(閑話)徐晃その2
・木曜日の投稿です
困る。
河東郡楊県出身の青年、徐晃公明18歳は困っていた。
公明は董青が河伯教団を立ち上げたころに参加した最古参である。公明の家は早くに父を亡くし貧窮していた。残された老母が病で苦しんでおり、医者にかかる銭もないときに河伯教団の無料診療を受けたのである。
粥と薬草の施しを受け、体操などに取り組んだ老母はすっかり良くなった。老母にしっかりと恩返しをするように言われ、それ以来、公明は董青にくっついて教団の仕事と個人的な護衛をしてきている。
武術ははじめ李傕、郭汜。そのあとは趙雲に学び、すっかり一流の使い手に育っている。また、空いた時間で教団の学校で兵法書と計数を学び少しでも董青の役に立てるように日々努力をしている。
なのだが、最近は大変困っていた。
董青が可愛いのである。
「えへへ」
仕事が上手く行くととても嬉しそうに笑う。
特に公明の仕事が上手くいくと「さすがです」「たすかります」「ありがとうございます」と言ってたまに手を握ってくれたりする。
そして気が付くとこちらをじっと見つめてきたりする。
「あ、いや、べ、別に見てたわけじゃ……」
それを指摘すると顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。
可愛すぎる。
董青は天下を安定させ民を救おうという志をもち、算盤を振れば貨物を東西に動かして千金を稼ぎ出し、鍋を振れば次々に新しい料理や点心を作り出し、書をしたためれば朝廷や将軍を動かして反乱を鎮圧するなど、智謀沸くがごとくの英雄である。
しかし、同時に14歳の可憐な少女でもある。透き通った白皙の肌と大きな黒い目を持ち、身体つきはまだ未熟ながらも細くすらりとした長身で仙女のよう。
つややかに伸びた髪はすぐ手入れをさぼって跳ねてしまうので適当に後ろで縛っているがそれも可愛い。
董青も仕事をする際は男装をしている。だが、それでも男装の彼女の手の肌やなだらかな肩の動きなどを見ると、たまに男でもいいのではという気分になってしまう。
あまりにも血迷った公明は一度、弁皇子つきの宦官の少年、小羊くんの手を握ったことがあった。
小羊くんも奇麗な肌に人懐っこい目つきをした美少年である。身体も細く、肉は薄い。
だが、公明はなんとも思わなかった。自分は男や宦官が好きなわけではなさそうだ。
「助かった、ありがとう」
「ど、どういたしましてです?!」
小羊くんはいきなり手を握られて、何かされるのかと構えていたら何もされずに混乱していたが、それは今回は関係がない。
たしかに、公明は董青が好きである。許されるならば嫁にしたいと思っている。
だが、同時に身分が吊り合わないのも事実だ。
相手は偉大な将軍で侯爵である董卓の娘で、こちらは県の役人を何回かやった程度の実家で、しかもすでに没落した家系である。
公明自身は河伯教団の最古参だ。普段から武装信者を董青の護衛として連れており、予算数万金の水路掘削や新田開墾、商隊編成などの事業に携わっている。いざとなれば巫女代理として一声で数千から数万の信者を動かすこともできる。
ただ、民にくらべ国が圧倒的に偉い時代である。国務大臣級の待遇を得ている董卓と比べてしまうと所詮は民間団体の世話役にすぎないと公明は思っている。なので公明の自己評価は大変に低かった。
なので、結婚を申し込むという素直な解決法は取れないため、髪飾りを差し上げたり、装飾品を作って差し上げたり、ひたすら仕事に打ち込んで董青のために尽くすことで気を紛らわせようとしてきた。
西域の金貨を使った装飾品を渡した時などは、大変な喜びようでさっそく身に着けて弁皇子や董白に見せびらかしていた。それだけでなく、すぐにお返しとして真新しい鎧と剣を贈ってくれたのだ。頭巾や内に着る服にも小さな鉄板が入っていて要所が補強されている。
これらは公明の家宝になっている。
で、仕事で気を紛らわせようと仕事に打ち込んで成果を出すと、董青は嬉しそうに笑いかけたり、見つめてきたり、一緒に食事したり、隣の席を進めてきたりするのである。
困る。
徐晃公明はもう18歳である。
好きな女の子が可愛くて何かと近いと、とっても困るのである。
― ― ― ― ―
「いや……そんなの、その辺の女を口説いてさっさと済ませてしまえ」
四角い顔をしたがっしりとした身体つきの男、趙雲が事も無げに言う。
趙雲としては公明の気持ちは百も承知だが、だからと言って間違いがあってもいけないと思っている。
特に董卓が許さないだろう。今は董青を自由にさせているのは、董青ならばある意味そのようなことにはならないと信用されているからだ。
なお、名士や名家では貞操観念というのが大事だが、漢朝では庶民には礼儀はないことになっている。なので、儒教の統治する世の中ではあるが、平民にはまだ古代的な自由とおおらかさが残っていた。村の祭りなどがあれば口説き大会のようなものが発生したりするのだ。
そういうところにでかけて、可愛い村娘でもひっかければよいと趙雲は言う。
「いや、しかし結婚もしないのにそのようなことは。まっすぐでないと僕はですね」
なんかしどろもどろになって真っ赤になる公明。
「ならば結婚すればいいではないか」
「その、でも、仕事が忙しいですし、良い縁談もないですし」
趙雲は腕を組んだ。
何かと言い訳をしているが、そもそも公明が他の娘に目をやっているところなど見たことが無い。仕事が無い時は護衛だという言い訳でずっと董青を見つめている。
(話題を変えるか)
趙雲は作戦を変えた。洛陽の道を行く娘から公明の好みを見つけ出すのだ。
そして好みの娘がいたらうまく話をつけてやればいい。
「あ、あの娘なんかどうだ。実に良い体つきだが」
「……ちょっと太りすぎでは」
「あちらの娘は小さくて可愛いが?」
「ちょっと背が低すぎでは」
「あの娘は痩せているが」
「あまり利発そうでは……」
なんとか徐晃の好みは判明した。
(つまり、背が高くて痩せてて利発そうな娘……お嬢様ではないか)
趙雲はすべてが馬鹿らしくなったので、単純な解決策を用いることにした。
「よし、稽古にいくぞ」
「はい!」
その日は公明が精も根も尽き果て、何も考えられなくなるまでひたすら素振りと撃剣の稽古が行われた。
途中からは疲労が極限に達した公明は防戦一方で、好きなだけ木刀を叩きこんだ趙雲はすっかり気持ちよい疲労感で眠りにつくことができた。
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