虐めと喧嘩
・日曜日の投下です
董家屋敷に戻ってきたら、私の可愛い仙女ちゃん、姪っ子の董白ちゃんが抱き着いてきました。
よしよし、どうしたのー?
「公明さんと二人っきりで馬車仕立ててどこ行ってきたのじゃー?」
「えー?ちょっと上林苑と、邙山と……」
というと、白ちゃんがなんかニコニコしながら質問を加えました。
「景色がいいところなのじゃなー。いい雰囲気になった?」
「ええ、いい雰囲気の場所を見つけたから、そこに教団の支部をつくることにしましたよ」
「んん?」
白ちゃんがなんか困惑したように。
「……何しに行ったの?」
「だから、開拓地探しですけど。教団の信者さんを移す場所で」
というと明らかに落胆したようでした。なんで、私何か間違えましたか?
白ちゃんはため息を一つついて。
「はぁ……嫁入り前の娘が男と二人で出歩いてそれはどうなのかと思うのじゃ」
「えええ、そんな変なことは起きないですよ?まぁ、公明くんは身体もガッシリしてきましたし、男と言っていいですけど、私はまだ幼いので大丈夫でしょう」
「……どこが?お姉様も大人の背丈と言っていいぐらいなのじゃ」
「せ、背丈だけですよ?」
私は自分の身体つきを確認するように、服をぱたぱた叩きます。
うん、肉付き全然ですね。第二性徴がないです。少年と言ってもいいでしょう……って何言わせるんですか。
「ほら、背丈だけのびて、女とはいえないですね。こんな成熟してない娘と一緒に居たっておかしなことにならないですって」
「……お姉様はもう少し自覚したほうがいいのじゃ……」
自覚……うーん、何皇后様のように女の魅力満載だったら分かりますけど、いくら美少女とはいえ、美女ではないのです。
なんか好意があっても……こう、子供をかわいがる感じでしょう。そう、私にはまだ早い。だから考えたくないです。
とか考えていると、いきなり董旻叔父様がガハハハと笑いながらやってきました。
「おう、青よ。逢引はかまわんが、野合したら報告しろよ。結婚させるからな」
「何もしてませんからね??」
「おう、分かったわかった」
分かってない感じで手をひらひら振る叔父様。
「兄者にお見合いの件を報告したら、もう名士との結婚は諦めたっていってたぞ。だから野合でもやむを得ない」
「まだ早いですってば!!」
なんでみんな私をこう誰かとくっつけようとするんでしょう。恋愛脳だと困りますね……。
「まぁ、お前、たまに男みたいだしなぁ……」
董旻叔父様は事実なことを言いながら、ふところから木簡を取り出しました。
「で、男のお前に招待状だ。袁本初の紹介で大将軍の派閥に参加したやつでな。曹孟徳って知ってるか?」
「ええ、面識が。広宗の戦いでお会いしました……って何の招待状です?!」
「済南で相当やらかしたみたいだが、袁本初が庇ったから無罪放免になってだな。そのお祝いだ」
なるほど。曹操さんが赴任地で役人の八割を粛清したのを、袁紹さんが弁護して、その縁で何進派閥に参加したんですね。
「だったら招待状のあて先は叔父様では?」
派閥の面子はお父上と叔父様であって、私ではないです。
「いや、お前も名指しで招待されててびっくりしたが、文面を読むかぎり、お前は男と勘違いされてるみたいだな?どうする?」
「……せっかくですので参加しますけど、叔父様の後ろで黙ってるだけにします」
「おう、そうしてくれ。招待状を断ると面倒だが、お前が目立っても面倒だからな」
三国志の原因となる何進派閥の会合ですし、何か重要な情報が得られるかもです。ここはぜひ潜入しましょう!
