都合がいいのか悪いのか
手っ取り早く今夜の宿代を手に入れるべく、3人は役所の掲示板までやってきた。
「タカヒコ、こっちの世界の文字、どう見える?」
エイクに聞かれ、張り出された書類を見る。どれも見慣れた日本語で書かれている。
「日本語だ」
「だよな? やっぱりオレだけがそう見えるわけじゃなかったんだ! この世界の文字、オレのいた世界と全く同じなんだ。字を覚える手間が省けてよかったな」
「だな。けど何で日本語なんだろう?」
「そりゃ、異世界っていっても色んなのがあるんだろ、数ある異世界の中からオレ達の読める文字が使われている世界に飛ばされたってだけじゃないのか」
「そういうもんなのかな?」
2人が話している横で、イベリスは黙って依頼の内容を見ている。
エイクも掲示板に目を移し、手をすり合わせる。
「さ〜て、強力な魔物退治の依頼はないかな?」
「ちょっ、エイク?今サラッと言ったけど、魔物だって? この世界、やっぱり魔物がいるのか? 普通に戦って大丈夫なのかよ?」
「魔物」と聞いて急に不安になるタカヒコの肩を、エイクがポンと叩く。
「大丈夫、俺は7つの全属性の魔法が使えるし、森の老師に鍛えられたから体力にも自信がある。
「全属性?」
「ああ、火、水、風、土、草、光、闇の7つ。これらを魔力の制限なしに使うことができる、いわゆるチートってやつさ。タカヒコも転移するときに何か特殊魔法のスキルとかもらったんじゃないのか?」
「いや、俺は……ただの人間のままだ」
「えっ、ただの人間?」
「持っている物といったら、このスマホぐらいで……」
ポケットからスマホを取り出すタカヒコ。それを見たエイクは目を大きく開く。
「スマホじゃないか! 久しぶりに見たよ! これ、使えるのか?!」
「えっ、スマホ知ってんの? 転生したの17年前なのに?」
2人は不思議そうな顔でお互いを見る。
「何言ってんだよ、オレが転生した2017年にはそんなのとっくに普及してたよ」
「にっ、2017年?! 3年前じゃないか!」
「何っ、じゃあお前は2020年から来たってことかよ……世界と世界の間は時間の流れも違うってことなのか……?」
エイクは動揺したのち、頭を振って話を切り替える。
「そんなことより、今大事なのはそのスマホで何ができるかってことだよ」
「一応、調べ物はできるみたいだけど」
「そりゃあラッキーだ! オレ、転生した時に元の世界の知識を使ってチートしまくろうと思ってたけど、17年も森の中にいたらそんな知識披露する機会もないし、そもそもだんだん忘れてきていたんだよ」
エイクがタカヒコの肩を叩く。
「オレは体を使う。お前は知識を使う。俺たちが組めば、無敵のコンビになると思わないか?」
「ああ!」
タカヒコは笑顔になった。
説明不足もいいところな無茶苦茶な転移で、先の見えない不安や孤独感が解消された気がして、安心できた。
「エイク、魔物退治の依頼、あった」
イベリスがエイクの服をつまみ、もう片方の手で掲示板を指差す。
牧場に現れた魔物が牛や豚を食べる被害が出ており、非常に困っているという内容だった。報酬は20万円程だったが、当面の生活費にはなるということで、その依頼を3人は受けることにした。
この世界にまだ慣れていないタカヒコに代わってエイクとイベリスが馬車を手配し、3人は依頼主のいる元へ向かった。
馬車の中で、3人は座り込んで揺られていた。
タカヒコはエイクに疑問に思っていたことを話す。
「魔物と動物の違いってあるのか?」
「見た目で違いを区別することはないな。元の世界にいなかったような生き物も動物って呼んでるのを見たことがある。魔物として扱われるのは、その中でも特に気性が荒くて、人間なんかを積極的に襲うようなやつを伝説になぞらえて魔物と呼ぶらしい」
「なるほど」
ふと、男2人の会話にイベリスが全く入ろうとしないことに気づいたタカヒコが、イベリスに質問をする。
「そういえば、イベリスはオレ達の転生だとか転移だとかの話についていけてる?」
「……………」
「おーい」
イベリスの顔の前で手を振るタカヒコ。
イベリスは相変わらずタカヒコには返事をしない。無視をされているというより、相手の顔は見ているものの、心を開いてくれていないというようにタカヒコは感じた。
「別に俺を警戒することなんてないと思うんだけど」
「顔が気に入らないんじゃないのか? メガネ外したら浮世絵みたいな顔だぞ」
「余計なお世話だよ!」
タカヒコのツッコミに笑うエイクを、イベリスはうっとりと見つめていた。タカヒコは生まれ持った顔面の格差に、若干の不満をつのらせた。
「ところでそれ、バッテリーは大丈夫なのか?」
エイクの質問にハッとするタカヒコ。スマホの電池残量を見てみると、残り20%ほどになっていた。
「減ってる!!」
「何だって?!」
立ち上がって画面を覗き込むエイク。
「充電する方法とかないのかよ?! 」
「そういえば……」
タカヒコはいつの間にかアプリが追加されていたことを思い出した。ホーム画面をスクロールすると例の攻撃アプリの他に、充電と書かれたアイコンと、スキャンと書かれたアイコンがあることに気づく。
充電アプリを押すと、画面に太陽光パネルが映し出された。試しに馬車の外に手を出し、スマホに太陽の光を当ててみると、バッテリーのアイコンが「充電中」と表示された。
ほっとするタカヒコに、エイクが問う。
「お前、このスマホの持ち主なんだろ?」
「そうだけど、昨日転移したばかりでどう変わってるのか俺もまだよくわかってないんだよ」
「ちゃんと把握してくれよな、頼むぜ……」
馬車はまっすぐ目的地の農場へ向かっていた。