二人で映画館
――――ジリリリリリリr…………。
「うっしゃあ!8時だ!」
あれから、数日が経った。
あちら側でもこちら側でも、いつも通りの日常を過ごした。
最近は、少し暖かくなってきているような気もする。
そして、今日。
仕事が休みの日、気合十分で寝床から飛び起きた。
いつもなら考えられない速度で朝の支度を終え、いつもよりも身だしなみに気を使い、ゆっくりと朝食を食べる。
もう、今から楽しみでならない。
念のため、もう一度鏡で自分の姿を確認する。
「よっしゃあ!!」
外出する。
待ち合わせは、映画館の最寄りの駅。
時間は10時だ。
この調子なら30分は早く着きそうだ。
まぁ、30分くらい待っていても何のことはないだろう。
気温も適度に涼しくてちょうど良い。
これは……今日は楽しい一日になるんじゃないかな!?
俺の心はハイテンションだ。
「……あれ?……瀬濃さん?」
……ん?なんだ?
相野さんの声だ。
いやいや、まさか……まだ30分も前だぞ?
期待し過ぎて幻聴が……。
「あのー?瀬濃さん……?聞こえてますかー?もしもーし?」
いや、幻聴ではない。
間違いなく相野さんだ。
「……え?あれ?相野さん?―――おはようございましゅ!」
噛んでしまった。
これは幸先が悪い。
相野さんはうふふと笑う。
「――どうしたんですか?まだ30分前ですよ?驚いちゃいました。」
いやいや、それはこっちの台詞だよ。
「えっと……楽しみで、早く来ちゃって……。」
正直に言う。
「ええー……そんなに楽しみにしてたんですか?ふふっ……まぁ、私もなんですけどね。」
そんなことを言いながら、楽しそうに笑う。
ダメだ……これは……ダメだ!
照れて顔を見ることもできん!
可愛すぎる!
「さて、じゃあ……ちょっと早いですけど、行きましょうか?映画館!」
「ああ、そうしよう!」
「……えっと……何観ますか?」
「相野さんは、観たいのないの?相野さんの好きものを観るつもりで来たんだけど……。」
「えっと……私は……あ!あれ!あのアニメ!!刀を持った男の子たちが鬼を倒すお話!あれが観たいです!」
「え?でも……いいの?」
「いいんです!私が、観たいんです!」
前に少し話したのだが、相野さんは、アニメや漫画にはほとんど興味がない。
むしろ、アイドルや俳優、そういったものに興味があると言っていた。
その反面、俺はアニメとか……漫画とか、ゲームとか、そういったものが大好きだ!!
そしてそれを、身近な人間には公言もしている。
つまり、相野さんは今回、俺に合わせて映画を選んでくれたということになる。
確かに、流行っている作品なので、話題作りに見ておきたかったのかもしれないが、他にも、イケメンのアイドルや俳優が出ていて流行っている作品はたくさんある。
ほぼ間違いなく、俺に合わせて、あたかも自分が観たいかのように振るまってくれているのだろう。
なんて良い子なんだ。
まぁ、俺としては、是非とも多少のわがままを言って欲しい気持ちもあるのだが……本人がここまで言うのなら、しつこく確認するのも違うだろう。
少し早いが、チケットを購入し、ロビーでゆっくりすることにする。
「楽しみですね!」
そう話し掛けてくる。
本当に楽しみな様子だ。
可愛い。
ロビーでゆっくりしていると、大きな画面で予告編が流れ始める。
最近人気の、アイドルグループの数人が出ている。
愛と友情、努力を題材としたような映画だ。
隣に座っていた相野さんは、目をキラキラさせながら映像に見入っている。
やっぱり観たいのあったんじゃないか……。
「相野さん?あっちの映画観ようか?」
「いえ……大丈夫です!」
「いや、でも……時間的にもちょうど良さそうだし、俺も今予告編観てたら面白そうだなって……。」
もちろんそんなわけはない。
なんなら、アイドルとかそういうのは個人的には嫌いなくらいだ。
「いえ……いいです。アニメの方を観ましょう?もうチケットも買っちゃいましたし。」
少し考えたようだが、笑顔でそう説得してくる。
でも俺としては、誘ってくれた相野さんに楽しんで欲しい。
そしてそれは、そのまま伝える。
