誘惑
・日曜日3回目の投下です
凍り付きそうな夜冷気が厳かに退いていき、古都の長安に優しい陽光が広がって寒いながらも気持ちの良い朝を迎えます。
「いち・にー・さん・しー」
「いち・にー・さん・しー」
河伯教団の黄河に感謝をささげる体操がはじまったので、私も手足を振り始めました。
今朝も屋敷の人間が総出で参加しています。
一通り体操を終えたら深呼吸をして、手洗い、嗽です。
「がらが……ごほっ?!ぐはっ……げほげほ?!」
となりで若白髪のおじさんが嗽を失敗して、のたうち回っています。
「賈詡さん、息は吐き続けてください。水を喉に入れているのに息を吸っちゃダメですよ?」
「げほげほげほげほ……な、なんでここの皆はこんな難しいことを全員出来るのですか?」
なんでって……全員教団の信者だからですね。
董家の部曲には布教済みですし、董将軍府の属吏は人手が足りないので河伯教団の学校から呼び集めました。補給部隊の人夫は長安支部の元流民さんたちになっています。
細かいことは公明くんや、本部の楊奉さんに任せているのですが、いつの間にか信者さんが増えていていろいろと便利です。
ジャーンジャーンジャーン!
食事係の人が鐘を鳴らしています。
「朝のお粥ですよー」
「お祈りしましょうー」
皆でお祈りをしてから、私は自分のお粥をもって房子に向かいました。
房子では、弁くんと白ちゃんがご飯を食べていて、宦官の小羊さんが食事の世話をしていました。
そこに私が公明くんと賈詡さんをつれて、座ってお粥を食べ始めます。
お粥と言っても肉や野菜がたっぷり入っていて、豆鼓も使った雑炊に近く、なかなか美味しいものです。
残念ながら、皇子の弁くんと、わが仙女の白ちゃん、宦官の小羊さんは入信してくれていません。
なんとなく「庶民は面白いことをしているんですね」って感じで一歩引いてる気がします。
私が積極的に勧めれば入信してくれるとは思いますが、私は別に誰彼構わず布教がしたいわけじゃなく、あくまでも難民や流民の皆さんの生活が立つように教団で受け入れているだけです。なので名士や王族、金持ちに布教するつもりはないです。
「ところでお嬢様、お見せしたいものがあるんですが」
食事を終え、みんなで歯磨きと片付けをした後に公明くんが懐から袋を取り出しました。
案の上に並べたものがキラキラと金色に輝きます。
これはローマ金貨、それが髪飾りや首飾り、腕輪にはめ込まれていました。
「お嬢様のために長安支部の職人に作らせました。お受け取りください。これならば金の銭が潰されずに価値が高まると思います」
「……まぁ、まぁまぁ……ありがとう!嬉しいです!」
私はつい大声をあげてしまいました。
私が金貨を惜しんでいるのを見て、装飾品に加工することを考えてくれたんですね!
ものすごく高価なものになりましたけど、ローマ金貨の彫刻の異国感がいいアクセントになっています。他の部分も負けじと西域風をまねた彫刻がなされ、全体的に完成度の高い装飾品になっています。しかも金貨は木枠にはめ込んでいるだけなので、取り外しもできます。
これは……他の金貨や銀貨もこういう風に加工したら高く売れるんじゃ??それなら多くの異国の貨幣が鋳つぶされずに済みますよね?
「ふうん、西域風でいいんじゃない?カッコイイよ?」
「奇麗なのじゃーー!」
弁くんと白ちゃんがまじまじと覗き込んで思い思いに感想を述べます。
私は自分でカエサルの髪飾りを取り付けました。
水壺に顔を映してみます。月桂冠を模倣したっぽい謎の草の模様が面白いです。
結構いいですね、気に入りましたけど……。これ、公明くんの褒賞だったんじゃ。
「あ、でも高いものですし、公明くんの褒賞が無くなるのでは?」
「いいえ、お嬢様につけて頂けるならそれが何よりの褒美です」
「……ありがとうございます、お返しは何か考えますね?」
「お返しなんてお気になさらず」
なんか公明くんが嬉しそうなので、私も嬉しくなってきました。
それはそうと、何かお返しがしたいですね。たぶん性格的に銭は受け取らないでしょうから、甲冑か馬でも……。
「うん、いいんじゃない?」
「美しくなったのじゃ」
弁くんと白ちゃんに姿を見てもらって感想を貰いながら、公明くんへのお返しを考えていると。
「お嬢様……後でお話が」
と賈詡さんが裾を引っ張ってきました。
― ― ― ― ―
賈詡さんがどうしてもというので、二人っきりで庭に出ました。
小声で話しかけてきます。
「主公、あれはあまりよろしくないかと」
「あれとは?」
「弁皇子の前で他の男から贈物を貰って見せびらかすなど……勘違いされるのではないでしょうか?」
「勘違い……よく分かりません。正確に言ってください」
いまいち何を言っているのか分からないのをみて、賈詡さんが困ったように言いました。
「弁皇子の妃となるのに、あれはよろしくないと言っております」
「……婚約者のフリだと言いましたよね?」
「フリ……まさか本気でフリですか?」
「そうですけどなんで?」
賈詡さんが急に真面目な表情になりました。
「主公の目的である政治改革。そのためには次の皇帝である弁皇子の信頼が最も大事ですな?」
「そうですね」
「であれば、今のうちに弁皇子を誘惑し、弁皇子の妃に収まるべきです。そうでなければ弁皇子が即位し、他の女を妃にして、宦官や他の家臣にちやほやされ……すぐに董家とお嬢様はその他大勢になってしまいます。そうなれば政治改革など夢もまた夢です」
「い、いや、それじゃあ外戚政治じゃないですか?!」
「主公がその権限を握るべきと言っております……それに」
「それに?」
「国を立て直すために弁皇子を頑張らせるなら、せめて妻として弁皇子を支えるべきではないでしょうか?」
ええ、全くその通りですね?一番近道で正しいやり方だと思いますよ。
で、でも。だから結婚とか恋愛とか考えたくなかったのに……。
正論で殴るのやめてーーー?!
・いいねくーださい(=ブクマ、評価、感想レビューなどよろしくおねがいします)
・董卓「だから言ったであろう」




