ローパー退治
―――外から光が差し込み、目が覚める。
ぼんやりした視界に、紫色の髪と青色の髪が映る。
どうやら声も掛けず、待って居てくれたようだ。
二人が居る事に気付き、声を掛ける。
「……ん?ああ……おはよう……。」
「「おはようございます。」」
二人は優しく微笑み、嬉しそうに挨拶を返してくれる。
今日もいい朝だ。
最高の朝だ。
なんて幸せな日常なのだろう。
その後、朝食の支度をし、食べ始める。
朝食を食べながら思い出す。
そうだ、昨日は少し金を使い過ぎたんだった……。
これは……稼がねば!
懐に全く余裕が無いわけではなかったが、二人には貧しい思いはして欲しく無い。
俺が命懸けで少し大変な思いをすればこの二人が幸せに過ごせるのなら、俺は頑張りたい。
今日は少しだけ頑張ろう。
そんな事を考える。
「あの……今日は少し、難しい依頼を受けませんか?」
ベルが口を開く。
「はい、私もそう考えていました。」
それにミオも続く。
なるほど、二人も俺と同じ事を考えてくれていたようだ。
みんな同じ事を考えていたなら、これは反対する理由もない。
「うん、俺も同じ事を考えてた。そうしよう!」
二人とも肯定の返事をくれる。
ギルドへ向かい、掲示板を確認する。
ローパーか……。
最近に比較すると、少し難易度は高いが、上手くいけば、一、二ヶ月は安心して生活できるような報酬の依頼を、俺は発見する。
「……ローパーなんて、どうだろう?」
念のため、ミオとベルの意見も確認する。
「問題ありません!」
ベルは即答する。
「……私も……いいと思います。」
ミオは少し悩み、難易度と報酬のバランスを考えたのか、肯定的な返事をくれる。
ローパーとは、その名の通りロープのような触手を持つ、人間よりも少し大きな植物の柱。
とでも言ったところだろうか?
やつらは、動きは遅いながらも移動ができるため、樹木というわけではない。
そんなモンスターだ。
そのローパーが、ここから少し離れた洞窟に生息し、商人や、洞窟の前を通った人間を襲っているので、退治して欲しいというものだった。
この洞窟は、深い所まで行けば、宝石の採掘ができることもあるらしい……。
だが今回は、そこまで深い場所に行く必要は無さそうだ。
また、今回の依頼のローパーが居る洞窟の前には、なぜか大きな赤い門のような物があるらしい。
丁度良い目印になって助かる。
聞いた話から考えるに、あっちの世界の神社の前なんかにあるような、鳥居だと思われる。
そんなわけで、今回は動き易さも考え、二人には巫女服を着てもらうことにした。
洞窟は暗いしな。
断じて、適当な理由を付けて二人に巫女服を着てもらう口実というわけではない。
とは言っても、偶然家の倉庫にあったそれっぽいものを見繕っただけなので、似非巫女服と言ったところだろうか。
袴の丈は短く、赤い色のミニスカートのようになっている。
ギルドで着替えを終え、ミオとベルが出てくる。
二人共気に入ってくれたようで、嬉しそうにしていた。
それにしても……これは可愛い!二人とも可愛い!
今後もっと、色々な服を着てもらっても良いかもしれない……。
さっそく、洞窟へ続く森を抜け、目的地へ向かう。
「あった……。これか……。」
鳥居だ。
間違いなく鳥居だった。
これは、完全にあっちの世界の人間が関わっているだろう。
こうやって鳥居越しに見ると、洞窟もいわく付きに見える。
ここから何か不気味なものが出て来ても、何もおかしくないと思えてしまう。
いや、逆か。
むしろ何かが起こった結果、誰かが目印のために此処にこんなものを造ったのかもしれない。
大きく薄暗い口を開けた入り口が、目の前に広がる。
おそらく、あっちの世界の象が二、三頭は軽く通り抜けられるだろう。
そのため、かなり深くまで薄暗いながらも光が差し込んでいる。
視界は良くないが、明かりを点ける程では無いようだ。
さて、じゃあ、さっそく……。
「二人とも、準備はいいか?」
「はい。」
ベルは返事をする。
一拍置く……。
「シフタ、ア-マー、ファースト。」
補助呪文を唱える。
洞窟に一歩踏み込めば、即座に襲われる可能性もある。
流石ベル、いい判断だ。
体が強化されたのを感じ、洞窟内に進む。
洞窟の奥に向かって進む……。
暗くなり始めたなぁ……。
なんて思った頃に、ぬるりとした嫌な気配を感じた。
――いた。
ローパーだ。
少し暗く、壁とほぼ同化していたため、識別し辛いが、確かに動いている。
体表は、茶色っぽい色をしている。
暗い洞窟で身を隠すには、適切な色と言えるだろう。
二人の方を振り向き、目配せで合図を送る。
先手必勝!ベルの補助魔法も掛かっている!