― ― ― ― ―
洛陽の曹家屋敷での宴会は大勢の客を招いて盛大に行われました。
父親の曹嵩が現職の九卿で、息子の曹操が現職の郡太守ですからそれは盛大になるのでしょう。
大勢の参加客が行儀よく席について、曹操さんにお祝いの言葉を述べて飲み食いしています。お隣の董旻叔父様はガハハと笑いながら酒を飲んでいますが、私はそもそも飲めないのであまり手を付けていません。
しばらく黙って様子を見ていましたが、董旻叔父様の逆側のお隣さんが施しが趣味の名士、張邈さんでした。顔の丸く、人のよさそうな顔をしたおじさんです。どう見ても若い私に対しても偉そうにするでもなく、気楽に話しかけてくださいました。
一通り自己紹介などが終わったので、施しについて聞いてみることにしました。
「張孟卓様。最近、洛陽にも流れてきている難民の方が多いみたいです、前に私も施しをしたのですが……」
「おお、君も施しに興味があるのか。若いのに見上げたものだ」
にこにこと嬉しそうに笑う張邈さん。
「なぜ施しをなさるのですか?」
「なぜと言われても困るな。自分が食料を多めに持っていて、持ってない人がいる。だから配ってしまうだけだ。難しいことは分からんよ」
にこにこしながら仰る張邈さん。手にお金があると配ってしまう、董卓パパとおなじ性格のようですね。
「わが一族の董卓もそういう人物でおかげで屋敷には余分の銭がなく困っております」
「ははは、ワシもだ。董中郎将とは仲良くなれそうだな」
「ところで、施しをしていますが、難民は増える一方にも思います。これで本当に正しいのでしょうか。政治の本を正す必要はありませんか?」
「それはそう思う、思うが、ワシには力が足りん。曹君のように太守でもないしなぁ」
「余がどうかしたか孟卓」
おおっ?!噂をすれば曹操ですっ?!
来客にお酒を注いで回っていた曹操さんが気が付いたらこちらまで回ってきていました。断るわけにもいかないので、ありがたく一杯だけいただきます。
おおう……ほんわかする……。
「いや、施しだけでは民は救えんでな。政治を正すべきではないかと思うんだが、孟徳ならやり方を知ってるだろう」
「む、孟卓よ。皆が余のように政治をすればいいだけだが……」
いや、孟卓と孟徳でややこしいですね。ちょっと頭の中で張邈と曹操に切り替えて聞くことにしましょう。
「ははは、天下百郡に配置する孟徳が百人いればいいが、そんなことになってはクビになる役人が数万になって天下が大混乱する」
「いや、孟卓。余ていどの政治でクビになる役人が問題だと思うぞ。やはり実際に才能のある役人をドンドン採用すべきでだな」
「ふむ、いまの茂才孝廉では無理か?」
「親孝行な人間を採用しても才能があるとは限らんだろう、人格と才能は別だ」
今の漢朝の茂才孝廉は偉い役人にその土地の評判のいい人間を推薦させるというやり方です。
なので完全に縁故採用になります。知り合いが優先されますし、推薦の理由も「礼儀正しいです」とか「親孝行です」とかそういう感じで実際がどうなのかわかったもんじゃないです。曹操さんが言っているのはそういうことでしょう。
張邈さんが反論します。
「なるほど、しかし人格を軽視してはやはり賄賂を取ったり、優れた能力を使って不正を働くのではないか?」
「そこはさらに上司が見張るしかない、余はそうしている」
曹操さんもそれは理解しているようです。ですが曹操さんが100人いないのが問題なのではないでしょうか。
でも、張邈さんと曹操さんの議論は参考になりますね。続けて続けて。
「その地方の役人を見張るべき中央の政治が乱れているのも問題だと思うぞ」
「いや、それはそもそも太守が見張られなくてもきちんと仕事を……」
突然、誰か現れて口を挟みました。
「ええ、そのとおりです。中央の政治が正しければ地方の政治も改まります」
にこにこと笑顔を貼り付けたようなおじさんが現れました……前に見ました!袁紹本初です?!
