おししょーは、怒りを買う。
炎気が弾けた後。
パチパチと、地面の草が燃えており、その真ん中で檻を破ったバックラーがぐるりと首を回して、肩に大剣を担ぎ上げる。
そしてドン、と大楯を地面に置くと、体から陽炎のような覇気を放ちながらこちらにギロリと目を向けた。
「やるな」
「効いてないのか……」
防ぐ方法はなかったはずだ。
彼が身に纏っている炎気が、完全に聖気を遮断したのだろうか。
しかし、ティーチの予測を、バックラー自身が否定する。
「いや、喰らいはした。が、弱かったな」
トントン、と彼は兜を被った自分の額を叩く。
ーーーなら、洗脳は解けたか?
どれだけ弱まっていたとしても、カノンとレイザーが解放されたことで、ブレイヴから預かった聖気は増している。
さらに、スートもトゥスから習ったことで聖気の扱いが上手くなっていたことから、今の聖攻撃はカノンを解放した頃よりも遥かに強力になっていたからだ。
「バックラー」
「何だ?」
「今、玉座に収まっているブレイヴは偽物だ。本物の魂は、あのスライムの体に宿って、自分の体を取り戻そうとしている」
「ほう」
バックラーは、チラリと後ろで見守るティーチの仲間たちに目を向けた。
「先ほど喋った毛玉か」
「ああ。カノンとレイザーは洗脳が解けたことで、こちらについた」
「ふむ。筋は通るが……その話が本当であるという確証はないな」
ーーーだよな。
バックラーから見れば、それがティーチの騙りではないという確証はない。
洗脳に関しても、逆にカノンたちをこちらが洗脳している、とする線も捨てきれないだろう。
「信じ切れないのも無理はないが、もし俺が、例えば玉座かブレイヴの命を狙う、あるいは戦乱を望む場合。……その理由が、何か分かるか?」
「さぁな。俺は貴様をそこまで深く知るわけではない。ブレイヴとの間に、何らかの確執があったかもしれん」
「そんな俺の内心を見抜けず、ブレイヴがスートを俺に預けたと?」
「奴は、間が抜けている部分もあるからな。ないとは言えん。カノンやレイザーを取り込んでいる点からも、貴様が上手く隠しているということも、ある」
ーーーダメか。
とりあえず、筋の通らない奇妙な忠誠や破綻は、バックラーからは感じられなかった。
ブレイヴへの疑いを向けた時に、論が通っているということは肯定している以上、洗脳は解けている。
だが。
「今、その話をする必要があるか? ここでの決着が着けてからでも遅くはあるまい。どちらにせよ、話し合いは行う」
「それは、俺の命を奪わない、という話か?」
「であれば、どうする?」
「降参するさ」
ティーチは、黒い木刀を手に肩をすくめた。
聖気の一撃を叩き込んだことで、一度【纏鎧】が解けている。
再び天地の気を吸収し始めているが、この時間稼ぎの間ではさほど量は集められていない。
「俺は、戦いたいわけじゃないからな。お前さんは強いし」
ティーチがそう告げると、バックラーの表情がピクリと動いたように見えた。
「……なるほどな」
「どうする?」
ティーチの問いかけに、バックラーが答えようとしたところで。
こちらの背後で、強烈な気配が膨れ上がった。
ーーーこの状況で!?
ティーチは、焦った。
辺りを包むように、土の気配が走り、ボゴン、と音を立てて平原を包むように地面が陥没する。
相手の背後に控える軍や、グラス・ウィズまでも巻き込む巨大な紋を描くように。
カノンの、紋術による巨大な聖結界紋。
相手三人の洗脳を一気に解くための手立てだった、が。
「……一騎打ちの約束を、反故にするか」
ゆらり、と落ち着き掛けていたバックラーの炎気が殺気と共に膨れ上がる。
「待て、バックラー」
「待たん」
バックラーは、大楯の中心にある目視用の横スリットに槍の刀身を通した。
柄を巨大にしたような傘を備えた、十字の槍と化した武器を深く腰を落として構えたバックラーは、怒気を含む低い声音で告げる。
「貴様は俺の怒りを買った。ーーー俺の【纏鎧】を見せてやろう」




