい。
そんなことを思っていると……。
「あの……。」
相野さんだ。
今日は無視をされていたのに、急に声を掛けて来た。
「お、おう!どうした?」
俺は驚きながらも返事をした。
目つきは怒っているようにも見える。
「瀬濃さん!酷いです!陰では私がみんなの悪口を言ってるって、瀬濃さんがみんなに言いふらしてるって!朝、そう聞きました!もう瀬濃さんなんて大っ嫌いです!!」
うん、なるほど。
全く身に覚えがない。
それよりも、泣きそうだ……。
「そんなこと言うわけないだろ!なんで俺がそんなこと言わなきゃいけないんだ!」
泣きそうなのと、辛いのと、相野さんに嫌われているショックと……とにかくよく分からなくなった。
言葉の内容に怒りを感じたこともあり、少しきつめに言ってしまう。
あるいは、午前中の事件もまだ完全に払拭できていなかったのかもしれない。
「そうですか!じゃあ、もういいです!!」
相野さんは言い放つ。
そう言い捨てて、早足で去って行ってしまう。
「あ……いや……。」
背を向けて去っていく相野さんに、言葉が出なかった……。
ようやく退勤の時間になり、重い気持ちのまま泥のように帰宅する。
帰ってから、とりあえず先に風呂に入った。
食事は腹に入りさえすればなんでも良かったので、適当に済ませた。
泣きそうな気持ちのまま、すぐに布団を被り、眠りに就く。
枕が……少し湿っていたような気がした……。