(閑話)董青伝その1
董青は字を木鈴といい、隴西郡臨洮県の人である。
父は董卓。齢十に満たずして千巻の書を読み、文章を能くし、算術にも通じたため、神童と呼ばれていた。
時に奇声をあげて卒倒する癖があった。また姪の董白と親しみ、これと結婚すると称した。
ある時、家人に罪あり董卓が怒った、董青が庇って「死を賜るべからず」と言ったため董卓は笑ってこれを許した。
また、ある時、匈奴の里へ行き、官吏の横暴を止め「漢人匈奴いずくんぞ種あらんや」と叫んだ。
その時、漢人はみな匈奴を卑しんでいたため、匈奴は泣いてその人徳を讃えた。
董卓には文を能くする部下が少なく、長ずる前から密かに男装し、李傕、郭汜を助け文官として働いた。董卓はこれを知るも止めず、親族の男子として扱った。
均輸に携わり、物価が安定したため商家は皆繁栄した。
人の十倍の仕事をこなし、日々命じて人を縦横に走らせ、税を偽る者があれば捕らえ、ほかの吏たちは気の休まる暇が無かった。
賄賂を嫌い、贈ろうとするものを叱り、受け取った者がいれば焼き払うと言った。
光和六年*1、黄巾党に邪心あるを父董卓に告発した。河東郡の黄巾党は武器を持ち出して乱を起こし、董卓は軍を発して大いにこれを討った。これにより河東郡は黄巾の害を免れた。
異説にはそのころ巫女として河伯教団を設立し、貧富分け隔てなく人と接し、病死人に臨んでは涙を流し、衆望を得ていたとするが、別人ともいわれる。
*1 西暦183年
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