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二度と厄介ごと持ち込んでくるんじゃねぇぞ、腐れ勇者が。


「アーサス」


 ティーチが声をかけると、宙に浮かんだアーサスの魂が、戸惑ったような顔を浮かべる。


『ジブンは……死んだスよ、ね?』

「……ああ」


 アーサスは、右手で頭を掻くと、気弱そうな笑みを浮かべる。


『へへ……ティーチさん、すんません。皆で生きて帰るって言ってたのに、こんな事になっちまって』

「お前さんのせいじゃ、ねーよ」


 ティーチは大きく息を吸い込むと、チラリとトゥスの顔に目を向けた。


「あー……お前さんが望むなら、毛玉スライムに魂を入れることが出来るってぇ話なんだが。どうする?」


 問いかけると、アーサスはぽかんと口を開けた。


『え?』

「まぁその……人間じゃなくなっちまうが、少なくとも生きることは出来るってぇことだ」


 ティーチは、曖昧に笑みを浮かべて、軽く手を振る。


「勘違いすんなよ? 俺らのことを気にするな。お前さんが、決めるんだ」


 先回りして、そう告げた。


 人ではなくなること。

 それは、死と同様に軽い話ではない。


 生きられるから、自分たちがアーサスと別れずに済むからといって、強要することは出来ない。


 伝えておかなければ、アーサスはきっと、気を遣うだろう。

 そういう性格の男だ。


 だから生まれ育った暗殺団に馴染むことも出来なかったのだろうから。


 アーサスは悩むように、眉根を寄せた。

 それを見て、人間に戻ったブレイヴが、少し迷ったような表情で、目を逸らしながら言う。


「あー、別に、魔物の体も悪くはなかったぜ。ただ、オレは最初から死ぬ気だったから、気にならなかっただけかもしんねぇ。ティーチの言う通り、テメェが決めることだよ」

『……』


 一度目を閉じたアーサスは、やっぱり困ったような笑顔のまま、首を横に振った。


『すいません、ティーチさん。……ジブンは、このまま死のうと思うっス』

「そうか……」

『ああ、勘違いしないで欲しいんスけど、ティーチさんたちと一緒に居たくないとか、魔物の体が嫌とかじゃないんス。ジブンなりに、ケジメがついたんスよ』


 アーサスは、少し恥ずかしそうに俯いた。


『ジブン、暗殺団の皆を殺したんス。ティーチさんは、気にするなって言ってくれたスけど、やっぱ気になってたんス。でも、自分で責任取って死ぬ勇気は、なかったんスよ』


 彼の言葉を、全員が黙って聞いていた。


『ジブンはヘタレっス。だけど、もう死んでるってのが、分かって。そん時に、ようやく、勇気が出たんスよ。……ティーチさんに迷惑をかけるくらいなら、って。そう思わせてくれたのは、貴方ス』


 ティーチは、それに対して返す言葉が見つからなかった。


『最後まで、何かがないと何も決めれないヘタレっしたけど。ジブンなりに、ケジメつけれたと思ったんで。ティーチさんに会えて、良かったっス。それだけは、ジブンの人生で唯一の幸運だったスよ』

「……そうか」


 自分は、やっぱりダメだ、とティーチは思った。


 こんな時、本当に人に何かを伝える立場の、気の利いた人間なら、かける言葉の一つも思いつくだろうに。


 普通のことしか、思いつかなかったティーチは、彼に対して深く頭を下げる。


「ありがとう、アーサス。お前さんが居なけりゃ、カノンも、レイザーも正気にゃ戻せなかった。……俺の方こそ、感謝してる」

『や、やめて下さいス! そんな大したこと、してねースから!』

「しましたよー!!!」


 口を挟んだのは、スートだった。


「アーサスさんは、ちゃんと、私たちのことを助けてくれてました! ありがとうございますー!!」


 彼女の言葉に、アーサスは泣きそうな顔になりながら、トゥスに目を向ける。


『あの、もう……なんか、居たたまれねーんで……』

『なんか、締まらねーねぇ』


 トントン、とキセルで頭を叩いたトゥスは、ニヤリと笑みを浮かべた。


『ま、死んだところで、人は輪廻に戻るだけさね。生まれ変わった後にでも、また、会うこともあらーね』


 仙人が、ふっと息を吐くと、アーサスの透けた体が薄れて行く。

 

「あー……またな、アーサス」

『うス。ティーチさんも、皆さんも、お元気で!』


 そうして、アーサスは消えた。


※※※


『さてと。そうしたら、もう一個の方を片付けようかねぇ』

「もう一個?」

『そうさね。勇者のアンちゃんの魂は戻ったが……体は、瘴気に犯されたままさね。このままじゃ、魂は保っても体がすぐに死んじまうからねぇ』


 言われて、ティーチは息を呑む。


「マジかよ……」

『ま、手段はあるさね。なぁ、兄ちゃん。力を諦める気はあるかい?』


 トゥスの問いかけに、ティーチは片眉を上げる。


「何の話だ?」

『お前さんの力を、勇者の兄ちゃんに移せば、体の瘴気は勝手に祓われるさね。完全な勇者の肉体に、魔王の力は干渉出来ねーからねぇ』


 要は、《武技吸収スキルドレイン》の力を失う、ということだろう。

 ティーチは、思わず喉を鳴らした。


「何だ、そんな事なら、答えが決まったようなもんだな。ブレイヴが助かるなら、喜んでくれてやるさ」


 むしろ、せいせいするくらいだ。


「元々、別に力なんか要らなかった。この件が終わりゃ、もう村から出るつもりもねーしな。後はのんびり平和に過ごせりゃ御の字ってところだ」

『したら、さっさとやるかねぇ。わっちも面倒臭ぇことが嫌いさね。さっさと終わらせてのんびりしてぇってのは、全くもって同感さね』


 握手しな、とトゥスが言うので、ティーチはブレイヴを引き起こしがてら、その手を掴む。

 すると、力強く握り返した彼がこちらの目を覗き込んできた。


「どうした?」

「ありがとな、悪友。おかげで助かった」


 その言葉に、ティーチはニヤリと笑みを浮かべて告げてやった。


「本気でそう思うなら、二度と厄介ごと持ち込んでくるんじゃねぇぞ、腐れ勇者が」

 

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