河伯の巫女 ※挿絵あり
「巫女はいずれカ!」
「お早いお着きでしたな。今、戻ってまいられますので、しばらく中に入ってお待ちください」
李司馬が怒鳴ると、お弟子さんのような人たちがワラワラと出てきて、中に通されました。
声大きいなぁ……
私がクラクラしていると郭司馬が気遣って「ああ、堪忍しとくなはれ。戦場は五月蠅いですやろ?なんで声がでかくなるんですわ。李はデカすぎますけどな」と声をかけてくれました。
なんか呪文みたいに漢字が羅列された垂れ幕で飾られた門をくぐると、お堂の中には神像らしきものが祭られてて、何やらゴテゴテと色んな掛け軸や絵図が飾られています。
お屋敷では見ない物ばかりで、なんだか目移りしてしまいますね。
巫女さんも中々来ませんし、ちょっと見物させてもらいましょう。
郭司馬と李司馬が座っている横をすり抜けて色々見て回ります。
はー、面白い像ですね、抽象的で印象派?いやよく知りませんけど考古博物館とかにありそうな感じで。
……あれ、これはなんでしょうか?
部屋の隅に妙な掛け軸があります。「洛書九数図」……?
丸が棒で繋いでありますね。えっと、4つ、9つ、2つ……
上の段が4+9+2で15ですね。
そして、下の段が8+1+6でこれも15。
「えっと……あーー、なるほど。これ足すと全部15になるんだー」
「えっ」「なっ?」
何か声がしましたが夢中になってる私には聞こえていません。
縦でも横でも斜めでも、どこを足し算しても同じ解になるパズルですね。
魔方陣とか言ったっけな。魔法陣とよく混ざるやつです。
子供の頃にたまにやったのを思い出しました。未来にいた頃ね。
そういえば似たようなパズルで「数独」っていうのがあったなあ。
「懐かしいなぁ。確かこんな……」
記憶って、呼び水があると、するすると甦りますよね。
墨と筆なんて持ってきていないので、土間の地面を使わせてもらいましょう。
木の棒で格子を書いて……9×9でいいかな、それでマス目に漢数字書き込んで……
問題、正確に覚えてないなあ。ちゃんと解けるやつだといいけど。あ、面白いのがあったから覚えてる、確か。
そうそう、最初の行が「一、二、三、四、五、六、七、八、九」で……
「ざわざわ……」「ざわざわ……」
それにしてもさっきから、李さんと郭さんが騒がしいですね。
問題に集中してるんですから静かにしてほしいです。
あと、人に向かって指を指したり、ヒソヒソ話し合うのは良くないと思いますよ。
「やれやれ、とんだお客様が来たもんだね」
「あっ」
後ろから、白い服に白い鉢巻きのやたら雰囲気のある白髪のおばあさんがやってきました。
これが巫女さんでしょうか? ずいぶん枯れてますね。
「巫女ヨ! 見てくれ、これが我が主公の娘ダガ、何か憑いているに違いない!!!
今もこのような呪文を……すぐにお祓いヲ!!!」
「と、とりあえず意見もらえへんか??」
いや、呪文じゃないです、数独……
「あ、ごめんなさい、床に落書きしちゃって……消しますね」
「消すんじゃないよ!!!」
いきなり巫女婆さんがアップで叫びました。
「ひっ!?」
近い! 顔が近いですよ巫女おばあさん!
「……これは途中だね? 完成させられるのかい?」
「え、そうですね。間違っていなければ……時間があれば」
「じゃあやりな、待っていてあげるから」
意外です。数独をやっていいことになりました。
助かりますね! こういうのって途中で止めるとモヤモヤしちゃいますからね。
とはいえ久しぶりの数独パズルです。
たっぷり時間をかけて、終わるころには日が暮れていました。
縦の行にも横の行にも1から9までの数字がひとつずつ入っていて、
どの行もどの列も、数字を足すと45になる。
9×9の数独パズル、完成です! あー、すっきりした!!
どうですか、巫女婆さん。完成しましたよ!
※実際には漢数字です。
巫女婆さんは私の書いた数独をじっくりとご覧になっています。そして……
「憑いておられる……」
とつぶやきました。
「であろう!? 巫女ヨ! 早くお祓いヲ!!」
「せや、早う!」
ええーっ!?
あれ、もしかしてまた何かしちゃいました??
「バカたれ!!! 憑いておられるのは天運だよ!!!
そもそもこの数図は黄河や洛水から賜ったもの。
それを瞬時に読み解き、新しい書を記すとは、この子には河伯のご加護があるよ!!」
「な、なんだッテー!?」
「な……なんやてー!?」
李さんと郭さんが驚き役みたいになっちゃってますよ。
「祓うなんてとんでもない……大事にするんだよ、太守の御運にもかかわるからね?あとお嬢ちゃん」
「あ、はい」
「……迂闊なところがあるから気をつけな。多分それで大変なことになる」
ぎく。
「なんとなく自覚しつつあるんですが、直せませんか?」
「無理だね、そういう天運がついてるのさ」
天運ならしょうがないですねぇ……はぁ。
よし、前向きに生きましょう。
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そんなわけで、お祓いを受ける必要もなくなり、城に帰ることになったのですが。
「ワイは最初からお嬢様を信じとりましたで!!!!いや、まことに河伯が憑いておられるんなら皇后になられること間違いなし!!!」
「全くその通り!! いや巫女に観てもらってよかったナ!!!」
いや、ふたりとも手のひら返しすぎ。特に李さん。
まあこれでうるさい親戚たちも黙るでしょうし、「本を読むな」とか言われないで済みそうなのはよかったですけどね。
いや、娯楽ないんですよ、本も読めないと死んでしまうし……
しかしその、神憑きの娘とか知れ渡るのはそれはそれで今後に差し支えるのでは?
新興宗教の教祖様になんてなるつもりないですからね?
そういえば郭さんは皇后推しですけど、皇后ってたしか皇帝陛下のお嫁さんですか。
これから三国志はじまるんですよね……なんか曹操にいじめ殺されそうな?
なんだかどの未来も楽しそうじゃないですね。
って、そもそも十にも満たない娘に考えさせることじゃない気がします。
どうしたものだか。
確実に言えるのは「あんな」死に様だけは絶対嫌だ、ということですか。
そもそも未来のことなんてわかりませんとも。いまわかるのは、
私は「董卓の娘」で「河伯の巫女」だ、ということくらいです。