補助のおかげで、いつもより素早く動ける!
俺は飛ぶように突進する!
いや、した。
と、思ったのだが……。
「あ、痛ったー!」
転んだ。
顎から……。
スピードもあったせいで、これは痛い……。
涙が出ちゃう。
だって男の子だもん。
まぁ、実際には泣くことは無いし、そんな余裕もなかった。
ローパーの触手に足を取られたのだ。
こちらに気付いたローパーの触手に、足を絡め捕られる。
いや、あるいはローパーは、俺が突進する前から既に気付いていたのかもしれない。
なんて情けない……。
とほほ……。
なんてことを考えている余裕も無く、足を絡め取られた触手に、本体の方へとジリジリと引き寄せられる……。
「――ウィンドカッター!」
ベルの声が聞こえると同時に、引き寄せられる力から足が解放される。
ベルは、俺が捕らえられたことに気付き、すぐさま俺の足に絡んでいた触手を切断してくれたというわけだ。
急に解放され、引っ張られる反対側へ反発していた力のせいで、俺はまたもや転んでしまう。
今度は顎を打ち付けるのを避けられただけでも良しとしよう。
「――アクアスライサー!」
俺の足が解放されたのを確認してか、ミオが空かさず、いつもより多めに水の刃をローパーに向けて放つ。
ローパーはバラバラだ。
まったく、今日の俺は情けない……。
「――くっそぉ……。」
その恥ずかしさと悔しさから、そんな言葉が口を付いた。
倒したローパーを確認するために、俺は近づく……。
確かに倒したのを確認し、三人を包む空気が安堵の空気に変わる。
俺は改めて警戒し、目を細め、奥を見る。
これ以上奥には何もいないようだ……。
良かった……これで終わりか……。
気を抜いた時だった。
「――きゃあ!」
後ろからベルの悲鳴が聞こえる。
「――あっ!いやっ!」
それに少し遅れて、ミオの声も聞こえる。
振り向く。
それが入り口側のおかげか、倒したローパーと違い、すぐに判別できた。
洞窟の、両側の壁にそれぞれ一体ずつローパーがいる。
――しまった!挟み撃ちか!?
もともとそこに潜んでいたのか、あるいは、初めの一体を倒している間に、洞窟の外から入って来たのかは分からない。
幸いにも、奥側の敵は既に倒しているが……。
これは不味い。
二人の手足には触手が巻き付き、軽々と本体へ引き寄せられている。
あっという間に本体の体表へと磔のように捕らえられてしまった。
どこから出てきたのか、体から無数に生えた何本もの触手に絡め捕られている。
俺は、二人とも捕らえられてしまったせいで、どうやって助けるか、どちらから優先して助けるか迷ってしまう。
今日の俺は本当に情けない。
いや、いつもしっかりしているというわけではないが……。
今日は特別情けない……。
「――いやっ!!痛いっ!!」
ミオが一段と大きな悲鳴を上げる。
ローパーの触手に四肢をねじり上げられ、痛みを訴えていた。
これは……迷っている暇はない!
ベルには悪いが、まずはミオを助ける!
両手に短剣を構え、集中し、周りの状況をよく観察する。
ミオを磔にしているローパーを視覚でしっかりと捉え、確実に刃を叩き込めそうな部分を直視する。
幸いにも、辛うじてベルの掛けてくれた補助魔法はまだ残っている。
これならいける!
最大限の集中をし、一気に突っ込む!