おおう、私の女装姿知ってるんですよねこの人。何か聞かれたら双子ですとか言っておきましょう……。
袁紹さんがにこにこしながら表情を一切変えずに話し続けます。
「民が困っているのは政治が宦官により歪められており、何かと賄賂を求める政治になっているからです。中央の高官が賄賂を贈り合い、官位を銭で買う。これはすべて宦官がそういうやり方にしてしまったもの。政治を正すためにはやはり宦官を粛正せねばなりません」
にこにこしながら言ってますが、袁紹さん……ここ、宦官の孫の曹操さんのお祝いの場、宦官の養子で銭で官位を買った曹嵩さんの家なんですけど……。
さすがに曹操さんが可哀そうです。一言言ってやりましょう。
「あ、あのぅ……孟徳様は宦官の縁者ですが……」
「む?」
「ひっ?」
にこにこしながらこちらを見る袁紹さん。表情が一寸も変わりません。割と怖いなこの人。
「あなたはどこかで……いや、孟徳は素晴らしい人間ですよ?今回の仕置きも正しいことをしました。なので朝廷で弁護したのです。政治も正しいし、人間としても正しいのです。なので宦官の縁者かどうかなど本人には関係ありません。私は孟徳は親友だと思っています」
「ははは……ありがとう本初」
なんか曹操さんが引きつった笑いを浮かべてますが……大丈夫ですか?実は虐められてません??あまり気が合いそうに見えないんですが……。
「董木鈴殿が誤解しておられたようだな?」
曹操さんが助け舟を出してくれましたので、おとなしく謝っておきます。
「あ、はい。わかっておりませんでした、差し出がましいことを。申し訳ございません」
「いえいえ、構いませんよ。若いのですから気にしなくとも。やはり董家の方ですね?」
にこにこしながら観察されますが、どうにもこの人は本心が見えなくて怖いです。
「おう、本初どの!うちの若いのが申し訳ないな、いやいくら言っても無礼でなー!まぁ飲んでくれ!」
そこに董旻叔父様が酒をもって乱入してきたので、無事、逃げることができました……。
……
……
「いやぁ、曹君の祖父様は国家への功績甚大だったが、十常侍どもはどうなのかってことだぜ?何が功績だった?」
「張譲をはじめとした十常侍12名が列候になって領地を得たとか。黄巾討伐の功績でですよ。十常侍が戦争で何を貢献したというのですか。実際に戦って功績をあげた孟徳が太守なのはともかくですよ」
「いや、あれは本当に噴飯ものの人事でしたなぁ」
……なんで十常侍なのに12名なんですかというのはさておき。
実際に戦った功績はそりゃないでしょうけど、宦官にも戦争用のカネを集めた功績はあるんじゃないですかね。本当に黄巾討伐戦で軍事費だけは豊富にあって、つねに朝廷軍が圧倒してましたし。
たしかに漢朝の功績判断基準が敵の首の数だから、それで評価すると宦官の功績はゼロなんでしょうけど。
やっぱり、政治と役人の採用の仕方、そして評価の仕方とか、いろいろ問題がありそうですね……。
……
……
いい感じに酒が回ってきて、皆さんぐだぐだになってきました。袁紹さんはひたすら宦官の悪口を言いまくっていますし、取り巻きがどんどん増えて宦官殺せだの宦官死ねだの酷い有様で。
曹操さんが話の輪に入りにくくて困ってるじゃないですか。いや、本当に虐められてません??
さすがにそろそろ帰りたくなってきました。
「ああ?なんだとてめぇこの野郎、言わせておけば江南の悪口ばかり言いやがって、何様だこのスットコドッコイ!!」
なんか喧嘩が始まりました。……って、なんですかこの江南訛り。
赤い頭巾をかぶり、肩幅が人の倍ぐらいありそうなおじさんが喧嘩相手を吊り上げています。
「おうおう、いい度胸だ、てやんでぇこの野郎。この孫文台様が相手になってやらぁ!」
孫堅文台。三国志の最後の主人公、孫家のお父さんだー!?
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