董卓の娘 ※人物画あり
太守の娘は神童で、齢十に満たずして読み書きをすらすら行うと評判でした。
しかしある日。
「こ、これが父上の名前……?!」
大漢河東太守
董卓字仲穎
と言った瞬間、娘は倒れて寝込んでしまったのです。
……いや、あの大魔王董卓の娘とか死亡フラグしかないじゃないのーーー?!!!
ー ー ー ー ー ー ー
ガラガラガラ……
兵士に囲まれ馬車が乾燥した農地を通っていきます。
そして馬車の中には、護送中の私がぽつねんと座り込んでいました。
長い黒髪を軽くまとめただけの、色素の薄い肌をしたいたいけな美少女です。
大人にならないと簪を使えないんだとか。
ガタンッ!
ちょっとまって、馬車揺れすぎ。申し訳程度のクッションはあるけど痛い。
舗装どころか道もあまり整備されてなさそうですね。
「李よ。おどれも気にしすぎや。
太守様の娘やで?狐憑きとかありえへん」
「何を言う郭!父親の名を見て卒倒するトハ、子としてあるまじきコト。
しかも、神のごとき武勇を誇る主公の名を恐れるナド……
狐狸の霊が憑いているに違いナイ」
軽い調子の関西弁と微妙に訛った野太い声が馬車の外で言い争っています。
二人とも董卓パパの部下で、主公ってのはパパのことです。
関西地方、つまり西の都「長安」の近くの出身の郭司馬と、
さらに西北の涼州出身の李司馬です。
いやぁ。なんか小さなころから文字を読み書きして、算数なんかもできちゃったものだから、キツネやらタヌキやらの悪霊が憑いていると疑われているようなんです。
いや、確かに何か憑いてるんですけどね……なんだろこれ、前世の記憶??
よくわかっていないのですが、私にはここで董卓パパの娘として生まれて生きたのとは別に、なんかぼやけながらも未来でもう一つの生活をした記憶があります。
その中でも「三国志」という物語は割とはっきりと覚えていて、パパ上が董卓だとわかった瞬間に、三国志序盤の董卓一族皆殺しシーンが浮かんできて卒倒しちゃったんですよね。
魔王の一族を許すなと兵が殺到して血まみれのシーンが。
で、ここは三国志の舞台のようですが、つまり一族皆殺しが私の未来ということになります。
たしか女子供や赤ちゃんに至るまで例外なく殺されたので、このままだと逃げ場もなく死ぬ運命に……
「アホらしわ。お嬢様は学問で皇后になられるお方やで?主公さんがそう言わはったやろ」
そうそう、私の父である董卓パパはむしろ私が字が読めることを喜んで「男だったらなぁ」とため息をついてから「いや学問ができるなら宮中で仕える道もある」と勉強を続けるように言ってくれました。
で、それを聞いた郭司馬が「それやったら未来の皇后ですやん!」と騒ぎだして……まって、パパは私が皇后になるとか言ってない。調子いいなこの人。
「いや、女が学問というのも不吉ダゾ。なので巫女に視てもらうのダ」
「で、その巫女のところにつれていけば、霊がついてるかどうかわかるんやな?」
「ウム、霊験あらたかで高名なお方でナ。俺もよく相談に乗ってもらってイル。
童女に字を読ませるような霊ナド、すぐに祓ってくだサル」
李司馬はどうにも私を疑っているようです。なんだろこの人、迷信深いのかな。パパは女性でも学問で出世できるとおっしゃってたのに、李司馬が騒いだのに合わせて親戚の皆さんが「やっぱり気になる」ということで、こうして馬車に乗せられているのです。
きっついなあ……字が読めただけで除霊に送られるなんて。
こうなるとわかってたら、得意になって字を読んだりしなかったのに……
えっと、申し遅れました。私の名前は董青。字を木鈴。
姓とか名とか字とか名前がたくさんあって分かりづらいので董青でいいです。
さきほどもお話ししたとおり、私、前世の記憶ってやつがあるようです。
おかげさまで気がついたら文字が読めてました。
未来の知識があるので簡単……とはいかず、基本的な文字はともかく、なんか未来と字形が違う字や意味のちがう字もあってそれはそれで手こずったのですが。
ところでパパ上のイメージがかなり違うんですよね。三国志の董卓ってこう暴力で圧政ですごく太ってました。でも実際のパパ上は私だけでなく、部下や召使にも優しくて、多少中年太り気味ですけど風船豚には程遠いですし、あまり大魔王という感じではないのです。
……あ、そうか。これ、私の知ってる三国志じゃないんだ。きっと。
あのお父様なら、 曹操 劉備 孫堅連合の討伐軍くらって呂布に裏切られて死んだりしないと思いたい。
そうですよね!!!!
……だから、違う結末をお願いします!!!