それに気づいたローパーがいくつかの触手で、俺を刺し穿つように攻撃してくる。
その触手を見切り、本体に到達するために邪魔な触手を切り落としつつ、ローパー本体に接近する。
「――てりゃあ!」
自分の気持ちを押し上げるためか、そんな声が出ていた。
ギリギリまで接近し、短剣の一本を胴体に突き刺す!
――ズブゥ!
そのまま、真っ二つにするように……切り裂く!
ミオを捕らえていた触手からは力が抜け、ミオはぐったりと地面に倒れこむ。
「無事か!?ミオ!!」
ミオを抱き上げる。
「だ……大丈夫……です……。」
何とか返事をしてくれる。
とりあえず、死んではいないようで良かった。
――シュルルル!
安堵したのも束の間だった。
俺の足が触手に捕らわれ、逆さ宙吊りの状態で持ち上げられてしまう。
なんて力だ……。
引き裂き、倒したと思ったローパーは、まだ絶命していなかった。
ミオを抱き上げる際に、武器は地面へと転がしてしまった。
「ちくしょー!……アイスバレット!」
空間から、両手へと銃を取り出す。
弾丸に氷の魔力を込めて、足を捕らえたローパー目掛けて撃ち込む!
――ダンッ!ダンッ!ダンッ!……。
弾丸が貫いた場所が凍り付き、次の弾丸が凍った場所を砕きながら、さらに凍らせていく。
絶命するまで数発撃ち続けた。
ついにローパーは完全に沈黙する。
俺は足を捕らえていた触手から解放され、そのまま落下。
俺は頭から落ちる。
「痛ったー!」
ちくしょー!どうして今日はこう格好良く決まらないんだっ!
弾丸も勿体ないし……。
まぁ、仕方ない……倒せただけ良かったか……。
だが、ローパーはもう一体いる。
ベルを、助けなければならない。
「――い、いやっ!痛い!……痛い!痛い!痛い!!」
ベルの方を見ると、ベルの体は、ローパーに吞み込まれ始めていた。
これは……一刻も早く助け出さなければ!
地面に転がっていた短剣を拾い上げる。
ベルが補助してくれた効果は、とっくに消えていた。
ミオは、どう見ても動ける状態ではない。
これは……。
短剣をしまい、代わりに双銃に持ち換える。
ローパーを倒すことができれば、当然ベルを開放することはできる。
だが、ベルを開放しさえすれば、高威力の攻撃、魔法にて、一撃で仕留めることも可能だろう。
――決めた!
ベルの開放を優先しよう。
まずはベルを開放することが最優先だ。
俺はまず、短剣を一本取り出す。
それを洞窟の、奥側の側面の壁に向かって、力一杯投げ付ける。
「――刺さった!」
あとは……全力で入り口側に向かって走る!
敵の一体の横を通り抜けるくらいは容易い。
そう、つまり……。
二人を置いて逃げる!!
わけではなく……。
そのまま、捕らえられたベルとローパーの側面に回り込む。
そして俺は、イメージし易いように、技名を叫ぶ!
「――――レールガン!!!」
奥側の壁に刺さった短剣目掛けて……いや、引き寄せられていると言ってもいいだろう。
電気を宿した弾丸が、短剣という避雷針に向かって、一直線にローパーの体を貫いていく!
ローパーの体は水分が豊富だ。
電気による攻撃は効果が高い。
だがそれは、ベルにもダメージを与えてしまう。
それ故に、弾丸と電力による瞬時の攻撃。
これによってベルへのダメージを、最小限に抑えようとした。
電気が込められた弾丸によって怯んだローパーへ一気に接近し、ゼロ距離射撃で銃弾を複数回撃ち込む。
ベルを拘束していた触手が緩む。
その隙を見計らって、ベルを助け出し、ミオの居る洞窟の奥側へと一気に距離を取る。
小さい体のベルだ。
俺でも抱えて少し離れるくらいのことならできる。
まだローパーは倒し切れていない。
距離を取ってから、氷の魔法を乗せた銃弾を複数発撃ち込んだが、距離があるせいなのか、絶命させる程の効果は無く、少しの時間稼ぎ程度にしかならない。
どうする……。
さすがに二人を抱えて逃げることなんてできない……。
「ベル!大丈夫か!?」
取り返したベルに声を掛ける。
「だい…じょうぶ……です!」
力無いが……力強い!