「俺は、相野さんに楽しんで欲しいと思ってるんだ。どうだろう?今からでもあっちにしない?」
相野さんは、まっすぐに俺の目を見る。
「私は、瀬濃さんに楽しんで欲しいんです!だからいいんです!アニメの方にします!」
少しむくれながら、はっきりとそんなことを言ってくる。
ここまで言われてしまっては、それ以上は言い返せまい。
「分かった。」
そう返答する以外の選択肢はなかった。
相野さんは、周りに合わせた振る舞いが得意で、性格も温厚だ。
だが、本当に言わなければいけないことはしっかりと伝えてくる。
もし仮に、俺がこの場で付き合ってくれと冗談で言ったとしても、彼女はきっと、肯定にせよ否定にせよ、はっきりと答えてくるだろう。
まぁ、さすがに急にそんなことはしないわけだが……。
だが、そういうところが相野さんの魅力だとも俺は思っているわけだ。
振る舞いや発言の仕方は少し子供っぽいこともあるが、芯はしっかりしていて、自分の意見をしっかりと持っている。
そういうところが彼女の、人間として尊敬できるところだ。
外見に関していうなら、顔のつくりは不細工ではない。
だが、決して美少女というわけでもなく、普通の女の子だ。
身長は、女の子にしては少し高めだが、俺よりは少し低い程度だろうか?
昔何かスポーツをやっていたと聞いたことがある。
スタイルは、いい方だろう。
そんなこんなで映画の開演時間になり、劇場内に入り、相野さんと並んで席に着く。
作品自体、放映からそこそこ時間が経っているおかげか、観賞客はそこまで多くない。
むしろ、少し空いているくらいで、これならゆっくり観ることができそうだ。
少しすると、劇場内が暗くなり、映画が始まる。
暗くなる瞬間、相野さんの横顔をちらりと見たが、美人だ。
これが月下美人というやつだろうか。
おっと失礼。
普通の女の子でも、ふとした瞬間に魅力的に見えたりするという意味だ。
悪意はない。
集中して映画を観ることにしよう。
感動的な映画だった。
映画が終わり、劇場を出る。
相野さんとは、いつの間にか手を繋いでいた。
気付かなかった。
「あ、えと……ちょっとトイレに行ってくる。相野さんも行っておくといいよ。」
「え……あ……はい、行っておきますね。」
一瞬、残念そうな顔をしたようにも見えたが、気のせいだろう。
すぐに笑顔で返事をくれ、手を離し、用を足しに行く。
映画館を出た俺と相野さんは、映画を観た余韻が残ったまま、近くの適当なカフェに行くことにした。
それぞれ好きな飲み物と軽食のサンドウィッチを買い、席に着く。
一息付き、さっそく映画の話になる。
「よかったですね!映画!私、感動しちゃいました!」
相野さんが少しだけ興奮気味に口を開く。
「だねー。主人公たちのピンチからの大逆転!熱かった!」
「私は、ピンチになった主人公たちを背にして守るあのシーンがよかったです!」
「ああ、よかった!格好良かったよな!」
「はい!私もああいう、人を守れる人と結婚とかできたらいいなぁ……とか思っちゃいました!」
そんな話を一頻り話し、気か付いたらもう夕方の16時だ。
外も少しだけ暗くなり始めている。
「さて……帰ろうか。」
相野さんに投げ掛ける。
「あ、はい、そうしましょう。」
「……送っていこうか?」
カフェを出て、相野さんに聞く。
「いえ、大丈夫です。」
断られてしまった。
残念だ。
相野さんの方が、ここから家が近い。
送って行っても俺としては大したことはないのだが……。
「そか、じゃあ、この辺で……。」
少し寂しい気持ちのまま別れを告げる。
「――あ!」
相野さんが何かを思い出したようだ。
「瀬濃さん、今日は楽しかったです。もし良ければ、またどこか一緒に行きましょうね?」
「そうだな。俺も楽しかった。また一緒に出掛けよう。」
そう言って、再度別れを告げて、それぞれの家へと帰る。
寂しい気持ちは、少しだけほっこりとした気持ちになっていた。
家に着き、楽しかった余韻に浸りながら、食事も入浴も済ませ、布団に入る。
少し興奮していたのか、なかなか寝付けなかったが、いつの間にか心地のいい眠りへと就いていた。