痛みに悲鳴を上げていたせいで疲弊してしまったのだろう。
フラフラとしながらもしっかりと立ち上がる。
「許……しませんっ!!」
ベルは力強くローパーを見据える。
――ベルは強い子だ。
体は小さくて、控えめな性格ではあるが、芯は強い。
こんなにフラフラになりながらも、まだ立ち上がる気力がある程だ。
――そして……。
「―――――サイクロン!!!」
風の魔法だ。
洞窟を崩さないよう、範囲は抑えてあるようだが、その分一点集中し、威力を増加させている。
その風の魔法は、ローパーの体をバラバラに切り裂きながら、洞窟の外へと吹き飛ばしていく。
そしてどうやら、入り口付近に潜んでいたもう二体程の他のローパーを巻き添えにしたようだ。
洞窟の外へとローパーを押し飛ばした風の魔法は、鳥居を潜り抜け、粉々になった三体分のローパーの破片を吹き飛ばしながら、空えと消えていった……。
「はぁ……はぁ……はぁ……―――はうぅぅぅ……。」
全力で魔法を放ち、息切れしたベルは、そのまま倒れるように気を失ってしまった。
まだ回復し切ってはいない、フラフラなミオを歩かせるのは申し訳なくも思ったが、俺はベルを抱き抱えて家へと帰宅した。
ミオとベルの二人には家でゆっくりしているように伝え、俺はギルドへ依頼の報告に行った。
結果的に、五体のローパーを倒したようで、予想していたよりも多く、三ヶ月は不自由なく暮らせる程度の報酬をもらった。
報告を済ませ家に帰る。
今日は二人とも、かなり疲れた様子であったため、俺が食事を作ってみんなで食べた。
二人は風邪でも引いたように少しだるそうにしていて、食事中は、ほぼ無言だった。
ちょっと寂しい……。
かく言う俺も、当然疲れている。
さっさと風呂で汚れを落として、眠ることにした。
うとうとし始めた頃だった。
人の気配がし、眠りに落ちるのを妨げられる。
「アイラ……さん……?」
ミオの声だ。
「どうした……?」
驚く。
「なんだか……体が……重くて……。」
疲れているせいだろうか?
「寝苦しいのか?」
俺も起き上がり、一応聞いてみる。
「ベルさんばっかり……いつも、大事にして……ずるい、です……。私にも……私だけに優しくして、欲しいです……。」
僅かに目に涙を溜めて、うるうるとしながらそんなことを言ってくる。
少し涙声だ。
というか、会話になっていない。
疲れのせいで熱でも出てしまったんだろうか?
俺は、一応、弁解してみることにする。
「俺にとっては、ミオもベルも大事なんだ。どちらかだけを特別扱いはできない。」
そうなんだから仕方がない。
とりあえずこれで引き下がってくれると助かるんだが……。
その時だった。
「…………あの……アイラ……さん……?」
ベルだ。
いつの間にかベルも俺の所へやって来ていたらしい。
だがやはり、ベルの様子もどこかおかしい。
「えっと……二人は昼間のローパーのせいですごく疲れてるんだと思うんだ。だから…今日はみんな、さっさと寝ることにしないか……?」
「はい……。」
ミオは素直に返事をする。
これで一段落と言ったところか……。
俺はその返事を聞いて自分に布団を掛け、二人のいる方と反対を向き、横になった。
だが、油断したのが失敗だった。
ミオは諦めるどころか、俺の掛布団に手を伸ばす。
「……わたしも……いいですか……?」
ベルも便乗する。
布団に風が入り、一瞬寒気があった後、背中に体温を感じる。
――え?
ベルは俺の前側に回り込み、同じく布団の中に潜り込んでくる。
体の前後に二人の体温を感じる。
「すぅ……すぅ…………。」
二人は安らかな寝息を立てて寝てしまった。
仕方ない。
俺もこのまま眠るとしよう。
大家族の夜なんかは、きっと毎日こんな感じなんだろう……。
そんなことを考えながら、俺は昼間の疲れもあり、あっという間に眠りの底へと沈んでいった……。